「いやあ、痛快。最高だな。どうしてその場に呼んでくれなかったんだ」
麗麗と雪梅から一連の話を聞いた瑛琳妃は、涙を流して笑った。香鈴も同じようにぷるぷると笑いをこらえている。ちなみに盥の水はこぼれていない。ここまで来るとあっぱれな平衡感覚だ。
「でも瑛琳様、見ているほうは結構ひやひやします。あの玉璇妃の女官たちですし、これでおとなしくなるとも思えないですから。きっとまたなにか仕掛けてきますよ。間違いないです」
「口を慎みなさい。あまり人を悪く言うものではないよ」
まだ笑いの余韻を残しながら、瑛琳妃は雪梅を軽くたしなめる。
瑛琳妃と玉璇妃は、なんというか水火不容なのだそうだ。
瑛琳妃は「さて」と言いながら、雪梅の手を借りて椅子から立ち上がった。
「それでは、朝餉をいただこう」
待ってました。雪梅を筆頭に、麗麗は瑛琳妃の後ろについた。
本当にこの宮に来てよかった。その最たるものが、食事の時間だ。
場所は先ほどまで麗麗たちが一生懸命掃除をしていた、客間にあたる房のすぐ隣である。
この房には中央に長案が設えてある。皇帝との会食や妃嬪たちとのお茶会に使う場だそうだが、普段はもっぱら皆の食堂代わりとなっている。瑛琳妃曰く、『どうせ物を食べる場所なんだから、ここを皆で使えばいいだろう』とかなんとか。
落ち着いた装飾が施された房には、いい匂いが漂っていた。厨から直接運ばれたであろう食事は、まだほかほかと湯気を立てている。
花里が柔和な顔でにこりと笑いながら、小主のために椅子を引いた。
「娘娘、おはようございます」
娘娘というのは妃嬪に対する敬称である。
「今日は久しぶりに鴨が入りました。それをきゅっと絞めまして、中に香草を詰めて焼いてみました」
「素敵だな」
瑛琳妃の目が輝く。
「包子も蒸したてですので、温かいうちに召し上がってくださいね」
そう言いながら花里は自分の椅子を引いて腰を下ろした。続けて雪梅、香鈴のふたりも着席する。麗麗もそれにならった。
この宮では、小主と女官たちが共に食卓を囲むという習慣があった。このやり方だと、凝った食事は作れないし、あらかじめ毒味もできない。けれど、それが瑛琳妃の故郷の風習なのだそうだ。
遠方から来ている女官たちのために、なるべく風習は変えたくない。そう皇帝に頼んだという話だ。
おそらく、女官たちと共に食事をする妃は瑛琳妃だけだろう。人数が少なく、厨を担当するのが腹心の女官であるからできることでもあるのだろうが。考えようによっては、湯気が出ている物を食べるというのは、後宮では究極の贅沢なのかもしれない。
食事はまず、厨担当の花里がひと口ずつすべてをいただく。誰もなにも言わないが、おそらく毒味を兼ねているのだろう。何事も起きないようであれば、次に主人である瑛琳妃がひと口羹を口にし、それを確認してから他の女官たちも続く。
(今日もすんごいごちそうだ)
花里特製の鴨の香草詰めはふっくらと焼き上がって、じゅうじゅうと油をしたたらせているし、包子はもちもちと柔らかそうで、見ているだけで口の中に唾がたまる。その他、鱠や香の物、羹、どれも皆たまらなく食欲を刺激する香りだ。
朝からこれだけのものを食べるなんて少々熱量過多では、と思わないでもないが、女官たちは早朝から起きてすでにひと仕事しており、おなかぺっこぺこなのである。
それでも一応遠慮をして、雪梅、香鈴が料理を取り分けたあとに麗麗もさじを手に取った。
房の扉が無遠慮に鳴らされたのは、そのときである。
「食事中に失礼いたします、瑛琳様」
「め、冥焔様っ」
入ってきたその宦官を目にして、ふぁーっと女官三人が浮き足立つ一方で、麗麗はげーっと顔をゆがめる。
