「アレシア! なんですか! ナイフで刺して食べるなんて! お行儀が悪いですよ!」
 「う……こ、これはちょっと間違えただけだ!」

 俺は聖女ミレーネと剣聖アレシアのやり取りを微笑ましく眺めながら、朝のコーヒーに口をつけた。
 懐かしいな……かつて2人と一緒に住んでていた頃も同じようなやり取りをしてたっけか。

 「リエナ、新聞はあとで読みましょうね」
 「は~~い。ごめんなさいミレーネ」

 リエナとも敬語なしで話している、仲良くなったようで良かった。
 あまり固すぎるのはオッサンもしんどいからな。

 最近はリエナもこの宿屋に泊まることが多くなってきた。王様にさすがにマズイのでは?と言ったが、娘を頼んだぞ~お似合いじゃ~ハハハ~とか意味不明な事を言われた。

 まあ、仕事上は助かるし賑やかなので、俺も嬉しくはあるのだが。

 「アレシア! 食事中にメモを読まない! 今はみんなで会話をする時間ですよ」
 「わ、わかっている! ちょっと気になることがあっただけだ! ミレーネは細かすぎるぞ」
 「あなたは変わりませんね。それ仕事のメモでしょう? バルド先生に認めてもらいたいのはわかりますよ。でも焦りすぎです」
 「むぅう……あ、あたしの方が先輩従業員なのに……」
 「フフ、そのボロボロのメモ帳を見れば、どれだけあなたが頑張っているかはわかりますよ」
 「そ、そうかミレーネ! やはりあたしは頑張れてるんだな! うんうん!」

 まあ、なんだかんだ言ってこの2人は仲がいい。
 ミレーネも久しぶりで張り切っているのだろう。

 「ところでミレーネ……それが君の制服かい?」

 俺は朝食を終えて、片付けをするミレーネに声をかけた。
 そう、ミレーネは入社してからも純白の法衣で働いていたのだが、さすがにお客さんも「せ、聖女さまぁああ!?」とビックリするので、勤務用の制服を発注してもらったのだ。

 制服については、俺はとやかく口を出していない。

 流石に汚いのはマズいが、それ以外であれば本人の自由でいいと思っている。
 思っているが……

 「はい! ワタクシの制服です。似合ってますかバルド先生」

 ミレーネの顔がぱぁーと明るくなり、その場でクルリと一回転してみせる。

 「フフ、ちょっと短めの法衣ですね」


 ―――いや、それメイド服だから!? 


 スカート短すぎない!?


 ミレーネの制服は基本的にはアレシアのものと似ていた。フリフリのフリルが沢山ついているかわいい感じの服だ。カチューシャもついている。色はアレシアは黒が基調だが、ミレーネは純白である。

 オッサンが聖女にこんな服を着せていいのだろうか、という疑問は押し殺すことにした。本人は気に入っているみたいだし、あまりグチグチ言うのも良くないしな。

 「お、おう……とても似合っているよ」

 俺のひと声と共に、ミレーネは「やりました!」とか言いながら、クルクル回転しながら仕事に戻っていった。

 ……あまり回転はしない方が良い。色んな純白が見えそうで、オッサンの精神が揺らされまくるよ。

 ブツブツブツ……

 なに!? なんかうしろから聞こえてくる!

 「強敵の出現だわ……その清楚ポジションはわたしが兼用していたのにぃい」

 リエナさんでした……清楚ポジションってなんだ。

 というか、これ清楚なのか!? オッサンには目の保養……じゃないやり場に困るんだけど。なんかドキドキするぞ。

 よくよく考えたらうちの従業員は王女、剣聖、聖女に加えて美少女魔導人形のセラだ。オッサン以外のメンツがめっちゃ濃いじゃないか。

 オッサンがウンウン唸っていると。ロビーの扉が勢いよく開いて、セラが飛びこんできた。


 「―――ご主人サマ! 外に大量の魔物がイマス!」


 セラによると、洗濯物を干していたらいきなり空から魔物が襲ってきたそうだ。

 「数匹ミンチにしてやりマシタ、でも数が多くてキリがないので報告に戻りマシタ」

 数匹ミンチにしたんだ……

 セラは俺がエネルギーとなる魔導石に【闘気】を注入するようになってから、なぜかとんでもない速度と怪力を誇るようになった。どうやら戦闘面でもその威力を発揮したようだ。



 ◇◇◇



 「うおっ! いっぱいいる!」
 「先生、あれはフォレストビーです!」

 アレシアの言うとおり、宿屋を取り囲もうとしている魔物はハチのような魔物だった。
 大きさは人の頭ぐらいか。つまり、ちょっとデカいハチだ。

 しかしおかしいぞ。ここは王都の郊外とはいえ、魔物が頻出する場所ではない。
 なぜ急にこんなに大量発生するんだ?

