「クソがぁあああ! 勝つのは俺様だぁあああ!」

 ゲナスの巨体から、黒い筒がズズズとせり出してくる。

 「まとめてあの世に行きやがれぇええ!
 ――――――ゲナス砲、発射ぁあああああ!!」

 巨大な筒から、どす黒い砲弾が地面を揺らしながらこちらに迫って来た。

 「そんなもので、怯むかあぁああ!」

 砲弾発射と同時に、剣聖アレシアは気合の雄たけびをあげる。


 「うぉおおお! ――――――【一刀両断】!!」


 アレシアの放つ虹色の斬撃が砲弾を両断して、その勢いのままゲナス本体に直撃。

 「ぎゃぁあああ! このクソ剣聖がぁあああ!」

 黒い筒ごと本体に亀裂が入ったゲナスは、苦悶の声を上げながらも、別の筒をさらにせり出して砲撃体制にうつる。

 斬撃を繰り出した直後のアレシアに標準をつけて、次弾を発射するも―――

 アレシアの手前で黒い砲弾は粉々に四散する。

 「んだよぉおお、この壁はよぉおおお!」

 ゲナスの前に立ちはだかる透明な壁。

 「【結界】ですよ。あなたが解雇した聖女のね」

 聖女ミレーネが、ゲナスの周りに【結界】を展開していたのだ。


 「聖なる壁よ、その厚みに無限の祝福を! 
 ――――――無限増聖結界(インフィニティプラスホーリーシールド)!」


 さらにミレーネは【結界】を幾重にも張り重なり、ゲナスの稼働範囲を大きく制限する。

 「ぐぁああ! このクソ聖女がぁあああ!」

 ゲナスはその黒い巨体から何本も腕をだして。壁を殴りつけ始めた。

 「無駄ですよ、その壁はあなたの攻撃を防ぐために張ったのではありません」

 ミレーネが、1人の少女に視線で合図を送る。

 「もうじゅうぶん溜まったの! 思いっきりやるの!」

 任せろとばかりに声を張り上げる大魔導士キャル。赤く染まった上空の巨大な岩石が落下を開始する。

 「お、おい、おい、おい、チビ女ぁああ! 何やっていやがるぅうう! やめろぉおおお!」

 【結界】の壁をドンドン叩きながら、ゲナスは焦りの声を漏らす。


 「――――――超極大隕石魔法(スーパーギガメテオ)!!」


 凄まじい轟音とともに、ゲナスに落下する巨大な赤い岩石。


 「げ、ゲナス防御壁(ゲナスシールド)!ぉぉおお……ぷきゃぁああああぁぁぁぁぁぁ……ぁ……!」


 ゲナスも防御壁を出したようだが、そんな壁は無かったかのように巨大な岩石が激突した。
 大きな閃光とともに周辺の空気が激しくうなりを上げ、地面が大きく波打つ。
 その後、凄まじい爆音と爆炎が、ミレーネの幾重にも張った【結界】内を埋め尽くす。

 【結界】内は灼熱の檻と化した。

 しばらくたち―――空が青みを取り戻しはじめると、ミレーネの【結界】が消えていく。

 「フフ、ここまで【結界】を凝縮したのははじめてですよ。キャルの魔法はとんでもないですね……」
 「思いっきりぶちかましてやったの……」

 2人とも地面に膝をつき、肩で息をしている。
 全ての力を出し切ったのだろう。

 爆煙もあらかたおさまり、ゲナスの全貌が俺の目に入って来る。

 その巨体はほとんどが蒸発したか溶けたのか、小さくなり見るも無残なゲナスがみえた。
 黒い塊が再生しようと蠢いているようだが、高温で焼きつくされた余熱により再生が追いつかずに、むしろボロボロと肉片を地表に垂れ流している。

 「どうだゲナス。お前がバカにした彼女たちの力だ」

 俺がゲナスを睨みつけると、今にも全てが崩れそうな黒い塊にゲナスの顔が浮かび上がってきた。


 「く……ク……ソげ……がぁああ……あ……」


 もはや言葉すらまともにしゃべれんか。
 まあ、あれだけの攻撃を喰らって完全消滅していないのだから、邪神の力はとんでもないものなんだろう。

 だが、分不相応な力を得てもゲナス自身は何も変わらない。

 アレシアは絶望的な環境でも必死に生き抜いた。ミレーネやキャルも同じだ。
 そりゃ、なぜ自分だけがこんなにも酷い境遇なのか? 一度もそう思わなかったのかと言えば、噓になるだろう。

