恋人同士になってからも志月と海吹のバンド練習は妥協なく続き、とうとう文化祭二日前になった。
志月と海吹はギターを背負って、第二体育館にいた。第二体育館が志月たちのクラスに割り当てられた舞台だった。今はクラス全員が集まって、最初で最後の通し稽古をしているところだ。
指揮を執るのは、相良たち一軍で結成されたバンドグループだ。出演順を考えたのも、もちろん彼らだ。地味グループその一、志月と海吹のグループ、相良たち一軍グループ、地味グループその二、という順番だ。当初の予定通り、他の冴えないグループで始めと終わりを固め、自分たちのグループが真ん中で目立とうという魂胆らしい。
地味グループその一がリコーダーと音楽の教科書を持って、舞台に上がった。拙いピアノ伴奏が始まり、細い声で校歌を歌う。パート分けはされておらず、ただ歌っているだけだった。それを一軍が笑いながら見ている。
相良たち一軍グループは格安量販店で購入したと思われるパーティー用のコスプレ衣装を着ていた。男子は警察官やヴァンパイア、女子はナースやメイドだ。コスプレバンドというコンセプトらしい。しかし、誰も楽器を持っていない。
「エアーバンドらしいよ」
海吹が呆れ声で言った。
「でも、楽器は?」
「それもエアー。持ってる設定で、弾いてる振りをするんだって」
「経験者が一人もいなかったってことですか?」
「そう。出し物を決めた日に、格好良く見えるからバンドをしたかっただけだって言ってた。歌だけはカラオケで練習してたみたいだけど、どうせCDを流すんだから、そこも口パクで良いのにな」
あたかも経験者のような口振りで、志月のギターの弦が硬くて弾けないと相良が文句をつけてきたことがあったけれど、本当に硬くて弾けなかっただけだったとは。まったくの素人だったとは。それなのに海吹の隣に立つに相応しいのは自分だけだと言い放ち、彼を返せと志月を詰るなんて。
海吹が相良ににべもない態度を取る理由が志月にも、ようやく分かった。彼女は自身の美貌に胡坐をかき、何の努力もしていない。海吹のことも、バンドのことも、ただ自分を輝かせるアクセサリーとしてしか見ていない。だから、海吹は見向きもしないのだ。
せっかく美人なのに、もったいない。もし、志月が相良みたいに美人で一軍なら、もっと早く海吹に声をかけて、『NOISE』の話で盛り上がり、距離を縮めていたのに。自分が海吹に相応しくない、と自信を喪失することもなかったのに。
「志月、今日って夜遅くなっても平気?」
地味グループその一がリコーダーで演奏する卒業ソングを聴きながら、海吹が言った。
「バンド練ですか?いつもより長くなるならコンビニでパンを買ってから行ってもいいですか?」
「バンド練じゃなくて、これから出掛けない?」
「出掛ける?」
「そう、学校サボってデートしようよ」
デート。デートとは、あのデートのことか。どこに行くんだろう。夜遅くなるということは、まさか。とうとうキスより先に進むということだろうか。今日、何かあったっけ。
返事が出来ないでいると、「次ぃー、海吹の番!」と相良の大声が響いた。
「俺たちはいいから。飛ばして」
「は?順番、変えたいってこと?」
「順番は、このままで構わない。今は演奏しないから飛ばして」
「どういうことよっ!」
「俺と志月、抜けるから。あとは適当に練習しといて」
海吹が踵を返す。デートの誘いにまだ固まっている志月の手を引いて、歩き出す。
「海吹!待ちなさいよ!」
ナース姿の相良が金切り声を上げて、こちらに向かって来た。海吹のシャツの端を掴んで、上目遣いに睨む。
「自分勝手すぎない?クラスの出し物だよ?みんなの迷惑も考えてよ」
「安心しなよ。本番でミスなんて絶対にしないから」
「相変わらず、すっごい自信だね」
「当然だろ。俺と志月が組むんだ。失敗なんてない」
志月の名前に、相良の顔が歪む。海吹は気にせず、出入口に向かう。まだ相良が海吹の名前を呼んでいるけれど、海吹は止まらない。相良では海吹を止められない。海吹の意識は、もう志月に向いていた。
前にも同じようなことがあったな、と思いながら、志月は海吹に連れられて第二体育館を出た。
☆☆☆
志月と海吹が下車したのは、元町・中華街駅だった。時刻は十一時を少し過ぎた頃。
「まず、昼ご飯を食べよっか」
荷物預かり対象店舗に二人分のギターを預けた海吹が元町方面に向かって歩き出す。平日の昼間だけれど、観光地のため人が多い。派手なタトゥーをした外国人もいる。行き先が分からない志月は、はぐれないように海吹に身を寄せた。
「手、繋ごうか?」
「えっ!」
「迷子防止」
「そ、そんな、大丈夫です!」
