☆第8話☆
〇10月9日の夜。
寮、九重と七森の部屋。
ベッドの上であぐらをかいている九重。
さみしそうに枕を抱きしめ、ドアをじっと見つめている。
九重(今日も寝る直前まで、七森は部屋に帰ってこないんだろうな)
〇過去回想。
2時間前、部屋から出て行こうとする七森を止める九重。
九重『学校と部活で疲れてるんだから、部屋でゆっくり過ごせばいいのに』
七森『九重先輩は危機感を持ってください』
九重『危機感?』
七森『付き合ったばかりのこの時が一番、野獣化しやすいんです。カニみたいに固い甲羅を身に着けてくれたら、そばにいられるのに』
九重『どういうこと?』
キョトン顔の九重。
七森『恋人になったからには、俺に気をつけてくださいってことです!』
言い逃げをした七森。
部屋から出て行ってしまった。
過去回想終了。
〇現在。
ベッドであぐらをかき、悲しい顔で枕に方頬をぎゅーっと押しつける七森。
九重(付き合ったばかりって言っても、1か月はたってるのに)
最近の七森との絡みを思い出す。
学校ですれ違っても無視されたり。
朝目覚めても「おはようございます」だけ言って、すぐに部屋を出て行っちゃったり。
部活でもダブルスのペアとして接してくる七森。
あっさりさっぱり、恋人っぽく体を触るなどは皆無。
九重(これじゃただの先輩後輩じゃん)
悲しむ九重は、ベッドに仰向けでふて寝。
スマホのバイブが連続で唸りだし、頭の上あたりにあるスマホを手で探し握りしめる。
メッセージアプリを開く。藤沢からだった。
藤沢【ハピバ】
【学校でも言ったけど】
【いま七森に祝ってもらってるんだろ。リア充色の胸やけどうも】
【誕プレ渡し忘れた】
【カニカマは俺ん家の冷蔵で寝てる】
【明日寮に届ける】
【初彼との濃厚なハピバ会楽しんで】
藤沢のメッセを読んで、ほっぺぷっくりの九重。
九重「誕生日の夜に一人なんですけど」
ふてくされながら、スマホを投げた。
ベッドに仰向けに寝転び、ひざを三角に立て、情けない顔を隠すように腕で顔を覆う。
九重(今日が誕生日だって七森に伝えてたら、一緒に過ごしてくれたのかな)
横向きになり、七森の机をの上の写真盾を見る。
〇付き合った日の部活後の過去回想。
藤沢『お前たちが付き合い始めたこと、俺しか知らない優越感やばい』
九重『誰にも言うなよ。バドがやりづらくなる』
藤沢『写真を撮ってやる、記念記念』
七森『今ですか?』
藤沢『早く、二人くっついて並べって』
戸惑う九重と七森。
くっつけとジェスチャーする藤沢。
藤沢『みんなが来ちゃうだろーが。あとで九重のスマホに送ってやるから』
スマホがシャッター音を鳴らした。
過去回想終了。
〇ベッドに寝転がったまま、悲しそうな顔で写真盾を見つめている九重。
写真は二カッと全開笑顔でカニピースをする九重と、九重が腕を押し当ててくるから恥ずかしくて顔を赤らめながらも片手はカニピース、もう片方の手はこぶしにして口元を隠し視線をカメラから外している七森。
最高に幸せな時間を切り取ってあるのに、七森が相変わらず部屋で一緒に過ごそうとしてくれないからさみしくてたまらない。
九重(土手ではキスされそうになったのに、付き合ってからは恋人を無視ってどういうこと?)