 だが、その理不尽にも負けずに、必死にもがいて自力で這い上がってきたんだ。

 もちろん俺も少しは手助けした。
 どん底から這い上がるには、それを助けてくれる環境は必要だろう。

 ゲナスにもその環境はあったはずだ。
 父親である国王陛下、宰相のピエット殿、そして―――マリーシアさま。

 ゲナス、おまえはその人たちの言葉を全く聞かなかった。
 アレシアたちは違う。
 少しずつだが、他者の意見も聞くようになった。

 そして、自分の出来ることを探して、努力を積み重ねて目標を勝ち取った。

 それが今の彼女たちだ。


 「ゲナス―――おまえは周りの言葉を聞かずに努力を怠りすぎたんだ」


 俺の言葉に、ゲナスはボロボロの体を揺らしながら、擦り切れたように声を出す。

 「だ……ま……れぇぇ……こうなった……ら……みな……コロし……俺様自爆(ゲナスボム)ぅぅぅぅぅ!」

 その言葉を絞り出すと。ゲナスの体の揺れが増していく。
 もはや再生すらしなくなった黒い肉片が、ボトボトと落ち始める。

 ―――ん!?

 「ギャ……ハ……ハ……ハァァァ、バ……ルド……シネェェ……ェェ」

 ボロボロと肉片を落とすゲナスの体から、赤く光るものがむき出しになる。


 あれは――――――核か。


 「む、核がどんどん膨れ上がっていくぞ……」

 「バルド先生、ゲナス王子からとんでもない魔力が核に流れ込んでいます!」

 ミレーネが聖杖を支えに立ち上がり。ゲナスの異変に焦りをにじませる。

 「このまま膨らみ続けたら……今のゲナス王子の体では維持できなくなり……」 
 「爆発するということか……」

 ミレーネが静かに頷き、聖杖を掲げて【闘気】と魔力を練ろうと踏ん張り出す。

 もうミレーネに【結界】を張る力は残っていないのに。

 アレシアとキャルに目を向けると、彼女たちも立ち上がり再度死力を尽くそうとしている。

 ―――頑張ったな。

 もう、じゅうぶんだ。

 「3人とも下がりなさい。よく頑張った」

 本当に良く頑張ったな。だからあとは……


 オッサンに任せろ。


 俺はその場で深く深呼吸する。肺の隅々まで、身体中に空気をいきわたらせて。

 「ぬぅうううう―――」

 【闘気】を体中に巡らせる。

 体力はさきほど、ミレーネが全回復してくれた。
 だから、極限まで【闘気】を練り込むことができる。

 剣を正眼に構えて、ゲナスの膨れ上がった核にその切っ先を向け―――



 ―――――――――せいっ!!



 俺が剣を鞘に収めると同時に、ゲナスの膨れ上がった核がスッと左右にずれていく。


 「ぐぅぎ……いぃぃ……クソぉ……ぉぉ……なぜ……ぇぇ……」


 それがゲナスの最後の言葉だった。



 ◇◇◇



 邪神と化したゲナスが消滅してから半日が経った。

 俺たちは、ナトルへの帰り支度をはじめている。
 マリーシアさまと親衛騎士団は、このままフリダニア王都に向かうとのことだ。

 マリーシアさまに別れの挨拶に向かうと、顔をぱぁ~と輝かせて俺の方に駆け寄ってくる天使。

 「バルド様、また助けて頂きましたね! 本当に感謝致しますわ!」

 感謝を連呼しながら、グイグイその綺麗な顔が俺に迫る。
 近いな……この王女、最近リエナのような感じになってきている気がする。

 「いえ、俺の出来ることをしただけですよ。それと、ゲナス王子のこと……」

 俺は言葉を詰まらせてしまった。
 本来ゲナスは捕縛してその罪を王国が裁くべきだったのだが、状況的にそんなことを言っている場合ではなかったから。

 「いえ、ゲナスはもはや司法でも裁ききれないほどの罪を犯してしまいました。バルド様には嫌な思いばかりをさせてしまいましたわ……でも……それでも兄は兄ですの」

 先程のグイグイ王女から一転して、悲し気な表情をみせるマリーシアさま。

 ゲナス……彼が一言でも彼女の言うことに耳を傾ければ。

 ……いや、今更仕方のない事か。

 「マリーシアさま」

 俺は彼女にどういうふうに声をかけようか迷ったあげく、思いつかないまま名前を呼んでしまった。

 「バルド様、ありがとうございますわ!」
 「え……?」

 「あんな兄でしたが、バルド様は最後までゲナスと、兄の名前を呼んでくれました。それにちゃんと怒ってくれていましたわ」

 彼女は、俺の手を取り自身の手をそっと重ねて言葉を紡いだ。

 「もうじゅうぶんですわ。お手間をとらせました、バルド様。またいつかナトルの宿屋に寄らせて頂きますわ!」
 「ええ、いつでも歓迎しますよ」
 「言いましたわね~~王都に戻ったら絶対国を建てなおしして、か・な・ら・ず、お迎えにあがりますわ!」

