ヒオリの契り

 日が落ちた頃、闘技場での敗戦のテイマーは暗がりの道で千鳥足だった。
 敗北に酔っていた。

「ちっ。この俺がたかが中学生のテイマーに負けただと……。それも……完敗……っ!」

 拳に力を込め、壁を殴る。
 彼の心を闇が染めていく。

「ふっざけるな。たかが年下のガキがっ! 俺を見下してんじゃねえよっ!」

 それを頭上から全身黒マントの者が眺めていた。

「さぞかし可哀想に。あのような者に束縛されるなど、あってはいけない」

 浮遊しているその者は、音も立てず、気配も消し、ゆっくりと近づいた。やがて彼は闇の炎を纏った手で触れた。
 直後、敗戦のテイマーは全身を炎に焼かれる。
 だが皮膚が燃えることはなく、燃えたぎるのは復讐や憎悪といった負の感情。

「君たちは知っているか。全ての生命は自由でなくてはいけないことを」

 燃える彼を見下ろしながら、黒マントの者は語る。

「テイマーは魔法によってモンスターを束縛している。しかしそれは許されざる行為だ。であれば、その束縛から解放しなくてはいけない」

 燃える彼の装着する腕輪。
 それは全てのテイマーに与えられ、テイムしたモンスターを収容するための物。
 腕輪につけられた宝玉の数だけモンスターを収容できる。

 だがしかし、必ずしもモンスターを収容できるわけではない。なぜならその魔道具は、装着者の精神状態によって多少のぶらつきがあるからだ。
 装着者の精神が乱れ、魔力の操作が乱れたのなら、モンスターは魔道具から出ることもできてしまう。
 もちろん、テイムしたモンスターは主の精神状態の影響を大きく受ける。だからこそ、負の感情を爆発させた彼のモンスターは、宝玉から解き放たれると同時、街を破壊し回り始めたのだ。

「さあ、自由に暴れろ。それが全生命の特権だ」

 燃える彼を置き去りにし、三体のモンスターが暴れる。


『雷牛』
 体長3メートルほどで、全身に電気を纏う牛型モンスター。

『石狼』
 体長は1メートルほど、全身を石に変化させることができ、また石を飛ばして遠距離攻撃も可能。
 狼型モンスター。

『オックスゴブリン』
 牛とゴブリンのハイブリットモンスター。手にはナイフを持ち、人よりも小型なモンスター。狂暴で、見境なく周囲を切りつける。


 街がモンスターによって破壊されていく。
石狼が空へ石を飛ばし、それが地上へ降り注ぐ。降下地点には、逃げ遅れた少女が膝から崩れ、母を求めるように泣いていた。 
 高く舞い上がった石は、無慈悲に、残酷に、少女のもとへ舞い降り──

 ──寸前、冷気が周囲を漂う。

 少女は見上げ、目を見開いた。
 落石が当たらなかった。手前、氷の壁が少女を守った。

 すぐそばには、龍が舞い、その主と思われる少年が走っている。

「かっこいい」

 少女は自分を助けた彼らへ目映い瞳を向ける。

 その頃、黒マントの者は目の前で起こった現象に理解が追いついていなかった。

「なんだ……?」

 近づく冷気。
 黒マントの者はすぐに離れ、遠くから戦況を眺める。

「あれは……野良? 首にはテイムされたモンスター特有の首輪もない。そりゃそうだ。あんなモンスターをテイムできる奴なんて……」

 そう思っていた。
 だが黒マントの者はすぐに驚愕した。

「僕も魔弾でサポートする」

【はい。死なない程度に任せます】

 冷気を放ちながら進む龍。
 近くにいる少年と仲良さげに話している。

「ま、まさか、世界三大モンスターの一角、龍種と親しげに話す奴がいるなんて……!? テイムなんて主従関係による拘束をせず、協力しているのか……!?」

 モンスターと人は、テイムという強制的な主従関係によってのみ成立する。
 モンスターの本能は人を襲う。
 
 故に理解ができない。
 龍が人と協力するなどと。

 驚愕する間に、石狼が氷漬けにされた。圧倒的冷気により、手も足も出ず。

【残り二体もさっさと始末します】

「うん。ってか僕のサポート必要なさそうだね」

【当然。私はドラゴン。最強なんです】

 わずかな時の中で、暴れた三体のモンスター全てが戦闘不能に追いやられた。

「あり得ない。と言いたいが、実際に見てしまったら信じないわけにはいかない。しかし、人がモンスターを縛るわけでなく、対等な関係を築いている。素晴らしい。なぜあの関係が実現できているのか、彼らを観察しなければ」

 黒マントの者は颯爽と姿を消した。
 周囲一帯はモンスターによる破壊の痕跡は残るが、幸いにも死者は出なかった。
 全ては、即座にモンスターの暴走を阻止した者の貢献があったから。

 既に龍は少年の体内に戻っていた。

「ねえヒルコ、さっきの続き、話しても良い」

【夢の話ですね】

「僕はずっと、彼女に……ホムラに憧れていた。彼女のように強くなりたい。彼女のようにかっこよくなりたい。いつしかそれは、彼女と対等に戦いたい。いつかは超えたい。そんな気持ちに変わっていった」

 ヒオリは人生をなぞるように、自分の気持ちに気付いていった。

「何もない僕だから、何もかもを持っている彼女に憧れた。だから僕の夢は──」

 最初から運命は決まっていたのかもしれない。
 後に、ヒルコはそう思う。

「僕は、最強のテイマーになる」

 やがてホムラと戦うその日まで、少年は走り続ける。