「ちょっと寄り道してもいい?」
最寄り駅の二つ前の駅で、海吹が言った。
「楽器屋、行きたいんだ。昨日の夜、ピックが欠けたんだけど、換えがなくてさ」
俯いて、ぼんやりとしていた志月は顔を上げた。コクリと頷く。
「助かる。後で飲み物でも奢るよ」
「いえ、そんな、大丈夫です」
一歩身を引いて遠慮する志月に海吹が、
「なんか最近、ビビりすぎじゃない?俯いてばっかで、全然目が合わない。最初の頃よりガチガチになってない?」
と首を傾げた。
ビビっているわけではない。ガチガチになっているわけではない。海吹への想いを自覚してしまったせいだ。海吹を好きだと気づいてから、志月の心はちぐはぐになった。海吹が気になるのに、まともに顔を見られなくなった。
以前からK-POPアイドルのようなキラキラした容姿の海吹と目を合わせるのは勇気がいることだった。けれど、今は恥ずかしくて目を合わせることが出来ない。顔を上げるのだって、真っ赤な顔を見られたらと思うと、怖くて顔を上げられないのだ。
「海吹くんの気のせいです。俺はいつもこんなんですよ」
「そうかな?更衣室で歌ってたときと、別人だけど」
電車のドアが開いて、海吹がホームに降りる。長い足で、どんどん先へ行ってしまう。楽器屋の場所が分からない志月は小走りで海吹の後を追った。
楽器屋は駅を出て、脇道に逸れた所にあった。ステンレス製の錆びついた階段を降りて、半地下の店に入る。店内は、壁と言う壁にギターがかけられており、一部通路を塞いで品物が置かれていた。骨董品屋のような雰囲気のある店だった。
初めて来た志月には、どこに何があるのか、そもそも種類ごとに品物が置かれているのかすら分からなかった。でも、海吹は迷わずピックの棚の前に立つ。
「すごい店だろ」
「はい。海吹くんはここの常連なんですか?」
「ギター始めた頃から通ってる。なんでも揃ってるよ。ただし、場所さえ分かれば、だけど」
海吹がトライアングル型のピックを手に取る。深緑色のピックと水色のピックで迷い、水色のピックを残した。ギターも海底が透き通って見える海みたいな青色だったから、海吹は青系統の色が好きなのかもしれない。
「志月は何か買う?」
「いえ、ピックも弦も家に予備があるので大丈夫です」
「分かった。ちょっと買って……あ、ストラップも予備ある?」
「ストラップですか?今使ってるのだけですけど」
「結構擦れてたから買い換えた方がいいよ。演奏している途中で切れるかもしれない」
志月はギターに付いていたストラップを思い出してみた。確かに、肩が当たる部分が擦れて毛羽立っている。ギターのストラップピンに通すストラップの穴も広がってきているような気がする。家で座って練習するだけで、舞台に立って演奏したことがなかった志月は気がつかなかった。
「今、買っていきます。ストラップって、どこにありますか?」
「こっち。決まったメーカーとか、生地とかある?」
「特には。今のストラップはギターを買った時に付いてきた付属品で、一度も買い換えていないんです」
「じゃあ、初体験だ」
「は、初っ……」
海吹が手に取ったストラップを志月に当てる。笑顔で、ポンポンと志月の両肩にストラップを乗せていく。
「何色がいい?」
「丈夫な物ならなんでもいいです」
「大事なギターに付けるものだろ。なんでも良いわけない。志月と、ギターに似合うものを選ばないと」
「なら、白いストラップにします」
左肩にかかっていた白色のストラップを志月は手に取った。
「白、好きなの?ギターも白っぽい色してた」
志月のギターは、夜空に浮かぶ月みたいな白味を帯びた黄色のギターだ。優しそうな色味が好きで選んだものだった。白色が好きだという自覚はなかったけれど、選んだストラップの色といい、どうやら志月は白系統の色が好きみたいだ。
「白と白の組み合わせって良いけど、ちょっと地味かな。こっちにしなよ」
海吹が志月の右肩にかかった青色のストラップを差し出してくる。
「俺のギターの色」
「あ、本当だ」
「志月が付けてよ」
「海吹くんが付けるんじゃなくて?」
「うん。俺は、こっちを付けるから」