食事中だってわかっているなら、少しは遠慮してほしい。なぜこんな朝から来るのだろう。
「おや、早かったね冥焔。そんなに急ぎだったのか?」
瑛琳妃はくすりと笑って麗麗に視線を送った。
「もしうちの子に用があるなら、食べ終わってからでもいいかな。食事抜きではかわいそうだ」
「もちろんでございます」
冥焔はぐっとなにかを言いたそうに唇をゆがめたが、そのまま揖礼して引き下がる。
(さては、今すぐ連れていくつもりだったな)
ぐっじょぶ、瑛琳様。
心の中でグッドサインを送りながら、麗麗はことさらゆっくりと鴨肉を咀嚼した。
そんなこんなで食事の時間が終わり、麗麗以外の女官三人はそれぞれの持ち場へと戻った。
ちなみに、食事は大変おいしかった。いつもは競い合うようにもりもり食べる三女官は、なぜかとってもおとなしかった。おかげで麗麗はたらふく鴨肉を食べられ、満足である。
房には、冥焔と麗麗だけが残っている。瑛琳妃もすでに席を辞し、この場にはいなかった。賢い妃は、麗麗と冥焔が行っている調査については基本的に無関心を貫いている。皇帝から直々に頼まれている話であれば、おおよそ他の妃の話も出てくるだろう。瑛琳妃がその場にいれば話せないこともある、と察しているのだ。
妃の鑑のような人だな、と改めて麗麗は小主を尊敬する。
勢力争いが当たり前の後宮で、立場をわきまえる難しさは想像に難くない。あるいは、それができるからこその四夫人なのか。
麗麗たちは食事をしていた今の房から、隣の房へと移る。
この房は客間として使っているだけあって、外に音を漏らさないように作られているらしい。『冥焔と話すときはこの房を使うように』と瑛琳妃からもお許しをいただいている。
それにしても、さすがに食べすぎたようでおなかが苦しい。
「おい、女官」
腹をさすっていると、居丈高な声が麗麗を呼んだ。ふんぞり返るようにして、冥焔は麗麗を見下ろしている。
「また怪異が起きた。仕方ないからお前の力を使ってやろう」
「仕方なく使われるような力は持ち合わせておりません」
本当に、なんでそんなに偉そうなんだ。
「ああ言えばこう言う。お前は大家の命をなんだと思っているのだ」
「逆らえない命令だと心得ていますよ。だからこうして冥焔様にも付き合っているんじゃないですか」
麗麗の反論に、冥焔はふーっと息をついた。
「……まあいい。本題に入らせてくれ」
最初からそう言えばいいのにな、と呆れながらも麗麗は居住まいを正す。
「此度の怪異も、首絞めだ」
「首絞め?」
「ああ。絞鬼が出た」
絞鬼とは、なんぞや。
麗麗の顔を見て知らないと判断したのだろう。冥焔は椅子に腰を下おろし、麗麗にも視線で座れと示した。どうやら話が長くなりそうなので、ありがたく座らせていただく。
「絞鬼とは、自死を促す幽鬼だな」
「自死ですか」
「ああ。我が焱国の伝承では、死者の国で暮らす民の数は決まっているとされている。それは知っているか」
「聞いたことがあるような、ないようなって感じですね」
麗麗がまだ生家にいたときにうっすらと聞いた記憶があるが、はっきりしないので曖昧に答えた。
「では説明するが、先ほども言った通り、死者の国の民は人数が決まっている。誰かが死ねば誰かが生き返り、誰かが生き返れば誰かが死ぬ。生と死がぐるぐると循環しているのだ」
「ああ、質量保存の法則」
「なんだそれは」
「いえ、こっちの話です」
いけないいけない。つい愛子の知識がまろび出てしまった。
怪訝な顔をした冥焔は、ごほんとひとつ咳払いをして話を続ける。
「死者が蘇りたいと願うならば、生者から身代わりを見つける必要がある。だから幽鬼は、自分が生き返るために人を殺す。……そう考えられている」
