蓮花(リェンファ)様、万が一過ちがあって御身(おんみ)が子どものとなってしまわば、誰が暁明(シァミン)様をお守りするのでしょうか」
(うぅ……)
 そうであった。私は孫の暁明のために、若い体を欲したのであった。
「子どもになってしまえば、暁明のことを守れぬな」
「左様にございます」
 言って、傑倫(ジェルン)は沈痛な面持ちとなった。
「どうした、傑倫」
「……蓮花様を、今のお姿にしてしまったのは(わたし)でございます。臣があの時、踏みとどまっていれば」
「あ、あぁ。それに関してはもう忘れよ。求めたのは妾じゃ。そちは命に従っただけのことよ」
 私は背もたれに身を預ける。
「そうよな。面首どもの人生をたやすく無碍(むげ)にしてはならぬ。だがそれ以上に、妾は暁明を守らねばならぬのじゃ。……控鷹府(こうようふ)は閉鎖するとしよう。ただし面首どもの斬首はならぬ。中央で得た官吏の立場を失うのじゃ。あの者らにとっては十分な罰となろう」
「……蓮花様が、それをお望みであれば」
「うむ。それからそちが責任を取り、(わらわ)の元から消えることは許さぬ。そちは妾にとって必要な存在じゃからのぅ」
「かしこまりました」
 傑倫は両手を胸の前に重ねて揖礼(ゆうれい)し、部屋を出て行こうとした。その瞬間、胸の奥が締め付けられた。

「待て、傑倫」
「は」
 呼び止めたものの、特に傑倫に用事かあるわけはない。ただ、見送りがたい思いがしたのだ。
「面首どものことであるが、な」
 私の言葉に、傑倫はあからさまな渋面を作る。
「何という顔じゃ。閉鎖を思いとどまれと言うつもりはない。ただ……」
「ただ?」
「妙に皆、指圧が上手くてな」
 勝手に触れられる不快さはあったものの、冷えなどの改善には確かに効果があったように思えた。
「あれはそちが指南したのか?」
「はい」
「知らなかったぞ。そちにそのような特技があったとは。なぜ、妾に直接してくれなんだ?」
「やっておりました」
 言って傑倫は私の手を取る。
「床を共にするときは、常に」
 掌の中央より少し上、小龍が「労宮(ろうきゅう)」と呼んでいたところを武骨な指でクッと押した。
「んぉ」
 軽い痛みと心地よさが同時に襲い掛かる。その部分への指圧を小気味良く繰り返しながら、傑倫は手の甲へそっと唇を這わせた。燃えるような熱さが手の甲から指先へ、そして手首から腕へと、丹念に辿る。
「このように」
 傑倫は唇を離して手の動きを止め、こちらを見た。
「蓮花様に奉仕する際に、指圧を組み込んでおりました。(おも)に血の巡りをよくするツボを中心に。血の巡りが良くなり体が温まれば、心地よさが増すと聞きます。面首どもにも、そのように指導いたしました。」
(なんと巧みであることか)
 あれでは唇の動きに気を取られ、指圧されていることになど気付けない。
(そのようにして、傑倫はいつも私の体を解きほぐしておったのか)
 心地よさを与えると同時に体調のことまで気遣ってくれていた。この体は傑倫から、大切に丁寧に扱われていたのだと、今更ながら気づかされた。
「続けておくれ」
 私は手を差し出す。傑倫は言われた通りに私の手を指圧する。そして、私の命ずるままに足先から膝までも。傑倫が触れるごとに体の芯から熱を帯びてくるのは、指圧の効果であろうか。それとも……。

「ここまでにいたします」
 不意に傑倫は手を止める。
「蓮花様には十分ご満足いただけたようですので。これでよく眠れるかと存じます」
 火照る体と、とろけた意識。私の体からはすっかりこわばりが消えていた。
「傑倫……」
 この先を求めたい気持ちが、私の中で渦巻いている。けれど傑倫はそれを察したのであろう。僅かに首を横に振ると、「おやすみなさいませ」と一礼し、部屋から出て行ってしまった。
(傑倫……)
 口から零れた吐息までが、熱を含んでいる。
 昼間、面首たちから触れられた肌の記憶は、傑倫による心地よいものに完全に上書きされていた。