顔を真っ赤にさせて、志月は海吹から少し離れた。
「恋人なんだから、いい加減に慣れたら?もうキスもしたんだし」
「い、一回だけじゃないですか。あれで慣れろって言うほうが無理です……」
「一回ね。志月って、意外と大胆だよね。分かった。志月が慣れるまで、たくさんキスしようか」
「そ、そういう意味じゃ!」
笑いを堪える海吹に、志月はからかわれたことに気づいた。
志月は今まで海吹のことをクールな人間だと思っていた。完璧無比に整った外見と冷静な物言いから、そう判断していた。でも、付き合いだした海吹は恋人である志月をよく揶揄った。慌て、困る、志月を見て、「かわいい」と笑顔を見せた。完璧な王様である海吹も、恋人の前では普通の男子高校生だった。
着いたのは、洋館カフェだった。白い壁に、赤い屋根が可愛らしい。洋館の前に立つ海吹は、その容姿も相まって、まるで本物の貴族のようだった。
かつて外国人居留地であった山手には現在もいくつかの洋館が残っている。ここも、その一つだ。現在は洋館カフェとして、元町の観光名所になっている。
中は、すでに人で埋まっていた。カフェだけれど、紅茶とケーキだけでなく、フードの提供もあるので、昼食を食べに来た観光客で溢れていた。志月と海吹は端の空いている席にギリギリ滑り込めた。
「やっぱり、女性が多いですね」
店内の女性たちがチラチラと海吹に視線を送っている。志月は、なんとなく身を縮めた。
「洋館カフェ巡りが流行ってるらしいから、その影響かもね」
「あ、そうなんですね」
海吹は見られることに慣れているのか、女性たちの視線をまったく気にしていない。
でも、志月は落ち着かない。海吹は志月の恋人なのに。堂々としたいけれど、女性たちの熱い視線に気圧されてしまう。女性に見られていると指摘するのも変なので、志月はメニューで顔を隠した。
「そっちも見せてよ」
持っていたメニューを引っ張られる。メニューから顔を覗かせれば、海吹が眉を顰めていた。でも、海吹の手元にも同じメニューがある。
「海吹くんのメニューと同じですよ」
「季節の限定のメニューは、そっちのメニューにしか載ってない」
「限定メニューは、別刷りになってますよ。そこの一枚のやつです。それに載ってます」
別刷りのメニューを渡せば、手ごと海吹に掴まれた。
「あの」
「デートだよ?普通、一つのメニューを二人で見るでしょ。志月、ここに入ってから素っ気なさすぎ」
「そ、そうですか?」
「俺じゃなくて、周りの女の人ばっかり見てるし。嫉妬は嬉しいけど、そんなにキョロキョロされたら、俺のほうが妬いちゃうな」
「えっ」
海吹は気づいていたのだ。志月が海吹を見る周りの女性に気圧され、嫉妬していることに。気づいていて、志月をじっくり観察していたのだ。
「海吹くん……」
「怒んないでよ。いつも言ってるけど、志月はもっと堂々としていいんだよ。ギターも、歌も上手いんだし。俺の恋人なんだし」
「急に堂々となんてできませんよ」
「やっぱり、慣れるまでキスしないとダメか。毎日うちでバンド練してるのに、志月の集中力が高すぎるから隙がなくて先延ばしにしてたけど。文化祭までにたくさんキスして、魔法をかけないといけないね」
「ぶ、文化祭って、明後日じゃないですか!あと二日で何回キスするつもりなんですか!?」
志月は慌ててメニューで口を隠した。
「物の例えだよ。想像した?」
「海吹くんと違って、俺は耐性がないんです。……本当に怒りますよ」
目の前で笑いを堪える海吹。志月は腹いせに、近くを通った店員を呼び止めて、さっさと一人で注文した。でも、海吹も流れるように注文を追加する。志月のことを揶揄う前に、注文を決めていたらしい。志月は余計にむくれた。
二人が頼んだのは、フードメニューのサンドウィッチだった。志月はチキンとチーズのクロックマダム、海吹はスモークサモンと卵のサンドウィッチ。食後に海吹が追加でケーキセットを頼み、紫芋のモンブランを半分こした。あーん、は断固拒否した。
カフェを出た海吹は、「元町仲通り」に向かった。洋服屋をいくつか覗き、メンズファッション店に入った。ジャケットやシャツなどの固い服ではなく、トレーナーやジーパンなどのカジュアルな服が置かれている。
「トレーナーとパーカー、どっちがいい?」
海吹が青色の無地のトレーナーとパーカーを手に取った。
「どっちも青ですか」
「うん。文化祭で着るやつ」
「え、衣装ってことですか?てっきり、制服かと思っていました」
「演奏勝負だから、それでも良かったんだけど。リコーダー組とかぶるのはな。派手な格好だと、相良たちと一緒にされそうだし。ジーパンに、トレーナーかパーカーにしようと思って。これなら演奏を邪魔しないし、他のグループと差別化できる」
