呪詛使い聖女と憂国の革命

 革命が終結し、しばらくの月日が経った。冬は深まり、王都アレッタの空には時折小雪が舞うようになっていた。
 新年の儀が行なわれると同時に、第二王子ラティルが新王として即位することが発表された。また、先王を殺した真の反逆者はラティルではなく、第一王子レイフォルトであったことも国民に向けて広く周知された。
 レイフォルトは王族としての身分を剥奪されることとなった。あくまでもレイフォルトの行動は国の行く末を憂いてのことだったということもあり、彼は地方の小さな教会に幽閉され、今後の人生を送ることとなった。この決定は当代の聖女であるラピスの口添えが大きかった。
 王となることになったラティルは日々多忙を極めていたが、王都の教会へと戻ってきたラピスは以前と変わらぬ日々を取り戻していた。
 ラピスは早朝の礼拝を済ませると、礼拝堂の建物を出た。地面に薄く積もった新雪を踏みしめながら、ラピスは礼拝堂の裏庭を歩く。さく、さく、という音を立てながら、彼女の痕跡が地面へと刻まれていく。
 ラピスは裏庭から墓地のほうへ視線をやると、かつて自分が起こしてしまった死者たちへと向けて短い祈りを捧げた。祈りの言葉と白い吐息が朝の冷たい空気の中に消えていく。
 ラピスはまだ夜の気配が残る冬の空を見上げた。今日はしばらく雪は降らなさそうだと、彼女は冬用のローブのポケットから、植物の種の入った小袋を取り出す。天気が崩れないうちに、春咲きのハーブを植えてしまうつもりだった。
 厚手のローブの裾を払って、地面にかがみ込もうとしたとき、ラピスは馬の蹄の音が近づいてくるのを聞いた。教会の前で蹄が地面を蹴る音は止まり、誰かが地面に降り立った靴音が響く。
(こんな時間にお客様……?)
 怪訝に思いながら、入り口の方を振り返る。一瞬、金の髪が視界に映った。もしかして、という予感でラピスの胸は高鳴る。
 さくさくと地面の雪を踏みながら、訪問者は裏庭にいるラピスの元へ近づいてくる。その人は礼拝堂の建物の陰から姿を現すと、しばらくぶりだなと気安い調子でラピスへと声をかけてきた。
「ラティル様……!」
 目の前にいる金髪緑眼の青年は、ラピスが心に想うその人だった。ラティルが忙しいこともあり、ラピスが彼と顔を合わせるのは聖女として新年の儀に出席したとき以来だった。
「ラティル様、こんな時間に一体どうされたのですか?」
「剣の稽古のついでにちょっと抜け出してきた。ずっと書類仕事ばっかで肩が凝るんだよ。――それに何より、お前に会いたかった」
「次期国王ともあろう方が、そんな理由で城を抜け出してこないでください……」
 まったくもう、とラピスは呆れたように溜息を吐く。俺にとっては超重要なんだけどな、と独りごちるとラティルは半ば冗談めかしたようにこう言った。
「抜け出してくるなって言うなら、お前がそばにいてくれよ。朝から晩まで仕事漬けで深刻なラピス不足っていうか、癒しが足りないって言うか」
「へ……?」
 ラピスは一瞬、ラティルが何を言っているのかわからなくて金砂の散った瑠璃の瞳を瞬いた。ゆっくりとラティルの言葉を咀嚼してラピスは彼が自分のことを欲しているという事実を理解すると、顔を赤らめる。
 ラティルは照れ臭げに指で金色の後頭部をかき回すと、表情を改める。彼は真剣な面持ちで、ラピスへとこう告げた。
「ラピス、俺のそばにはお前が必要だ。だから、これからもずっと俺と共にいてくれないか?」
 ラティルはラピスへと右手を差し出した。仕方のない人ですね、とラピスは破顔すると、彼の手を取った。
「ラティル様、あなたが望んでくれるのなら、わたしはあなたのそばにいます。――この先もずっと、ずっと」
 ラピスはラティルを見つめた。視線が重なると、言ったな、とラティルは笑った。
「約束だからな。一生破ってくれるなよ?」
 まあ逃さねえんだけどな、とラティルは口元をにやりと歪める。わかっていますよ、とラピスは小さく口を尖らせた。
 金色に染まった東の空では朝の光が一日の始まりを告げている。地面に咲いた銀花が朝日を受け、二人の新しい始まりを人知れず寿ぐように清冽な煌めきを放っていた。