夜。麗麗は寝具の上でごろごろと転がっていた。三日間寝ていたということもあり、眠気が一切やってこない。

 (……だめだ、外、行こう)

 むくりと起き上がると、麗麗は深衣を着る。おそらく気づかれることはないだろうが、それでも一応足音を殺して、そうっと房を抜け出した。

 (さっむ)

 この世界でも、冬は天が遠くなる。振り仰げば満天の星である。

 外に出たはいいものの、さて、どこへ行こうか。

 麗麗はくるりと足を東へと向けた。

 (廟へ行こう)

 まだ、麗麗は白蓮妃にお別れをきちんと言えていない。当然もう死体はないだろうけど、それでも、けじめとして手を合わせるくらいはしておきたい。

 さくさくと進む。歩いて歩いて、門が見えてきたところで人の気配を感じて麗麗は一度足を止めた。

 (こんな時間に誰だろう……?)

 警戒しながら歩を進める。曖昧だった輪郭が、やがて鮮明になる。

 「冥焔様」

 門の先、廟の入り口にいたのは、冥焔だった。

 「……女官か」

 冥焔は手に灯りの入っていない天灯を持っていた。

 「こんなところで、なにしてるんですか」

 「お前も人のことを言えないだろう」

 てっきり怒られるものだと思っていたが、冥焔はそのようなそぶりを見せない。それどころか、こちらへ来るようにと視線で促す。

 否はないので麗麗は廟の門をくぐり、冥焔の隣に立った。

 「……星送りの儀に参加しそびれてしまったからな」

 問う前に、冥焔は口を開いた。

 「今から、この天灯を上げるところだったのだ。付き合え」

 「はい」

 石を使って、火を天灯に入れた。天灯の暖かな光が、宦官の美しい顔に濃い陰影を描いている。

 「あ、この天灯……字が書いてありますね」

 「そうだ」

 冥焔の表情は、いつになく柔らかい。

 「星送りの儀は、霊送り。亡くなった者が心安らかに死を全うできるようにと、祈りを込める。それが、本来の儀式のあり方だ」

 「へえ……」

 冥焔は瞳を閉じる。

 天灯をすっと捧げた。

 指先が離れる。

 ふわり、と暖色の光が天へと放たれる。

 ゆうるりと昇っていく。

 「女官、お前はなにも聞かないのだな」

 「なにがです?」

 「……俺の、〝本当の名〟のことだ」

 白蓮妃と冥焔のやりとりを指しているのだと、麗麗にはすぐにわかった。昇る天灯を見上げながら、言葉を落とす。

 「私、興味がありません」

 「興味がない?」

 そんなに驚かなくてもいいだろう。麗麗は呆れたように宦官の顔を仰ぎ見る。

 「だって、冥焔様は冥焔様でしょう」

 ただ目の前にその人物がいる。それが麗麗の真実だ。

 「そうか」

 冥焔の声が、少しだけかすれている。

 「……そうか」

 嚙みしめるように呟く声は、星天にほどけて消えた。

 天灯に書かれている文字が、炎の明かりに照らされている。そこに書きつけられた詩を、麗麗は祈りを込めて見上げていた。



 孤魂不知我耐憐  孤独な魂は知らない 私が(あわ)れみに耐えていることを
 水面波平夜月懸  水面の波は穏やかで 夜の月は空に懸かる
 星彩猶輝愁裏色  星光はひときわ()えわたり 憂いと悲しみを深め
 風催灯火載祈天  風は灯火を誘い 祈りを載せて天へと運ぶ