冥焔は一瞬目を伏せた。なんだか様子がおかしくて、妙に気になる。だがしかし、麗麗が瞬きをしたほんの数秒で、顔に浮かんでいた影は引っ込み、もう元の偉そうな表情に戻った。
「この身代わりには厳格な律があるのだ。それは、自分と同じ死に方をすること。これを、鬼求代という」
「ええと、つまり病気で死んだら、病気で死んだ人が出れば生き返れる。殺されたら、別の誰かが殺されれば生き返れる……?」
「そうだ。もっと言うと、病死なら病気の種類、殺しなら殺しの種類まで合わせる必要がある」
げえっと麗麗は口をゆがめた。えげつないにもほどがある。
「絞鬼とはつまり、くびられた死者だ。自らの命を縄に預け、吊られて死んだ者がこの鬼となる。そして、この鬼は蘇るために人を呼ぶ。生者の首を絞め、心を弱らせ、自分と同じように自死へと誘う」
「その幽鬼が、今この後宮にいるというのですか」
「そう訴えがあった。妃嬪だけではなく、女官からも声があがっている。寝ているときに首を絞められた、息が苦しい、などを訴える者が増えている。それどころか、実際に衰弱し、倒れてしまった者もいる始末だ」
ふーんと麗麗は腕を組んで考える。
「訴えている妃嬪や女官に共通点はあるんです? 同じ宮とか年齢が近いとか……」
「いや、それがばらばらなのだ」
冥焔から話を聞くだけでは埒が明かない。実際の現場を見て、被害に遭った人たちに話を聞けないだろうか。
「訴えている妃嬪や女官にお会いできますか。現場も見たいです」
「そう言うだろうと踏んで、もう手はずは整えている」
冥焔はすくっと椅子から立ち上がった。
「まずは珊瑚宮だ」
「えっ」
嘘でしょ、と麗麗の口がひくっと動く。
「珊瑚宮って、あの珊瑚宮ですか。あの……」
「それ以外にどこがある」
麗麗は天を仰いだ。
珊瑚宮は色にして赤……つまり、瑛琳妃と折り合いの悪い妃、玉璇妃の住まう宮だった。
麗麗と雪梅から一連の話を聞いた瑛琳妃は、涙を流して笑った。香鈴も同じようにぷるぷると笑いをこらえている。ちなみに盥の水はこぼれていない。ここまで来るとあっぱれな平衡感覚だ。
「でも瑛琳様、見ているほうは結構ひやひやします。あの玉璇妃の女官たちですし、これでおとなしくなるとも思えないですから。きっとまたなにか仕掛けてきますよ。間違いないです」
「口を慎みなさい。あまり人を悪く言うものではないよ」
まだ笑いの余韻を残しながら、瑛琳妃は雪梅を軽くたしなめる。
瑛琳妃と玉璇妃は、なんというか水火不容なのだそうだ。
瑛琳妃は「さて」と言いながら、雪梅の手を借りて椅子から立ち上がった。
「それでは、朝餉をいただこう」
待ってました。雪梅を筆頭に、麗麗は瑛琳妃の後ろについた。
本当にこの宮に来てよかった。その最たるものが、食事の時間だ。
場所は先ほどまで麗麗たちが一生懸命掃除をしていた、客間にあたる房のすぐ隣である。
この房には中央に長案が設えてある。皇帝との会食や妃嬪たちとのお茶会に使う場だそうだが、普段はもっぱら皆の食堂代わりとなっている。瑛琳妃曰く、『どうせ物を食べる場所なんだから、ここを皆で使えばいいだろう』とかなんとか。
落ち着いた装飾が施された房には、いい匂いが漂っていた。厨から直接運ばれたであろう食事は、まだほかほかと湯気を立てている。
花里が柔和な顔でにこりと笑いながら、小主のために椅子を引いた。
「娘娘、おはようございます」
娘娘というのは妃嬪に対する敬称である。
「今日は久しぶりに鴨が入りました。それをきゅっと絞めまして、中に香草を詰めて焼いてみました」
「素敵だな」
瑛琳妃の目が輝く。
「包子も蒸したてですので、温かいうちに召し上がってくださいね」
