控鷹府(こうようふ)開設から四日目。
 男後宮は朝礼から始まった。
「改めて今一度伝える。お前たちは太后陛下に陽の気を捧げる任務と聞かされここへ集められた。だが、何を勘違いしているのか、同意を得ないままことに及ぼうとする馬鹿者がいる」
 佩芳(ベイファン)が身を縮めたのを目の端で確認し、傑倫(ジェルン)は視線を逸らす。
蓮花(リェンファ)様が否と言えば、それ以上に及ぶな。必ず止まれ。無理強いをすれば陽の気どころか、太后陛下を害する邪気を与えることとなる。事実、蓮花様はここ数日でかなりお疲れのご様子だ。蓮花様は、あぁ見えて七十を超えたご高齢である。もしものことがあれば、当然この控鷹府は閉鎖となり、お前たちの役目も終わりだ」
 面首たちの間から、どよめきが漏れた。
「よってしばらくの間、蓮花様とは会話程度の触れ合いに留めることとする。これを破ったものは処罰が下ると思え。以上」

 傑倫が出ていくと、面首たちは互いに当惑した顔を突き合わせた。
「処罰って……」
「しばらくの間って、いつまでだ?」
「そうか、すっかり忘れていたけど蓮花様は陛下の御母堂……、七十を超えておられる……」
「確かに無茶はさせられないよな。もしものことになれば……」
「せっかく中央の官吏になれたのに、速攻でお役御免は嫌だぞ」
「どころか、下手すると処刑……」
 面首たちは、やがて深いため息をつく。
「じゃあ、しばらくどうしていればいいんだよ」
「会話程度って言ってたけどさぁ」
「本来のお役目を果たす機会なんて全く与えられないし、そもそも触れ合いが少なすぎて、顔と名前を覚えてもらえる機会すらないよな」
「今は中央官吏でいられるけど、蓮花様が寿命を迎えてここが閉鎖される前に、どこか別の役所に推薦してもらえるほど気に入られておかなきゃ……」

 その時、音を立てて広間の扉が開いた。面首たちはぎくりと身をすくめ、慌てて口を覆う。
「お前たち、こんなところで何をしておる!」
(マー)、様……」
 蓮花付きの太監馬俊煕(ジュンシー)はギロリと面首たちをねめつける。
「お前たちに役職を与え高い級金を払っているのは、ここで無為な時間を過ごさせるためではないぞ! さぁ、太后陛下をお誘いせぬか。かつて先帝の心をとろかせた美女を抱けるのだぞ? 陽の気をどんどん捧げるがよい!」
「それなのですが……」
(ジャオ)()丞相(じょうしょう)様より止められておりまして……」
「さすがに処刑の危険を冒してまでは……」
 ぼそりぼそりと面首たちが説明をする。それを聞き、馬は呵呵(かか)と笑った。
「なぁに、趙右丞相はこれまで太后陛下のお気に入りであったからな。太后陛下がお前たちに心を移し、自分への寵が薄れるのを恐れているのだろうよ。ただの牽制じゃ、気にするでない」
 馬の言葉に、面首たちは呆気にとられる。
「趙右丞相様が?」
「蓮花様と、そのようなご関係だったとは」
 馬はにんまりと笑い深く頷く。
「この控鷹府は、太后陛下のたっての願いで設立された役所。お前たちは、太后陛下御自身に陽の気を捧げるよう望まれてここに集められたのだ。それを右丞相は邪魔をしようとしている。我が身可愛さゆえにだ。だが太后陛下と右丞相、意見が異なった場合どちらに従うのが正しい? ん? 偉いのはどちらだ? ん? 分かったら、さっさと太后陛下をお誘いし、陽の気を捧げよ! 右丞相より気に入られることとなれば、お前たちはそれ以上の出世が叶うかもしれんぞ」
「出世」の言葉に面首たちは色めき立つ。
「そうだ、俺はこの体を使って出世をするために来たんだ」
「蓮花様にお気に召していただかなくては!」
 盛り上がる面首たちを満足そうに眺め、馬太監は部屋を後にする。
 口の中で密かに「これで太后も赤ん坊よ」と呟いたのは、誰の耳にも届かなかった。

「どう思うよ、アレ」
 座っていた椅子を俊豪(チンハオ)に蹴られ、佩芳がぎょくんと身をすくめる。
「え、あ……」
「何ビクついてんだ。お前、昨日見たからわかんだろ? 蓮花様は本当に陽の気を望んでおられたか?」
「そうですね……。落ち着いて思い返せば、蓮花様は嫌がっておられたように思います」
 佩芳は眼鏡の位置を指先で整える。
「経験不足ゆえ、女人はそう言う振りをするものだとばかり思っていましたが」
「だよね」
 小龍(シャオロン)も話に入ってくる。
「叱る声まで甘いからさ、僕も勘違いしちゃった。だけど目がさ、全然喜んでいなかった気がするんだよね。冷静になって考えれば『あぁ』ってなるんだけど」
「……俺は、蓮花様を守りてぇ。嫌な思いをさせたくねぇ」