志月が握っていた白色のストラップを取る。
「交換しよ。志月は俺の色を付けて、俺は志月の色を付ける。これで、良い演奏をしよう」
バンドメンバーだから、気づかってくれたのだろうか。お守り的な意味なのだろうか。お互いの色を付けるなんて、まるで恋人みたい、と思ってしまったのは志月だけだろうか。
志月は顔を伏せた。
「あれ。この色、気に入らなかった?」
「……」
海吹から青色のストラップをひったくって、志月は無言でレジに向かった。顔を上げられなかった。絶対に真っ赤な顔をしている自信があったから。
☆☆☆
青色のストラップの支払いを終え、楽器屋を出た志月は後ろから手を引かれた。
「志月!待って」
ステンレス製の階段に足音を響かせ、志月は立ち止まった。腕を引っ張られ、体を反転させられる。二段下に海吹がいた。
「怒ってる?」
「怒ってないです。怒ること、なかったですよね」
「ストラップに口出しした。無理に青にしなくていい。白いストラップ買ってきたから、使いたい色を使って」
海吹が白色のストラップを志月の手に握らせる。
「あの白いギター、志月に似合ってた。このストラップも似合うと思う」
志月は白色のストラップを見た。海吹が使うはずだった志月の色。
海吹は勘違いしている。志月は怒っていない。海吹が志月にストラップを選んでくれたことも、互いのギターの色のストラップを交換しようと言ってくれたことも、嬉しかった。嬉しかったけれど、どうして志月を気にかけてくれるのか、恋人みたいなことをするのか、分からなかった。だから、戸惑ったのだ。
もし、海吹が元から志月と友だちだったなら悩まなかった。一緒にバンドを組んで、楽器屋に行って、買う物について色々とアドバイスし合っただろう。でも、相手はカースト一軍の王様である新舟海吹だ。
―――あの兄さんが構うんだ。兄さんは、夜部さんに興味あると思うよ。
弟の空河も、そう言って驚いていたじゃないか。海吹だから、志月は戸惑うのだ。緊張するのだ。心乱されるのだ。期待してしまうのだ。恥ずかしくて顔が見られないのだ。
「海吹くん」
「ん?」
「変な質問してもいいですか?」
「変って……。なに?」
志月は唇を噛んだ。訊くべきではない。このままの距離感で、文化祭まで付き合っていくべきだ。そして、文化祭を無事に終え、バンドを解散して、元の日常に戻るべきだ。海吹と出会う前の日常に。
でも、もう耐えられない。海吹といると、おかしくなる。
志月は顔を上げた。海吹の不思議そうな顔を見る。切れ長の瞳に志月だけが映っている。今だけは、この美しい人を志月が独占している。
「海吹くん。俺と海吹くんの関係って、なんですか?」
「なにって」
「俺は海吹くんが好きです」
海吹の切れ長の目が見開かれる。一度、二度、瞬きをする。
「海吹くんでも告白されると驚くんですね」
志月が小さく笑う。一度言葉にしたら、なんだか心が楽になった。受け入れられなくても、気持ちを伝えられただけで満足だった。
それはきっと海吹の整いすぎた容姿のせいだ。同じクラスになれたのは幸運、気持ちを伝えられたのは奇跡。志月の「好き」は信仰に似ていた。どうにかして恋人になりたい、自分のことを一番に想ってほしい、と海吹を困らせるのは本意ではなかった。海吹と一緒にいられるだけで、並んで演奏できるだけで、満足だった。
「志月。その好きって、恋愛的な意味で合ってる?」
「はい」
「そっか」
海吹は怪訝な顔をしなかった。否定的な発言をしなかった。拒む気配をみせなかった。いつもと変わらず、真っ直ぐに志月の顔を見て頷いた。
「いつから?」
「分かりません。もしかしたら、入学式で見たときから憧れていたのかもしれません。でも、自覚したのは初めて海吹くんの家でバンド練をした日です」
「そういえば、あの日以来、俯いてばっかりで目を合わせてくれなくなったね」
「気持ちを自覚したら、急に恥ずかしくなって……。キラキラ輝いている海吹くんを見るのが好きだったのに、見られなくなってしまいました」
「キラキラ?なにそれ!」
