~キャルがバルドに再会する数日前~


 「くそぉ~~~」

 俺様はたった1人で海岸線を歩いていた。あてもなく。
 衣服もボロボロ、金もない。

 『ハハハ~~見るも無残なありさまじゃわい』

 悪態をついているのは「鏡」だ。
 ボンクラ親父を廃人にして、俺様が王代理になるための入れ知恵を寄こしたやつ。

 「ちっ……ボロボロの破片のクセに、グダグダ言うんじゃねぇ」

 俺様は魔物大量発生《スタンピード》により、ボロボロにされた。
 天才的な頭脳で戦況を分析し、戦術的退却を迅速に行ったにも関わらず、空から魔物が降ってきてボロボロになった。

 なんだこれは?

 しかも下民どもは、どっかから現れた【結界】によって無傷だ。

 なんなんだ、これは?

 なぜこの俺様が、1人徒歩でこんなクソ海岸を歩かなきゃならねぇ。
 周辺の村では俺様を探してやがる。

 クワや縄を持ってな……

 俺様を捕まえる気だ。下民どもが調子に乗りやがって!
 もう何日もまともな食事にありつけてねぇ。

 なんで俺様がこんな目にあうんだ?

 イライラしつつも視線を海岸線に向けると、一隻の船が見える。

 「ああ? 港か……」

 『ハハハ~船で他国にでも逃げるのか~~』
 「ああ? 俺様は逃げねぇ、返り咲くんだよ。本来の玉座になぁ」
 『たった1人でかのう~~』
 「黙れ……ん? たしかあの船は……国外派遣の船舶……」

 他国に長期派遣していた魔法師団の視察団どもだ……たしかその中には……


 ―――大魔導士のやつもいたはず!


 「ククっ……やつを俺様側に取り込めば……まだチャンスはあるぞ」

 『ハハハ~~もはや死にかけのクセに、また悪だくみか~いいぞぉ~~』



 ◇◇◇



 「よくぞ戻って来た! 我が精鋭の魔法師団よ!」

 俺様は下船したばかりの視察団に、声をかけてやる。
 この俺様が直々に声をかけてやってるんだ。ありがたい事この上ないだろう。

 ……反応薄いな、こいつら。

 王代理だぞ。速攻で平伏しろよ。

 「おい! 大魔導士はどこにいる? なんだ……え~キャルなんとかって奴だ!」
 「キャルット・マージさまなら目の前にいらっしゃいますよ」

 使節団の1人が俺様の目の前を指さした。
 ザコが、俺様に指さしてんじゃねぇ……っと。目の前ってどこだよ? ああ? 

 ―――おいおい。

 「ちっちぇなあ! まさか―――おまえか?」

 なんだこいつは、まるで子供じゃねぇか。大魔導士ってこんな奴だっけか?

 「なに? あんたなんなの? キャルに用なの?」
 「ぐ……貴様、俺様に向かって口の利き方を~~」
 「オレサマって名前なの? 変なの」

 「くそっ、減らず口を叩くな! ―――俺様はゲナス王子だ!」

 「ん? ゲス?」

 「違う! ゲ・ナ・ス、だ!」

 「ちょっ、近いの。クサイから寄らないでなの」

 はぁあああ、この俺様がクサイだとぉお!

 「ふざけるな! 王子の俺様がクサイわけがなかろうがぁ! これだから下民あがりは品がないぜぇ」

 「なんでボロボロの服装なの? あやしいの」

 なんでもクソもあるかぁ! 空から魔物が降って来たからだよぉおお!
 ムカつくこと思い出させんじゃねぇえ!

