たしかに、天龍は霊気に包まれているから、下級の妖異は近づくだけで消滅してしまうだろう。
紅は私と式の契約をしているから消えてしまうようなことはないけど、霊気が合わなければ不調を起こすかもしれない。
ひょこっと、私の右肩から紅が姿を見せた。
「紅は元気におります。ご心配いただきありがとうございます、紅緒様」
『紅。変わりないのですね? ならばよかったです』
『あ~ママも紅ちゃん見たいのに~』
紅緒様の隣で悔しがる母様。母様は影小路の人間だけど、霊感もなければ見鬼でもない。
霊体である紅を見ることはできなかった。
ただ、紅の主である私が母様と手をつなぐとかして触れていれば、その間は視認することもできる。
『真紅。当主を継ぐというのなら、出来るだけ逆仁殿について学びなさい。わたくしの仕事のやり方しか知らないようでは、いずれ支障もきたしましょう。それから――』
「はい」
紅緒様の言葉を、背筋を正して聞く。
『黒藤をうまく使いなさい。黒藤は使われていることをわかりながら、反旗を翻さないタイプです。ときが来るまでは、真紅の味方でいてくれましょう』
……確かに、黒ちゃんは小路を継ぐ気はないけど、私の口車には簡単に乗ってきて仕事をし始めた。
使うことが慣れている人には扱いやすいかもしれない。ただ……
「ときが来るまで……」
『ええ。ときが来るまでは』
そのときとは一体なんなのか。……訊いて教えてもらっていたら、私は弟子の立場じゃない。
黒ちゃんは小路を嫌っているというより、自分自身を嫌っている感じがする。
黒ちゃんの父が、鬼の頭領――鬼頭(きとう)と呼ばれ、鬼神(きしん)とも称された無涯(むがい)という名の鬼だとは、小路に入ってから聞いた。
誰から、ということではなく、あちこちで聞いた話だ。
つまり紅緒様の旦那様は、鬼。
純粋で純然たる鬼。
黎のような混血の鬼人ではなく。



