麗麗たちが暮らすこの国の名は、『焱国』と言う。数千年の歴史を誇る巨大な帝国である。数年前までは国内に混乱があり危うかった国力も、名君を得てだいぶ落ち着きを取り戻したと聞く。
皇帝がいれば後宮がある。妃嬪を筆頭に、妃嬪に仕える女官、麗麗のように仕える妃嬪がいない下級女官、その他雑用係など、もろもろを合わせて数千人。大規模な女の園である。
そこに足を踏み入れられる男は、皇帝とその血縁、そして生殖機能を失った宦官のみ。尊い血筋の方と相まみえる機会など、それこそ砂漠に落ちたひと粒の砂を見つけるようなものだ。可能性は限りなく低く、普通に暮らしていれば、皇帝の竜顔すら知らずに過ごすのが一般的である。
ゆえに、娯楽の少ない後宮において、女官たちの恋愛対象が宦官に寄るのは仕方ないと理解はしている。だがしかし。
(歩く女官ホイホイ)
麗麗は前を歩く冥焔の逞しい背中をじとっと見た。
この冥焔という宦官は、虫が寄ってくる甘い蜜のようなものなのかもしれない。
一緒に歩いているだけでそこかしこからの視線を感じる。人一倍鈍い麗麗が気づくくらいなのだから、相当数の女官から思慕を寄せられているに違いない。
(でも、誰も声をかけてこないんだね)
綺麗な顔をした宦官は他にもいる。麗麗が知っているその宦官はいつも女官たちに囲まれて、きゃーきゃー言われていた。『歩くたびに女官から声をかけられるから困ってるんだ』と、自慢なのかなんなのか愚痴を漏らしていたのをへーっと思いながら聞いたことがある。
(いかにも需要がありそうな顔なのに、変なの)
麗麗がつらつらと考えていると。
「女官」
不意に前を歩く大きな背中が口を開いた。
(一応、名前があるんだけどな)
まあ別に会話に名前は必要ないかと考え直して、麗麗は「はい」と軽く答えた。
「さっきのような発言はどうかと思うぞ」
「さっきのような、とは」
「天か地か、ということだ」
「ああ……」
あの問答か。
「てっきり頭ごなしに否定されるのかと思いました」
前を歩いていた冥焔の足が、ぴたりと止まる。くるりと振り返った彼はその整った眉を絶妙にゆがめながら、麗麗の顔をまじまじと見た。
「まさか、わかってやっていたのか」
「はい。以前、それでとんでもない目に遭いましたから」
麗麗が佐々木愛子の記憶を取り戻したとき。無意識に発した〝天か地か〟の言葉は、その場で一緒に夜警に当たっていた数人の女官、宦官にしっかり聞かれていた。
この国では、天は卵の殻のようである、と考えるのが常識だ。地は卵の黄身であり、天にすっぽりと覆われている。だから、天が動くか、地が動くか、という発想がないのだ。
だからこそ麗麗の発言に驚いたのだろう、上を下への大騒ぎとなった。頭を打って女官がおかしくなった、暴室へ連れていかねばとなったところを、〝少し混乱しているだけ〟となんとか言いつくろって見逃してもらったのだ。
(あのとき暴室送りにされなくてよかったよ)
冥焔はじとっとした視線を向けてくる。
「わかっていながら、なぜあんな発言を」
「あなたが信頼できるかわからなかったからです──あっ」
またやってしまった、と麗麗は口を押さえた。本当にこの口はどうしようもない。
「ええと、補足しますと……」
「聞いてやろう」
冥焔は笑った。笑ったという表現が合っているのかはわからない。獰猛な虎のように、ちょっとでも機嫌を損ねると、ばくりと頭から食われてしまいそうだ。
「あなたの意に染まぬことを言ってしまったときに、意見を封じられるのが嫌だったんです。だから、こちらの意見をちゃんと聞いてくれる人なのか、試したくて」
ひくっと冥焔の口の端が不気味に動いた。
「不要な心配でした。お許しください」
はー……、と冥焔の口から謎の息が漏れ出るのを聞いた。なにが不服なのだろう。
「それで、もし俺が機嫌を損ねて暴室送りを決めていたらどうしたんだ」
「どうしたんでしょう」
「考えていなかったのか」
「まあ、はい」
『いのちだいじに』を合い言葉にしているが、時と場合にもよる。なぜなら、麗麗には信念があった。
「意見を求められているのに、真実がわかっているのに、正しいことを正しいと言えないほうが……嘘つきと言われるのが、死ぬより嫌です。ガリレオの精神に反します」
「ガリレオ? なんだ、それは」
「いえ、お気になさらず」
冥焔はなにか言いたそうにしていたが、やがてあきらめたような長い長いため息をついた。
「まあいい。その首と体が離れぬよう、せいぜい精進するといい」
「ありがとうございます」