「確かに、そうですね。じゃあ、パーカーにしましょう。トレーナーは、まだ暑いので」
「そうだね。生地が薄いほうが演奏しやすそうだ」
トレーナーを戻した海吹が青色のパーカーを志月に手渡してきた。荷物持ちだろうか。反射的に、パーカーを受け取る。
「これ志月のね」
「俺の?海吹くんが着るんじゃないんですか?」
「俺は、こっち」
海吹が白色のパーカーを見せてくる。
「ギターのストラップと同じだよ。お互いの色を交換しよう」
「服もですか」
「うん。服も」
ギターのストラップだけでなく、服も海吹の色。志月は顔を赤らめ、「分かり、ました」と消え入りそうな声で頷いた。
パーカーが入ったショップバッグを持った二人は、軽食を食べに「横浜中華街」に行った。
黒糖タピオカと、目についた中華まんをいくつか注文して回し食いをした。最初、志月は恥ずかしくて、海吹の中華まんに口を付けることができなかった。でも、海吹が「キスのほうが恥ずかしいでしょ」と笑うので、志月は腹をくくって中華まんに齧りついた。中華まんの味は、よく分からなかった。
中華街を抜けた志月と海吹は「山下公園」を歩き、「像の鼻パーク」に着いた。
「ここで待ち合わせしてるから、ちょっと休憩しよう」
誰が来るのか教えてくれないまま、海吹は志月をベンチに残していなくなってしまった。一人残された志月はショップバッグを抱えながら、ぼんやりと夕日を眺めた。
緊張しっぱなしだったけど、あっという間の一日だったな。これがデートか。
ここ二ヶ月、志月と海吹はほとんど一緒にいるけれど、バンド練習しかしていない。キスをしたのも、思いが通じ合った日の一回だけだ。今まで誰とも付き合ったことのない志月からすれば、ゆっくりな恋愛で助かっているけれど、物足りないという思いもあった。
志月も高校生男子なのだ。恋愛に興味がなく、淡泊そうな見た目をしていても、性欲はある。海吹を独占したい、海吹と深く繋がりたいという思いがあるのだ。今だって。
この後、どうするんだろう。もう暗くなってきたけど。もしかして、今夜、海吹くんと―――。
「あれ、兄さんは?」
後ろから声を掛けられて、志月は「ヒィッ」と引き攣った声を上げた。前につんのめる。ショップバッグを盾のように抱えて、振り返った。
「海吹くんの弟さん?なんで」
立っていたのは、海吹の弟の空河だった。変装用のサングラスをしているけれど、海吹と同じで黙って立っているだけなのに目立つ。存在感がすごい。
「兄さんに呼ばれてきたんだけど、夜部さんだけ?」
「海吹くんなら、アイスクリームを買いに行きました」
「え。本当、夜部さんって兄さんの特別だよね。兄さんがパシリとか。付き合いだしたんだって?ただのクラスメイトだなんて、やっぱり嘘だったじゃん」
「う、嘘じゃないです。あの時は、ただのクラスメイトで……、あの後、付き合うことになったんです」
「ふーん。単純な興味なんだけどさ。どうやって、あの兄さんを誑しっ、ぐえっ!」
空河が仰け反る。海吹が空河の襟首を掴んで、立っていた。目が笑っていない。
「頼んだお遣いはできた?」
「ば、ばっちり……」
仰け反った体勢のまま、空河がポケットから二枚の紙を取り出す。
「遅い。全然連絡がないから無理だったのかと思った」
「今日の昼の、今なんだけど。むしろ、頑張ったほうじゃない?」
「まあまあ、かな。余裕をもって、あと一時間早く欲しかったっていうのが本音」
「うわ……。夜部さんへの優しさを一割でもいいから俺に分けてくれればいいのに」
「何言ってるんだ。優しくて、美しいお兄様だろ」
海吹が襟首から手を離し、二枚の紙を空河の手から抜き取った。
「俺たちはもう行くから、俺と志月のショッパー持って帰って」
「お遣いが済んだと思ったら、今度は荷物持ちかよ……」
「え、海吹くん!俺の分は大丈夫ですよ!」
「気にしないでいいよ、志月。あと、メールに書いてある店に俺と志月のギターを預けてあるから、そっちも持って帰って。丁重にな」
志月の遠慮も空しく、空河は海吹に押し付けられた二人分のショップバッグを持って、元町方面へ向かって行った。
弟を見送った海吹は、手に持っていたソフトクリームを志月に差し出した。像の鼻パーク名物の像の顔をかたどったソフトクリームだ。
「これ食べながら赤レンガに行こう。今日のフィナーレだ」
海吹が持っていたのは、二枚のチケットだった。一ヶ月前、志月が行くのを諦めた『NOISE』が出演する野外ライブのチケットだ。バンド練が忙しくて忘れていたけれど、今日の十八時から「赤レンガ倉庫」で開催予定だったはずだ。
