「そこまでだよ、佩芳!」
耳に届いたのは、少年のような涼やかな声。
「媚薬を盛って無理やりにってのは、いただけねぇぜ」
目に入ったのは、戸口を塞ぐ大柄の人影。
「傑倫……?」
あえぐように呼んだ名へ、二つの人影はがくっと肩を落とした。
「そこでどうして、趙右丞相の名前が出てくるんですか!」
「俺らですよ! あなた様の面首、俊豪と小龍がお助けに参りました!」
言いながら二人は、部屋の中の甘い空気をバタバタと外へ追い出す。
「……はぁ」
佩芳は眼鏡を押し上げ、私の上から体をどけた。
「見られながらの趣味はございませんので、残念ですがここまでのようです」
「なにを賢ぶっていやがる、このド助平が!」
「なっ! 拙は助平ではありません。自身に与えられたお役目を全うしようとしただけです」
「厭がる相手にケダモノのように襲い掛かっておきながら、お役目も何もないだろ!」
新鮮な空気が肺に流れ込んでくるにつれ、頭にかかった霞も薄らいでゆく。
「……佩芳」
「は」
「妾は幾度も、そちにやめるよう言ったが?」
「い、いやしかし」
佩芳は困惑した表情を浮かべる。
「女人はこういう時、諾の意味を持って否の言葉を発すると、物の本にございました」
「ならば、本気で嫌がっている時は何と言うと書いてあった?」
「それは……、どこにも……」
「頭でっかちめが」
ため息をつくと、佩芳は瞬時に青ざめた。
「い、意図をきちんと汲めず申し訳ございませんでした、蓮花様! 媚薬香の効果への探求心、そして香の匂いと体温の関係への探求心も暴走してしまいました。また拙のここでの役目は、蓮花様への陽の気の献上と聞かされておりますゆえ、てっきり……!」
(あ……)
「決して、蓮花様を害しようと思ったわけではございませんので、どうか! どうかお許しを! 郷里には拙の出世に期待している両親が……!」
「もうよい」
立ち上がろうとして足元をふらつかせた私を、俊豪がさっと駆け寄り支えてくれる。そしてそのまま、いともたやすく抱え上げられてしまった。
「これ、俊豪。下ろせ」
「御心配なく、蓮花様。お怪我をされては大変ですし、このまま宮までお連れしますよ。ちゃんと石段の下から先は侍女に任せますし、どっかにしけこんだりしませんて」
「俊豪がそうしそうになったら、僕が全力で止めますのでご安心ください!」
「黙ってろ、小龍。話をややこしくするな」
安定した腕の中、私はふわりふわりと運ばれてゆく。ふと振り返ると、佩芳はガタガタ震えながら俯いている。
「俊豪、止まれ」
「はい」
俊豪の足を止めさせ、私は佩芳に声を掛ける。
「佩芳、そちは真に優秀な男子じゃ。このように妾との仲を無理に詰めようとせずとも、中央官吏としていかんなく実力を発揮できようぞ」
「蓮花様……」
「そなたの道は途絶えておらん。じゃから、二度とこのような真似をするでないぞ」
私の言葉に、佩芳は深く深く頭を垂れた。
夜が訪れた。
昼間の件について報告を受けた傑倫が顔色を変える。
「あいつら、またしても……!」
「ははは、文化史編纂の仕事をさせておけば安心かと思ったが、思わぬところに落とし穴があったのぅ。さて、あと数日。どうやって過ごさせるか」
傑倫は眦を吊り上げ、私を見る。
「蓮花様! やはり一週間など、悠長なことを言っている場合ではございませぬ! 不遜な輩は厳罰に処し、明日にも控鷹府は閉鎖いたしましょう。いつ、蓮花様のお体が害されるか分かったものではありません!」
「……」
「蓮花様!」
「聞こえておる」
私は窓の外へ目を向ける。
「あの者らは、妾に陽の気を捧げると言う役割りを命じられここに集められてきた」
「無論でございます。なれど、今の蓮花様にとって奴ばらの陽の気は身を滅ぼす毒。抱かれてしまえば年齢の半分、九歳のお子になってしまわれるのですぞ」
「じゃが、彼らはそれを知らぬ。むしろ、責務であると信じておる」
ふぅ、と細く息を吐く。
「いっそ、面首どもには正直にそのことを伝えた方が良いのではないか? ここ数日共に過ごしてきたが、話せばわかる者どもに思えるぞ」