 が、今それを口にするのはマズイ。うまく言いくるめて俺様の配下にしないとなぁ。

 「見ろ! 王家の紋章入りの剣だ! これは王家の者しか持っていない!」
 「ふ~~~ん、なの」

 ふぅ……納得したか。
 なんで俺様が王子の証明をしないきゃいけねぇんだ。普通、一発でわかるだろうが。

 「で、(仮)王子がなんの用なの?」


 「(仮)ってつけるんじゃねぇえええ! クソっ……貴様を臨時招集するんだよ。王都に向かうからお前もついて来い!」


 「なんでキャルがゲスと行くの? 行きたきゃ、一人で行けばいいの」

 「ムカァ~~~クソバルドの弟子がぁ~~全員イライラさせやがる!」

 減らず口ばかり叩きやがって……
 こんなチンチクリンの子供にバカにされてたまるかよ。

 「ちょっと、いまバルのこと、口にしなかった?」
 「ああ? バル? あのクソバルドのことか?」
 「クソはいらないの、ゲス王子」

 「ぐっ……あんな能無しのことはどうでもいい! 追放されて、どこぞで野垂れ死んでるだろうよ。そんなくだらないことより俺様についてこい! 王都を取り戻すんだよぉ!」

 「追放ってどういうことなの? 意味がわからないの」

 「ああ! 能無しで国税を横領しまくった罪で俺様が追放してやったんだよ! もういいだろ、そんなどうでもいいこと」

 「それはウソなの。バルは横領なんてしないし、無能でもないの」

 ぐぅううう、こいつもかよぉ。
 聖女のやつもだが、こいつらのバルド崇拝には辟易するぜぇ。
 あいつ、奴隷契約の禁術とか使ってやがるのか?

 でなきゃ、無能バルドより有能な俺様につくに決まってるからなぁ。

 こうなりゃ力ずくでも連れて行くか。道中で俺様の偉大さに気づくだろうよ。

 グイっと生意気魔導士の掴もうと手を伸ばすと……

 「ヒッ……ち、近寄るななの!! お、男……」

 なんだ? なにをビクついていやがる。
 それにすげぇ汗だぞ……そんなに暑かったか?

 「おい、この俺様に手間かけさせるな! さっさと行くぞ!」

 生意気魔導士にズンズンと近づくと……

 んん? なんだ空が……!

 赤い……!?

 おいおいおいおい~~~

 こいつまさか~~~隕石魔法(メテオ)使う気か……!?

 「それ以上キャルに近づいたら! 跡形もなく消し飛ばしてやるの!」

 ―――いかれてやがる……

 「何を言ってやがる! これは王代理としての命令だ! 従いやがれぇ!」
 「(仮)王子の言う事なんか聞かないの。ていうか、怪しいしクサイの」

 空は赤いままだ、こいつ本気で魔法を発動する気か……

 ―――ダメだこいつは。

 「この気ちがいチビ女がぁああ! 貴様なんぞはクビだぁあああ!」

 「そう、じゃあキャルの好きにするの。もうこの国にいる意味ないの、バル探しにいこ~なの」

 そう言うと、チビ女は去って行った。



 ◇◇◇



 「なんだあいつは、あんなのが三神なのか」

 俺様は、再び海岸線を当てもなく歩いていた。
 空を見上げると、本来の青さを取り戻している。

 正気かあいつ……頭のネジがぶっ飛んでやがる。
 あんなもんぶち込まれたら、完全に消滅しちまうじゃねぇえか!

 『アッハッハッハ~フラれてしもうたのぅ~』

 ポケットに入っている鏡の切れ端が、イラつく声を出す。

 ん? 腰が軽い……
 歩みを止めて体を触る……
 どうやら、王家の剣も落としてしまったようだ。


 ―――なんなんだこれは?


 「鏡ぃいい、答えろ! なんだこれはぁああ!」

 なぜ俺様がこんな目にあわなければならない!
 俺が最も有能なんだ! 俺が王に相応しいんだぁ!

 『ハハハ~そうじゃ~お主は正しいのだ~周りがアホなだけだぞ~~』

 そうだ、優秀な俺様が滅びるはずがない!

 そんなことはあってはならない!

 『まったくお前の心は美味がすぎるわい~~ではご馳走になったお礼と言ってはなんじゃが。一発逆転劇というこうか~~』

 「ああ! また適当な事言いやがって……粉々にするぞ、鏡」

 『いやいや~わしはお主の事だけを考えておるぞ~』

 「チッ、まあいい聞いていやる。なにがあるんだ?」

 『今から行くんじゃよぉ~~魔王の祠にのう~~』

 「ああ? なんだそりゃ? 魔王なんているわけねぇだろ」

 『現世にはおらんのう、祠に封印されておるからのぅう~ハハハ~~封印を解いてやれば、喜んで力を貸すだろうなぁ~』

 「なんだと……」

 俺様の足は再び動き出す。

 魔王の祠に向かって。