麗麗たちが暮らすこの国の名は、『(イェン)(こく)』と言う。数千年の歴史を誇る巨大な帝国である。数年前までは国内に混乱があり危うかった国力も、名君を得てだいぶ落ち着きを取り戻したと聞く。

 皇帝がいれば後宮がある。妃嬪を筆頭に、妃嬪に仕える女官、麗麗のように仕える妃嬪がいない下級女官、その他雑用係など、もろもろを合わせて数千人。大規模な女の園である。

 そこに足を踏み入れられる男は、皇帝とその血縁、そして生殖機能を失った宦官のみ。尊い血筋の方と相まみえる機会など、それこそ砂漠に落ちたひと粒の砂を見つけるようなものだ。可能性は限りなく低く、普通に暮らしていれば、皇帝の竜顔(かお)すら知らずに過ごすのが一般的である。

 ゆえに、娯楽の少ない後宮において、女官たちの恋愛対象が宦官に寄るのは仕方ないと理解はしている。だがしかし。

 (歩く女官ホイホイ)

 麗麗は前を歩く冥焔の(たくま)しい背中をじとっと見た。

 この冥焔という宦官は、虫が寄ってくる甘い蜜のようなものなのかもしれない。

 一緒に歩いているだけでそこかしこからの視線を感じる。人一倍鈍い麗麗が気づくくらいなのだから、相当数の女官から思慕を寄せられているに違いない。

 (でも、誰も声をかけてこないんだね)

 ()(れい)な顔をした宦官は他にもいる。麗麗が知っているその宦官はいつも女官たちに囲まれて、きゃーきゃー言われていた。『歩くたびに女官から声をかけられるから困ってるんだ』と、自慢なのかなんなのか愚痴を漏らしていたのをへーっと思いながら聞いたことがある。

 (いかにも需要がありそうな顔なのに、変なの)

 麗麗がつらつらと考えていると。

 「女官」

 不意に前を歩く大きな背中が口を開いた。

 (一応、名前があるんだけどな)

 まあ別に会話に名前は必要ないかと考え直して、麗麗は「はい」と軽く答えた。

 「さっきのような発言はどうかと思うぞ」

 「さっきのような、とは」

 「天か地か、ということだ」

 「ああ……」

 あの問答か。

 「てっきり頭ごなしに否定されるのかと思いました」

 前を歩いていた冥焔の足が、ぴたりと止まる。くるりと振り返った彼はその整った眉を絶妙にゆがめながら、麗麗の顔をまじまじと見た。

 「まさか、わかってやっていたのか」

 「はい。以前、それでとんでもない目に遭いましたから」

 麗麗が佐々木愛子の記憶を取り戻したとき。無意識に発した〝天か地か〟の言葉は、その場で一緒に夜警に当たっていた数人の女官、宦官にしっかり聞かれていた。

 この国では、天は卵の殻のようである、と考えるのが常識だ。地は卵の黄身であり、天にすっぽりと覆われている。だから、天が動くか、地が動くか、という発想がないのだ。

 だからこそ麗麗の発言に驚いたのだろう、上を下への大騒ぎとなった。頭を打って女官がおかしくなった、暴室へ連れていかねばとなったところを、〝少し混乱しているだけ〟となんとか言いつくろって見逃してもらったのだ。

 (あのとき暴室送りにされなくてよかったよ)

