「よ~~~し! 開店だ!」

 追放されて流れ着いたナトル王国。その王都はずれにポツンとある古い宿屋。
 今日からここが俺の城である。

 偶然にも王様と姫を助けたら、なんと褒美としてこの宿が与えられた。
 2階建てのこじんまりした宿屋で、少し見た目は古いが中はとても綺麗に清掃が行き届いていた。

 「せいっ!」「せいっ!」と日課である朝の鍛錬を終わらせた俺は、1階の受付にてドアを解錠する。

 「にしても何故ゆえにリエナ姫が従業員なんだ……」

 全くもって意味がわからんが、ナトル王国の第一王女がこの宿で働くことになった。
 というか本当なのかなぁ。仮にも王女さまだぞ。これ王族ジョークなんじゃないかと疑う。

 「今日は朝から出勤するとか言ってたけど」

 護衛騎士とかゾロゾロ引き連れてやって来るのだろうか。俺的にはあまり目立ちたくない。王族のゴタゴタはフリダニア王国でさんざん味わったからな。

 「バルドさま~~おはようございます!」

 ブツブツ独り言を言ってたら、うしろからムニュっと柔らかい感触がオッサンの背中に伝わってきた。

 ―――って、どっから来たの!?

 「り、リエナ姫、なぜうしろから!? あと近いですよっ!」

 「リエナ姫じゃくて、リ・エ・ナ、ですよ」
 「いや、しかし王女殿下に……」
 「だってバルドさまは雇用主なんですから! 私は従業員ですから! 敬語もいらないです! はい、リ・エ・ナ」

 う~ん、雇ったおぼえは全くないんだが。とりあえず、俺の背中に張り付いているリエナをそっと剥がす。
 まあいいか。今後も本当に働いてくれるのなら、敬語なんて使うのも正直シンドイし。