素直に礼を言ったのに、冥焔は顔をしかめた。〝不機嫌〟と大きく墨で書かれているような顔だ。
(なるほどね)
女官たちが声をかけてこない理由がわかった。
(この人、性格が悪いんだ)
てくてくと歩いて向かった先を見て、麗麗は早くも回れ右したくなる。
見えてきたのは巨大な棟だ。絢爛豪華、絢爛華麗、金殿玉楼、などなど華やかな四字熟語が麗麗の頭の中を飛び交う。これはもしかすると、とんでもないところに足を踏み入れてしまったのではなかろうか。
勝手知ったる様子で冥焔は棟へと歩を進める。おそるおそる麗麗も後を追った。
(どこもかしこもぴかぴかだ……)
ここはどう見ても普通の棟ではない。丹塗りの柱には細かな彫刻が施され、回廊も塵ひとつ落ちていない。
冥焔が扉を軽く叩く。触れるだけで指紋がつきそうなくらい拭き清められた扉だ。
ほどなくして、軽やかな〝諾〟の声が聞こえてきた。
扉が開いた先にいたのは、まさしくこの棟の小主にふさわしい、迫力満点の美女だった。三人の女官に囲まれ、堂々とその場に存在するその佇まいたるや、ただ者ではない。
年の頃は十代後半か二十代前半。青みを帯びたつやつやの髪。きらきらと輝く黒曜石のような瞳。やや大柄な体は深衣の上からでも引き締まっているのがわかる、健康的な美しさを持つ妃嬪だった。
冥焔が深く揖礼を捧げた。
「ご挨拶申し上げます、瑛琳様」
(やっぱり!)
瑛琳。その名は麗麗でも知っている。
四夫人のひとり、淑妃・瑛琳だ。
後宮において、階級は最も重視されている。つまり、誰が一番偉いか、というような話だ。ここを押さえておかないと、とても後宮では生活できない。
まず、頂点は皇帝の配偶者である皇后だ。この階級は不可侵であり、後宮内で最も権限を持つ唯一無二の存在である。正妻と呼ばれるのは皇后のみであり、その他の女は皆、寵妃として扱われる。
寵妃は階級の上から順に、四夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻……。厳密には、その階級ごとにも細かく名前がつけられている。そして、それぞれの階級の頭についている数字は、その階級の席が何枠あるかを表しているのだ。つまり、四夫人であれば、四枠、妃を配置可能である。
ここにいる瑛琳妃は、四夫人〝淑妃〟の冠をいただいている。最も位が高い四人の妃のひとりだ。現皇帝はまだ皇后を据えていないため、現後宮では階級の頂点と言ってもいいだろう。
「冥焔。その後ろにいる女官は誰だ?」
麗麗は慌てて揖礼を捧げる。相手はとにかく偉い人なのだ。本当に口に気をつけなければ、命がいくつあっても足りない。
冥焔は、さらに深く礼を取った。
「例の噂を払拭するための駒でございます」
(〝駒〟って、おいおい)
心の中で麗麗は突っ込むが、口にはしない。
瑛琳妃はほんの少しだけ眉間にしわを寄せた。
「堅苦しいな。礼はいらない。ふたりとも面を上げよ」
念のため冥焔が揖礼を解くのを待ってから、麗麗も顔を上げた。
瑛琳妃は気さくな性格のようで、麗麗の顔をしげしげと眺める。無遠慮な視線だが、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
「可愛い子だな。姓と名を聞いても?」
「はい。麗麗と申します。姓は……」
もう顔もほとんど覚えていない養家の名を告げると、瑛琳妃も冥焔もそろって苦い顔をした。
「……生家に売られたんだな」
「おっしゃる通りです」
後宮の女たちは推薦で入内が決まる。家柄がいい者は初めから妃嬪として迎え入れられ、そうでない者は皆、女官だ。しかし、ただの女官ではない。皇帝のお手つきを期待されて後宮入りするのが一般的だった。
もし自分の娘が皇帝に見初められ、女官でありながらお手つきとなれば、それはそれはおいしい思いができる。娘が妃へと繰り上げになれば外廷での発言権が増す。ご機嫌伺いの列が途切れることはなくなり、貢ぎ物もどっさりいただける。あっという間に大金持ちだ。多くの家は、それを期待して娘を送り込む。
だからこそ、容姿が大事なのだ。
適当な娘がいない豪族や官吏は、後宮に送るための娘を金で購う。これはもちろん、推奨された行いではないとされている。されている、ということは、そういう事例が多々ある証左だ。
麗麗はどうやら、〝可愛い〟顔をしているらしい。自覚はないが、よく言われる。だから生家に売られたのだろう。
瑛琳妃の目にほのかな同情の色が浮かんだ。
「災難だったなあ」