 冥焔はじとっとした視線を向けてくる。

 「わかっていながら、なぜあんな発言を」

 「あなたが信頼できるかわからなかったからです──あっ」

 またやってしまった、と麗麗は口を押さえた。本当にこの口はどうしようもない。

 「ええと、補足しますと……」

 「聞いてやろう」

 冥焔は笑った。笑ったという表現が合っているのかはわからない。獰猛(どうもう)な虎のように、ちょっとでも機嫌を損ねると、ばくりと頭から食われてしまいそうだ。

 「あなたの意に染まぬことを言ってしまったときに、意見を封じられるのが嫌だったんです。だから、こちらの意見をちゃんと聞いてくれる人なのか、試したくて」

 ひくっと冥焔の口の端が不気味に動いた。

 「不要な心配でした。お許しください」

 はー……、と冥焔の口から謎の息が漏れ出るのを聞いた。なにが不服なのだろう。

 「それで、もし俺が機嫌を損ねて暴室送りを決めていたらどうしたんだ」

 「どうしたんでしょう」

 「考えていなかったのか」

 「まあ、はい」

 『いのちだいじに』を合い言葉にしているが、時と場合にもよる。なぜなら、麗麗には信念があった。

 「意見を求められているのに、真実がわかっているのに、正しいことを正しいと言えないほうが……嘘つきと言われるのが、死ぬより嫌です。ガリレオの精神に反します」

 「ガリレオ? なんだ、それは」

 「いえ、お気になさらず」

 冥焔はなにか言いたそうにしていたが、やがてあきらめたような長い長いため息をついた。

 「まあいい。その首と体が離れぬよう、せいぜい精進するといい」

 「ありがとうございます」

 素直に礼を言ったのに、冥焔は顔をしかめた。〝不機嫌〟と大きく墨で書かれているような顔だ。

 (なるほどね)

 女官たちが声をかけてこない理由がわかった。

 (この人、性格が悪いんだ)

 てくてくと歩いて向かった先を見て、麗麗は早くも回れ右したくなる。

 見えてきたのは巨大な棟だ。絢爛(けんらん)(ごう)()、絢爛華麗、金殿(きんでん)(ぎょく)(ろう)、などなど華やかな四字熟語が麗麗の頭の中を飛び交う。これはもしかすると、とんでもないところに足を踏み入れてしまったのではなかろうか。

 勝手知ったる様子で冥焔は棟へと歩を進める。おそるおそる麗麗も後を追った。

 (どこもかしこもぴかぴかだ……)

 ここはどう見ても普通の棟ではない。丹塗りの柱には細かな彫刻が施され、回廊も塵ひとつ落ちていない。

 冥焔が扉を軽く(たた)く。触れるだけで指紋がつきそうなくらい拭き清められた扉だ。

 ほどなくして、軽やかな〝諾〟の声が聞こえてきた。

 扉が開いた先にいたのは、まさしくこの棟の小主(あるじ)にふさわしい、迫力満点の美女だった。三人の女官に囲まれ、堂々とその場に存在するその佇まいたるや、ただ者ではない。

 年の頃は十代後半か二十代前半。青みを帯びたつやつやの髪。きらきらと輝く黒曜石のような瞳。やや大柄な体は深衣の上からでも引き締まっているのがわかる、健康的な美しさを持つ妃嬪だった。

 冥焔が深く揖礼(ゆうれい)(ささ)げた。

 「ご挨拶申し上げます、瑛琳(エイリン)様」

 (やっぱり!)

 瑛琳。その名は麗麗でも知っている。

 四夫人のひとり、(しゅく)()・瑛琳だ。

 後宮において、階級(ヒエラルキー)は最も重視されている。つまり、誰が一番偉いか、というような話だ。ここを押さえておかないと、とても後宮では生活できない。

 まず、頂点は皇帝の配偶者である皇后だ。この階級は不可侵であり、後宮内で最も権限を持つ唯一無二の存在である。正妻と呼ばれるのは皇后のみであり、その他の女は皆、(ちょう)()として扱われる。

 寵妃は階級の上から順に、()()(じん)(きゅう)(ひん)()(じゅう)(なな)(せい)()(はち)(じゅう)(いち)(ぎょ)(さい)……。厳密には、その階級ごとにも細かく名前がつけられている。そして、それぞれの階級の頭についている数字は、その階級の席が何枠あるかを表しているのだ。つまり、四夫人であれば、四枠、妃を配置可能である。

 ここにいる瑛琳妃は、四夫人〝淑妃〟の冠をいただいている。最も位が高い四人の妃のひとりだ。現皇帝はまだ皇后を据えていないため、現後宮では階級の頂点と言ってもいいだろう。

 「冥焔。その後ろにいる女官は誰だ?」

 麗麗は慌てて揖礼を捧げる。相手はとにかく偉い人なのだ。本当に口に気をつけなければ、命がいくつあっても足りない。

 冥焔は、さらに深く礼を取った。

 「例の噂を払拭するための駒でございます」

 (〝駒〟って、おいおい)

