シュート決めたら付き合って!!



桜が舞うこの季節。俺は入学式後の体育館にいた。
俺が入学したわけじゃない。今年で高校二年になった。
ではなぜ俺が入学式の会場にいるのか。答えは簡単だ。
「羽田ー、入学式の片付け手伝ってくれー」と担任に言われ、それを承諾したからである。頼まれたことは断らずにやる。高校に入ってからは、それを徹底している。何事もなく、平和に高校生活を送るにはそれが一番だろう。
片付けも終わり、体育館には俺以外誰もいなかった。


「ん?」


視界の隅に黒い箱が見える。近づいて見ると、誰かの携帯だった。職員室かどこかに届けようかとも思ったが、落とした人が目星をつけて探しにくるかもしれないと、体育館に置いておくことにした。

ぼぉっと上を見上げると、バスケットゴールが目に入った。


「久しぶりに、やるか」


なんとも言えない衝動に駆られ、俺は体育館にある倉庫からバスケットボールを取った。
タンタンと床につくと、懐かしい感覚が蘇る。
ボールをスルスルと手におさめ、ゴールに投げ入れる。
ポスっ、ポスっ、と規則的にゴールに入っていく。
入れていくにつれ、どんどん当時の感覚が思い出された。楽しかった記憶も、…………嫌な記憶も。


ポスっ
“チビがしゃしゃってんじゃねえよ”


ポスっ
“なんでお前が”


ポスっ
“お前なんかいなかったらよかったのに”


“さすがにやりすぎだろ笑”
“でも清々するわー”


「……っ」


手から離れたボールはガコンと音を立てて大きく外れた。
いつのまにか、目から涙が零れ、頬に伝っていた。
諦めたはずなのに。まだこうしてこの檻に囚われている。


「あのー、すいません」


突然後ろから話しかけられて驚く。慌てて涙を拭った。


「スマホ無くしたんですけど、見てません?」
「あぁ……それならあそこに」
「ほんとだ、あざす」


涙を流していたのを見せないようにうつむいて話した。
話しかけてきた人の上履きが目に入る。赤色、ということは一年か。うちの学校は学年で身につけるものの色が変わる。今年は一年は赤、二年は青、三年は緑だ。
後輩にこんな姿見せてられないと、駆け足で体育館を出る。


「あの……」


後輩が何か言いかけたが、聞こえていないふりをしてそのまま走り去った。



ーーーー



「気をつけ、礼!」
「「「ありがとーございましたぁー」」」


気の抜けた挨拶で終わった4月後半、6限の体育の授業。
1学期の授業は体育館でバトミントンだ。そんなに激しい動きはしないので、授業自体もゆるい。
今日は6限で授業が終わりなので、大体の人はこれから部活だろう。俺は帰宅部だから関係ない話だが。


「夏弥ー、つかれたー」


そう俺に寄りかかってきたのは、友達の仲川龍河だ。唯一中学から一緒で、仲がいい。


「重いって。お前部活だろ?早く行けよ」
「そんな冷たいこというなよー。それに授業の片付けしないと」
「あぁ、それは俺がやっとくよ。他の人たちもみんな部活だろうし」


俺がそう言うと、周りの人たちがくるりとこちらを振り返った。


「まじで!?さんきゅー羽田」
「やっぱ持つべきものは羽田だな」
「ありがと羽田」


そういってみんなは手を振って体育館から出て行った。


「夏弥、なんでもかんでも引き受けてたらいつかパシリになるぞ」
「そんなことする奴らじゃないだろ」
「それはそうだけど……」
「はいはい、心配してくれて嬉しいけどそろそろ部活行けよ」


グイグイと仲川の背中を押すと、諦めて歩いて行った。
一息つき、片付けに取り掛かる。
ネットを取り、支柱を片付けて、最後に羽根を箱に入れる。それを体育館倉庫に片付けたら終わりだ。
薄暗い倉庫の中に置いて、倉庫を出た。
鍵を閉めていたときだった。


