Side真紅
当主襲名前の波乱の数日間のお話を少し。
桜が葉桜になりかけの頃、私には当主襲名前の最後の大仕事があった。
すなわち、主家である司の國陽様との面会。
逆仁さんとともに司家へ赴き、私が当主に就任することをお伝えするのだ。
――その当日である今日は、朝から逆仁さんが車で私を迎えに来てくださって、後部座席に並んで座っていた。
國陽様にお会いするので正装ということで、逆仁さんは袴姿、私も水色の訪問着姿だ。着付けは紅緒様に教わって覚えた。
逆仁さんは今日も好々爺としている。
「そうは言っても司本家へは行きません。國陽様がいらっしゃる桜宮(おうぐう)で、と言われていますからな」
隣に座る逆仁さんが穏やかな表情で教えてくれる。
國陽様とは、私が影小路に入ったときに一度お会いしている。
私よりひとつ年下だけど、とてつもなく厳格な雰囲気で、かといって見た目は涼し気な美形。
無表情が標準装備と評判なくらい表情がない方。
けれど冷たい性格ではなく、情に厚く慈愛のあるお方でもある。
そんな國陽様の寵愛を一身に受けておられるのが、司家と同じくらい古い歴史を持つ大和家の姫、大和斎月様だ。
司家やその配下からは、『倭斗姫様』と呼ばれている。
國陽様と並べばお似合い以外の言葉がないくらいの美形同士と言われ、司家の奥様として申し分のない御方――というのが、私が聞いてきた倭斗姫様の評判。
不安や緊張は色々あるけれど、今日一番緊張しているのは……
「桜宮(おうぐう)って國陽様のめちゃくちゃプライベートな場所って聞いてるんですけど……」
桜宮――司家の当主の中でも、『ご当代』と呼ばれる存在しかそこにたどりつけないと言われている場所だ。
今の当主である司國陽様はその『ご当代』なので、國陽様がそこにおられる間、許された人は入れるらしい。
「今、ご当代は桜宮を離れにくいようです。ご当代から許可が出ているのですから、なーんにも心配することはありませんよ、真紅さん」
笑い飛ばすような逆仁さん。
逆仁さんはずっと紅緒様のときの当主名代を務められていて、紅緒様が眠ったあと当主になられた。
司家の方と関わることも多かったそうだ。
「逆仁さんはよく國陽様とお会いになられるのですか?」



