「よく頑張った。キャル」
 「う……うん。ありがとなの、バル」

 魔王を消滅させるなんて、本当に凄い子だ。
 それに、キャルは自分のトラウマ克服の第一歩を踏み出した。

 これはあとでアンパン買ってやらんとな。

 「やったな、キャル! 魔王を吹っ飛ばすなんて!」 
 「フフ、頑張りましたねキャル。魔王もメテオに挟まれるなんて思わなかったでしょうね」

 駆けつけてきたアレシアとミレーネが、逃げようとするキャルの頭を強引に撫でまわす。
 2人はキャルにとって兄弟子となるのだが、キャルはいつも子供扱いされることに憤慨する。
 まあ2人にとっては、妹のような存在なんだろう。

 そこへ天使のお声が2つ追加される。

 「「バルドさま」様~~」

 リエナにマリーシアさま。2人の王女だ。

 「ふぅ……」

 これで無事に帰れそうだな。

 と一息ついたのも束の間―――

 そんな安堵の息をかき消す、聞き覚えのある声が飛んできた。

 「んだよぉ~~これぇえええ!」

 フリダニアを追放された時に聞いた声だ。

 「俺様の軍が……なぜ消滅するんだぁああ!」

 ゲナス王子か―――

 「ざけんなよぉおお! 魔王なにやってんだよぉおおお!」

 取り乱すゲナス王子に、黒い影がズズズと近づいていく。

 「何が俺様の軍だぁ!」

 あれは! 魔王―――!?

 黒い影は魔王の形になり、ゲナスの体にべったりと取り憑いた。
 まだ生きているのか?

 俺は剣の柄に手をかけて、様子を伺った。なにやら揉めているようだが?

 「おまえ~~なんなんだあいつは! 石投げただけで我の実体を吹き飛ばしおった! なにがただのオッサンだぁ!」 
 「ああ? 知るか! あんなオッサンにやられるてめぇがクソなんだろうがぁ、なにが魔王だ!」 
 「おかげで我は再び魂のみの存在となってしまったではないかぁ! また永き眠りにつかねばならん!」
 「ざけんな! 俺様の王国返り咲き計画をどうしてくれんだ! 契約どおりあのバルドのクソ野郎をぶっ殺せよ! さあ! 早くやりやがれぇ!」

 「黙れ……バカ王子が」

 魔王がそう言った直後に、ゲナスの身体が黒く燃え上がる。

 「グハァああ! んだよぉ? これぇええ!」

 「ククク、バカ王子が……永久に黒い炎に焼かれ続けるがいい」

 その言葉を最後に、魔王の影は音もなく崩れ去っていった。

 黒い炎にまかれながら、身体を捩じらせてその場でのたうち回るゲナス。

 「ぐぁあああ! 熱い、熱いぃいい! 鏡ぃいい! なんとかしやがれぇええ!」
 『ハハハ~どうにもならんのう』

 なんだ? 
 ゲナスは誰と話している? まだ魔王がいるのか?

 「さっさとなんとかしろぉおお!」
 『だから、どうにもならんと言いっておろうが、お主も年貢の納め時じゃのう~ハハハ』

 ゲナスが何かと話している間も、黒い炎は彼を焼き続けた。
 ドロドロとただれていく皮膚。そこら中に焼ける臭いが漂い始める。

 「お兄様……」

 おれの傍でマリーシアさまが、何とも言えない声を漏らした。
 ゲナスはあまりに多くのことをやりすぎてしまった。多くの罪なき人を不幸に落とし、時に命を奪い。
 必ずその報いは受けなければならない。

 だが、このような形での終幕は予想できなかったことだ。

 俺はマリーシアさまの手を優しく握ってやることぐらいしかできない。
 そこへ、凄まじい憎悪の視線を叩きつけてくるゲナス。

 「お……俺様のマリーシアをぉぉおお……クソぉおお……全部おまえのせいだ……クソぉおおお!」 

 ゲナス王子……
 彼の目がどす黒く濁りはじめる。

 「――――――バルドぉおおお!」

 のたうち回りながらも、憎悪をたぎらせた目をギラギラさせて俺を睨みつけてくるゲナス。激痛よりも憎悪の方がまさっているかのように。

 『ハハハ~やっとこの時がきたわい。よう頑張ってくれたのうゲナス』

 また変な声が流れてくる。
 ―――なんだこれ?

 「んだよぉてめぇ~~この時ってなんだぁああ~~鏡ぃいい」
 『ハハハ~わしは邪神じゃ。復活のため他者の邪心を喰らい続けて数千年~ハハハ〜』

 「なんなんだよ、これ! クソ、クソ、クソ、クソ、クソォオオオ!!」

 ゲナスの身体が真っ黒に染まっていく。
 それは魔王の黒い炎すら消し去っていくほどの深い闇。

 『ゲナスよ~お主の邪心は美味であったぞ。まさかわしが復活できるまでの邪心を生み出すとはなぁ』

 どうやら、邪神なるやつがゲナスの体に取り憑いているようだ。
 爪の先から頭の上まで、何もかもが闇に染まり始めるゲナス。全身をビクビクと痙攣させて、もはや人間なのかも分からないぐらいの異形に変貌していく。

 『ハハハ〜墜ちろ堕ちろ〜さあ〜いよいよじゃ。ワシは復活するのだぁ……』

 ところが、邪神とやらの高笑いがピタリと止まる。

 『ふ、復活するんじゃ……クソ……』

 邪神の声に混ざる声。

 『ふっか……クソが……』

 ―――この声は!?

 「『クソがぁあああ! こんなところで終われるかよぉおお!!』」


 やはり、ゲナスの声―――


 『ばかなぁ……逆にわしを取り込むじゃと……まさかお主ぃ……邪神よりも邪悪な存在なのかあああぁぁぁ……』
 「はぁ? 分けわかんねぇこと言ってんじゃねぇ! おまえはすっこんでろ!」
 『あり得ぬぅぅぅ……なんじゃぁぁ……ぁ……』

 邪神とやらの声が消えていくと同時に、異形の中からゲナスの顔が浮かび上がってくる。

 「んん? なんか力がみなぎってくるぜぇ―――おらぁああ!」

 ブンと異形が腕らしきものを振るう。
 黒い塊がとてつもない速度で放たれ、前方の岩を粉々に粉砕した。

 「すげぇ! すげぇ! ギャハハハ! 俺様は最強だぜぇええ!」

 ゲナスが俺の方にそのどす黒い体を向けて、ニヤリと口角を吊り上げる。

 「さあ~~クソバルドぉおお! ぶっ殺してやるぜぇえ! ギャハハハ~~覚悟しやがれぇええ!」

 手に入れた力に酔っているのか、上機嫌で笑い出すゲナス。

 ―――ふぅ……。


 ―――いいだろう。


 俺はゲナスの濁った瞳に視線を向けた。


 「ゲナス! ケジメをつけてやる――――――こい!」