アレシアがうちの宿屋に来てから数日がすぎた。

 「「いらっしゃいませ~~2名様ですね~」」

 なんと本日3組目のお客様だ。ビラ配りが功を奏したのか、少しずつ客が増え始めている。
 まあ満室とまではいかないにせよ、宿屋として稼働し始めていることは間違いない。
 いや~~良かった。あのまま客ゼロが続いたら、リエナやアレシアに給料すら払えないところだった。

 今回の客は他国からの冒険者夫婦のようだ。
 リエナがカウンターで受付業務を終えると、アレシアが客室へと案内する。

 「よ、よくきたな! これからお部屋に案内する……します! に、に、荷物を寄こせ……じゃなくてお持ちします!」

 アレシアがメイド服姿でぎこちなく接客をする。
 まあ、セリフに難ありだがこれでも大分改善されてきたのだ。初日など「貴様! なにしにきた!」だったからね。

 にしても……これスカート短かすぎないか? 
 2階へ上がる時などもう色々とヤバイ。
 前を行くアレシアのチラチラするものを見ないように歩く夫が、嫁さんに睨まれている。そこは不可抗力だから許してやって欲しい。

 よくよく考えれば、受付が姫でポーターが剣聖ってどういう宿屋なんだろうな。

 なんて考えていたら、いつの間にか隣にアレシアが戻ってきてた。半泣きで。

 「ど、どうしたの?」
 「せ、先生。ごめんなさい……あたし」

 アレシアの手にはドアノブが握られていた。どうやら緊張のあまりにねじり切ってしまったらしい。
 とりあえず、リエナにお客さんには隣の部屋に移動してもらうようお願いする。

 「先生……あたし、またやってしまいました」
 「アレシア大丈夫だぞ、君の得意な剣術をイメージするといい。平常心でやればちゃんとできるようになるから。あと部屋はまだいっぱいあるから気にしなくていいんだ。あとで一緒に修理しよう。ちょっとづつ出来ることを増やしていこう」

 「ううぅ……はい、先生」

 まあできなくて当然だ。アレシアは今まで接客などしたことがないのだから、初めは下手くそなのは当たり前である。あとちょっと人見知りで、言葉のチョイスを間違えることがたまにあるだけだ。
 俺だっていきなり服屋をやれと言われても何もできない。今の流行りも知らなければ、採寸の仕方も良くわからん。みんな一緒だ。
 ちょっとずつ慣れていけばいいだけなのだ。

 「さて、じゃあ仕事もひと段落したことだしお昼にするか―――」

 ブルブルブル

 「うおっ!?」

 え? なに? 

 ブルブルブル

 なにこれ? なにぃいい! 

 「せ、先生! どうしたんですかっ!」
 「アレシア~、なんか俺の体が震えてるよぉ! なんかブルブルしているよぉ!」

 もっと言えば主に下半身が震えてるんだが、女子の前だからオッサンそんな変態発言はできない。

 「ああ、バルドさま~それたぶん通信石の着信揺れですよ。相手の方から連絡がきたんじゃないですか?」

 2階から戻ってきたリエナが俺のズボンを指さしたので、ゴソゴソと手を突っ込んでみた。
 てか、下半身ブルってたのバレてんじゃん!

 確かに、ズボンのポケットに入れっぱなしだった通信石がブルブル震えている。そういえば、フリダニア王国マリーシア王女から貰ったの忘れてた。

 うわぁ~偉そうに「平常心」とか言ってた自分が恥ずかしいじゃないか。

 「え~っと、たしかここを押せばいいんだったか」

 俺は通信石の中央にある赤いスイッチを押してみる。するとブルブルが止まって―――

 『バルド様!! どうして連絡の1つもしてくれないんですのっ! なんでわたくしから連絡するんですかっ! こういうのは殿方からするものなんですのよっ! すっごい寂しかったじゃないっ!!』


 なんかわらんけど、いきなり怒られた……


 「ま、マリーシア様。いや、その、これ使い方忘れちゃって……すんません」
 『まあ、そうだったのですね! わたくしを無視していたわけでなはいのですねっ!』
 「そんな事しませんよ。マリーシア様にはとてもお世話になってるんですから。感謝してもしきれないぐらいですよ」
 『まあ、まあ、まあ! そうでしたの!』

 おお! マリーシア様の機嫌がなんか良くなった気がする。

 『バルド様は、いまどこにいらしゃるのかしら?』

 俺はナトルにいること、そして宿屋をこじんまりと開始したことなどをかいつまんでマリーシア様へ伝えた。

 『まあ~そのような大変な目に……』

 あれ、俺の伝え方が悪かったか? そこまで悲観的な感じでもないだけどな。でも嬉しいな。ここまで心配してくれるとは。こんな一般庶民のオッサンに。
 そして、俺が心配になったのかマリーシア様から次々と質問が飛んでくる。

 『ちゃんと食べていますか?』
 『ちゃんと歯みがきしてますか?』
 『ちゃんとお風呂入ってますか?』

 いや、おかんか! 
 俺こう見えても39歳の大人だぞ、もうオッサンなんだけどな。

 何故か俺のうしろでも、「バルド様の歯みがきは私がしてあげます~! ついでにお風呂もキャッ♡」「バカ! それはあたしの役目だ! え!? お風呂はその……モジモジ」とか騒がしくなりはじめた。

 断っておくが、オッサン全部1人で出来るからな。

 『そうでしたわ! 肝心な報告を忘れていましたの!』

 マリーシア様の話によると、ゲナス王子は侵略戦争に大敗したものの裏金をフル動員して、国内の反発勢力を抑え込んでいるらしい。

 『にしてもお兄様の潤沢な財力はどこからでているのかしら。間違いなく国庫以外の資金が動いています。何かしら裏がありそうですわ』
 「なんでしょうね。金山とか持ってるのかな?」
 『………』

 あ、しまった……オッサン適当な事言ってしまった。
 マリーシア様が黙ってしまったじゃないか。

 『その件につきましては、引き続き調査を続けます。お兄様はまだ大陸制覇というバカな野望をまったく諦めてはいないようですわ。いずれバルド様にもお力をお貸しいただく時が来るかもしれません』

 うむ、宿屋のオッサンごときに何を求めているのか良くわからんが、マリーシア様のお願いだ。
 俺に出来る限りの事はやろう。

 『ところで―――』

 あれ? なんか急にマリーシア様の音声が鋭くなったような……

 『さっきから、可愛らしい乙女のお声がキャツキャツ聞こえてくるのですが? バルド様?』

 「いや、えと、これはその従業員の声ですよ」
 『そうですの? まさかわたくし以外の女性と、いちゃついているとかじゃないですよね? バルド様?』

 ヤバイ、急に機嫌悪くなったぞ。早く通信を切りたい。

 (リエナちょっと来てくれ。これどうやったら通信オフにできるの? それとなく切れちゃった~みたな感じにできないのか?)
 (やん、バルド様たら~そんなに強く引っ張っちゃダメ)

 『違いますよね! バルド様?』

 (え? リエナ? ここを強く押せばいいのか? ここ? ここ? 長押しってなんだ?)
 (あん、バルドさまったらそんな激しくしたら……やん)
 (どけ! リエナ! あたしが聖剣で叩き切ってやる!)

 『いったい何をコソコソしてますの! 複数の女性の声が聞こえますわ! これは定期的に密に連絡を取らないといけないようですね! バルド様! プン!』

 プツっ―――
 その言葉を最後にマリーシア様の通信は終了した。
 

 うわぁ~こ、怖い……定期的にブルブル来るんだ……
 どうしよう……全然スローライフにならないんですけど。