「チケット、どうやって取ったんですか?弟さん、今日の昼がなんとかって」
「芸能人の弟のコネ。学校出る前にメールして、招待券を探してもらってた。軽く夕飯食べてからだと入場時間ギリギリになるけど、スタンディングだから、頑張れば前に行けると思うよ」
「あの、ライブに行けるのは嬉しいです。でも、どうして、そこまで?」
「俺たちが出会うきっかけになったバンドだから、一緒に見たかったんだ。それに志月に自信をもってほしくて。あの日、更衣室で志月は俺を動かした。『NOISE』と同じで、志月の歌とギターは聴いた人の心を動かす。志月は舞台の上で輝ける、カッコいい奴だよ」
本当だろうか。海吹は嘘を言わない。大げさに言葉を飾ることもしない。いつも海吹の言葉は鋭くて真っすぐだ。バンド練習の時も、恋人だからと言って志月に甘くなることはなかった。ギターと歌には厳しくて、間違えれば、志月にも容赦なかった。だから、海吹が志月にかけてくれた言葉は、すべて本物だと思う。
でも、この十六年間、抑圧されて目立たない人生を送ってきた志月は、どうしても自信が持てなかった。自信をもって海吹の隣に堂々と立ちたいのに、立つことができなかった。いつも周りの目を気にして、嘲笑を恐れた。でも、もう良いだろうか。
「自信、持ちたいです」
「持てるよ。志月は俺の特別だから。魔法もかけて、あげただろう」
「はい」
志月はソフトクリームの像の鼻をペロリと舐めて、はにかんだ。
赤レンガ倉庫に着いたのは、開場一時間前だった。志月と海吹は赤レンガ倉庫の二号館に行き、夕飯を食べた。軽い夕飯のつもりだったけれど、チーズとハンバーグがこぼれんばかりのハンバーガーが描かれた看板に釣られて、ガッツリ夕飯を食べた。
トイレだけ済ませ、二人は赤レンガ倉庫の芝生エリアに駆け込んだ。野外ライブの会場である芝生エリアの赤レンガパークは、すでに人で溢れていた。出演者の登場を待つファンの歓声があちこちから上がっていた。
「俺に付いてきて」
海吹が志月の手を引く。少しずつ前へ移動していく。後ろから割り込んでくる海吹に周りは怪訝そうな顔をするけれど、その美貌に驚いて、次々と左右に割れていく。囲まれたり、遠巻きに見られたり、海吹の周りはいつも忙しい。
志月は揉みくちゃになる覚悟をしていたけれど、海吹に手を引かれて、割かし安全に会場の前まで進むことができた。それでも最前列部分は層は厚く、海吹の美貌をもってしても突破することは出来なかった。志月と海吹は前から八列目あたりで止まった。
「ほとんど最後に入場したのに、結構前まで来ましたね」
「運が良かった。引き留められることもあるんだけど、今日は恋人付きだったから話しかけられなかったな」
「俺たちが付き合ってるなんて、誰にも分かりませんよ」
「何人かは俺たちが手を繋いでいるのに気づいてたよ」
「え、まさか」
「暗がりでも結構見えるんだな。志月と手を繋いでライブを楽しもうと思ってたんだけどな」
慌てて、海吹の手を離した。海吹が「残念」と呟く。心臓に悪い。今日一日ずっと二人でいたから、すっかり二人だけの世界が出来上がっていた。周りの目を忘れていた。
開演のアナウンスが流れ、会場の客席側の照明が落ちる。一番目のバンドが入場してきて、歓声が上がる。志月と海吹も歓声や手拍子をしながら、『NOISE』の登場を待った。
『NOISE』は後半に登場した。ギター兼ボーカルの二人とベース、ドラムの四人が舞台に出てくる。ボーカルの一人が掠れた艶のある声で曲名を言って、演奏が始まった。
八列目から聴く『NOISE』の演奏は、志月を貫いた。震わせた。『NOISE』は舞台上で輝いていた。会場を熱狂させ、さらに強い輝きを放つ。観客と『NOISE』が一体となって、どんどん高みへと昇っていく。
あの日も、そうだった。志月が初めて生で見たライブ。たまたま見かけた野外ライブにインディーズだった『NOISE』が出ていたのだ。『NOISE』のことをまったく知らなかったけれど、夢中になって聴いた。他のどのバンドよりも輝いて見えた。輝きに殴られた。志月も、彼らみたいに舞台の上で輝きたいと思った。『NOISE』のライブに行くたび、夢見て、諦めて、を繰り返した。
ああ、やっぱりギターが好きだな。歌が好きだな。
「海吹くん!」
志月は海吹の腕を掴んだ。
「なに!?」
大声で、海吹が振り返る。
「俺も舞台に立ちたい!『NOISE』みたいになりたい!海吹くんと輝きたい!」
海吹が目を見張る。
志月は海吹の手を握った。恋人がするように、指を絡めた。空いている片方の手を振り上げ、『NOISE』に声援を送る。
―――舞台で早く歌いたい。