「いえ。そうでもありません。生家は貧窮しておりましたから、衣食住をまかなってもらえるのは正直ありがたいと思っています。飢えて死ぬよりましですから」
麗麗の生家は、西の砂漠に近いところにあった。いつも飢えで苦しんでいた記憶がうっすらと残っている。麗麗を売ったことで、産みの親は少なからず命を繋げられただろう。そして麗麗も、売られたからこそ命が助かった。だから、本当に災難ではないのだ。
そう言下に込めて言うと、瑛琳妃は一瞬あっけにとられたような顔をして、あははっと大口を開けて笑った。
「豪胆だな。それにその性格、後宮ではさぞやりづらいだろう。おもしろい、気に入った。ぜひそのままのお前でいてほしいものだ」
「ありがとうございます」
麗麗の礼に、瑛琳妃はこざっぱりした笑いで返した。その笑い方で、他意のなさがわかった。気持ちのいい人だ。
「それはともかくとして」
冥焔は折れた話の腰を戻すように咳払いをした。
「例の呪いの件、この女官に解決の心当たりがあると」
ちらっと冥焔が麗麗に視線を送る。
「房を見せていただいてもよろしいでしょうか」
「もちろんだとも」
瑛琳妃はうなずいた。
てっきり女官を使って案内させるのかと思っていたが、瑛琳妃はなんと自分の足で誘導してくれるようだった。先頭が瑛琳妃とその女官たち、そのあとを冥焔、そして麗麗が続く。
瑛琳妃付きの女官たちが暮らす舎房は、殿舎の裏側にある。ぐるっと回り込んで向かう道すがら、麗麗はふと違和感を覚えた。
誰にも会わないし、人の気配がなさすぎる。
「瑛琳様の女官たちは今、ここにいるだけですべてだ」
「えっ?」
「なんでこんなに人がいないのか、と思ったのではないか?」
麗麗の前を歩く冥焔が、こちらを振り返りもせずにそう言った。
ぎょっとして、麗麗は目を見張った。
(今ここにいる女官って……三人しかいないんだけど!?)
上級妃であれば、普通はお付きの女官だけでも十数人。その下につく下級女官を含めれば、数十人単位でないとおかしい。
麗麗の動揺が伝わったのだろうか、瑛琳妃が口を開く。
「みんな、苦しそうだったからな。『帰りたいなら素直にそう言え、大家に頼んで帰れるようにするから』と命じたんだ」
瑛琳妃の声が陰った。
大家というのは皇帝のことだ。瑛琳妃は皇帝に頼んで、女官たちを帰したという。
「故郷を離れて連れてきた者たちばかりだから。まだ慣れないうちに仲間が病で死んで、あんなひどい噂が立って……かわいそうなことをした」
(そっか……)
瑛琳妃やその女官たちの容貌は、独特だ。彫りの深い顔立ちは焱の近辺出身ではないと容易にわかる。遠方から後宮に入内しているのであれば、仲間意識も当然強いのだろう。
その女官のひとりが病死して、しかも呪いだなどと散々言われたのだとしたら。
(まいっちゃうのもわかる気がするなあ)
「ここだ」
冥焔が示した問題の房は、舎房の一番奥だった。
「あの……これは?」
麗麗は窓を示す。さすが上級妃の暮らす殿舎の舎房で、女官の房であるにもかかわらず、装飾を施した漏窓があった。しかし、問題の房の窓のみ、漆喰で綺麗に塗り固められているのである。
瑛琳妃は苦い顔で笑う。
「魔除け、だそうだ」
「魔除け?」
「明林……女官が病死したあと、他の女官たちにせがまれたんだ。こうやってしっかり漆喰で窓を封じて、明林の魂が魔に魅入られるのを防ぐんだと。中央ではそうするのがいいと聞いたとか。まあ、訴えた女官たちは、のきなみ故郷に帰ってしまったが……」
瑛琳妃の口調からすると、当の本人は信じていないらしい。それはお付きの女官たちも一緒のようで、そろって苦い顔をしている。
(初耳だなあ)
中央というのは、焱の宮城を指す。死んだあとにそんなふうに房を閉じるなんて、麗麗は聞いたことがなかった。
(まあ、変なまじないが流行るのは世の中の常だよね)
「おい女官。いつまで時間をかけるつもりだ。さっさと実験しろ」
(なんでこう、つっかかるような話し方をするかなあ)
短気だなあ、と麗麗は内心毒づく。
「では冥焔様。お願いしていたものを出していただけますか」
「手燭だな。それと、燧石だ」
ここに向かう前に、準備してほしいとお願いしていたものだ。
冥焔が取り出したそれらのものを受け取ると、麗麗はまず手燭に蝋燭を立て、燧石を使って火をつけた。勢いよく燃える火は赤々としており、真昼の外でも十分に明るい。
「では、戸を開けていただけますか」
「……ん?」
「開けてください」
「もしや俺に言っているのか?」
なぜこの宦官はこんなに驚いているのだろう。当たり前でしょうとばかりに、麗麗は冥焔の顔をじとっと見た。