 そう言うと、マリーシアさまは一礼して、その場から離れて行った。
 去り際に見せた彼女の表情から悲しさは無くなっており、いつのもの笑顔だ。
 にしてもお迎えってなんだ?

 マリーシアさまとの挨拶を済ませた俺は、みんなの方へと向かう。

 「あ、先生!」 

 アレシアは【闘気】を使い果たしてヘトヘトなはずだろうに。率先して負傷兵の移動や物資の運搬を手伝っていた。
 あたし力仕事ならいくらでもやれますと。


 「バルド先生、お疲れまです」

 ミレーネは魔力を使い切ってしまったが、包帯を巻いたり負傷者の手当てを進んでやっていた。
 例え回復魔法が使えなくても、やることはいっぱいありますからと。


 「バル~~」

 キャルは、俺たちが持ってきたアンパンをみんなに配っていた。
 「これうまいの」と若干照れながらも全員の口に突っ込んでいた。男女分け隔てなく。
 魔力はカラでもアンパンは配れるの、と。

 俺は3人の顔をしっかりと見る。

 「3人とも本当に良く頑張った。偉いぞ」

 アレシアは、少し頬を赤くして微笑んだ。
 ミレーネは、フフと口元を緩めて微笑した。
 キャルは、がんばったの~と飛び跳ねながら笑顔を弾ませた。

 三者三様のいい笑顔だ。

 オッサンこの年になってこの天使の笑顔を貰えるとは。
 3人と出会えて良かったよ。


 さて……


 あと一人の天使に視線を向けると。

 「やっぱり私はお荷物でしたね……王城に籠っていた方がいいのかな……私」

 リエナにいつもの笑みは無く、そう言って俯いてしまう。

 まあ、正しい姫の在り方はオッサンも良く分からんよ。
 だが……

 「何を言うんだ。リエナが宿屋を盛り上げてくれなかったら、俺はすぐに廃業してたさ」
 「え……?」

 「廃業してたら、アレシアもミレーネもキャルも、そしてセラもシロもみんな集まれなかっただろう」
 「えと……バルドさま?」

 「つまり、リエナは俺の宿屋にいてくれないと困るんだよ」

 俯いていた顔を上げると
 リエナは少し安堵したような笑みをこぼして―――

 「私、やっぱりバルドさまから離れません! さっきのはなしです!」

 そう言って、飛びついてきた。
 いつも通り―――

 バイ~ンと。

 ふむ、いつも通りの膨らみタユンポヨン祭りだ。

 まったく、無防備にも程がある。オッサンが説教のために口を開こうとすると―――

 3人のタユンポヨンが追加された。
 弟子たちだ。まあ、若干1名タユンでもポヨンでもないけど。

 「こ、こら! なにやってんだ……」

 オッサンにタユンポヨン祭りをやる意味がまったくわからん。
 それでなくても、オッサンの白ティがそこそこ臭い可能性もあるんだぞ。

 リエナに至っては「いい匂い」とか言い出す始末。
 いや、本当に不安だ。この子の将来にオッサンの臭いとか絶対に不要だからな。

 あと、遠くから刺すような怖い視線を感じる。マリーシアさまのような気がするが、気が付かないふりしてよ。


 タユンポヨン祭りがしばらく続いたのち。俺たちは帰り支度を整えた。

 「バルドさま~」

 リエナが俺の手を掴む。え? おててつないで帰ろうってことか?

 ま、まあいいけど……

 「バル~~」

 もう片方の手をキャルがしっかと掴む。

 「まあ、ワタクシは? バルド先生」
 「あ、あたしも……先生と……」

 ミレーネとアレシアが不満を漏らす。

 誰が誰の手を握るかとか、他愛もない事で揉める俺の可愛い従業員たち。

 いや―――

 こういう他愛もない事の積み重ねが、スローライフなのかもしれんな。
 俺は愛すべき弟子たちやリエナを見て、なんとなくそう思った。

 なにはともあれようやく終わった。

 ―――さて

 宿屋「親父亭」に帰ろう。


 今度こそオッサンのスローライフ開幕だ。