肩を揺らして、海吹が笑った。チェーンピアスも白金の髪の間で愉快そうに揺れる。大人びた整った微笑みではなく、志月が初めて聞く海吹の子どもっぽい笑い声だった。
「キラキラはキラキラです。海吹くんは舞台で輝ける人です。俺と違って」
「志月は分かってないよ。志月の方がよっぽど……」
「海吹くん?」
「いや、そうか。そっか、そっか……」
海吹の声が途切れ、「ああ、なるほど」と一人呟いた。
「志月。告白の返事、待ってほしい」
「え、俺は他の女子みたいに海吹くんとどうにかなりたい、とかではなくて。なれるとも思ってませんし」
「それは志月も、俺も、男だから?」
「それもありますけど……。俺じゃ、釣り合わないので」
王様とバンドを組めたからといって、王様に近づけたと思えるほど、志月は自惚れ屋ではない。海吹の人生に、三軍の志月がちょっと当たったくらいのことだと弁えている。
「志月。やっぱ、告白の返事は待って。ちゃんと返事をするから」
「いや!本当に無理しないでくださいっ!」
「うやむやにしたくないんだ。俺、志月に興味あるよ。更衣室で志月に声をかられた日から、志月に興味がある」
「……うそです」
「嘘つく意味ないだろ。だからかな?ストラップの交換とか、恋人みたいなこと言っちゃったんだと思う」
海吹が志月の手に握らせた白色のストラップを取った。代わりに、青色のストラップを握らせる。志月の手ごと握り締める。
「やっぱり、交換しよう。俺の色を付けて。俺は志月の色を付けるから」
「は、い……」
「返事も待って。志月が俺の視界に飛び込んで来たんだよ。自己完結して、逃げないで」
「はい」
志月は顔を俯けた。今絶対に真っ赤な顔をしている。でも、海吹の細い指が伸びてきて、志月の長い前髪を持ち上げた。
「真っ赤だ。この前も真っ赤だったね」
「見ないでください……」
「いいじゃん。かわいい」
海吹が志月の手を引く。
「なに飲みたい?お礼に驕る」
半地下の階段を駆け上がる海吹は太陽の日を浴びて、キラキラと輝いていた。その眩い背中を見ながら、志月は海吹に手を引かれて地上に上がった。
最寄り駅の二つ前の駅で、海吹が言った。
「楽器屋、行きたいんだ。昨日の夜、ピックが欠けたんだけど、換えがなくてさ」
俯いて、ぼんやりとしていた志月は顔を上げた。コクリと頷く。
「助かる。後で飲み物でも奢るよ」
「いえ、そんな、大丈夫です」
一歩身を引いて遠慮する志月に海吹が、
「なんか最近、ビビりすぎじゃない?俯いてばっかで、全然目が合わない。最初の頃よりガチガチになってない?」
と首を傾げた。
ビビっているわけではない。ガチガチになっているわけではない。海吹への想いを自覚してしまったせいだ。海吹を好きだと気づいてから、志月の心はちぐはぐになった。海吹が気になるのに、まともに顔を見られなくなった。
以前からK-POPアイドルのようなキラキラした容姿の海吹と目を合わせるのは勇気がいることだった。けれど、今は恥ずかしくて目を合わせることが出来ない。顔を上げるのだって、真っ赤な顔を見られたらと思うと、怖くて顔を上げられないのだ。
「海吹くんの気のせいです。俺はいつもこんなんですよ」
「そうかな?更衣室で歌ってたときと、別人だけど」
電車のドアが開いて、海吹がホームに降りる。長い足で、どんどん先へ行ってしまう。楽器屋の場所が分からない志月は小走りで海吹の後を追った。
楽器屋は駅を出て、脇道に逸れた所にあった。ステンレス製の錆びついた階段を降りて、半地下の店に入る。店内は、壁と言う壁にギターがかけられており、一部通路を塞いで品物が置かれていた。骨董品屋のような雰囲気のある店だった。
初めて来た志月には、どこに何があるのか、そもそも種類ごとに品物が置かれているのかすら分からなかった。でも、海吹は迷わずピックの棚の前に立つ。
「すごい店だろ」
「はい。海吹くんはここの常連なんですか?」
「ギター始めた頃から通ってる。なんでも揃ってるよ。ただし、場所さえ分かれば、だけど」
海吹がトライアングル型のピックを手に取る。深緑色のピックと水色のピックで迷い、水色のピックを残した。ギターも海底が透き通って見える海みたいな青色だったから、海吹は青系統の色が好きなのかもしれない。
