「調子に乗るなよぉおおお! 無能野郎がぁあ!!」

 ゲナスはその巨体から無数の手を伸ばして、戦場に転がる剣を次々に拾っていく。

 「細切れになりやがれぇええ!」

 力任せに次々と剣を振るうゲナス。
 無数の黒い斬撃が、俺めがけて飛んでくる。

 ―――すぅうう

 呼吸を整え、【闘気】を身体に巡らせた俺は、剣を構えて―――

 「せいっ!」

 一筋の剣閃が黒い斬撃と衝突して空中ではじけ飛ぶ。

 「せいっ!」「せいっ!」「せいっ!」

 次弾の斬撃も同じ。そしてその次も、全て。


 「どうしたゲナス! こんなものか!」


 「グッ……クソっ!」

 ゲナスはふたたび黒い斬撃を繰り出そうと、その巨体から突き出た無数の手を動かすが……

 ―――遅い!

 俺は地を蹴り、ゲナスとの間合いを一気に詰める。
 そしてその勢いのまま―――


 「――――――せいっ!」


 「ぎゅあぁあああ! 痛てぇえええ!」

 ゲナスの叫びと共に、無数にある腕の1本が宙にとぶ。

 さらに攻撃の手を緩めず、斬撃を続けざまに放っていく。
 次々に斬り落とされる腕。本体にも数撃叩き込んだ。しかし……

 おかしい―――

 斬っても斬っても数が減らない。

 「ぎぐぁああ! 痛てぇ! だが―――俺様の再生能力を舐めるなよぉおお!」

 なるほど、切った付け根から再び腕が生えてきている。
 胴体の方も同じく、俺のつけた斬撃跡は徐々に修復されていく。

 「ギャハハハ~~どうだ~~いくら斬っても無駄なんだよぉおお!」

 巨体をブルブルと震わして愉悦に浸るゲナス。
 ふむ、最大出力で真っ二つに叩き斬っても良いのだが―――

 それをするとリエナが危ない。

 「ば、バルド先生……おそらく……ゲナスの核を斬らないとダメです……」

 ミレーネが顔を歪ませながらも、俺に伝えてくれた。
 ゲナスの呪いか魔法で精神的な負荷をかけられているのだろう。顔が真っ青だ。

 なるほど、核か。
 人間でいう心臓のようなものなんだろう。

 「ワタクシのことは大丈夫ですよ……フフ」

 ミレーネ……。

 すまない、ここはリエナを優先させてもらうよ。
 俺の弟子にそこまで軟な奴はいないからな。

 「ああ? 俺様の核を斬るつもりかぁああ! そりゃ無理だぜぇえ!!」

 俺たちの会話を聞いていたのか、ゲナスがグフフとニヤケながらその体を躍動させた。

 ゲナスの肉体から赤い宝石のようなものが浮かび上がる。
 あれが核か……

 しかし、なぜわざわざ核の場所を教えるんだ?

 その答えはすぐにでた。

 「むっ? 動いている?」

 「ギャハハハ~~そのとおりだぜぇ! 俺様の核は絶えず移動しているからなぁああ!」

 勝ち誇ったように剣を振り放つゲナス。
 俺はゲナスの放つ黒い斬撃を弾きつつ、無数の腕を斬り落とす。

 が、いくら斬ろうが一向に腕の数は減らない。

 「ギャハハハ~これで俺様へのとどめはさせないなぁ、いくらでも斬るがいいさ! 再生しまくってやるぜぇえ!」

 たしかにこれはやっかいだぞ……
 どうする?

 黒い斬撃は対処可能だが、ゲナス本体を倒さなければ意味が無い。

 「ギャハハハ~~どうしたどうした~~バルド~貴様の体力が尽きるまで攻撃し続けるぜぇえ!」

 俺が攻めあぐねていると、ゲナスの動きが止まる。

 ―――!?

 「ぐがぁ……このクソアマがぁ……」

 あれはリエナ!?

 ゲナスの体から浮き上がってきたのは、なんとリエナだった。
 その体に赤い核を抱えている。

 「クソがぁあああ! まだ消化されてないのかよクソ娘がぁ! 俺様の核を離しやがれぇええ!」

 取り込まれたリエナは、ゲナスの核にしがみつきながら俺に叫ぶ。

 「さあ、バルドさま! 核の動きを止めました。今のうちに私ごと斬ってください!」

 この子は……

 ふぅう―――

 俺は一息深呼吸してから口をひらく。


 「リエナ、それは出来ない相談だ」


 「で、でもバルドさま……今は議論している時間はありません! だって私の魔法力と体力はもうほとんど無いんです。ゲナスを止められる時間はわずかです……早く!」

 「だからダメだと言っているんだ」

 「なぜです!」

 「―――俺は……従業員を辞めさせたことがない……」

 「え? なんですか? こんな時になに言ってるんですか? 私1人ですべて解決ですよ。また大好きな宿屋を再開してください! もとはと言えば……私が巻き込んだんですし! 今はそんなことよりこの悪魔を止める方が重要です!」

 ダメだ……

 俺は巻き込まれたつもりもない。
 オッサンはただひたすらに宿屋の店主だった。

 宿屋を営む以上は、従業員を雇う。
 かつてフリダニアにいた頃にも従業員は雇っていた。

 みなそれぞれの理由で辞めていく。
 しかしそれはみんな自身の意思で去って行くのだ。

 俺は雇った以上はその子に対して責任を負う覚悟で雇う。
 自らの意思で退職しない限りは、最後まで面倒を見る覚悟だ。
 もちろんこの考え方が全てではない事はわかっている。

 だが、俺は宿屋の店主だ。
 俺の店は俺のやり方でやる。

 そしてリエナは俺にとって大事な従業員だ。
 だから……


 「――――――そんな退職理由は認めない!」


 「ば、バルドさま……」

 「リエナ、もうちょっと我慢してくれ。すぐ助けるからな―――」

 俺はゲナスとの間合いを一気に詰めて、そのままゲナスの体にダイブした。

 「ギャハハハ! てめぇ自ら取り込まれるとはぁ、やっぱお前はアホだなぁああ!」

 俺の体がゲナスの巨体に取り込まれていく―――

 たしかに、そうかもしれんな。
 だが、負ける気などこれっぽっちもしない。


 「アホはどっちかな? さあゲナス―――
   ――――――俺の【闘気】全部くれてやるっ!」