「あぁ、わかりました」
 ハッとしたように、星宇(シンユー)は手を叩く。
「その花弁のせいで、皆はおかしくなったのでしょう」
「どういうことじゃ」
「月芍薬の花びらには、薬効成分がございます。血のめぐりを良くしたり、気付け薬に使われたりもします。その花弁が散って風に乗り、偶然酒器に飛び込むことで酒と合わさり、異常な興奮状態をもたらす液体に変化してしまったのではないかと考えられます」
「なるほどのぅ」
 さすがは町医者の下で薬を取り扱っている星宇だ。
(ん? 妙ではないか?)

「星宇」
「なんでしょう、蓮花(リェンファ)様」
「ならば、なぜ同じ酒器から飲んだ妾は無事なのじゃ?」
 私の言葉に、星宇はぱあっと頬を染めて微笑む。
「それは恐らく、私が蓮花様に差し上げた(かし)の効果ではないかと」
「そちの作った酥のことか」
「はい。体内の毒素を排出する効果のある果実を入れておきましたので。それが蓮花様を偶然お救いしたのかと」
 星宇は、ほぅっと胸を抑え長い睫毛を伏せる。
「私の蓮花様への想いが、思わぬ形でお役に立てたようでございます」
「では、そちは何故無事なのじゃ?」
「え?」
「同じ酒器の酒を飲んだはずが、なぜそちだけは正気なのじゃ」
 星宇が目を泳がせた。
「私は運良く、月芍薬の入っていない酒器から飲んだからかもしれませぬ」
「……全員くまなく潰れているのにか」
 私は他の酒器の中身も調べようとした。
「あっ、蓮花様!」
「星宇、そこから一歩も動くでないぞ」

 彼を足止めしておいて、私は全ての酒器を調べる。
「これも、これも……。大量の花弁が入っておる」
「……」
「風に乗って偶然酒器に飛び込んだ、か。少々無理があるのではないか、星宇」
「そ、それは……」
 へつらうような笑いを浮かべていた星宇が、やがてキッと顔を引き締める。そして私の方へ大股で近づいてきた。
「何をする気じゃ」
「男子の陽の気がお望みなのでございましょう。私のものを捧げます」
「なんじゃと」
「私は人体について他の者より詳しい。きっとご満足いただけると思います」
 艶めかしい唇を、赤い舌先がチロリと辿る。彼の懐から、謎の小袋が出て来た。
「なんじゃそれは。何をする気じゃ」
「今は誰も見ておりませぬ。つまりは蓮花様と私、二人きりも同然。ただ一度、我が体と技をお試しください。必ずや(たの)しませてさしあげます」
「星宇!」

 その時、私と星宇の間に大きな体が割り込んできた。
 全身を赤く染めて、苦し気に肩で息をつきながら。
「蓮花、様に、触るな……!」
俊豪(チンハオ)!」
 荒い息を吐きながら目の前に立ち塞がった俊豪に星宇はたじろぐ。
「な、なぜ動けるんだ、お前……」
「俺は図体がでかいからよぉ。薬が十分じゃなかったってことだろうさ」
「そんな、だって……」
「狩りだって同じだ。毒薬を仕掛けても、でかい獣には効果が……」
 そこまで言って、俊豪はぐっと口を抑える。嫌な予感がして、私は彼の体から離れた。
「オボェエエエエ!!」
「ぎゃあああぁあ!!」
 頭から吐瀉物を食らい、星宇は絶叫した。




「と言うわけでな。酒と月芍薬の花弁の組み合わせが興奮剤を作り、星宇の所持していたキノコ入りの水を後から飲ませることで、昏倒させることが可能らしい。薬に詳しいと、そのような芸当もできるのじゃな」
 私の言葉に、傑倫は顔を真っ赤にして逞しい肩をぶるぶると震わせる。やがてその口から、地獄の底から響くような低い声が漏れた。
「処しましょう」
「む?」
「面首どもは、全員処刑いたしましょう!」

 傑倫は激怒していた。
「蓮花様に無理強いしてはならぬと命じておいたのにそれを破り、あろうことか大勢で一斉に襲い掛かるなど、決して許されざることです! 面首どもは全員斬首、控鷹府(こうようふ)は即刻閉鎖いたします! しかる後に、責任者としての私も処罰をお受けいたしましょう! いかようにもなさってください!」
「ま、待て待て」
 確かに今日の件は許しがたい。しかし全員斬首で傑倫まで罰を被るとなると、簡単に頷くわけにもいかない。
「その、じゃな。考えてもみれば、襲われたと言っても皆から指圧を受けただけじゃ。手足の末端部分にな」
「星宇がキノコ入りの水で昏倒させなければ、その先どうなっていたか分かったものではございませぬ」
「そ、そうではあるが。結果的に無事であったことじゃし」
「そもそも全員に興奮剤を盛ったのは星宇でございます」
 傑倫が、ぎりと歯ぎしりをする。
「恐らく、自分以外の全員を罪人に仕立て上げ、蓮花様のお側から遠ざける心づもりであったのでしょう。蓮花様の寵を独り占めするつもりで」
(そう言えば……)

 ――これは全員、処罰ものですね。右丞相様にご報告せねば

 そんなことも言っていた。傑倫から、私との強引な接触を禁じられているという状況を利用し、他の者を脱落させようと画策したか。
「なかなか頭の回る奴よの」
「感心している場合ではございませぬ」
 傑倫は重いため息をつく。
「無礼を承知で申し上げます。蓮花様は甘すぎる」
「ぐ……」