クラスメイトがざわめいている。琴乃は少し不思議がりながらも教室に入った。
「こっちゃん、こっちゃん!」
「なあに、きーちゃん。」
「あれ!あれ!」
琴乃は指差された方向を見た。麻冬だ。麻冬だが、少し様子が違う。いつもは無造作になっている髪がきれいにまとめられ、顔には少し化粧が施されている。校則的には問題ない程度だが、普段はしていない化粧が、麻冬の美しさを彩っている。琴乃が目を見開いたのをみて、クラスメイトは続ける。
「ねぇ、こっちゃん!綺麗にしてるのってデート?って聞いてみてよ!」
「なんでよ、きーちゃんが気になるんじゃん。」
「こっちゃんが1番仲良いでしょ!」
何人かのクラスメイトにグイグイおされる。琴乃は顔をしかめてから、麻冬の方に歩いた。
「琴乃?」
麻冬の目に琴乃が映る。琴乃の目が少し泳いだ。
「あのさ…その。」
「うん?」
「今日って、なんか、さ…」
琴乃は、言葉を口の中で転がす。それを不思議そうにみていた麻冬は「あ、」と声を出した。
「琴乃まで『デート?』って聞きたいの?」
口の端をあげて少し嫌味っぽく麻冬が笑った。
「聞かれたの?」
「直接言われてないけど、周りの目がそう言ってる。」
ちら、と麻冬が周りを見ると、クラスメイトが目を逸らした。くい、と指で琴乃を呼ぶ。琴乃が近づくと内緒話をするように耳に口を寄せ、
「学校終わり、親戚の集まりがあるだけ。ちょっと、ちゃんとしなきゃいけなくって。」
と言った。琴乃が目をぱちくりさせる。
「安心した?」
麻冬は笑った。
「…別にー。でもぉ、私はいつもの麻冬が好き。」
琴乃がそういうと麻冬は、もう一度笑った。

「麻冬、夏休み前にさ、お出かけしようよ。」
言い終わってから、チラリと麻冬を見る。麻冬はキョトンとした顔でこちらを見ていた。
「え、嫌?」
琴乃が聞くと、止まっていた麻冬が首を振った。
「いやいや、いや、そうじゃなくて、嫌じゃないけど。」
「水族館。クラゲ見ようよ。」
琴乃が一方的に告げる。
「あ、いいね…?」
麻冬が肯定的な様子をみて、琴乃は、スマホを開いた。
「ここ、麻冬、好きそうだから。一緒に行きたい。」
琴乃がスマホを見せる。キラキラとアクアリウムが輝いている。
「ここ行って、併設してる観覧車にも乗ろうよ。ご飯も可愛いの売ってるし。」
琴乃がシュ、シュっとスマホでページをいくつか見せる。海の生き物をモチーフにした食べ物や観覧車が麻冬の目に映る。
「……。」
「麻冬?」
「うん、いいね。行こうよ。」
そう言った麻冬に、満足そうに琴乃は頷いた。

「お待たせ。」
「ちょっと遅刻じゃん。」
麻冬の登場に琴乃は少し頬を膨らした。
「ごめんって。」
麻冬は琴乃の頬をつつき、ふしゅ、と空気を抜いた。
「行こうよ。今日楽しみ。」
「私も。」
2人は水族館に向かった。

「ね、見て、このクラゲ。」
「ちっさい。写真、綺麗に撮れるかな?」
「ぷわぷわしてる。」
「お互い絡まってないのかな?」
少し小さめの声で話しながら、水族館をまわる。
「お、クリオネ。可愛い。」
「捕食シーンの写真あるよ。」
「エイリアンじゃん…。」
琴乃が自身の腕を少しさすった。
「寒い?」
麻冬が聞く。
「まぁ、屋内だしね〜。」
琴乃がそういうと麻冬が腕を差し出した。
「ん。」
「ん?」
琴乃は差し出された腕と麻冬を交互に見る。
「腕、組めば良くない?」
麻冬が言う。
「デートみたいじゃん?」
腕を組みながら琴乃が笑った。
「あたしもデートみたいだなって思ってたよ。」
ふは、と麻冬も笑った。
「麻冬、あったか。」
「子供体温。」
「同い年なのに?」
ぎゅ、と2人の距離が近づく。水族館をまわりながら、組んだ腕もそのまま、2人は自然に手を繋いで歩いた。