 「み、みなさん……お待たせしました」

 奥から聖女ミレーネが出てきた。若干彼女の呼吸が荒い気がする。
 手に持つ聖杖を空に掲げて、言葉を紡いだ。

 「ば、バルド先生……、ワタクシが今から【結界】をはります。魔力を練る時間が必要です。それまで持ちこたえてください」

 フォレストビーのブンブンとうるさい羽音が近づくたびに、彼女は体を震わせて過剰に反応していいる。


 ―――そうか……そうだったな。


 ミレーネは雑念を振り払うように目をつぶり、魔力を練り始めた。

 「ミレーネ! 接近するハチは俺たちに任せろ! アレシア、セラ! やるぞ! リエナは客に個室で待機させるように、あとはミレーネのサポートをたのむ!」
 「「「はい!」」」

 俺は体に巡る【闘気】を練り始める。
 抜刀して、正面から接近するフォレストビーを見据えて。

 「せいっ!」
 「せいっ!」

 アレシアとセラも俺と同じように、接近するハチの迎撃をはじめた。

 このハチ、一匹一匹はそれほど強くはない。オッサンでも十分に対応できる魔物だ。まあ言ってもハチだからな。

 「せいっ!」
 「せいっ!」

 ……が、数が多い。
 斬っても斬っても新手が来る。上下左右からガンガン突っ込んでくる。

 うぉおお、オッサンの対応力そろそろ限界……

 「みなさん! 宿屋に戻ってください! 【結界】を展開します!」

 ミレーネの合図だ。空に掲げる聖杖が眩く輝いている。

 ―――よし! みんな後退!


 「聖なる壁よ、厄災から我らを守りたまえ! 
 ――――――聖結界(ホーリーシールド)!」


 ミレーネの聖杖から光が溢れだし、宿屋全体を包み込んでいく。
 大量のフォレストビーは、その壁に進行を阻まれて混乱しているようだ。個体と個体がぶつかり合って自滅するものも出始めている。

 「ふぅ……」

 肩で息をするミレーネに、リエナが手を貸す。

 「ミレーネ大丈夫? 顔が真っ青だけど」
 「ええ……リエナ、大丈夫です。久しぶりだったので……少し疲れただけですよ」


 俺は彼女の頭にポンと手を置いて、声をかける。

 「ミレーネ、よく頑張った。偉いぞ」

 「フフ、バルド先生ったら。もう子供じゃないんですよ、ワタクシ」
 「おっと、すまない。つい昔のクセが出てしまった」

 そんな俺に対して、彼女は柔らかい笑みを浮かべようとしていた。
 ミレーネは【結界】を使用して真っ青になっているのではない。魔力を使い果たしたわけでもない。

 ―――そうじゃない。

 彼女は魔物が怖い。

 もちろん誰だって、大なり小なり魔物という存在に恐怖心はあるだろう。

 彼女の両親は魔物によって食い殺された。
 幼い彼女の目の前で。
 俺が駆けつけた時にはすでに時遅く、彼女しか救えなかった。

 そんな暗い過去が彼女のトラウマになってしまったのだ。かつての彼女ならその場で動けなくなっていただろう。

 ―――だが、そうはならなかった。ミレーネは【結界】を展開して、みんなと宿屋を救った。

 幼少の頃は魔物の絵を見るだけで、無条件に泣き崩れて動けなくなっていた子が。


 ―――もうこれは頑張りすぎだ。


 だからオッサンは自然と彼女の頭に手を置いてしまったのだ。
 昔のように。

 そんなことを思い出していた俺に、アレシアたちの声が響く。

 「せ、先生! フォレストビーの動きが!」
 「ウソ……王都の方に向かっていく」

 ハチの魔物たちが移動を開始したらしい、それも森に戻るのではなく王都のほうへだ。
 基本的に魔物たちは進行を妨げられると、びっくりして森に帰っていく。元来た場所が魔物の巣でもあるからだ。

 もちろん例外もあるだろうが、揃いも揃って森に戻らないとは……大森林になにかあるのか?

 「ミレーネ! 【結界】の範囲を伸ばすことはできないの! このままじゃ王都のみんなが!」
 「リエナ、大きな【結界】をはるには時間が必要なの。王都全体を覆うには……」

 ミレーネの言う通りである。彼女は王都どころかナトル全域を覆うほどの【結界】を形成することができるだろうが、それは十分な準備期間があればこそだ。
 【結界】をはるには膨大な魔力を練り上げる必要があるのだ。彼女の場合はその魔力と【闘気】をミックスして発動する。

 他の魔法のように、数秒詠唱した程度では発動しない。
 この宿屋に【結界】をはるのだって多少の時間を要したように。


 ―――さて、かわいい弟子のピンチだ。


 ならばオッサンのやることは―――ひとつだろ


 「よし、ミレーネは現状の【結界】を維持! アレシアとセラは魔物の注意をこちらにひきつけてくれ!」

 「バルド先生! まさか【結界】を……!?」

 「え? バルドさま【結界】はれるんですか? 魔法が使えないのに!?」


 「―――とにかく俺に任せとけ!」