笑顔で『NOISE』を見上げる志月を見て、海吹は目を細めた。
志月と海吹はギターを背負って、第二体育館にいた。第二体育館が志月たちのクラスに割り当てられた舞台だった。今はクラス全員が集まって、最初で最後の通し稽古をしているところだ。
指揮を執るのは、相良たち一軍で結成されたバンドグループだ。出演順を考えたのも、もちろん彼らだ。地味グループその一、志月と海吹のグループ、相良たち一軍グループ、地味グループその二、という順番だ。当初の予定通り、他の冴えないグループで始めと終わりを固め、自分たちのグループが真ん中で目立とうという魂胆らしい。
地味グループその一がリコーダーと音楽の教科書を持って、舞台に上がった。拙いピアノ伴奏が始まり、細い声で校歌を歌う。パート分けはされておらず、ただ歌っているだけだった。それを一軍が笑いながら見ている。
相良たち一軍グループは格安量販店で購入したと思われるパーティー用のコスプレ衣装を着ていた。男子は警察官やヴァンパイア、女子はナースやメイドだ。コスプレバンドというコンセプトらしい。しかし、誰も楽器を持っていない。
「エアーバンドらしいよ」
海吹が呆れ声で言った。
「でも、楽器は?」
「それもエアー。持ってる設定で、弾いてる振りをするんだって」
「経験者が一人もいなかったってことですか?」
「そう。出し物を決めた日に、格好良く見えるからバンドをしたかっただけだって言ってた。歌だけはカラオケで練習してたみたいだけど、どうせCDを流すんだから、そこも口パクで良いのにな」
あたかも経験者のような口振りで、志月のギターの弦が硬くて弾けないと相良が文句をつけてきたことがあったけれど、本当に硬くて弾けなかっただけだったとは。まったくの素人だったとは。それなのに海吹の隣に立つに相応しいのは自分だけだと言い放ち、彼を返せと志月を詰るなんて。
海吹が相良ににべもない態度を取る理由が志月にも、ようやく分かった。彼女は自身の美貌に胡坐をかき、何の努力もしていない。海吹のことも、バンドのことも、ただ自分を輝かせるアクセサリーとしてしか見ていない。だから、海吹は見向きもしないのだ。
せっかく美人なのに、もったいない。もし、志月が相良みたいに美人で一軍なら、もっと早く海吹に声をかけて、『NOISE』の話で盛り上がり、距離を縮めていたのに。自分が海吹に相応しくない、と自信を喪失することもなかったのに。
「志月、今日って夜遅くなっても平気?」
地味グループその一がリコーダーで演奏する卒業ソングを聴きながら、海吹が言った。
「バンド練ですか?いつもより長くなるならコンビニでパンを買ってから行ってもいいですか?」
「バンド練じゃなくて、これから出掛けない?」
「出掛ける?」
「そう、学校サボってデートしようよ」
デート。デートとは、あのデートのことか。どこに行くんだろう。夜遅くなるということは、まさか。とうとうキスより先に進むということだろうか。今日、何かあったっけ。
返事が出来ないでいると、「次ぃー、海吹の番!」と相良の大声が響いた。
「俺たちはいいから。飛ばして」
「は?順番、変えたいってこと?」
「順番は、このままで構わない。今は演奏しないから飛ばして」
「どういうことよっ!」
「俺と志月、抜けるから。あとは適当に練習しといて」
海吹が踵を返す。デートの誘いにまだ固まっている志月の手を引いて、歩き出す。
「海吹!待ちなさいよ!」
ナース姿の相良が金切り声を上げて、こちらに向かって来た。海吹のシャツの端を掴んで、上目遣いに睨む。
「自分勝手すぎない?クラスの出し物だよ?みんなの迷惑も考えてよ」
「安心しなよ。本番でミスなんて絶対にしないから」
「相変わらず、すっごい自信だね」
「当然だろ。俺と志月が組むんだ。失敗なんてない」
志月の名前に、相良の顔が歪む。海吹は気にせず、出入口に向かう。まだ相良が海吹の名前を呼んでいるけれど、海吹は止まらない。相良では海吹を止められない。海吹の意識は、もう志月に向いていた。
前にも同じようなことがあったな、と思いながら、志月は海吹に連れられて第二体育館を出た。
☆☆☆
志月と海吹が下車したのは、元町・中華街駅だった。時刻は十一時を少し過ぎた頃。
「まず、昼ご飯を食べよっか」
荷物預かり対象店舗に二人分のギターを預けた海吹が元町方面に向かって歩き出す。平日の昼間だけれど、観光地のため人が多い。派手なタトゥーをした外国人もいる。行き先が分からない志月は、はぐれないように海吹に身を寄せた。
「手、繋ごうか?」
「えっ!」
「迷子防止」
「そ、そんな、大丈夫です!」
顔を真っ赤にさせて、志月は海吹から少し離れた。