大会後の草が生える斜面で、四つんばいで覆いかぶさる七森が九重にキスしそうになった時のことを九重は思い出す。
九重(心変わりされてたらどうしよう)
華奢でゆるふわ髪の女の子の腰を抱き、九重に鋭い視線を突き刺す七森を想像する。
妄想七森(こんりんざい恋人づらしないでください)
青ざめた顔で、自分の肩を抱きながら震えだす九重。
九重(ありえそうで怖い。俺は男だし。可愛いとは無縁だし)
七森に捨てられるのではないかと、悪いことばかり考えてしまう。
ベッドの上、顔に手を当てながら仰向けで目を閉じていたら、トントンとドアがノックされた。
そのまま無視。
再び「トントン」とドアを叩く音が聞こえてきた。
九重(七森なら部屋に入ってくるはず)
構わず横になっていると、またドアをノックされた。
九重(わかったよ、今行くよ)
半ばやけくそでベッドから降り、ダルそうな顔でドアをあける。
開いたドアの隙間に、真っ赤でぷっくりとした巨大なカニのぬいぐるみが浮かんでいた。
真ん丸ぷっくりな体に、大きくて太い立派な爪が上に向って伸びている。
カニを持ってる人は九重から見えない位置に立っていて、ぬいぐるみの横を手で挟み、横から手を伸ばしている状態。
九重「うわっ」
巨大なカニに驚いた九重は尻もちをついた。
ビビって上半身が後ろにのけぞり、両手は床についている。
宙に浮いたカニが部屋に入ってきた。
なんか怖くて、九重はお尻を引きずりながらあとずさり。
九重(なんだよ、こいつ)
巨大カニぬいぐるみの後ろに見える人間の足に、九重が「え?」となる。
ぬいぐるみの背後、はさみとハサミの間から、人間の顔がニョキっと出てきた。
カニぬいのサイズは、横幅が七森の胴の横幅と同じくらい。
ぷっくりしていて、人間の手首からひじくらいの長さがある大きな爪は針金入りで立っている。
抱きかかえるのにピッタリ。
胸前で抱きしめると、ハサミの間から抱きしめる人の顔が出る感じ。
巨大なカニだが、可愛い系の顔をしたぬいぐるみ。
七森「聞きました。今日が誕生日だって。藤沢先輩から」
九重「もしかして、俺への誕生日プレゼント?」
七森「抱えながらバスの席に座っていたら、女子中高生たちにクスクス笑われました」
テレながらカニを抱きかかえる七森が可愛い。
九重「俺のために、恥ずかしい思いなんかしなくていいのに」
七森「九重先輩=カニじゃないですか。お店で見つけて誕プレはこれ以外ありえないって興奮していたら、いつの間にかレジでお金を払ってました」
九重「アハハ、なにそれ」
笑いながら、うれし涙が目じりににじむ九重。
九重「嬉しい」
左目から右目に手の甲を押し当てながら、涙の雫をさっとぬぐう。
七森からカニぬいを受け取り、大事そうに抱きかかえる。
七森「カニを溺愛しすぎです」
九重「付き合いだした彼氏が俺を放置するから、癒してくれるものが欲しかったんだ。肌触りもめっちゃいい」
カニのぬいぐるみにほっぺをこすりつけ、ご満悦の九重。
七森(俺の代わり?)
(俺だって、ほっぺすりすりなんかされたことないのに)
カニぬいに嫉妬した七森が、急にふてくされた。
七森「やっぱり返してください」
カニぬいを奪おうとする七森。
九重「え、絶対に嫌なんだけど」
全力で拒絶の九重。
二人でカニぬいを掴みながら、カニぬいが行ったり来たり。
七森「目の前に俺がいるのにカニぬいを可愛がって」
九重「嫉妬?」
七森「違います」
九重「ほっぺプクっとしてるじゃん」
七森「カニの真似をしてるだけです」
九重「強情」
七森「とりあえずカニぬいを離して」
九重「イヤ」
体を左右に振り、絶対離すもんかと強くカニを抱きしめる九重。
カニぬいから七森の手が離れた。
七森の顔に悲しみが広がっている。
九重は目をつぶると、カニぬいの匂いを嗅ぎ微笑んだ。
九重「七森の匂いがする」
七森「え?」
九重「この匂い大好き。七森を抱きしめてるって錯覚できちゃう」
愛おしそうにカニぬいを抱きしめる九重。
カニぬいに嫉妬していたはずなのに、自分のことが好きとアピールされている気がして七森は心臓がくすぐったい。
七森(その求愛行動、反則です)
カニぬいに顔をうずめる九重を見て、七森の理性がぷつんと切れた。
七森はカニのはさみを掴み、ぬいぐるみをポイッと投げた。
大好きな七森にもらった大事なカニぬいを雑に扱われ、怒り出す九重。
九重「何するの」
七森「カニのぬいぐるみに嫉妬しました。助けてください」