そう言いながら花里は自分の椅子を引いて腰を下ろした。続けて雪梅、香鈴のふたりも着席する。麗麗もそれにならった。
この宮では、小主と女官たちが共に食卓を囲むという習慣があった。このやり方だと、凝った食事は作れないし、あらかじめ毒味もできない。けれど、それが瑛琳妃の故郷の風習なのだそうだ。
遠方から来ている女官たちのために、なるべく風習は変えたくない。そう皇帝に頼んだという話だ。
おそらく、女官たちと共に食事をする妃は瑛琳妃だけだろう。人数が少なく、厨を担当するのが腹心の女官であるからできることでもあるのだろうが。考えようによっては、湯気が出ている物を食べるというのは、後宮では究極の贅沢なのかもしれない。
食事はまず、厨担当の花里がひと口ずつすべてをいただく。誰もなにも言わないが、おそらく毒味を兼ねているのだろう。何事も起きないようであれば、次に主人である瑛琳妃がひと口羹を口にし、それを確認してから他の女官たちも続く。
(今日もすんごいごちそうだ)
花里特製の鴨の香草詰めはふっくらと焼き上がって、じゅうじゅうと油をしたたらせているし、包子はもちもちと柔らかそうで、見ているだけで口の中に唾がたまる。その他、鱠や香の物、羹、どれも皆たまらなく食欲を刺激する香りだ。
朝からこれだけのものを食べるなんて少々熱量過多では、と思わないでもないが、女官たちは早朝から起きてすでにひと仕事しており、おなかぺっこぺこなのである。
それでも一応遠慮をして、雪梅、香鈴が料理を取り分けたあとに麗麗もさじを手に取った。
房の扉が無遠慮に鳴らされたのは、そのときである。
「食事中に失礼いたします、瑛琳様」
「め、冥焔様っ」
入ってきたその宦官を目にして、ふぁーっと女官三人が浮き足立つ一方で、麗麗はげーっと顔をゆがめる。
食事中だってわかっているなら、少しは遠慮してほしい。なぜこんな朝から来るのだろう。
「おや、早かったね冥焔。そんなに急ぎだったのか?」
瑛琳妃はくすりと笑って麗麗に視線を送った。
「もしうちの子に用があるなら、食べ終わってからでもいいかな。食事抜きではかわいそうだ」
「もちろんでございます」
冥焔はぐっとなにかを言いたそうに唇をゆがめたが、そのまま揖礼して引き下がる。
(さては、今すぐ連れていくつもりだったな)
ぐっじょぶ、瑛琳様。
心の中でグッドサインを送りながら、麗麗はことさらゆっくりと鴨肉を咀嚼した。
そんなこんなで食事の時間が終わり、麗麗以外の女官三人はそれぞれの持ち場へと戻った。
ちなみに、食事は大変おいしかった。いつもは競い合うようにもりもり食べる三女官は、なぜかとってもおとなしかった。おかげで麗麗はたらふく鴨肉を食べられ、満足である。
房には、冥焔と麗麗だけが残っている。瑛琳妃もすでに席を辞し、この場にはいなかった。賢い妃は、麗麗と冥焔が行っている調査については基本的に無関心を貫いている。皇帝から直々に頼まれている話であれば、おおよそ他の妃の話も出てくるだろう。瑛琳妃がその場にいれば話せないこともある、と察しているのだ。
妃の鑑のような人だな、と改めて麗麗は小主を尊敬する。
勢力争いが当たり前の後宮で、立場をわきまえる難しさは想像に難くない。あるいは、それができるからこその四夫人なのか。
麗麗たちは食事をしていた今の房から、隣の房へと移る。
この房は客間として使っているだけあって、外に音を漏らさないように作られているらしい。『冥焔と話すときはこの房を使うように』と瑛琳妃からもお許しをいただいている。
それにしても、さすがに食べすぎたようでおなかが苦しい。
「おい、女官」
腹をさすっていると、居丈高な声が麗麗を呼んだ。ふんぞり返るようにして、冥焔は麗麗を見下ろしている。