「恋人なんだから、いい加減に慣れたら?もうキスもしたんだし」
「い、一回だけじゃないですか。あれで慣れろって言うほうが無理です……」
「一回ね。志月って、意外と大胆だよね。分かった。志月が慣れるまで、たくさんキスしようか」
「そ、そういう意味じゃ!」
笑いを堪える海吹に、志月はからかわれたことに気づいた。
志月は今まで海吹のことをクールな人間だと思っていた。完璧無比に整った外見と冷静な物言いから、そう判断していた。でも、付き合いだした海吹は恋人である志月をよく揶揄った。慌て、困る、志月を見て、「かわいい」と笑顔を見せた。完璧な王様である海吹も、恋人の前では普通の男子高校生だった。
着いたのは、洋館カフェだった。白い壁に、赤い屋根が可愛らしい。洋館の前に立つ海吹は、その容姿も相まって、まるで本物の貴族のようだった。
かつて外国人居留地であった山手には現在もいくつかの洋館が残っている。ここも、その一つだ。現在は洋館カフェとして、元町の観光名所になっている。
中は、すでに人で埋まっていた。カフェだけれど、紅茶とケーキだけでなく、フードの提供もあるので、昼食を食べに来た観光客で溢れていた。志月と海吹は端の空いている席にギリギリ滑り込めた。
「やっぱり、女性が多いですね」
店内の女性たちがチラチラと海吹に視線を送っている。志月は、なんとなく身を縮めた。
「洋館カフェ巡りが流行ってるらしいから、その影響かもね」
「あ、そうなんですね」
海吹は見られることに慣れているのか、女性たちの視線をまったく気にしていない。
でも、志月は落ち着かない。海吹は志月の恋人なのに。堂々としたいけれど、女性たちの熱い視線に気圧されてしまう。女性に見られていると指摘するのも変なので、志月はメニューで顔を隠した。
「そっちも見せてよ」
持っていたメニューを引っ張られる。メニューから顔を覗かせれば、海吹が眉を顰めていた。でも、海吹の手元にも同じメニューがある。
「海吹くんのメニューと同じですよ」
「季節の限定のメニューは、そっちのメニューにしか載ってない」
「限定メニューは、別刷りになってますよ。そこの一枚のやつです。それに載ってます」
別刷りのメニューを渡せば、手ごと海吹に掴まれた。
「あの」
「デートだよ?普通、一つのメニューを二人で見るでしょ。志月、ここに入ってから素っ気なさすぎ」
「そ、そうですか?」
「俺じゃなくて、周りの女の人ばっかり見てるし。嫉妬は嬉しいけど、そんなにキョロキョロされたら、俺のほうが妬いちゃうな」
「えっ」
海吹は気づいていたのだ。志月が海吹を見る周りの女性に気圧され、嫉妬していることに。気づいていて、志月をじっくり観察していたのだ。
「海吹くん……」
「怒んないでよ。いつも言ってるけど、志月はもっと堂々としていいんだよ。ギターも、歌も上手いんだし。俺の恋人なんだし」
「急に堂々となんてできませんよ」
「やっぱり、慣れるまでキスしないとダメか。毎日うちでバンド練してるのに、志月の集中力が高すぎるから隙がなくて先延ばしにしてたけど。文化祭までにたくさんキスして、魔法をかけないといけないね」
「ぶ、文化祭って、明後日じゃないですか!あと二日で何回キスするつもりなんですか!?」
志月は慌ててメニューで口を隠した。
「物の例えだよ。想像した?」
「海吹くんと違って、俺は耐性がないんです。……本当に怒りますよ」
目の前で笑いを堪える海吹。志月は腹いせに、近くを通った店員を呼び止めて、さっさと一人で注文した。でも、海吹も流れるように注文を追加する。志月のことを揶揄う前に、注文を決めていたらしい。志月は余計にむくれた。
二人が頼んだのは、フードメニューのサンドウィッチだった。志月はチキンとチーズのクロックマダム、海吹はスモークサモンと卵のサンドウィッチ。食後に海吹が追加でケーキセットを頼み、紫芋のモンブランを半分こした。あーん、は断固拒否した。
カフェを出た海吹は、「元町仲通り」に向かった。洋服屋をいくつか覗き、メンズファッション店に入った。ジャケットやシャツなどの固い服ではなく、トレーナーやジーパンなどのカジュアルな服が置かれている。
「トレーナーとパーカー、どっちがいい?」
海吹が青色の無地のトレーナーとパーカーを手に取った。
「どっちも青ですか」
「うん。文化祭で着るやつ」
「え、衣装ってことですか?てっきり、制服かと思っていました」
「演奏勝負だから、それでも良かったんだけど。リコーダー組とかぶるのはな。派手な格好だと、相良たちと一緒にされそうだし。ジーパンに、トレーナーかパーカーにしようと思って。これなら演奏を邪魔しないし、他のグループと差別化できる」
