柱: 華園家本邸・昼
ト書き:
朝日が華園家の豪奢な屋敷を照らす。庭のしだれ桜は、その枝を風に揺らし、春の訪れを告げている。
桜は、白月との秘密を胸に秘め、いつものように当主の部屋へ朝食を運ぶ。
足音を立てないように、顔に笑みを貼り付けて。
あの夜以来、桜の心には白月の存在が大きな支えとなっていた。人としての姿を失った白月の姿も、苦しむ彼の声も、桜を怯えさせることはなかった。むしろ、孤独を抱える彼に寄り添いたいという、切ないほどの想いが湧き上がっていた。
しかし、華園家に戻れば、その心はすぐに冷たい現実へと引き戻される。巫女の力を持たない桜は、家の者から冷遇され、特に椿のいじめは日に日にエスカレートしていた。
セリフ:
椿「あら、桜。今日も元気ね。その顔、まるで何も悩みがないみたい」
桜「……椿様」
椿「いよいよ、来週は巫女の儀式ね。華園家にとって、最も神聖な日。桜は、どんなお役目を果たすのかしら? せいぜい、家の恥とならないように、神に捧げられる花でも飾りなさい」
ト書き:
椿は、嘲るように口元を歪め、桜の持つ盆の上の花を指先で弾く。花びらが舞い、桜の肩にかかる。
セリフ:
桜(心の声)「椿様の言う通りだ。私は巫女としての力がない。華園家には必要のない人間。だから、いつも笑顔でいなければ。そうしないと、ここにいる理由がなくなってしまう」
桜「ありがとうございます、椿様。精一杯努めさせていただきます」
ト書き:
桜は、貼り付けた笑顔のまま、深々と頭を下げる。
椿は、そんな桜の姿を満足げに見つめる。
セリフ:
椿「ふふっ。期待しているわ。…ただし、あなたの無様な姿をね」
ト書き:
桜は、椿の言葉に耐え、そっと部屋を後にする。廊下を歩く彼女の足元には、先ほど散った花びらが寂しく転がっていた。
柱: 裏山・夜
ト書き:
月が満ちていく。その光に導かれるように、桜は再び裏山へと向かう。
昼間の辛かった出来事を思い出すたび、胸の奥が締め付けられる。
桜が裏山の奥、白月と初めて出会った場所にたどり着くと、そこには人型の白月が静かに立っていた。
月の光が、彼の銀色の髪を神秘的に照らしている。
セリフ:
白月「…来たか」
桜「はい。お会いしたくて……」
ト書き:
桜は、白月のもとへ駆け寄り、彼の顔を見上げる。
その瞳の奥に、昼間には見せなかった、疲労と悲しみの色を隠しきれないでいる桜の姿を、白月はすぐに見抜く。
セリフ:
白月「なぜ、無理に笑っている? 貴様の笑顔は、俺の前でだけ、本当の光を放てばいい」
桜(心の声)「……白月様の前では、私はこんなに弱い人間でいられる。この人の前では、私は私でいられる」
桜「……白月様の前では、私、弱くてもいいのでしょうか」
ト書き:
桜の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。
白月は、そっと桜の頬に触れ、その涙を優しく拭う。
セリフ:
白月「ああ。貴様の弱さは、俺が守る」
ト書き:
その言葉は、凍てついた桜の心を溶かすように温かい。
桜は、白月の胸に顔を埋める。白月の体から伝わる温もりに、彼女は安堵のため息をつく。
第3話ラスト:
白月は、満月の夜にしか穢れを浄化する力を発揮できない桜に代わり、彼女が抱える巫女の使命を自分が引き受けることを提案する。
セリフ:
白月「貴様の儀式の代わりは、俺が務める。お前はもう、華園家の巫女としての苦しみを背負う必要はない」
ト書き:
桜は驚きながらも、彼の体へそっと手を伸ばし、不安げに尋ねる。
セリフ:
桜「このままでは貴方様が危険に…」
ト書き:
白月は桜の言葉を遮るように、彼女の額に優しく口づけをする。
セリフ:
白月「貴様を守ることこそが、俺の使命だ。もう、二度と無理に笑わなくていい。お前の穢れは、俺がすべて引き受けよう」
ト書き:
白月の口づけは、二人の間に新たな、より深い絆を生み出した。
桜は、その口づけの熱さと、白月の深い愛情に、心臓が大きく揺れるのを感じる。
夜風が二人の間を吹き抜け、月が静かに二人を見守っていた。