うぉおおおお!

 す、凄い!

 俺は、いま感動している。ナトル王都の有名アンパン店に来ているのだ。
 あ、もちろん心の声だ。お店で本当に雄たけびをあげたら迷惑だからな。

 以前に王様から貰ったアンパン割引券(永久)。

 ―――やっと使う時がきた。

 色々あって使う暇がなかったが、ようやくだ。

 もう昨日は寝れなかったぞ。興奮しすぎて。
 みんなも後からお店に合流予定だ。ちなみに宿屋の店番はセラにしてもらう。

 オッサンもう我慢できなくて、フライングしてしまった。

 さて……みんなが来るまでに全商品を確認するぞ~~

 店内は宝の山だ。

 通常のアンパン、といってもお店により特色は違う。
 パンの生地から形状、中に使用するアンや香りなど。そのお店の特徴が必ずある。

 まず、通常アンパンは確保したいところ。

 それから―――

 むっ! この黄色いのはなんだ!?

 レモンアンパンだと……

 いかん、これは食べたことがない!

 レモンの酸味とアンでどういう美味になるんだ!
 などとウキウキしていると、お店のドアが開いた。

 「あら~~ここがそのお店ですの~」

 新たなお客が来たらしい。が……俺の興味はアンパン一点集中だ。

 「ちょっと、ナルキン伯爵夫人が来店してあげたのよ。わたくしに一礼もないのかしら!」
 「こ、これは伯爵夫人。ようこそおいでくださいました」

 なんか店員さんがおばさんに絡まれてるな。会話の内容は良く聞こえんが、色々アンパンの説明をしているようだが。
 しかし……接客業ならばこの程度のことは日常茶飯事だろう。俺がしゃしゃり出ることでもない。

 というかアンパンの方が気になる!

 「アンパンねぇ……やはり平民の底辺食ですわね。わたくしのような高貴な者には釣り合いそうにもないわ。もっと高い品はないのかしら?」
 「いえ、商品はここに出ているものが全てです……当店はより多くのお客様に、アンパンを楽しんで頂きたいので……」

 おばさん……絡みすぎだよ。

 ―――しょうがないか……

 「おばさん! アンパンは黙って選ぶもんだ!」

 あ~しゃしゃり出てしまった。
 しかしこのままだと俺のウキウキタイムが、雑音で邪魔されてしまう。

 「お、おばさん!? なんて無礼な! このような小汚いオッサンをお店に入れるなんて! どうなってますの!」
 「ああ……もしかして金が足りないから絡んでるのか? しょうがないおばさんだなぁ~」

 なるほど、どうしてもアンパンが食べたいんだな。それでいちゃもんつけてるのか……
 その食べたくて我慢できない気持ちは俺も良く分かるが、人に迷惑をかけてはダメだ。

 引き続き、何やらわめいているおばさん。

 ―――しょうがない。

 俺はポケットから一枚のカードを取り出して、店員さんに渡す。

 「これを使って、おばさんの分も割引してあげられるか?」
 「こ……これは! 王家の紋章!? あなたはもしや……」

 ん? なんか店員さんが慌てだしたぞ。

 まあ、割引券を他人にまで使うのはマナー違反ではある。そこはお店のジャッジに委ねるよ。
 ダメだとしたらおばさん……すまんが諦めてくれ。

 「なんですって! ちょっと見せなさい! っ……!? 紛れもない王家の紋章ですわ! それに国王陛下の直々のサインまで!? あなたなに者ですの!」

 ただのオッサンだよ。

 そこへお店のドアが開く。

 「先生~~あ、いた~~」
 「バルド先生、先に行ってしまうんですから、アンパンの事になると見境ないのは以前と変わりませんね、フフ」

 アレシアとミレーネだ。

 「なあぁああ! あちらの方は剣聖さまと聖女さまではなくて! 王城の祝賀パーティーで見ましたわ!」

 そして……

 「バルドさま~~お待たせしました~」

 リエナもやって来た。

 「ななななぁあああああ!! ひ、ひ、姫さま!!」

 「あら? ナルキン伯爵夫人ですね? ご無沙汰しております、ご機嫌よう。バルドさまに何かご用ですか? 随分とまくしたてる声が店外に響いていたようですけど」

 「ひぃいいいいい! ご、ご、ご機嫌よう~~。こ、こちらのオッサ……じゃなくて紳士とはちょっと世間話を……わ、わたくし、急用を思い出しましたぁ、失礼いたしますわぁああああ!」

 おばさんはとんでもない勢いで、店外へ飛び出して行った。

 なんだったんだ? あの人?

 まあいいか、そんなことより―――アンパンだ!

 「いや~~どれにするかな~~迷う……」

 俺のアンパンを入れるトレーは何も置かれていない。
 だって、決めきれないんだもん。

 チラッと彼女たちの方に視線を向けると。

 「あたしはこれにする!」
 「ワタクシはこの紅茶のアンパンにします」

 ポンポンと2つのアンパンが俺の持つトレーに置かれた。

 ―――決めるの早くない?

 ちゃんと考えたの?

 この子達大丈夫かと心配している最中に、リエナもアンパンを置いてきた。

 「バルドさま、悩みすぎですよ」
 「いや、ここは悩みどころなんだ……あと少し時間をくれ……」
 「ドラゴンにわき目もふらずに突っ込んじゃうのに……本当にアンパンが好きなんですね」

 「ああ、リエナ。先生がこうなったら待つしかないぞ」
 「そうですね、ワタクシの見立てだと、あと一時間はかかりますね」

 「アレシア、ミレーネ……ウソでしょ。しょうがないですね……バルドさま」

 「んん? なんだリエナ」

 「好きなものを好きなだけ選んでください」


 「な―――なんだとぉおお!!」


 おっと、店内で思わず叫んでしまった。ゴメンなさい。

 「し、しかしリエナ。予算は1人2個までって言ってたじゃないか。予算オーバーは宿屋的に大丈夫なのか!」

 「もう、アンパンで潰れませんようちの宿屋は。経理を受け持つ私が大丈夫と言うんだから、いいんですよ」

 黄金色の髪の毛をなびかせながら、俺の天使はそう呟いた。

 マジですか!!

 ヤバイヤバイヤバイ

 ってことは―――

 「えと、まずレモンアンパンだな」

 それから―――

 「キャルはこの塩アンパンにするの」

 「よしよし、キャルは塩アンパンだな……」

 んん? 

 めちゃくちゃ聞き覚えのある声……

 次の瞬間―――

 何かが俺に飛びついてきた。小さいなにかが。
 俺はこの小さい何かに覚えがある……

 「バル~~久しぶりなの~~~」

 そう、三神の1人、大魔導士キャルット・マージである。

 俺の元弟子だ。