──ちょうど一年前のこと。

 後宮に上がったばかりの十五歳のとき、麗麗は初めて夜警にかり出された。

 暗闇がそこかしこに凝っている。こちらを飲み込まんとするような夜の闇の深さに、麗麗はおびえた。腰が引けて(くつ)(スカート)を引っかけ、あっという間にすっころがった。

 そして見た。どこまでも吸い込まれそうなほどに暗い夜天と、そこに広がる、満の星空。

 息を忘れた。

 こんなに心揺さぶられるものがこの世にあるだなんて、麗麗は知らなかった。仰向けになった麗麗のすべてを包み込んでくれるような、その光り輝く星を見て──麗麗の頭を、ある直感(インスピレーション)が貫いた。

 「……この世は……天が動いているのでしょうか。それとも、地が動いているのでしょうか」

 口にした瞬間、まるで時間が逆戻りするかのように、〝記憶〟が麗麗の中に流れ込んできた。

 以前自分は、こことは別の世界で生きていた。佐々(ささき)(あい)()という名前で、科学が好きで、天文学者に憧れ、某理系大学で大学院生をしていて。そして、偉人・ガリレオを心の底から崇拝していた──!

 逆戻りした時間が、急速に麗麗の中に取り込まれる。そして、ひとつの結論を導き出した。

 (あ、これ、異世界転生ってやつか)

 佐々木愛子、もとい麗麗は、わりとあっさり受け入れた。起こってしまったのなら仕方ない。ぎゃーぎゃーわめいて元の世界で生き返るならともかく、そうでないならわめき損だ。

 常識で計り知れない事象が起こったときは、常識を塗り替えればいい。自分の身で起こっているなら、それがこの世界の常識なのだ。

 だから、まあ、異世界転生。そういうこともあるのだろう。

 麗麗が合理主義(ドライ)であったのも幸いして、齟齬(そご)なく記憶が一体化された。

 幸いなことに、この世界の知識は麗麗がもとから持っている。佐々木愛子がほんの少しだけ〝こんにちは〟したところで、他者には違和を感じさせずに暮らせるはずだ。

 けれど、それは、このとんでもなくやっかいな性格──〝馬鹿正直〟さえなければ、の話である。