 心の中で麗麗は突っ込むが、口にはしない。

 瑛琳妃はほんの少しだけ眉間にしわを寄せた。

 「堅苦しいな。礼はいらない。ふたりとも(おもて)を上げよ」

 念のため冥焔が揖礼を解くのを待ってから、麗麗も顔を上げた。

 瑛琳妃は気さくな性格のようで、麗麗の顔をしげしげと眺める。無遠慮な視線だが、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。

 「可愛い子だな。姓と名を聞いても?」

 「はい。麗麗と申します。姓は……」

 もう顔もほとんど覚えていない養家の名を告げると、瑛琳妃も冥焔もそろって苦い顔をした。

 「……生家に売られたんだな」

 「おっしゃる通りです」

 後宮の女たちは推薦で入内(じゅだい)が決まる。家柄がいい者は初めから妃嬪として迎え入れられ、そうでない者は皆、女官だ。しかし、ただの女官ではない。皇帝のお手つきを期待されて後宮入りするのが一般的だった。

 もし自分の娘が皇帝に見初められ、女官でありながらお手つきとなれば、それはそれはおいしい思いができる。娘が妃へと繰り上げになれば外廷での発言権が増す。ご機嫌伺いの列が途切れることはなくなり、貢ぎ物もどっさりいただける。あっという間に大金持ちだ。多くの家は、それを期待して娘を送り込む。

 だからこそ、容姿が大事なのだ。

 適当な娘がいない豪族や官吏は、後宮に送るための娘を金で(あがな)う。これはもちろん、推奨された行いではないとされている。されている、ということは、そういう事例が多々ある証左だ。

 麗麗はどうやら、〝可愛い〟顔をしているらしい。自覚はないが、よく言われる。だから生家に売られたのだろう。

 瑛琳妃の目にほのかな同情の色が浮かんだ。

 「災難だったなあ」

 「いえ。そうでもありません。生家は貧窮しておりましたから、衣食住をまかなってもらえるのは正直ありがたいと思っています。飢えて死ぬよりましですから」

 麗麗の生家は、西の砂漠に近いところにあった。いつも飢えで苦しんでいた記憶がうっすらと残っている。麗麗を売ったことで、産みの親は少なからず命を繋げられただろう。そして麗麗も、売られたからこそ命が助かった。だから、本当に災難ではないのだ。

 そう言下に込めて言うと、瑛琳妃は一瞬あっけにとられたような顔をして、あははっと大口を開けて笑った。

 「豪胆だな。それにその性格、後宮ではさぞやりづらいだろう。おもしろい、気に入った。ぜひそのままのお前でいてほしいものだ」

 「ありがとうございます」

 麗麗の礼に、瑛琳妃はこざっぱりした笑いで返した。その笑い方で、他意のなさがわかった。気持ちのいい人だ。

 「それはともかくとして」

 冥焔は折れた話の腰を戻すように咳払(せきばら)いをした。

 「例の呪いの件、この女官に解決の心当たりがあると」

 ちらっと冥焔が麗麗に視線を送る。

 「房を見せていただいてもよろしいでしょうか」

 「もちろんだとも」

 瑛琳妃はうなずいた。

 てっきり女官を使って案内させるのかと思っていたが、瑛琳妃はなんと自分の足で誘導してくれるようだった。先頭が瑛琳妃とその女官たち、そのあとを冥焔、そして麗麗が続く。

 瑛琳妃付きの女官たちが暮らす舎房は、殿舎の裏側にある。ぐるっと回り込んで向かう道すがら、麗麗はふと違和感を覚えた。

 誰にも会わないし、人の気配がなさすぎる。

 「瑛琳様の女官たちは今、ここにいるだけですべてだ」

 「えっ?」

 「なんでこんなに人がいないのか、と思ったのではないか?」

 麗麗の前を歩く冥焔が、こちらを振り返りもせずにそう言った。

 ぎょっとして、麗麗は目を見張った。

 (今ここにいる女官って……三人しかいないんだけど!?)

