冥焔は宮の入り口で空を見ていた。

 空は夕日の赤みを帯びて、まるで燃えるようだ。生前の世界よりも鮮やかなのはなぜだろう。もしかしたら、空気中の不純物が少ないからだろうか。

 冥焔は麗麗に気づくと、ぴくっと眉を上げた。

 「遅いぞ、女官」

 本当に偉そうだ。

 冥焔はどこに行くとも言わず、歩き始める。おとなしく麗麗もその後ろについた。

 この時間になると、外を出歩く女官や宦官もまばらになる。もうすぐ夜だ。そうすれば、夜警の者か、皇帝ご一行か、こっそり逢い引き中の恋人同士くらいしか外を歩く者はいなくなる。

 それでも(ひと)()はないわけではない。ちらほらと視線は感じるが、声をかけてくる者はいなかった。この冥焔という宦官は、人を寄せつけはするが、気軽に話せる相手ではないということか。

 それにしても、いつまでこうしているつもりなのだろうか。まさか本当にただの散歩ではあるまいな。

 瑛琳妃が『相談事』なんて言うからそのつもりでいたが、そうではない可能性も考えられる。

 (もう戻っていいかなあ)

 深藍宮ではそろそろ夕餉の刻だ。花里の激うまご飯を食べ損ねるのは勘弁願いたい。

 麗麗が『帰っていいですか』と言い出そうとしたときである。

 「女官」

 冥焔が口を開いた。

 「死者が蘇るなど、あるのだろうか」

 麗麗は目をぱちくりさせる。

 「それは言葉通りの意味ですか。それともなにかの比喩ですか」

 「言葉通りの意味だ。心の臓が止まり、血が流れた者がもう一度肉体を伴って蘇る。そんなことがあるのだろうかと聞いている」

 ふむ、と麗麗は唇に人差し指を当ててみる。

 「ないですね」

 「ないか」

 「はい。死は死です。肉体の活動が止まったから死なのです。一度、心の臓が止まればそれきりです。蘇るということはありません。少なくとも、私の常識では」

 ただ、と麗麗は思う。

 自分は佐々木愛子の記憶を持っている。これを『蘇り』と呼ぶのであれば、〝蘇りは、ある〟なのかもしれない。

 しかし、死んだ佐々木愛子の体のまま再び世に舞い戻ったわけではない。心の死と体の死をどう扱うかの問題ではあるが、体の死という意味では、佐々木愛子は間違いなく死んでいるのだ。そして、二度と蘇ることはないだろう。

 「でも……」

 自分の置かれている状況が、今までの佐々木愛子の常識と違うのは麗麗が一番よくわかっている。

 「どんな突拍子もないことでも、今起きている事実がすべてです。常識では説明できない事象が起きているのなら、それは常識が間違っているのです」

 佐々木愛子が憧れているガリレオは、常識から外れた説を唱えて投獄された。当時の常識が間違っていたと証明されたのは彼が死んだあとだ。

 「冥焔様がなにを気にされているのかは私にはわかりません。でも死者が蘇ったとして、それが間違いなく死者本人であるのなら、今の常識のほうが間違っているのです」

 「では、間違っている常識はどうする」

 「間違っているという証拠を出せばよいのです」

 「見つからなければどうする」

 「見つかるまで調べればよいのです。その結果、本当に蘇りがある、という結論に達したなら、自分の常識を上書きすればいいだけの話ですから。少なくとも、ガリレオならそうしたでしょう」

 冥焔は怪訝な顔をする。

 「この間も言っていたな。なんだ、その『ガリレオ』というのは」

 麗麗は胸に手を置いた。

 「私の目標であり、信念です」

 それは麗麗が佐々木愛子だったときに立てた、自らの誓いだった。