「こっちゃん、ここ分かった?」
「むずくない?」
2人のクラスメイトに呼ばれた琴乃は振り返った。
「問3?多分あってると思うよ。見る?」
「神!」
琴乃がノートを開くと声をかけたクラスメイトたちは机に飛び乗るように駆け寄る。
「こっちゃん、いつも早いよね〜。」
「前回の授業のすぐあとの休み時間にやり切ったよ。」
にや、と琴乃が笑うと、「流石、こっちゃん。D組の優等生〜。」とクラスメイトが冷かした。琴乃のクラスでの立ち位置はクラスメイトを気にかけながらも自分も物事をそつなくこなす面倒見のいい優等生タイプだった。
「4限は美術だから気が楽だよね〜。」
「きーちゃんは勉強はともかく、美術は好きだもんね。」
「勉強何時間もすると頭痛くなんの!」
きゃはは、と女学生らしい笑い声が響いた。

4限。美術の時間。作品は彫刻だった。各々が木の板に絵を描き、思い思いに掘り進める。
「ん。こんなもんか。」
琴乃は彼女らしく、手早く及第点を超える仕上がりの作品を作った。
「ねぇ、こっちゃん…ここ…形難しい…」
「なつこ、不器用すぎない?なんでこれにしたの…もう、ここはこうさ…」
自分の作品は程よく進め、クラスメイトの作品を手伝う。
「なーるほどね。」
なつこは琴乃に手伝ってもらった箇所を見て頷いた。琴乃は、もう大丈夫かと思い、自分の作品に向き直る。そして、隣の席の人物をチラリと見た。
「…。」
琴乃はその人物の作品を見る。進みは遅いが繊細な作り。絵は琴乃より圧倒的に上手く、クラスの中でも異彩を放つ。琴乃は作者本人を見た。クラスの誰とも話しているところを見たことがないその人は、少し変わった人らしかった。他のクラスに友人がいるのか、クラスメイトとはほぼ交流はしていない人だ。琴乃は少し多めに息を吸った。
「ねぇ、その作品、私、好みだから見ててもいい?」
琴乃は彼女に声をかけた。集中していたらしい彼女…麻冬は「え、」と小さい声を出し、琴乃の方を見た。少し時間をあけて、麻冬は自分の作品を指差す。琴乃は頷いた。
「他のも上手いと思ってたけど、今回のは特に好き。」
琴乃は、ギギ…と少し椅子を近づけて覗き込む。
「ここ、この植物のあたりとか。」
「あ…あたしもそこは気に入ってる…」
琴乃が麻冬を見ると、麻冬も琴乃を見た。琴乃は入学してから2ヶ月、正面から見ることがなかった麻冬の顔を見た。きれいな人だな、琴乃はそう思った。
「あたしもね、あなたの作品気になってた。」
麻冬の長いまつ毛が恥ずかしげに揺れる。
「え?」
「趣味、あいそうだなって。」
ふ、と麻冬が笑う。琴乃はドキリとした。琴乃が優等生だとしたら、麻冬は天才だった。平均以上を目安とする優等生の琴乃にとって、それを凌駕する天才の存在は、少し鬱陶しく羨ましいものだった。1人なんじゃない、一目置かれてる。サボり魔の癖に、先生にも気に入られてるし。そういう気持ちがあって、2ヶ月の間、声をかけられなかったのだ。そんな彼女が琴乃の存在を意識していたことに、琴乃は動揺していた。
「ん…。そう、なんだ。」
「うん。だから声かけられて緊張してる。」
全然緊張してないように麻冬が言った。琴乃の喉がコクリと鳴った。
「…ね、麻冬、って呼んでいい?」
「うん。あたしも琴乃って呼びたい。」

それはなんてことない、ただ同じクラスになった2人の少女の出会いだった。