初めて話した日から、琴乃と麻冬は少しずつ話すことが増えていった。クラスの誰とも話していなかった麻冬は案の定、少し気難しいところもあるようだったが、琴乃自身はそんなに気にもしていなかった。
「麻冬、他の人と話さないの?」
琴乃は、いつも一緒にいるクラスメイトたちが用事に行っている間、麻冬と話していた。
「あたし、人間の好き嫌い激しいから。色んな意味で。」
そう言ってしまえるところが、麻冬の気難しさを表していた。確かに、麻冬は人の性格や見た目に厳しい傾向があった。それが、本人の美術的なセンスのこだわりの片鱗とも言えた。琴乃は自分の八方美人なところが長所でもあり、短所でもあると思っているので、麻冬の言葉にため息をつく。
「別にいいけど。」
「ん。」
琴乃がそういうと、麻冬は、すり…と琴乃の肩に頭を寄せた。話すようになって気づいたが、麻冬は潔癖症気味な癖にスキンシップの多い人だった。そのギャップが、琴乃に優越感とも言える気持ちを抱かせていた。

「あの!」
昼休み、琴乃は廊下で声をかけられた。声をかけてきたメガネの少女はおそらく隣のクラスの人だ。
「はい?」
「ふゆちゃんと仲良くしてくれてる人ですよね!」
ふゆちゃん…思い当たるのは、ただ1人、麻冬だ。
「わたし!ふゆちゃんの幼馴染で!」
「あぁ…それで。」
麻冬が唯一話す同級生の理由を知り、琴乃は納得する。
「はぁ〜!へぇ〜!」
メガネの少女は琴乃の周りをぐるぐるまわりながら、琴乃の全身を確認する。
「えと…」
あまりにも気まずい状況に、琴乃は引いていた。
「色白で、ふわふわそうなお肌!あ、ちょっと触っていいですか?」
「うぐ…」
返事をする前に、人差し指が頬をさす。ぷにぷにと触られていると、反対側からぐいっと腕を引っ張られた。
「琴乃、いつまでセクハラされてんの。」
「あ、ふゆちゃん。」
「麻冬…」
麻冬は呆れたようにメガネの少女を見た。
「何やってんの?」
「いやぁ、ふゆちゃんと仲良くしてる人見つけたからさ〜。白くてふわふわでいいなって。」
噛み締めるようにメガネの少女はそう言った。
「琴乃も嫌なら嫌って言いなよ。」
麻冬はそういって、メガネの少女と歩いていった。
「こっちゃん、机くっつけたからお弁当食べよー!」
教室からクラスメイトの声が聞こえる。琴乃は声の方へ向かった。あきれたようなつまんなそうな…そんな麻冬の顔を見た琴乃の頭の中には『やきもち』。その一言が浮かんでいた。

「こっちゃん、もう少し残るの?」
「うん…。うーん?」
「わたし、行くからね〜?」
「ん〜…。」
これはだめだ、とでもいうようにクラスメイトたちが顔を見合わせて、パソコン室から出た。琴乃はパソコンと睨めっこ中だった。放課後、解放されているパソコン室で、琴乃はパソコンの授業の予習をしていた。クラスメイトと少し復習をする予定が、予習にまで手を伸ばした琴乃は、パソコンにかじりついている状態だった。
「んんん…ん〜?」
琴乃が呻き声とも独り言ともいえる声を出す。
「…どこ?」
琴乃は後頭部にふわりと柔らかいものが当たった感触があった。ほのかにいい匂いもする。声に反応して、少し上を向いた。
「麻冬?」
座っている琴乃に覆い被さるように、麻冬がパソコンを覗き込んでいた。
「どこが分からないの?」
麻冬がもう一度聞く。
「ここ…」
「あ、それね。このキー押しながら打ったらいけるよ。」
「えぇ…あ、ほんとだ。」
麻冬が隣の椅子を引いて、琴乃の横に座る。
「麻冬も予習?」
「あたしは忘れ物。」
これ、と麻冬が隣のパソコンの刺さっているUSBを指さす。
「むちゃくちゃ大切なの忘れてるじゃん。」
「そ。取りに来たら、琴乃がいた。」
麻冬がそのまま肘をつき、琴乃を見る。
「分かんないとこ、教えるから。続けたら?」
「え、いいの?」
「琴乃、パソコン得意じゃないでしょ。」
「人並みではあるよ…。」
琴乃は少し不満げに口を尖らせた。琴乃の言う通り、琴乃はパソコンは得意ではないが苦手でもない。麻冬が人より出来るだけなのだ。
「………。」
琴乃がキーボードを叩く、カタカタという音が静かな空間に響く。たまに琴乃が麻冬に分からないところを聞いて教えてもらう。普段は人の面倒を見る琴乃にとって、その時間は、少しくすぐったいものだった。