「そこに女官がいるだろう」
「瑛琳様の直属の方に、私ごときが命じられるとでも?」
「じゃあ自分で開けろ」
「手が塞がっております」
冥焔は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。もしかしたら普段はこういった雑用を頼まれないような、お偉い宦官なのかもしれないが、そんな事情は麗麗には関係ない。
あなたは宦官、麗麗は女官。どちらも皇帝と妃嬪に仕える立場である。その下級女官が、上級妃直属の女官に『戸を開けて』なんて言えるわけがなかろう。況んや上級妃本人においてをや。
麗麗の背後で、くっと不思議な音が聞こえた。瑛琳妃が笑いを嚙み殺し損ねたのだ。
(瑛琳様が寛容な妃嬪でよかった)
これが別の妃嬪だったら、殺されてたかもしれない、としみじみ思う麗麗である。
「戸を開けさせようか」
「いえ、結構です」
明らかに笑いをこらえた口調で首をかしげる瑛琳妃に、冥焔が憮然と答える。
顔に思いっきり〝不本意である〟という感情を乗せた冥焔は、渋々といった風情で戸を開けた。
その先には、房の中を隠すかのように何重にも白い布が垂れ下がっていた。布は戸のすぐ上から吊るされ、床にまで達している。
白は弔いを意味する色だ。死人が出たときは、白い布を垂らし弔意とする風習があった。明林は丁重に弔われている。
(それなのに呪いだなんて噂されちゃって、かわいそうにね)
その布を冥焔がたくし上げた途端、むわっと湿度の高い空気が後ろから前に頰を撫でた。空気が動いたのだ。
麗麗の瞳がきらっと輝く。
まだ日が高いのにもかかわらず、房の中は薄暗い。目を凝らすようにして麗麗は中を見回した。
戸から見て左側に狭い寝台。枕の横には白い絹花の飾りがついた簪が一本置いてある。身支度に使っていたのだろう。
寝台の傍らには卓子、その上には紙が広げられており、文字が書きつけられていたようだ。しかし、その文字は読めなくなっている。こぼれた墨が紙を汚し、判別がつかなくなっているのだ。
(もしかしたら、卓子に向かっているときに亡くなったのかもしれない)
造りつけの棚には雑記用の紙が無造作に積まれていた。よく書き物をする人だったのだろう。
片付けをするという話だから、もっと雑然とした房を想像していたが、意外と綺麗に整っているようだった。
なにはともあれ実験だ。うきうきそわそわ、心なしか声も弾む。
「では今から実験を始めます。よく見ていてくださいね」
麗麗は手燭を肩の高さまで持ち上げて、すっと房の中に差し込んだ。
蝋燭の炎が、ふわっとひと回り小さくなった。
(やっぱり……!)
麗麗が一度蝋燭を房の外へと出すと、ぶわっと炎が大きくなる。
「おお!」
瑛琳妃が驚きの声をあげた。
「呪いの原因は、これです」
「これ、とは」
怪訝そうに口を開いた冥焔をちらっと横目で見てから、麗麗は手燭に視線を送った。
「火が燃えるときには気を使います。そして、気というものは有限です」
伝わるだろうかと唇をなめながら麗麗は言葉を重ねた。
「この房は窓を塗りつぶされておりました。さらに入り口の戸は狭く、布が吊るされている。これによって、気の循環が妨げられ、少なくなっている状況でした。そして、採光が取りにくいため、昼であっても中は暗い。片付けをしようとしていた女官たちは、明るくなるよう火を使ったのではないですか?」
「そうだな。確かに、女官たちが手燭を持って入っていったのを見た」
瑛琳妃の言葉を受けて、麗麗はうなずいた。
「おそらく、その手燭の火は、房に入ってすぐに消えてしまったのだと思います」
「どういうことだ?」
瑛琳妃は首をかしげる。
「気が少ないような閉ざされた空間で火を使うと、消えてしまうのです。女官たちは呪いの噂のせいでもともと呪いにおびえていました。そこに、火が消え、突然暗闇が訪れる。女官たちは混乱し、取り乱して 呼吸が速く、浅くなる。人は浅い呼吸を繰り返すと、目眩やしびれを伴い、呼吸困難に似た症状が現れます。ましてや気の乏しい房の中であれば、なおのこと」
もしや、と冥焔が小さく呟く。
「呪いの正体は、それか!?」
「はい。女官たちはあらかじめ〝首を絞められる〟という噂を聞いていました。暗示にかかっている状態で、さらに呼吸ができなくなるような症状に見舞われた。この症状を〝首を絞められている〟と思い込み、錯乱して倒れる者が出たのでしょう。すべては自然現象で説明のできること。よって、呪いではないと判断します」