「なりませぬ」
耳に届いたのは、少年のような涼やかな声。
「媚薬を盛って無理やりにってのは、いただけねぇぜ」
目に入ったのは、戸口を塞ぐ大柄の人影。
「傑倫……?」
あえぐように呼んだ名へ、二つの人影はがくっと肩を落とした。
「そこでどうして、趙右丞相の名前が出てくるんですか!」
「俺らですよ! あなた様の面首、俊豪と小龍がお助けに参りました!」
言いながら二人は、部屋の中の甘い空気をバタバタと外へ追い出す。
「……はぁ」
佩芳は眼鏡を押し上げ、私の上から体をどけた。
「見られながらの趣味はございませんので、残念ですがここまでのようです」
「なにを賢ぶっていやがる、このド助平が!」
「なっ! 拙は助平ではありません。自身に与えられたお役目を全うしようとしただけです」
「厭がる相手にケダモノのように襲い掛かっておきながら、お役目も何もないだろ!」
新鮮な空気が肺に流れ込んでくるにつれ、頭にかかった霞も薄らいでゆく。
「……佩芳」
「は」
「妾は幾度も、そちにやめるよう言ったが?」
「い、いやしかし」
佩芳は困惑した表情を浮かべる。
「女人はこういう時、諾の意味を持って否の言葉を発すると、物の本にございました」
「ならば、本気で嫌がっている時は何と言うと書いてあった?」
「それは……、どこにも……」
「頭でっかちめが」
ため息をつくと、佩芳は瞬時に青ざめた。
「い、意図をきちんと汲めず申し訳ございませんでした、蓮花様! 媚薬香の効果への探求心、そして香の匂いと体温の関係への探求心も暴走してしまいました。また拙のここでの役目は、蓮花様への陽の気の献上と聞かされておりますゆえ、てっきり……!」
(あ……)
「決して、蓮花様を害しようと思ったわけではございませんので、どうか! どうかお許しを! 郷里には拙の出世に期待している両親が……!」
「もうよい」
立ち上がろうとして足元をふらつかせた私を、俊豪がさっと駆け寄り支えてくれる。そしてそのまま、いともたやすく抱え上げられてしまった。
「これ、俊豪。下ろせ」
「御心配なく、蓮花様。お怪我をされては大変ですし、このまま宮までお連れしますよ。ちゃんと石段の下から先は侍女に任せますし、どっかにしけこんだりしませんて」
「俊豪がそうしそうになったら、僕が全力で止めますのでご安心ください!」
「黙ってろ、小龍。話をややこしくするな」
安定した腕の中、私はふわりふわりと運ばれてゆく。ふと振り返ると、佩芳はガタガタ震えながら俯いている。
「俊豪、止まれ」
「はい」
俊豪の足を止めさせ、私は佩芳に声を掛ける。
「佩芳、そちは真に優秀な男子じゃ。このように妾との仲を無理に詰めようとせずとも、中央官吏としていかんなく実力を発揮できようぞ」
「蓮花様……」
「そなたの道は途絶えておらん。じゃから、二度とこのような真似をするでないぞ」
私の言葉に、佩芳は深く深く頭を垂れた。
夜が訪れた。
昼間の件について報告を受けた傑倫が顔色を変える。
「あいつら、またしても……!」
「ははは、文化史編纂の仕事をさせておけば安心かと思ったが、思わぬところに落とし穴があったのぅ。さて、あと数日。どうやって過ごさせるか」
傑倫は眦を吊り上げ、私を見る。
「蓮花様! やはり一週間など、悠長なことを言っている場合ではございませぬ! 不遜な輩は厳罰に処し、明日にも控鷹府は閉鎖いたしましょう。いつ、蓮花様のお体が害されるか分かったものではありません!」
「……」
「蓮花様!」
「聞こえておる」
私は窓の外へ目を向ける。
「あの者らは、妾に陽の気を捧げると言う役割りを命じられここに集められてきた」
「無論でございます。なれど、今の蓮花様にとって奴ばらの陽の気は身を滅ぼす毒。抱かれてしまえば年齢の半分、九歳のお子になってしまわれるのですぞ」
「じゃが、彼らはそれを知らぬ。むしろ、責務であると信じておる」
ふぅ、と細く息を吐く。
「いっそ、面首どもには正直にそのことを伝えた方が良いのではないか? ここ数日共に過ごしてきたが、話せばわかる者どもに思えるぞ」
「なりませぬ」



