王宮内に、祝福の声が響いていた。
後宮の第一王妃、雪雫が王の子を懐妊したのだ。
雪雫は後宮内で最も美しいと称され、誰にでも優しく、人望のある人物だった。
王宮内で最も品格があるとされ、多くの者から信頼されている人物だった。
「おめでとうございます。雪雫様」
女官が彼女の部屋を訪れては、祝いの言葉を述べる。
雪雫は柔らかく微笑み返した。
「私は幸せ者ですね。大好きなあの方との子を授かれたのですから」
雪雫は膨らんだ自身の腹に手を添える。
その姿からは、彼女の品の良さが感じられた。
だがその影で、嫉妬の刃が強く握りしめられていた。
■■■■
もう一人の妃、炎園は鋭い眼光をある妃に向けていた。
その妃は今もなお多くの者から祝いの言葉を受けていた。
穏やかな表情を浮かべる彼女とは裏腹に、炎園は憎悪に満ちた顔をしていた。
艶やかな唇が強く引き締まる。
彼女は決して笑顔を見せず、胸の内に熱い炎を宿していた。
「あんたが来てからあの人は私のことをすっかり忘れてしまった。本当にあの人の寵愛を独占すべきあ私のはずなのに」
炎園は知っていた。
今のままでは雪雫には勝てない。
だが万が一、王妃が子を産めなくなれば……
「全部、あなたが悪いのよ」
■■■■
その夜、後宮の一室。
薄暗い中、息を殺しながら薬を調合していた影があった。
その部屋には薬草やキノコ、水銀などが置かれていた。
彼女が作っていたのは、少量ではあるののの、妊婦に投与すればお腹の子が命を落とす。
王宮内で禁忌とされていた堕胎剤だった。
■■■■
数日後──
「……うっ、……あああああ!!」
雪雫の部屋から苦悶の声が響く。
寝台の上で彼女は腹を押さえ、床には血が滴る。
「雪雫様! ち……血が……!?」
悲鳴を聞きつけて駆け込んだ女官が雪雫を見て騒然とした。
すぐに女官が医官を呼んだが、その時には既に胎児は息をしていなかった。
まだ小さくとも、確かに生きていた命。
だがそれは、一夜にして泡となった。
王が事態を聞きつけたが、お腹の子が亡くなったことを知ると、途端に冷たい視線を向けた。
「そうか……」
医官は雪雫がもう子を産めない身体であると王に伝えた。
それ以来、王の目線が雪雫へ向けられることはなかった。
「待ってください。今度こそあなたとの子を産んでみせます」
涙で滲んだ瞳に映るのは、何も言わず去っていく王の姿。
絶望に歪む雪雫を、集まる女官の中から、炎園が笑みを浮かべて見下ろしていた。
ふと顔を上げた雪雫の目が炎園を捉える。
炎園は涙で汚れた雪雫の顔を見て、音の出ない拍手をした。
雪雫は気付いた。
「お前か……」
お腹の子の命を奪った人物を、雪雫は鋭い眼光で睨みつける。
だが証拠はないと嘲笑うように、炎園が鼻で嗤う。
やがて雪雫は王妃の座を奪われ、後宮を後にした。
彼女が去った後宮で、炎園が王の寝室へ呼ばれていた。
「……ねえ、あなたが今抱き締めているその女は──」
雪雫は外から後宮を睨む。
「──私から全てを奪ったバケモノなのよ」
雪雫の声が月下に響いた。
けれどその言葉は誰にも届かない。
その夜、闇の中で何かが目覚めた。
それは、亡くなった胎児の代わりに彼女に宿った──
復讐という、異形の炎だった。
後宮の第一王妃、雪雫が王の子を懐妊したのだ。
雪雫は後宮内で最も美しいと称され、誰にでも優しく、人望のある人物だった。
王宮内で最も品格があるとされ、多くの者から信頼されている人物だった。
「おめでとうございます。雪雫様」
女官が彼女の部屋を訪れては、祝いの言葉を述べる。
雪雫は柔らかく微笑み返した。
「私は幸せ者ですね。大好きなあの方との子を授かれたのですから」
雪雫は膨らんだ自身の腹に手を添える。
その姿からは、彼女の品の良さが感じられた。
だがその影で、嫉妬の刃が強く握りしめられていた。
■■■■
もう一人の妃、炎園は鋭い眼光をある妃に向けていた。
その妃は今もなお多くの者から祝いの言葉を受けていた。
穏やかな表情を浮かべる彼女とは裏腹に、炎園は憎悪に満ちた顔をしていた。
艶やかな唇が強く引き締まる。
彼女は決して笑顔を見せず、胸の内に熱い炎を宿していた。
「あんたが来てからあの人は私のことをすっかり忘れてしまった。本当にあの人の寵愛を独占すべきあ私のはずなのに」
炎園は知っていた。
今のままでは雪雫には勝てない。
だが万が一、王妃が子を産めなくなれば……
「全部、あなたが悪いのよ」
■■■■
その夜、後宮の一室。
薄暗い中、息を殺しながら薬を調合していた影があった。
その部屋には薬草やキノコ、水銀などが置かれていた。
彼女が作っていたのは、少量ではあるののの、妊婦に投与すればお腹の子が命を落とす。
王宮内で禁忌とされていた堕胎剤だった。
■■■■
数日後──
「……うっ、……あああああ!!」
雪雫の部屋から苦悶の声が響く。
寝台の上で彼女は腹を押さえ、床には血が滴る。
「雪雫様! ち……血が……!?」
悲鳴を聞きつけて駆け込んだ女官が雪雫を見て騒然とした。
すぐに女官が医官を呼んだが、その時には既に胎児は息をしていなかった。
まだ小さくとも、確かに生きていた命。
だがそれは、一夜にして泡となった。
王が事態を聞きつけたが、お腹の子が亡くなったことを知ると、途端に冷たい視線を向けた。
「そうか……」
医官は雪雫がもう子を産めない身体であると王に伝えた。
それ以来、王の目線が雪雫へ向けられることはなかった。
「待ってください。今度こそあなたとの子を産んでみせます」
涙で滲んだ瞳に映るのは、何も言わず去っていく王の姿。
絶望に歪む雪雫を、集まる女官の中から、炎園が笑みを浮かべて見下ろしていた。
ふと顔を上げた雪雫の目が炎園を捉える。
炎園は涙で汚れた雪雫の顔を見て、音の出ない拍手をした。
雪雫は気付いた。
「お前か……」
お腹の子の命を奪った人物を、雪雫は鋭い眼光で睨みつける。
だが証拠はないと嘲笑うように、炎園が鼻で嗤う。
やがて雪雫は王妃の座を奪われ、後宮を後にした。
彼女が去った後宮で、炎園が王の寝室へ呼ばれていた。
「……ねえ、あなたが今抱き締めているその女は──」
雪雫は外から後宮を睨む。
「──私から全てを奪ったバケモノなのよ」
雪雫の声が月下に響いた。
けれどその言葉は誰にも届かない。
その夜、闇の中で何かが目覚めた。
それは、亡くなった胎児の代わりに彼女に宿った──
復讐という、異形の炎だった。