麗麗は手燭をさらにぐいっと房の奥へと突っ込んだ。
「これにて、証明完了です」
ふっと蝋燭の火が消えた。
皇帝がいれば後宮がある。妃嬪を筆頭に、妃嬪に仕える女官、麗麗のように仕える妃嬪がいない下級女官、その他雑用係など、もろもろを合わせて数千人。大規模な女の園である。
そこに足を踏み入れられる男は、皇帝とその血縁、そして生殖機能を失った宦官のみ。尊い血筋の方と相まみえる機会など、それこそ砂漠に落ちたひと粒の砂を見つけるようなものだ。可能性は限りなく低く、普通に暮らしていれば、皇帝の竜顔すら知らずに過ごすのが一般的である。
ゆえに、娯楽の少ない後宮において、女官たちの恋愛対象が宦官に寄るのは仕方ないと理解はしている。だがしかし。
(歩く女官ホイホイ)
麗麗は前を歩く冥焔の逞しい背中をじとっと見た。
この冥焔という宦官は、虫が寄ってくる甘い蜜のようなものなのかもしれない。
一緒に歩いているだけでそこかしこからの視線を感じる。人一倍鈍い麗麗が気づくくらいなのだから、相当数の女官から思慕を寄せられているに違いない。
(でも、誰も声をかけてこないんだね)
綺麗な顔をした宦官は他にもいる。麗麗が知っているその宦官はいつも女官たちに囲まれて、きゃーきゃー言われていた。『歩くたびに女官から声をかけられるから困ってるんだ』と、自慢なのかなんなのか愚痴を漏らしていたのをへーっと思いながら聞いたことがある。
(いかにも需要がありそうな顔なのに、変なの)
麗麗がつらつらと考えていると。
「女官」
不意に前を歩く大きな背中が口を開いた。
(一応、名前があるんだけどな)
まあ別に会話に名前は必要ないかと考え直して、麗麗は「はい」と軽く答えた。
「さっきのような発言はどうかと思うぞ」
「さっきのような、とは」
「天か地か、ということだ」
「ああ……」
あの問答か。
「てっきり頭ごなしに否定されるのかと思いました」
前を歩いていた冥焔の足が、ぴたりと止まる。くるりと振り返った彼はその整った眉を絶妙にゆがめながら、麗麗の顔をまじまじと見た。
「まさか、わかってやっていたのか」
「はい。以前、それでとんでもない目に遭いましたから」
麗麗が佐々木愛子の記憶を取り戻したとき。無意識に発した〝天か地か〟の言葉は、その場で一緒に夜警に当たっていた数人の女官、宦官にしっかり聞かれていた。
この国では、天は卵の殻のようである、と考えるのが常識だ。地は卵の黄身であり、天にすっぽりと覆われている。だから、天が動くか、地が動くか、という発想がないのだ。
だからこそ麗麗の発言に驚いたのだろう、上を下への大騒ぎとなった。頭を打って女官がおかしくなった、暴室へ連れていかねばとなったところを、〝少し混乱しているだけ〟となんとか言いつくろって見逃してもらったのだ。
(あのとき暴室送りにされなくてよかったよ)
冥焔はじとっとした視線を向けてくる。
「わかっていながら、なぜあんな発言を」
「あなたが信頼できるかわからなかったからです──あっ」
またやってしまった、と麗麗は口を押さえた。本当にこの口はどうしようもない。
「ええと、補足しますと……」
「聞いてやろう」
冥焔は笑った。笑ったという表現が合っているのかはわからない。獰猛な虎のように、ちょっとでも機嫌を損ねると、ばくりと頭から食われてしまいそうだ。
「あなたの意に染まぬことを言ってしまったときに、意見を封じられるのが嫌だったんです。だから、こちらの意見をちゃんと聞いてくれる人なのか、試したくて」
ひくっと冥焔の口の端が不気味に動いた。
「不要な心配でした。お許しください」
はー……、と冥焔の口から謎の息が漏れ出るのを聞いた。なにが不服なのだろう。
「それで、もし俺が機嫌を損ねて暴室送りを決めていたらどうしたんだ」
「どうしたんでしょう」
「考えていなかったのか」
「まあ、はい」
『いのちだいじに』を合い言葉にしているが、時と場合にもよる。なぜなら、麗麗には信念があった。
「意見を求められているのに、真実がわかっているのに、正しいことを正しいと言えないほうが……嘘つきと言われるのが、死ぬより嫌です。ガリレオの精神に反します」
「ガリレオ? なんだ、それは」
「いえ、お気になさらず」
冥焔はなにか言いたそうにしていたが、やがてあきらめたような長い長いため息をついた。
「まあいい。その首と体が離れぬよう、せいぜい精進するといい」
「ありがとうございます」
素直に礼を言ったのに、冥焔は顔をしかめた。〝不機嫌〟と大きく墨で書かれているような顔だ。
(なるほどね)