 「で、リエナはどこから来たんだ?」

 見たところ、表から入ったとは思えない。そんなすご腕アサシンみたいな動きをされても困るし。それに護衛らしき騎士たちの姿もない。

 するとリエナは、受付カウンターうしろをビシッと指さした。

 あ、床になんか地下につながる隠し階段ぽいのがある……

 「ふふ~~この宿屋、実は有事の際の王城脱出ルートなんですぅ。あ、超重要機密事項ですから、他言しないでくださいね♡」


 ――――――そんな重要なルート教えないで!
 ~~~ここ人に貸しちゃダメな施設だからぁああああ!!


 なにやってんの? つまり王城とこの宿屋を繋ぐ隠し通路があるってことでしょ? 国家機密でしょこれ!
 俺がどっかのスパイとかだったらどうするの? これで王城を攻め落とせるぜぇ。うへへ、その前に姫を楽しむかぁ~~とかなったらどうするの! しないけど!

 「いやいや、まずくないか? そんな大事なこと一般平民オッサンに明かしちゃダメでしょ!」
 「一般平民?? 何を言っているのですか? バルドさまは、ナトルにとって最重要人物ですよ。お父様からもバルドさまのお傍にいるようにと、言いつけられていますから♡」

 うわぁあああ、めちゃくちゃ王家と関係持たされてるぅううう。
 追放されて路頭に迷っているしがないオッサンに、何を期待するってんだ? ここの王族は大丈夫か?

 ああ……こんな秘密の通路とか知りなくないよぅ、普通にスローライフしたいよおぉおお……

 こうして俺の平穏な(?)ナトル王国でのスローライフがはじまったのだった。



 ◇◇◇



 「バルドさま~室内ランプがついてませんね。新しい魔導石を買ってこないと~」

 2階で準備していたリエナが、ロビーに降りてきた。

 宿屋には多くの設備が存在する。室内の照明ランプ、炊事場の火力、シーツや衣服などを洗う洗濯窯、これらは魔力を人為的に流し込んだ魔導石というアイテムを入れることにより稼働する。
 当然ながら油のランプや炭を使った調理器具もあるにはあるが、各資材の備蓄管理などが必要でけっこう手間がかかる。さらに油ランプは火事のリスクも高くなる。魔導石であれば管理取り扱いが容易なのだ。
 そこまでの便利グッズではあるが、この魔導石はそこそこのお値段がする。さらに魔導石は消耗品なのですぐに交換しないといけない。要するに金がたくさん必要なのだ。

 準備資金を貯めてからの開業であれば問題ないのだろうが、今の俺には資金のしの字もない。
 だが心配は無用だ。俺にはとっておきの裏ワザがあるのだ。

 「リエナ、ちょっと下がってくれ」

 ―――せいっ!

 俺は【闘気】を練り上げて、魔導石に叩き込んだ。

 「ほい! これでよし」

 カチリと魔導石をランプにはめ込む。

 ブーンと言う駆動音とともに、室内のランプがつきはじめる。

 「ええっ! ば、バルドさま! これは!?」

 フリダニア王都ではこれで随分と助かったものだ。魔導石代が実質無料だったからな。
 他界した俺の両親もこれをやっていた。まあ俺がもの心ついたころにはその役目は俺が果たしていたのだが。この仕事はおまえが適任だ、とか調子のいいこと言ってたからな。

 「す、凄い! ていうかどんだけ闘気を込めたんですか? これ明るすぎません!?」
 「そうかな? 明るい方が文字とか読みやすいでしょ」

 うす暗いのはいかんよ。新聞とか読めないじゃないか。オッサン最近小さい字がかなりきつくなってきたからな。

 「わ、わ~~! バルドさま~~洗濯が5分で終わっちゃいました~~」
 「はわあ~~! バルドさま~~パン焼いたら炭になっちゃった~~」

 リエナの元気な声がたくさん飛んできた。
 うむ、若い娘の声が飛ぶ宿屋。いいじゃないか。オッサン楽しくなってきたぞ。



 ◇◇◇



 俺がフリダニア王国から追放されて、ナトルで宿屋の店主となり1カ月。
 今日も朝の鍛錬を終えて開店準備をしていたら、ふと弟子たちの事を思い出した。

 宿屋のオッサンに弟子ってのも変な話だが、3人とも訳ありで幼少の頃俺の宿屋に寝泊まりしていたのだ。
 当時より俺の日課であった闘気の鍛錬に興味をもった3人は、俺と一緒に朝の鍛錬をするようになった。
 いつの間にか俺のことを先生と呼ぶようになったのは、そのためである。

 もう彼女たちには随分と会っていない。まあ、フリダニアで三神と呼ばれて要職に就いているのだ。一般庶民のオッサンと会う時間などないのは当然なんだが。
 そういえば、フリダニア国王陛下にも随分とお会いしてないな。
 「三神だけに頼る体制ではいかん、組織改革するのじゃ~」とか楽しそうに話てたっけか。だが、それ以来陛下にはお会いできてないな。重い病に伏せられているらしい。

 病か……俺も39歳。いいオッサンだよ。そろそろ無茶も出来なくなり始めるかもなぁ。小さい字も見えずらいし。
 まあグチグチ言ってもしゃーないか、今は自分の事やらなきゃな。
 さぁ~~今日も元気に開店だぁ!

 「バルドさま~~おはようございますっ!」

 受付のリエナが、にこやかに挨拶をしてくれる。彼女はドレスではなく受付嬢衣装である。歳はたしか16歳だったか。普通に考えて、こんな超絶美人の姫が受付の宿屋なんてあり得ないぞ。大繁盛すること間違いなしだな。

 ―――と思っていた時期が俺にもありました。

 し~~~~~ん

 静寂が宿屋全体を包み込む。


 ――――――いや、いまだに客ゼロですけどねぇええ。


 ヤバイヤバイヤバイ


 こんなんじゃ王様に宿屋返せとか言われるかもしれん! もしくは特別役としての傭兵義務をはたせ~、とか言ってくるかも。いかん、非常にマズイ。俺の静かなスローライフ計画が崩れてしまう。まあ、実際店はビビるぐらい静かではあるが。

 どうすればいいんだ? 
 ていうか、お金無くなっちゃうよぉ。

 そもそも立地が王都郊外にポツンと一軒なんだよなぁ。こんなところに宿屋があること自体が知られていない可能性が高い。やはり城下町に行って宣伝しないとだめかぁ。

 俺がビラまきに行こうと焦って準備をはじめていると。
 なんと宿屋のドアが開き、フードを被った人が入ってくるではないか!

 お客さま第1号~~~きたぁああああ!!

 「「いらっしゃいませ~~」」

 俺とリエナで、極上笑顔のハーモニーご挨拶を奏でる。

 「せ、先生……」

 んん? 聞き覚えのある声。

 第1号さまは、その深々とかぶったフードをスッとまくった。

 「ご無沙汰しております、先生! やっと見つけました!」

 そう、それはアレシア・オラルエンだった。
 三神の1人、フリダニア王国史上最強の女剣士と言われる剣聖さまだ。