ガシッ


「はっ?」


急に後ろから腕を掴まれて慌てて振り向いた。
そこには見知らぬ顔の男が立っていた。
一言で言えば背が高い。180cmくらいあるんじゃないか?全身に目を向けると、そいつがきている体操服が目に入った。赤色、ということは一年だ。


「……やっと見つけた」


一年は、肩を上下にしながら俺を見据えた。どうやら走ってきたようだ。
俺を知っているような口振りだが、俺はこいつのことを知らない。
どこかで会ったことがあるだろうか。
首を傾げていると、一年が口を開いた。


「羽田夏弥先輩」
「……は、はぃ」


フルネームで呼ばれて思わず萎縮する。会ったことがないはずなのになんで名前知ってるんだよ。


「シュート決めたら付き合ってください!」
「は?」


高身長の一年から発せられた言葉に思考が止まる。
なんだそれ。今時少女漫画でも聞かないセリフだ。そんな感じのドラマでもやってただろうか。そう今期のドラマを思い出していた俺の腕を掴んで、バスケットゴールの所まで連れてきた。その脇には、バスケットボールが抱えられていた。

そいつは手に持っていたボールをタンタンと床につき始めた。


「え、ちょっと待て……」


俺の制止も聞かず、そいつはボールを打った。
ボールは綺麗な軌道を描いて、ゴールに突き刺さる。


「よし!」


一年はガッツポーズをすると、こちらに向き直る。


「先輩、決めたんで付き合ってください!」


聞きたいことはいろいろあるが、俺から言うことはシンプルに一つだけだ。


「誰?」



ーーーー



一年は俺の質問に一瞬きょとんとした後、パッと笑った。


「おれ、一年の京原胡太郎です!羽田夏弥先輩ですよね、夏弥先輩って呼んでいいですか?あ、おれのことは胡太郎って呼んでください」


「だれ」の2文字に対する返答の量が多すぎる。
一つ一つ咀嚼して、混乱している頭を整理する。


「京原は……」
「胡太郎って呼んでください」
「ああ、えっと……こたろう…は長いな。コタでいい?」
「はい!あだ名嬉しいです」
「お、おぉ……」


完全に向こうのペースに持っていかれている。早く立て直さなければ。


「じゃあ……コタ、は、俺のこと好き、なのか?」
「はい!」
「それは……どういう意味で?」
「もちろん、恋愛的な意味で」


無邪気に言うその様子から、あまりにも恋愛的な下心が感じられなくて戸惑う。


「えっと……なんで?」
「一目惚れです」
「ひ、ひとめぼれ……」


ツッコミどころが多すぎて、思考が追いつかない。
困惑している俺に、コタはパッと笑った。


「入学式のとき、先輩シュート打ってましたよね」
「…………そうだっけ」
「そうですよ!おれスマホ忘れて取りに来たんですけど、たまたま夏弥先輩がいて。シュート打ってんのめっちゃカッコよくて」


興奮気味に話されて、反応に困った。あの時にスマホを取りに来た一年はコタだったのか。
あんな姿、すぐに記憶から抹消して欲しい。


「だから、バスケ部なんかなって思ってバスケ部入ったのに先輩いなくて……どうしようって思ってたら今見つけたって感じです」


コタはそうニパッと笑った。いちいち眩しいな、笑顔が。目を細めていると、ずいっと顔を近づけられた。


「で、どうですか?おれと付き合ってくれますか?」
「いや、俺お前のこと今日初めて知ったから、さすがにすぐ付き合うっていうのは……俺男だし」
「じゃあ友達から、ってことでいいですか?」
「ま、まあ友達なら……」
「よし、決まり!」


とんとん拍子で進んでいって、あまり現状を把握できていない。いつのまにか完全に向こうにペースを持っていかれていた。


「よろしくね、夏弥先輩」
「…よ、よろしく」


俺たちの関係は、こうして始まったのだった。