 上級妃であれば、普通はお付きの女官だけでも十数人。その下につく下級女官を含めれば、数十人単位でないとおかしい。

 麗麗の動揺が伝わったのだろうか、瑛琳妃が口を開く。

 「みんな、苦しそうだったからな。『帰りたいなら素直にそう言え、大家(ターチャ)に頼んで帰れるようにするから』と命じたんだ」
 瑛琳妃の声が陰った。

 大家というのは皇帝のことだ。瑛琳妃は皇帝に頼んで、女官たちを帰したという。

 「故郷を離れて連れてきた者たちばかりだから。まだ慣れないうちに仲間が病で死んで、あんなひどい噂が立って……かわいそうなことをした」

 (そっか……)

 瑛琳妃やその女官たちの容貌は、独特だ。彫りの深い顔立ちは焱の近辺出身ではないと容易にわかる。遠方から後宮に入内しているのであれば、仲間意識も当然強いのだろう。

 その女官のひとりが病死して、しかも呪いだなどと散々言われたのだとしたら。

 (まいっちゃうのもわかる気がするなあ)

 「ここだ」

 冥焔が示した問題の房は、舎房の一番奥だった。

 「あの……これは?」

 麗麗は窓を示す。さすが上級妃の暮らす殿舎の舎房で、女官の房であるにもかかわらず、装飾を施した漏窓(ろうそう)があった。しかし、問題の房の窓のみ、漆喰(しっくい)で綺麗に塗り固められているのである。

 瑛琳妃は苦い顔で笑う。

 「魔除け、だそうだ」

 「魔除け?」

 「明林(メイリン)……女官が病死したあと、他の女官たちにせがまれたんだ。こうやってしっかり漆喰で窓を封じて、明林の魂が魔に魅入られるのを防ぐんだと。中央ではそうするのがいいと聞いたとか。まあ、訴えた女官たちは、のきなみ故郷に帰ってしまったが……」

 瑛琳妃の口調からすると、当の本人は信じていないらしい。それはお付きの女官たちも一緒のようで、そろって苦い顔をしている。

 (初耳だなあ)

 中央というのは、焱の宮城を指す。死んだあとにそんなふうに房を閉じるなんて、麗麗は聞いたことがなかった。

 (まあ、変なまじないが流行るのは世の中の常だよね)

 「おい女官。いつまで時間をかけるつもりだ。さっさと実験しろ」

 (なんでこう、つっかかるような話し方をするかなあ)

 短気だなあ、と麗麗は内心毒づく。

 「では冥焔様。お願いしていたものを出していただけますか」

 「()(しょく)だな。それと、(ひうち)(いし)だ」

 ここに向かう前に、準備してほしいとお願いしていたものだ。

 冥焔が取り出したそれらのものを受け取ると、麗麗はまず手燭に蝋燭(ろうそく)を立て、燧石を使って火をつけた。勢いよく燃える火は赤々としており、真昼の外でも十分に明るい。

 「では、戸を開けていただけますか」

 「……ん?」

 「開けてください」

 「もしや俺に言っているのか?」

 なぜこの宦官はこんなに驚いているのだろう。当たり前でしょうとばかりに、麗麗は冥焔の顔をじとっと見た。

 「そこに女官がいるだろう」

 「瑛琳様の直属の方に、私ごときが命じられるとでも?」

 「じゃあ自分で開けろ」

 「手が塞がっております」

 冥焔は(はと)が豆鉄砲を食らったような顔をしている。もしかしたら普段はこういった雑用を頼まれないような、お偉い宦官なのかもしれないが、そんな事情は麗麗には関係ない。

 あなたは宦官、麗麗は女官。どちらも皇帝と妃嬪に仕える立場である。その下級女官が、上級妃直属の女官に『戸を開けて』なんて言えるわけがなかろう。(いわ)んや上級妃本人においてをや。

 麗麗の背後で、くっと不思議な音が聞こえた。瑛琳妃が笑いを()み殺し損ねたのだ。

 (瑛琳様が寛容な妃嬪でよかった)

