小埜家の当主の古人さんは、天龍には来ていない。

黎を小埜家の籍に入れた責任者は古人さんになるから、私とのことで悪く言われる心配もある……。

「その辺りは心配ですわね……。真紅様の夫は自身の一派から出したがっている方もいますでしょうし……」

「絶対無理です」

何を企もうがその人の勝手だけど、私と黎の間には誰も入れさせない。

大体、黎と一緒にいられる今だってどんだけキセキだよって話なんだから、これ以上ごちゃごちゃにしないでほしい。私は黎が大好きなんだ。

「小埜様にはご発言のこと、お話ししてありますの?」

「古人さんにはこっちに来る前に、黎のこと言いますって言って来てあります」

「ご反対などは?」

「なかったです。ぶちかましてきてくだされ、って言われました」

「小埜様は、全面的に真紅様と小埜黎様のお味方なのですね」

藍子さんが、ほこほこした笑顔を見せてくれた。

藍子さんの笑った顔って、なんとなく舞子さんを思い出させてくれるから嬉しい。

「藍子さんも……私の方にいることで嫌がらせとかされてないですか?」

「大丈夫ですよ。小さな嫌がらせや陰口は慣れっこですし、真紅様を推される方からは応援されていますから」

「小さな嫌がらせや陰口って……」

「力のある家が中枢にあると言っても、実力主義の流派ですからね。そういうものと縁遠くあるのは難しいでしょう」

昏い話を、表情ひとつ変えずに話す藍子さん。……小路流の闇か。

って言うか、こういう旧臭い家の闇か。

「でもそう言いつつも真紅様、お仕事全部こなされていらっしゃる」

「いや、私がやらなきゃいけないことですし……」

「黒藤様は総て跳ね除けておられると聞いていますよ? 黒藤様についている青也(あおや)が毎日泣き言言ってます。黒藤様は話聞いてくれないし、色んな人から文句言われるし、って」

「黒ちゃんそんな……いや、藍子さんをそんな目にもあわせられないですよ。そのためにもお仕事しなくちゃ」

「真紅様……私が言うのもなんですが、生真面目ですよね……。今の真紅様が受けておられるお仕事、黒藤様の方から廻って来たのも多いですよ?」

「ですよね……。でも、……」

――裏切れない。

「? 真紅様?」

筆を置いて俯いた私の顔を覗き込むように、藍子さんは首を傾げた。