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――私が逆仁さんと対面した直後、水鏡で連絡を取る前。

「……黒ちゃん~」

「おう。腹決めたみたいだな」

そろそろと黒ちゃんの部屋のふすまを開けると、黒ちゃんは文机に体を向けたまま顔だけこちらへ向かせた。にっと邪気のない笑顔を見せる。

私は黒ちゃんの近くまで歩いて正座した。

「……」

「なんだ? 逆仁じいさんともめたか?」

なんと切り出せばいいかわからなくて私が黙っていると、黒ちゃんは面白そうに言ってきた。

「盗み聞きしてたでしょ。問題なく請けたよ」

黒ちゃんの式が窓の向こうにいたのはわかっていた。もちろん、逆仁さんも。黒ちゃんは満遍なく能力があって、諜報に式を使うのも得意だ。

「ばれてたか」

「ばれる程度でやったでしょ。……黒ちゃんは、あれでよかったの?」

「あれ以上の答えはねえよ。真紅には面倒かけちまって悪いけど」

ははっと笑う黒ちゃん。

……黒ちゃんは生まれた瞬間に父君を失って、一歳の頃にお母様と離れることになって、鬼の血を引いた陰陽師として、小路では腫物扱い……白ちゃんが本当は女の子どうの関係なく、無条件で『黒』ちゃんを受け入れてくれた、白ちゃんの存在が嬉しいのだろう。

だからあそこまで執着する。

私だって、黎や海雨の存在に助けられてきた。気持ちも少しだけわかるつもりでいる。

「……私は、黒ちゃんを排他する小路にはしたくない」

「それはこれから真紅がどうするかじゃね? 真紅と黎、新たな小路流を作るのは、新たな当主だ。俺は鬼の子――半鬼だからな。配下にそういう心配をかけながら上にいるのは難しい」

「………」

そういう心配――黒ちゃんにはいつあやかしの側に落ちてしまうかという心配がついてまわる、だから自分が上に立つにはふさわしくない、と考えているということか……。