女官たちが声をかけてこない理由がわかった。
(この人、性格が悪いんだ)
てくてくと歩いて向かった先を見て、麗麗は早くも回れ右したくなる。
見えてきたのは巨大な棟だ。絢爛豪華、絢爛華麗、金殿玉楼、などなど華やかな四字熟語が麗麗の頭の中を飛び交う。これはもしかすると、とんでもないところに足を踏み入れてしまったのではなかろうか。
勝手知ったる様子で冥焔は棟へと歩を進める。おそるおそる麗麗も後を追った。
(どこもかしこもぴかぴかだ……)
ここはどう見ても普通の棟ではない。丹塗りの柱には細かな彫刻が施され、回廊も塵ひとつ落ちていない。
冥焔が扉を軽く叩く。触れるだけで指紋がつきそうなくらい拭き清められた扉だ。
ほどなくして、軽やかな〝諾〟の声が聞こえてきた。
扉が開いた先にいたのは、まさしくこの棟の小主にふさわしい、迫力満点の美女だった。三人の女官に囲まれ、堂々とその場に存在するその佇まいたるや、ただ者ではない。
年の頃は十代後半か二十代前半。青みを帯びたつやつやの髪。きらきらと輝く黒曜石のような瞳。やや大柄な体は深衣の上からでも引き締まっているのがわかる、健康的な美しさを持つ妃嬪だった。
冥焔が深く揖礼を捧げた。
「ご挨拶申し上げます、瑛琳様」
(やっぱり!)
瑛琳。その名は麗麗でも知っている。
四夫人のひとり、淑妃・瑛琳だ。
後宮において、階級は最も重視されている。つまり、誰が一番偉いか、というような話だ。ここを押さえておかないと、とても後宮では生活できない。
まず、頂点は皇帝の配偶者である皇后だ。この階級は不可侵であり、後宮内で最も権限を持つ唯一無二の存在である。正妻と呼ばれるのは皇后のみであり、その他の女は皆、寵妃として扱われる。
寵妃は階級の上から順に、四夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻……。厳密には、その階級ごとにも細かく名前がつけられている。そして、それぞれの階級の頭についている数字は、その階級の席が何枠あるかを表しているのだ。つまり、四夫人であれば、四枠、妃を配置可能である。
ここにいる瑛琳妃は、四夫人〝淑妃〟の冠をいただいている。最も位が高い四人の妃のひとりだ。現皇帝はまだ皇后を据えていないため、現後宮では階級の頂点と言ってもいいだろう。
「冥焔。その後ろにいる女官は誰だ?」
麗麗は慌てて揖礼を捧げる。相手はとにかく偉い人なのだ。本当に口に気をつけなければ、命がいくつあっても足りない。
冥焔は、さらに深く礼を取った。
「例の噂を払拭するための駒でございます」
(〝駒〟って、おいおい)
心の中で麗麗は突っ込むが、口にはしない。
瑛琳妃はほんの少しだけ眉間にしわを寄せた。
「堅苦しいな。礼はいらない。ふたりとも面を上げよ」
念のため冥焔が揖礼を解くのを待ってから、麗麗も顔を上げた。
瑛琳妃は気さくな性格のようで、麗麗の顔をしげしげと眺める。無遠慮な視線だが、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
「可愛い子だな。姓と名を聞いても?」
「はい。麗麗と申します。姓は……」
もう顔もほとんど覚えていない養家の名を告げると、瑛琳妃も冥焔もそろって苦い顔をした。
「……生家に売られたんだな」
「おっしゃる通りです」
後宮の女たちは推薦で入内が決まる。家柄がいい者は初めから妃嬪として迎え入れられ、そうでない者は皆、女官だ。しかし、ただの女官ではない。皇帝のお手つきを期待されて後宮入りするのが一般的だった。
もし自分の娘が皇帝に見初められ、女官でありながらお手つきとなれば、それはそれはおいしい思いができる。娘が妃へと繰り上げになれば外廷での発言権が増す。ご機嫌伺いの列が途切れることはなくなり、貢ぎ物もどっさりいただける。あっという間に大金持ちだ。多くの家は、それを期待して娘を送り込む。
だからこそ、容姿が大事なのだ。
適当な娘がいない豪族や官吏は、後宮に送るための娘を金で購う。これはもちろん、推奨された行いではないとされている。されている、ということは、そういう事例が多々ある証左だ。
麗麗はどうやら、〝可愛い〟顔をしているらしい。自覚はないが、よく言われる。だから生家に売られたのだろう。
瑛琳妃の目にほのかな同情の色が浮かんだ。
「災難だったなあ」
「いえ。そうでもありません。生家は貧窮しておりましたから、衣食住をまかなってもらえるのは正直ありがたいと思っています。飢えて死ぬよりましですから」