「確かに、そうですね。じゃあ、パーカーにしましょう。トレーナーは、まだ暑いので」
「そうだね。生地が薄いほうが演奏しやすそうだ」
トレーナーを戻した海吹が青色のパーカーを志月に手渡してきた。荷物持ちだろうか。反射的に、パーカーを受け取る。
「これ志月のね」
「俺の?海吹くんが着るんじゃないんですか?」
「俺は、こっち」
海吹が白色のパーカーを見せてくる。
「ギターのストラップと同じだよ。お互いの色を交換しよう」
「服もですか」
「うん。服も」
ギターのストラップだけでなく、服も海吹の色。志月は顔を赤らめ、「分かり、ました」と消え入りそうな声で頷いた。
パーカーが入ったショップバッグを持った二人は、軽食を食べに「横浜中華街」に行った。
黒糖タピオカと、目についた中華まんをいくつか注文して回し食いをした。最初、志月は恥ずかしくて、海吹の中華まんに口を付けることができなかった。でも、海吹が「キスのほうが恥ずかしいでしょ」と笑うので、志月は腹をくくって中華まんに齧りついた。中華まんの味は、よく分からなかった。
中華街を抜けた志月と海吹は「山下公園」を歩き、「像の鼻パーク」に着いた。
「ここで待ち合わせしてるから、ちょっと休憩しよう」
誰が来るのか教えてくれないまま、海吹は志月をベンチに残していなくなってしまった。一人残された志月はショップバッグを抱えながら、ぼんやりと夕日を眺めた。
緊張しっぱなしだったけど、あっという間の一日だったな。これがデートか。
ここ二ヶ月、志月と海吹はほとんど一緒にいるけれど、バンド練習しかしていない。キスをしたのも、思いが通じ合った日の一回だけだ。今まで誰とも付き合ったことのない志月からすれば、ゆっくりな恋愛で助かっているけれど、物足りないという思いもあった。
志月も高校生男子なのだ。恋愛に興味がなく、淡泊そうな見た目をしていても、性欲はある。海吹を独占したい、海吹と深く繋がりたいという思いがあるのだ。今だって。
この後、どうするんだろう。もう暗くなってきたけど。もしかして、今夜、海吹くんと―――。
「あれ、兄さんは?」
後ろから声を掛けられて、志月は「ヒィッ」と引き攣った声を上げた。前につんのめる。ショップバッグを盾のように抱えて、振り返った。
「海吹くんの弟さん?なんで」
立っていたのは、海吹の弟の空河だった。変装用のサングラスをしているけれど、海吹と同じで黙って立っているだけなのに目立つ。存在感がすごい。
「兄さんに呼ばれてきたんだけど、夜部さんだけ?」
「海吹くんなら、アイスクリームを買いに行きました」
「え。本当、夜部さんって兄さんの特別だよね。兄さんがパシリとか。付き合いだしたんだって?ただのクラスメイトだなんて、やっぱり嘘だったじゃん」
「う、嘘じゃないです。あの時は、ただのクラスメイトで……、あの後、付き合うことになったんです」
「ふーん。単純な興味なんだけどさ。どうやって、あの兄さんを誑しっ、ぐえっ!」
空河が仰け反る。海吹が空河の襟首を掴んで、立っていた。目が笑っていない。
「頼んだお遣いはできた?」
「ば、ばっちり……」
仰け反った体勢のまま、空河がポケットから二枚の紙を取り出す。
「遅い。全然連絡がないから無理だったのかと思った」
「今日の昼の、今なんだけど。むしろ、頑張ったほうじゃない?」
「まあまあ、かな。余裕をもって、あと一時間早く欲しかったっていうのが本音」
「うわ……。夜部さんへの優しさを一割でもいいから俺に分けてくれればいいのに」
「何言ってるんだ。優しくて、美しいお兄様だろ」
海吹が襟首から手を離し、二枚の紙を空河の手から抜き取った。
「俺たちはもう行くから、俺と志月のショッパー持って帰って」
「お遣いが済んだと思ったら、今度は荷物持ちかよ……」
「え、海吹くん!俺の分は大丈夫ですよ!」
「気にしないでいいよ、志月。あと、メールに書いてある店に俺と志月のギターを預けてあるから、そっちも持って帰って。丁重にな」
志月の遠慮も空しく、空河は海吹に押し付けられた二人分のショップバッグを持って、元町方面へ向かって行った。
弟を見送った海吹は、手に持っていたソフトクリームを志月に差し出した。像の鼻パーク名物の像の顔をかたどったソフトクリームだ。
「これ食べながら赤レンガに行こう。今日のフィナーレだ」
海吹が持っていたのは、二枚のチケットだった。一ヶ月前、志月が行くのを諦めた『NOISE』が出演する野外ライブのチケットだ。バンド練が忙しくて忘れていたけれど、今日の十八時から「赤レンガ倉庫」で開催予定だったはずだ。
「チケット、どうやって取ったんですか?弟さん、今日の昼がなんとかって」