「志月は何か買う?」
「いえ、ピックも弦も家に予備があるので大丈夫です」
「分かった。ちょっと買って……あ、ストラップも予備ある?」
「ストラップですか?今使ってるのだけですけど」
「結構擦れてたから買い換えた方がいいよ。演奏している途中で切れるかもしれない」
志月はギターに付いていたストラップを思い出してみた。確かに、肩が当たる部分が擦れて毛羽立っている。ギターのストラップピンに通すストラップの穴も広がってきているような気がする。家で座って練習するだけで、舞台に立って演奏したことがなかった志月は気がつかなかった。
「今、買っていきます。ストラップって、どこにありますか?」
「こっち。決まったメーカーとか、生地とかある?」
「特には。今のストラップはギターを買った時に付いてきた付属品で、一度も買い換えていないんです」
「じゃあ、初体験だ」
「は、初っ……」
海吹が手に取ったストラップを志月に当てる。笑顔で、ポンポンと志月の両肩にストラップを乗せていく。
「何色がいい?」
「丈夫な物ならなんでもいいです」
「大事なギターに付けるものだろ。なんでも良いわけない。志月と、ギターに似合うものを選ばないと」
「なら、白いストラップにします」
左肩にかかっていた白色のストラップを志月は手に取った。
「白、好きなの?ギターも白っぽい色してた」
志月のギターは、夜空に浮かぶ月みたいな白味を帯びた黄色のギターだ。優しそうな色味が好きで選んだものだった。白色が好きだという自覚はなかったけれど、選んだストラップの色といい、どうやら志月は白系統の色が好きみたいだ。
「白と白の組み合わせって良いけど、ちょっと地味かな。こっちにしなよ」
海吹が志月の右肩にかかった青色のストラップを差し出してくる。
「俺のギターの色」
「あ、本当だ」
「志月が付けてよ」
「海吹くんが付けるんじゃなくて?」
「うん。俺は、こっちを付けるから」
志月が握っていた白色のストラップを取る。
「交換しよ。志月は俺の色を付けて、俺は志月の色を付ける。これで、良い演奏をしよう」
バンドメンバーだから、気づかってくれたのだろうか。お守り的な意味なのだろうか。お互いの色を付けるなんて、まるで恋人みたい、と思ってしまったのは志月だけだろうか。
志月は顔を伏せた。
「あれ。この色、気に入らなかった?」
「……」
海吹から青色のストラップをひったくって、志月は無言でレジに向かった。顔を上げられなかった。絶対に真っ赤な顔をしている自信があったから。
☆☆☆
青色のストラップの支払いを終え、楽器屋を出た志月は後ろから手を引かれた。
「志月!待って」
ステンレス製の階段に足音を響かせ、志月は立ち止まった。腕を引っ張られ、体を反転させられる。二段下に海吹がいた。
「怒ってる?」
「怒ってないです。怒ること、なかったですよね」
「ストラップに口出しした。無理に青にしなくていい。白いストラップ買ってきたから、使いたい色を使って」
海吹が白色のストラップを志月の手に握らせる。
「あの白いギター、志月に似合ってた。このストラップも似合うと思う」
志月は白色のストラップを見た。海吹が使うはずだった志月の色。
海吹は勘違いしている。志月は怒っていない。海吹が志月にストラップを選んでくれたことも、互いのギターの色のストラップを交換しようと言ってくれたことも、嬉しかった。嬉しかったけれど、どうして志月を気にかけてくれるのか、恋人みたいなことをするのか、分からなかった。だから、戸惑ったのだ。
もし、海吹が元から志月と友だちだったなら悩まなかった。一緒にバンドを組んで、楽器屋に行って、買う物について色々とアドバイスし合っただろう。でも、相手はカースト一軍の王様である新舟海吹だ。
―――あの兄さんが構うんだ。兄さんは、夜部さんに興味あると思うよ。
弟の空河も、そう言って驚いていたじゃないか。海吹だから、志月は戸惑うのだ。緊張するのだ。心乱されるのだ。期待してしまうのだ。恥ずかしくて顔が見られないのだ。
