ふんわりと柔らかい淡い紫色のグラデーションに染まる夕空の下、街道を二頭の馬が進んでいた。ソラは馬上でひんやりとした風を感じながら、ハイネックのニットワンピースの襟ぐりに顔の下半分を埋める。もう春とはいえ、こうして夜が近づくとまだまだ冷え込む。
 美しさを取り戻したこの時代で生きていくことをソラが決めてから半年が経っていた。トゥルクと共に世界中に眠るまだ見ぬ財宝を求めて、この世界に点在する七つの島々を船で行き来し、馬を走らせて陸地を旅する日々は、もう当たり前のようにソラと共にあった。
 この半年の間でソラは獣に襲われても、多少は自力で戦えるようになった。火の起こし方も覚えた。馬にもある程度は一人で乗れるようになった。
 ソラが乗る未来という意味の名を冠した栗毛の牡馬――アヴニールは秋の終わりにオーレンの伝手で譲ってもらった馬だ。旅暮らしの中で、ソラはトゥルクに乗り方を教えてもらい、今では何とか自力で走らせられるまでになっていた。
 愛馬のアヴニールと触れ合い、馬との接し方をソラが覚えたことで、少しずつリブレに威嚇されることも減ってきていた。きっと、ようやくソラが仲間であり、主人であるトゥルクの相棒であるということをリブレが認めてくれたということなのだろうとソラは思っている。
「ソラ、もう日が暮れちゃう。走れそう?」
 横で青鹿毛の牝馬を歩かせていたトゥルクが馬上から話しかけてきて、ソラはうんと頷いた。確かにもう辺りは薄暗く、そろそろ盗賊や獣を気にした方がいい時間帯に差し掛かる。それならばいっそ、街道を駆け抜け、街まで急いだほうがいい。
「大丈夫だと思うよ。アヴはスタミナあるし、このまま街まで一気に走って行っちゃおう」
 ソラは慣れた手つきで手綱を持ち直すと、黒いブーツを履いた左脚を後ろへと引く。左脚で馬の腹を押すと、心得たようにアヴニールは走り出す。アヴニールを追って、トゥルクが乗るリブレもタタタンタタタンとリズムよく走り出した。
「そういえばトゥルク、明日の予定は?」
「エスティオ渓谷の方で何か見つかったらしいから、それについて話を聞きに行こうかなって思ってるよ。それにしてもお腹減ったなあ」
 そうだね、とソラは安定した足取りで駆けるアヴニールの首筋を左手で軽く叩いて褒めてやる。彼女は時折、アヴニールに継続の合図を送ってやりながら、隣を走るトゥルクと会話を続ける。
「トゥルク、今日泊まるのってこの先のラダルっていう街だっけ?」
「うん。酪農が盛んなところですごくのどかって言うかのんびりした感じの街だよ。今日泊まる宿はとってもおいしいチーズオムレツが食べられることで有名だから楽しみにしてて」
 それじゃあ急がないとね、とソラは片目を閉じて見せると愛馬を走らせる速度を早める。
 わずかに霞みがかった地平線の彼方にはラダルの街の黒いシルエット小さく揺れている。何とはなしに空を仰ぎ、ソラは息を呑んだ。
「虹……!」
 紫色の空に今にも溶け込みそうなほどうっすらと、春の虹がかかっていた。頭上を彩る七色の橋はトゥルクとソラが向かう方――東へと向かって伸びている。
 春霞の空。柔らかな春の夕暮れ。空にかかった七色の橋。自分が知らなかったこの世界の美しいものをまた知って、ソラの胸はとくりと音を立てる。きっと明日はいい日になるに違いないとソラは思った。
 二人の進む道の先では、今日という日の終わりを告げる白い月と夜の先に続く未来が顔を覗かせ始めていた。