「芸能人の弟のコネ。学校出る前にメールして、招待券を探してもらってた。軽く夕飯食べてからだと入場時間ギリギリになるけど、スタンディングだから、頑張れば前に行けると思うよ」
「あの、ライブに行けるのは嬉しいです。でも、どうして、そこまで?」
「俺たちが出会うきっかけになったバンドだから、一緒に見たかったんだ。それに志月に自信をもってほしくて。あの日、更衣室で志月は俺を動かした。『NOISE』と同じで、志月の歌とギターは聴いた人の心を動かす。志月は舞台の上で輝ける、カッコいい奴だよ」
本当だろうか。海吹は嘘を言わない。大げさに言葉を飾ることもしない。いつも海吹の言葉は鋭くて真っすぐだ。バンド練習の時も、恋人だからと言って志月に甘くなることはなかった。ギターと歌には厳しくて、間違えれば、志月にも容赦なかった。だから、海吹が志月にかけてくれた言葉は、すべて本物だと思う。
でも、この十六年間、抑圧されて目立たない人生を送ってきた志月は、どうしても自信が持てなかった。自信をもって海吹の隣に堂々と立ちたいのに、立つことができなかった。いつも周りの目を気にして、嘲笑を恐れた。でも、もう良いだろうか。
「自信、持ちたいです」
「持てるよ。志月は俺の特別だから。魔法もかけて、あげただろう」
「はい」
志月はソフトクリームの像の鼻をペロリと舐めて、はにかんだ。
赤レンガ倉庫に着いたのは、開場一時間前だった。志月と海吹は赤レンガ倉庫の二号館に行き、夕飯を食べた。軽い夕飯のつもりだったけれど、チーズとハンバーグがこぼれんばかりのハンバーガーが描かれた看板に釣られて、ガッツリ夕飯を食べた。
トイレだけ済ませ、二人は赤レンガ倉庫の芝生エリアに駆け込んだ。野外ライブの会場である芝生エリアの赤レンガパークは、すでに人で溢れていた。出演者の登場を待つファンの歓声があちこちから上がっていた。
「俺に付いてきて」
海吹が志月の手を引く。少しずつ前へ移動していく。後ろから割り込んでくる海吹に周りは怪訝そうな顔をするけれど、その美貌に驚いて、次々と左右に割れていく。囲まれたり、遠巻きに見られたり、海吹の周りはいつも忙しい。
志月は揉みくちゃになる覚悟をしていたけれど、海吹に手を引かれて、割かし安全に会場の前まで進むことができた。それでも最前列部分は層は厚く、海吹の美貌をもってしても突破することは出来なかった。志月と海吹は前から八列目あたりで止まった。
「ほとんど最後に入場したのに、結構前まで来ましたね」
「運が良かった。引き留められることもあるんだけど、今日は恋人付きだったから話しかけられなかったな」
「俺たちが付き合ってるなんて、誰にも分かりませんよ」
「何人かは俺たちが手を繋いでいるのに気づいてたよ」
「え、まさか」
「暗がりでも結構見えるんだな。志月と手を繋いでライブを楽しもうと思ってたんだけどな」
慌てて、海吹の手を離した。海吹が「残念」と呟く。心臓に悪い。今日一日ずっと二人でいたから、すっかり二人だけの世界が出来上がっていた。周りの目を忘れていた。
開演のアナウンスが流れ、会場の客席側の照明が落ちる。一番目のバンドが入場してきて、歓声が上がる。志月と海吹も歓声や手拍子をしながら、『NOISE』の登場を待った。
『NOISE』は後半に登場した。ギター兼ボーカルの二人とベース、ドラムの四人が舞台に出てくる。ボーカルの一人が掠れた艶のある声で曲名を言って、演奏が始まった。
八列目から聴く『NOISE』の演奏は、志月を貫いた。震わせた。『NOISE』は舞台上で輝いていた。会場を熱狂させ、さらに強い輝きを放つ。観客と『NOISE』が一体となって、どんどん高みへと昇っていく。
あの日も、そうだった。志月が初めて生で見たライブ。たまたま見かけた野外ライブにインディーズだった『NOISE』が出ていたのだ。『NOISE』のことをまったく知らなかったけれど、夢中になって聴いた。他のどのバンドよりも輝いて見えた。輝きに殴られた。志月も、彼らみたいに舞台の上で輝きたいと思った。『NOISE』のライブに行くたび、夢見て、諦めて、を繰り返した。
ああ、やっぱりギターが好きだな。歌が好きだな。
「海吹くん!」
志月は海吹の腕を掴んだ。
「なに!?」
大声で、海吹が振り返る。
「俺も舞台に立ちたい!『NOISE』みたいになりたい!海吹くんと輝きたい!」
海吹が目を見張る。
志月は海吹の手を握った。恋人がするように、指を絡めた。空いている片方の手を振り上げ、『NOISE』に声援を送る。
―――舞台で早く歌いたい。
笑顔で『NOISE』を見上げる志月を見て、海吹は目を細めた。