「海吹くん」
「ん?」
「変な質問してもいいですか?」
「変って……。なに?」
志月は唇を噛んだ。訊くべきではない。このままの距離感で、文化祭まで付き合っていくべきだ。そして、文化祭を無事に終え、バンドを解散して、元の日常に戻るべきだ。海吹と出会う前の日常に。
でも、もう耐えられない。海吹といると、おかしくなる。
志月は顔を上げた。海吹の不思議そうな顔を見る。切れ長の瞳に志月だけが映っている。今だけは、この美しい人を志月が独占している。
「海吹くん。俺と海吹くんの関係って、なんですか?」
「なにって」
「俺は海吹くんが好きです」
海吹の切れ長の目が見開かれる。一度、二度、瞬きをする。
「海吹くんでも告白されると驚くんですね」
志月が小さく笑う。一度言葉にしたら、なんだか心が楽になった。受け入れられなくても、気持ちを伝えられただけで満足だった。
それはきっと海吹の整いすぎた容姿のせいだ。同じクラスになれたのは幸運、気持ちを伝えられたのは奇跡。志月の「好き」は信仰に似ていた。どうにかして恋人になりたい、自分のことを一番に想ってほしい、と海吹を困らせるのは本意ではなかった。海吹と一緒にいられるだけで、並んで演奏できるだけで、満足だった。
「志月。その好きって、恋愛的な意味で合ってる?」
「はい」
「そっか」
海吹は怪訝な顔をしなかった。否定的な発言をしなかった。拒む気配をみせなかった。いつもと変わらず、真っ直ぐに志月の顔を見て頷いた。
「いつから?」
「分かりません。もしかしたら、入学式で見たときから憧れていたのかもしれません。でも、自覚したのは初めて海吹くんの家でバンド練をした日です」
「そういえば、あの日以来、俯いてばっかりで目を合わせてくれなくなったね」
「気持ちを自覚したら、急に恥ずかしくなって……。キラキラ輝いている海吹くんを見るのが好きだったのに、見られなくなってしまいました」
「キラキラ?なにそれ!」
肩を揺らして、海吹が笑った。チェーンピアスも白金の髪の間で愉快そうに揺れる。大人びた整った微笑みではなく、志月が初めて聞く海吹の子どもっぽい笑い声だった。
「キラキラはキラキラです。海吹くんは舞台で輝ける人です。俺と違って」
「志月は分かってないよ。志月の方がよっぽど……」
「海吹くん?」
「いや、そうか。そっか、そっか……」
海吹の声が途切れ、「ああ、なるほど」と一人呟いた。
「志月。告白の返事、待ってほしい」
「え、俺は他の女子みたいに海吹くんとどうにかなりたい、とかではなくて。なれるとも思ってませんし」
「それは志月も、俺も、男だから?」
「それもありますけど……。俺じゃ、釣り合わないので」
王様とバンドを組めたからといって、王様に近づけたと思えるほど、志月は自惚れ屋ではない。海吹の人生に、三軍の志月がちょっと当たったくらいのことだと弁えている。
「志月。やっぱ、告白の返事は待って。ちゃんと返事をするから」
「いや!本当に無理しないでくださいっ!」
「うやむやにしたくないんだ。俺、志月に興味あるよ。更衣室で志月に声をかられた日から、志月に興味がある」
「……うそです」
「嘘つく意味ないだろ。だからかな?ストラップの交換とか、恋人みたいなこと言っちゃったんだと思う」
海吹が志月の手に握らせた白色のストラップを取った。代わりに、青色のストラップを握らせる。志月の手ごと握り締める。
「やっぱり、交換しよう。俺の色を付けて。俺は志月の色を付けるから」
「は、い……」
「返事も待って。志月が俺の視界に飛び込んで来たんだよ。自己完結して、逃げないで」
「はい」
志月は顔を俯けた。今絶対に真っ赤な顔をしている。でも、海吹の細い指が伸びてきて、志月の長い前髪を持ち上げた。
「真っ赤だ。この前も真っ赤だったね」
「見ないでください……」
「いいじゃん。かわいい」
海吹が志月の手を引く。
「なに飲みたい?お礼に驕る」
半地下の階段を駆け上がる海吹は太陽の日を浴びて、キラキラと輝いていた。その眩い背中を見ながら、志月は海吹に手を引かれて地上に上がった。