麗麗の生家は、西の砂漠に近いところにあった。いつも飢えで苦しんでいた記憶がうっすらと残っている。麗麗を売ったことで、産みの親は少なからず命を繋げられただろう。そして麗麗も、売られたからこそ命が助かった。だから、本当に災難ではないのだ。
そう言下に込めて言うと、瑛琳妃は一瞬あっけにとられたような顔をして、あははっと大口を開けて笑った。
「豪胆だな。それにその性格、後宮ではさぞやりづらいだろう。おもしろい、気に入った。ぜひそのままのお前でいてほしいものだ」
「ありがとうございます」
麗麗の礼に、瑛琳妃はこざっぱりした笑いで返した。その笑い方で、他意のなさがわかった。気持ちのいい人だ。
「それはともかくとして」
冥焔は折れた話の腰を戻すように咳払いをした。
「例の呪いの件、この女官に解決の心当たりがあると」
ちらっと冥焔が麗麗に視線を送る。
「房を見せていただいてもよろしいでしょうか」
「もちろんだとも」
瑛琳妃はうなずいた。
てっきり女官を使って案内させるのかと思っていたが、瑛琳妃はなんと自分の足で誘導してくれるようだった。先頭が瑛琳妃とその女官たち、そのあとを冥焔、そして麗麗が続く。
瑛琳妃付きの女官たちが暮らす舎房は、殿舎の裏側にある。ぐるっと回り込んで向かう道すがら、麗麗はふと違和感を覚えた。
誰にも会わないし、人の気配がなさすぎる。
「瑛琳様の女官たちは今、ここにいるだけですべてだ」
「えっ?」
「なんでこんなに人がいないのか、と思ったのではないか?」
麗麗の前を歩く冥焔が、こちらを振り返りもせずにそう言った。
ぎょっとして、麗麗は目を見張った。
(今ここにいる女官って……三人しかいないんだけど!?)
上級妃であれば、普通はお付きの女官だけでも十数人。その下につく下級女官を含めれば、数十人単位でないとおかしい。
麗麗の動揺が伝わったのだろうか、瑛琳妃が口を開く。
「みんな、苦しそうだったからな。『帰りたいなら素直にそう言え、大家に頼んで帰れるようにするから』と命じたんだ」
瑛琳妃の声が陰った。
大家というのは皇帝のことだ。瑛琳妃は皇帝に頼んで、女官たちを帰したという。
「故郷を離れて連れてきた者たちばかりだから。まだ慣れないうちに仲間が病で死んで、あんなひどい噂が立って……かわいそうなことをした」
(そっか……)
瑛琳妃やその女官たちの容貌は、独特だ。彫りの深い顔立ちは焱の近辺出身ではないと容易にわかる。遠方から後宮に入内しているのであれば、仲間意識も当然強いのだろう。
その女官のひとりが病死して、しかも呪いだなどと散々言われたのだとしたら。
(まいっちゃうのもわかる気がするなあ)
「ここだ」
冥焔が示した問題の房は、舎房の一番奥だった。
「あの……これは?」
麗麗は窓を示す。さすが上級妃の暮らす殿舎の舎房で、女官の房であるにもかかわらず、装飾を施した漏窓があった。しかし、問題の房の窓のみ、漆喰で綺麗に塗り固められているのである。
瑛琳妃は苦い顔で笑う。
「魔除け、だそうだ」
「魔除け?」
「明林……女官が病死したあと、他の女官たちにせがまれたんだ。こうやってしっかり漆喰で窓を封じて、明林の魂が魔に魅入られるのを防ぐんだと。中央ではそうするのがいいと聞いたとか。まあ、訴えた女官たちは、のきなみ故郷に帰ってしまったが……」
瑛琳妃の口調からすると、当の本人は信じていないらしい。それはお付きの女官たちも一緒のようで、そろって苦い顔をしている。
(初耳だなあ)
中央というのは、焱の宮城を指す。死んだあとにそんなふうに房を閉じるなんて、麗麗は聞いたことがなかった。
(まあ、変なまじないが流行るのは世の中の常だよね)
「おい女官。いつまで時間をかけるつもりだ。さっさと実験しろ」
(なんでこう、つっかかるような話し方をするかなあ)
短気だなあ、と麗麗は内心毒づく。
「では冥焔様。お願いしていたものを出していただけますか」
「手燭だな。それと、燧石だ」
ここに向かう前に、準備してほしいとお願いしていたものだ。
冥焔が取り出したそれらのものを受け取ると、麗麗はまず手燭に蝋燭を立て、燧石を使って火をつけた。勢いよく燃える火は赤々としており、真昼の外でも十分に明るい。
「では、戸を開けていただけますか」
「……ん?」
「開けてください」
「もしや俺に言っているのか?」
なぜこの宦官はこんなに驚いているのだろう。当たり前でしょうとばかりに、麗麗は冥焔の顔をじとっと見た。
「そこに女官がいるだろう」
「瑛琳様の直属の方に、私ごときが命じられるとでも?」