「また怪異が起きた。仕方ないからお前の力を使ってやろう」
「仕方なく使われるような力は持ち合わせておりません」
本当に、なんでそんなに偉そうなんだ。
「ああ言えばこう言う。お前は大家の命をなんだと思っているのだ」
「逆らえない命令だと心得ていますよ。だからこうして冥焔様にも付き合っているんじゃないですか」
麗麗の反論に、冥焔はふーっと息をついた。
「……まあいい。本題に入らせてくれ」
最初からそう言えばいいのにな、と呆れながらも麗麗は居住まいを正す。
「此度の怪異も、首絞めだ」
「首絞め?」
「ああ。絞鬼が出た」
絞鬼とは、なんぞや。
麗麗の顔を見て知らないと判断したのだろう。冥焔は椅子に腰を下おろし、麗麗にも視線で座れと示した。どうやら話が長くなりそうなので、ありがたく座らせていただく。
「絞鬼とは、自死を促す幽鬼だな」
「自死ですか」
「ああ。我が焱国の伝承では、死者の国で暮らす民の数は決まっているとされている。それは知っているか」
「聞いたことがあるような、ないようなって感じですね」
麗麗がまだ生家にいたときにうっすらと聞いた記憶があるが、はっきりしないので曖昧に答えた。
「では説明するが、先ほども言った通り、死者の国の民は人数が決まっている。誰かが死ねば誰かが生き返り、誰かが生き返れば誰かが死ぬ。生と死がぐるぐると循環しているのだ」
「ああ、質量保存の法則」
「なんだそれは」
「いえ、こっちの話です」
いけないいけない。つい愛子の知識がまろび出てしまった。
怪訝な顔をした冥焔は、ごほんとひとつ咳払いをして話を続ける。
「死者が蘇りたいと願うならば、生者から身代わりを見つける必要がある。だから幽鬼は、自分が生き返るために人を殺す。……そう考えられている」
冥焔は一瞬目を伏せた。なんだか様子がおかしくて、妙に気になる。だがしかし、麗麗が瞬きをしたほんの数秒で、顔に浮かんでいた影は引っ込み、もう元の偉そうな表情に戻った。
「この身代わりには厳格な律があるのだ。それは、自分と同じ死に方をすること。これを、鬼求代という」
「ええと、つまり病気で死んだら、病気で死んだ人が出れば生き返れる。殺されたら、別の誰かが殺されれば生き返れる……?」
「そうだ。もっと言うと、病死なら病気の種類、殺しなら殺しの種類まで合わせる必要がある」
げえっと麗麗は口をゆがめた。えげつないにもほどがある。
「絞鬼とはつまり、くびられた死者だ。自らの命を縄に預け、吊られて死んだ者がこの鬼となる。そして、この鬼は蘇るために人を呼ぶ。生者の首を絞め、心を弱らせ、自分と同じように自死へと誘う」
「その幽鬼が、今この後宮にいるというのですか」
「そう訴えがあった。妃嬪だけではなく、女官からも声があがっている。寝ているときに首を絞められた、息が苦しい、などを訴える者が増えている。それどころか、実際に衰弱し、倒れてしまった者もいる始末だ」
ふーんと麗麗は腕を組んで考える。
「訴えている妃嬪や女官に共通点はあるんです? 同じ宮とか年齢が近いとか……」
「いや、それがばらばらなのだ」
冥焔から話を聞くだけでは埒が明かない。実際の現場を見て、被害に遭った人たちに話を聞けないだろうか。
「訴えている妃嬪や女官にお会いできますか。現場も見たいです」
「そう言うだろうと踏んで、もう手はずは整えている」
冥焔はすくっと椅子から立ち上がった。
「まずは珊瑚宮だ」
「えっ」
嘘でしょ、と麗麗の口がひくっと動く。
「珊瑚宮って、あの珊瑚宮ですか。あの……」
「それ以外にどこがある」
麗麗は天を仰いだ。
珊瑚宮は色にして赤……つまり、瑛琳妃と折り合いの悪い妃、玉璇妃の住まう宮だった。



