「……私と黎が一緒にいるの、反対した人、私たちの周りにいなかったんです」
「? どういう意味でしょう?」
「ママ――母様(かあさま)も、紅緒様も、白ちゃんも黒ちゃんも……海雨も澪さんも、私たちのために反対の態度を取っていた人もいましたけど、その先には一緒にいていい私たちにするため、って理由があったんです」
「はあ……」
「……だから、裏切れない」
「………」
「黎と一緒にいたいのも、黎以外の人は嫌だって言うのも、譲れません。でも、ほかの人たちに反対されたからって理由で、二人で家を捨てることもしたくない。私、強情な上に欲張りなんです。大事な人たちも、黎もなくしたくない。そのためには小路流の人たちに、私と黎のことを認めさせるんです。だから仕事もやります」
今、机の上に広がっているこの紙一枚だって、私たちの未来(さき)に繋がっているんだ。手を抜いてなんかいられないよ。
「……真紅様、戸惑いはありませんでしたか?」
「戸惑い、ですか?」
藍子さんの方を見ると、軽く握った拳を口元にあてて、何か考え込むような顔をしていた。
「黒藤様はお生まれになったときから影小路の人間です。当主の御子息でもあられた。ですが真紅様は、影小路のことも、桜木のことも知らなかったのですよね? 急にそんな家の跡取りになれ、なんて言われて、困ったりはしませんでしたか?」
あ、これ前にも聞かれたやつだ……。
「困りました。戸惑ってもいます」
「―――」
私の答えを聞いた藍子さんが、ふっと顔をあげた。
「様づけで呼ばれたり、お嬢様なんて言われるの、慣れようもありません。正直呼び方を変えてもらいたいです……。でも、妖異が見えたり、このお仕事をしている自分に違和感はないんです。これが私の『本当』だって気がしてます」
今こうして、影小路本家で、逆仁さんが私と黒ちゃんに振ったお仕事をしている。違和感も疑問もない。これは私がやるべきことだ、と。