「じゃあ自分で開けろ」
「手が塞がっております」
冥焔は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。もしかしたら普段はこういった雑用を頼まれないような、お偉い宦官なのかもしれないが、そんな事情は麗麗には関係ない。
あなたは宦官、麗麗は女官。どちらも皇帝と妃嬪に仕える立場である。その下級女官が、上級妃直属の女官に『戸を開けて』なんて言えるわけがなかろう。況んや上級妃本人においてをや。
麗麗の背後で、くっと不思議な音が聞こえた。瑛琳妃が笑いを嚙み殺し損ねたのだ。
(瑛琳様が寛容な妃嬪でよかった)
これが別の妃嬪だったら、殺されてたかもしれない、としみじみ思う麗麗である。
「戸を開けさせようか」
「いえ、結構です」
明らかに笑いをこらえた口調で首をかしげる瑛琳妃に、冥焔が憮然と答える。
顔に思いっきり〝不本意である〟という感情を乗せた冥焔は、渋々といった風情で戸を開けた。
その先には、房の中を隠すかのように何重にも白い布が垂れ下がっていた。布は戸のすぐ上から吊るされ、床にまで達している。
白は弔いを意味する色だ。死人が出たときは、白い布を垂らし弔意とする風習があった。明林は丁重に弔われている。
(それなのに呪いだなんて噂されちゃって、かわいそうにね)
その布を冥焔がたくし上げた途端、むわっと湿度の高い空気が後ろから前に頰を撫でた。空気が動いたのだ。
麗麗の瞳がきらっと輝く。
まだ日が高いのにもかかわらず、房の中は薄暗い。目を凝らすようにして麗麗は中を見回した。
戸から見て左側に狭い寝台。枕の横には白い絹花の飾りがついた簪が一本置いてある。身支度に使っていたのだろう。
寝台の傍らには卓子、その上には紙が広げられており、文字が書きつけられていたようだ。しかし、その文字は読めなくなっている。こぼれた墨が紙を汚し、判別がつかなくなっているのだ。
(もしかしたら、卓子に向かっているときに亡くなったのかもしれない)
造りつけの棚には雑記用の紙が無造作に積まれていた。よく書き物をする人だったのだろう。
片付けをするという話だから、もっと雑然とした房を想像していたが、意外と綺麗に整っているようだった。
なにはともあれ実験だ。うきうきそわそわ、心なしか声も弾む。
「では今から実験を始めます。よく見ていてくださいね」
麗麗は手燭を肩の高さまで持ち上げて、すっと房の中に差し込んだ。
蝋燭の炎が、ふわっとひと回り小さくなった。
(やっぱり……!)
麗麗が一度蝋燭を房の外へと出すと、ぶわっと炎が大きくなる。
「おお!」
瑛琳妃が驚きの声をあげた。
「呪いの原因は、これです」
「これ、とは」
怪訝そうに口を開いた冥焔をちらっと横目で見てから、麗麗は手燭に視線を送った。
「火が燃えるときには気を使います。そして、気というものは有限です」
伝わるだろうかと唇をなめながら麗麗は言葉を重ねた。
「この房は窓を塗りつぶされておりました。さらに入り口の戸は狭く、布が吊るされている。これによって、気の循環が妨げられ、少なくなっている状況でした。そして、採光が取りにくいため、昼であっても中は暗い。片付けをしようとしていた女官たちは、明るくなるよう火を使ったのではないですか?」
「そうだな。確かに、女官たちが手燭を持って入っていったのを見た」
瑛琳妃の言葉を受けて、麗麗はうなずいた。
「おそらく、その手燭の火は、房に入ってすぐに消えてしまったのだと思います」
「どういうことだ?」
瑛琳妃は首をかしげる。
「気が少ないような閉ざされた空間で火を使うと、消えてしまうのです。女官たちは呪いの噂のせいでもともと呪いにおびえていました。そこに、火が消え、突然暗闇が訪れる。女官たちは混乱し、取り乱して 呼吸が速く、浅くなる。人は浅い呼吸を繰り返すと、目眩やしびれを伴い、呼吸困難に似た症状が現れます。ましてや気の乏しい房の中であれば、なおのこと」
もしや、と冥焔が小さく呟く。
「呪いの正体は、それか!?」
「はい。女官たちはあらかじめ〝首を絞められる〟という噂を聞いていました。暗示にかかっている状態で、さらに呼吸ができなくなるような症状に見舞われた。この症状を〝首を絞められている〟と思い込み、錯乱して倒れる者が出たのでしょう。すべては自然現象で説明のできること。よって、呪いではないと判断します」
麗麗は手燭をさらにぐいっと房の奥へと突っ込んだ。
「これにて、証明完了です」
ふっと蝋燭の火が消えた。



