「太后陛下、参られました!」

 ()丞相(じょうしょう)(ジャオ)傑倫(ジェルン)の声が館内にこだますると、広間の空気はピリッと引き締まった。居並ぶ二十人の美男子たちの間を、私は厳かな足取りで玉座へと進む。私の通り過ぎたあとから、うっとりとした吐息が控えめに漏れるのが聞こえてきた。
 当然だ。この時のために最上の装いを用意させたのだから。
 金糸の刺繡を施した紅蓮灰(ホンリェンホイ)の衣、両腕にかけた軽やかな純白の被帛(ひはく)が背にひらめく。高く結い上げられた鴉の濡れ羽色の髪は、金梳(きんそ)金簪(きんしん)金笄(きんけい)が所狭しと飾り立てている。薄紅色の花鈿(かでん)は額に鮮やかに咲いていた。

 やがて玉座へとたどり着いた私は、そこへ腰を下ろし一同を見回した。途端、広間にさざめきが広がった。
「お、おい。あの娘、太后陛下の玉座に座ってしまったぞ」
「見つかったら、大目玉じゃすまないだろう」
「てっきり太后陛下を先導する内侍かと思ったが、ひょっとすると公主様なのか?」
 私はそのすべてへ耳を傾ける。
(うむ、実に心地よい)
 彼らの目に映る今の私の姿は、さぞかし若々しく華やかなのであろう。
(しかし、浮かれてばかりもおられぬが、な……)

「静粛に!」
 忠臣である傑倫の厳格な声が、皆の動揺の声を薙ぎ払う。館内が静まり返ったのを見届け,傑倫はこちらへ一礼した。
「太后陛下。本日よりこの控鷹(こうよう)(かん)を開くにあたり、お言葉をいただきたく存じます」
「うむ」
 またしても、「太后?」「太后って言ったよな?」と呻くような声が美男子たちの間から洩れる。だがそれは、傑倫のひと睨みの前にあえなく消えた。
 私は一つ息を吸い、腹に力を込め高らかに名乗りを上げる。

(わらわ)紫旦(したん)国皇帝悠宗(ゆうそう)が生母、(シュー)蓮花(リェンファ)である」

 その瞬間、面首(めんしゅ)たちを抑え込んでいた何かが派手に決壊した。
「こ、皇帝陛下の生母様って言ったぞ!?」
「待て待て待て! 皇帝はすでに五十に手の届くお方だろう?」
「その御母堂である太后様がなぜ、二十にも満たぬような」

「「「小娘のお姿をされているんだー!?」」」

 最後は見事に全員の声が揃った。



 話は数日前にさかのぼる。