 これが別の妃嬪だったら、殺されてたかもしれない、としみじみ思う麗麗である。

 「戸を開けさせようか」

 「いえ、結構です」

 明らかに笑いをこらえた口調で首をかしげる瑛琳妃に、冥焔が()(ぜん)と答える。

 顔に思いっきり〝不本意である〟という感情を乗せた冥焔は、渋々といった風情で戸を開けた。

 その先には、房の中を隠すかのように何重にも白い布が垂れ下がっていた。布は戸のすぐ上から()るされ、床にまで達している。

 白は弔いを意味する色だ。死人が出たときは、白い布を垂らし弔意とする風習があった。明林は丁重に弔われている。

 (それなのに呪いだなんて噂されちゃって、かわいそうにね)

 その布を冥焔がたくし上げた途端、むわっと湿度の高い空気が後ろから前に頰を()でた。空気が動いたのだ。

 麗麗の瞳がきらっと輝く。

 まだ日が高いのにもかかわらず、房の中は薄暗い。目を凝らすようにして麗麗は中を見回した。

 戸から見て左側に狭い寝台。枕の横には白い絹花の飾りがついた(かんざし)が一本置いてある。身支度に使っていたのだろう。

 寝台の傍らには卓子(つくえ)、その上には紙が広げられており、文字が書きつけられていたようだ。しかし、その文字は読めなくなっている。こぼれた墨が紙を汚し、判別がつかなくなっているのだ。

 (もしかしたら、卓子に向かっているときに亡くなったのかもしれない)

 造りつけの棚には雑記(メモ)用の紙が無造作に積まれていた。よく書き物をする人だったのだろう。

 片付けをするという話だから、もっと雑然とした房を想像していたが、意外と綺麗に整っているようだった。

 なにはともあれ実験だ。うきうきそわそわ、心なしか声も弾む。

 「では今から実験を始めます。よく見ていてくださいね」

 麗麗は手燭を肩の高さまで持ち上げて、すっと房の中に差し込んだ。

 蝋燭の炎が、ふわっとひと回り小さくなった。

 (やっぱり……!)

 麗麗が一度蝋燭を房の外へと出すと、ぶわっと炎が大きくなる。

 「おお!」

 瑛琳妃が驚きの声をあげた。

 「呪いの原因は、これです」

 「これ、とは」

 ()(げん)そうに口を開いた冥焔をちらっと横目で見てから、麗麗は手燭に視線を送った。

 「火が燃えるときには気を使います。そして、気というものは有限です」

 伝わるだろうかと唇をなめながら麗麗は言葉を重ねた。

 「この房は窓を塗りつぶされておりました。さらに入り口の戸は狭く、布が吊るされている。これによって、気の循環が妨げられ、少なくなっている状況でした。そして、採光が取りにくいため、昼であっても中は暗い。片付けをしようとしていた女官たちは、明るくなるよう火を使ったのではないですか?」

 「そうだな。確かに、女官たちが手燭を持って入っていったのを見た」

 瑛琳妃の言葉を受けて、麗麗はうなずいた。

 「おそらく、その手燭の火は、房に入ってすぐに消えてしまったのだと思います」

 「どういうことだ?」

 瑛琳妃は首をかしげる。

 「気が少ないような閉ざされた空間で火を使うと、消えてしまうのです。女官たちは呪いの噂のせいでもともと呪いにおびえていました。そこに、火が消え、突然暗闇が訪れる。女官たちは混乱し、取り乱して 呼吸が速く、浅くなる。人は浅い呼吸を繰り返すと、()(まい)やしびれを伴い、呼吸困難に似た症状が現れます。ましてや気の乏しい房の中であれば、なおのこと」

 もしや、と冥焔が小さく(つぶや)く。

 「呪いの正体は、それか!?」

 「はい。女官たちはあらかじめ〝首を絞められる〟という噂を聞いていました。暗示にかかっている状態で、さらに呼吸ができなくなるような症状に見舞われた。この症状を〝首を絞められている〟と思い込み、錯乱して倒れる者が出たのでしょう。すべては自然現象で説明のできること。よって、呪いではないと判断します」

 麗麗は手燭をさらにぐいっと房の奥へと突っ込んだ。

 「これにて、証明完了です」

 ふっと蝋燭の火が消えた。