真剣な顔の七森が迫って来て、あとずさりをする九重。
七森「九重先輩を摂取したくてもずっと我慢してたのに、どうしてそんな可愛いことをするんですか」
ベッドにふくらはぎがぶつかり、バランスを崩した九重がベッドに尻もちをつく。
急にオスっぽく攻めっぽくなった七森。
鋭い表情は獲物を狙う肉食動物。
ヘッドボードに手をつき、逃がさないと言わんばかりに斜め上か九重を見下ろしている。
ベッドサイドに腰掛けた状態で、逃げ場のない九重。
妖艶に微笑む七森がちょっと怖くて、でもカッコよくて、胸がドキドキしまくって、「え? あ? え?」と怯えた子リスのように顔を赤らめ戸惑っている。
七森の綺麗な手が九重のあごに添えられた。
くいっと顔をあげられ、熱っぽい七森の瞳と視線が絡み、バクバクの心臓が逃げ出しそうになっている九重。
七森「このキスを許したら、この先俺は、この部屋で九重先輩に何をするかわかりませんよ」
どうまた、九重先輩にキスを拒まれるだろうと思い込んでいる七森。
からかうだけのつもりだった。
九重は恥ずかしがって、七森の胸を押して逃げ出すだろうと思っていた。
それなのに――
九重「自分だけが野獣になると思うなよ」
ベッドサイドに座ったままの九重の両手が伸びてきて、立っている七森の頬を挟み込む。
九重に引き寄せられる七森の顔。
九重は目をつぶり、自分から七森にキス。
キスを奪われると思っていなかった七森は、驚きのあまり目を見開いたまま唇を重ねた。
七森の頬から手を離し、ゆっくりと目を開けた九重。
ベッドサイドに座ったまま、唇にこぶしを当て恥ずかしそうにうつむきだした。
九重「想像以上に……幸せすぎるんだけど……」
めいっぱい照れている九重が可愛すぎて、七森の理性が脳内のカニのはさみでブチ斬られた。
無表情で九重の肩を押した七森。
勢いが強すぎて、九重はベッド中央で横たわっている。
理性が飛んだ七森が、九重の上に四つんばいになった。
七森「言いましたよね? キスしたら、九重先輩に何をするかわからないって」
七森の顔に笑みはない。
ベッドの上で、九重とゼロ距離になるよう覆いかぶさろうとしている。
九重(ヤバい、七森の理性をぶった切っちゃったっぽい)
身の危険を察知した九重。
九重「うわっ、ちょっと待て、落ち着けって」
九重は、手に届くところにあったカニぬいのハサミを掴む。
首筋にキスを落とそうとする七森の顔に、カニぬいを押し当てた。
四つんばいになり、顔を上げた七森。
七森の下で、九重が顔を真っ赤にして七森を見上げている。
九重は抱きしめたカニぬいのはさみで自分の口元を隠すと、恥ずかしさで顔を真っ赤に染め上げながらささやいた。
九重「心臓が壊れそう……ごめん……今はまだ無理……」
七森(だからその顔が可愛すぎなんです)
もう一度襲おうとする七森。
九重「今は無理って言ってるだろう―が!」
抱きしめ中のカニぬいのはさみを七森に突き刺し、攻撃する九重。
カニのはさみで理性をぶった切られた七森と、ぷっくり巨大カニぬいで自分を守る九重。
九重がまとっている羞恥心の甲羅が脱げるのは、もう少し先になりそうです。
【不愛想な後輩から恋色シャトルが飛んできた・完】
2025.9.27 甘沼 恋
〇10月9日の夜。
寮、九重と七森の部屋。
ベッドの上であぐらをかいている九重。
さみしそうに枕を抱きしめ、ドアをじっと見つめている。
九重(今日も寝る直前まで、七森は部屋に帰ってこないんだろうな)
〇過去回想。
2時間前、部屋から出て行こうとする七森を止める九重。
九重『学校と部活で疲れてるんだから、部屋でゆっくり過ごせばいいのに』
七森『九重先輩は危機感を持ってください』
九重『危機感?』
七森『付き合ったばかりのこの時が一番、野獣化しやすいんです。カニみたいに固い甲羅を身に着けてくれたら、そばにいられるのに』
九重『どういうこと?』
キョトン顔の九重。
七森『恋人になったからには、俺に気をつけてくださいってことです!』
言い逃げをした七森。
部屋から出て行ってしまった。
過去回想終了。
〇現在。
ベッドであぐらをかき、悲しい顔で枕に方頬をぎゅーっと押しつける七森。
九重(付き合ったばかりって言っても、1か月はたってるのに)
最近の七森との絡みを思い出す。
学校ですれ違っても無視されたり。
朝目覚めても「おはようございます」だけ言って、すぐに部屋を出て行っちゃったり。
部活でもダブルスのペアとして接してくる七森。
あっさりさっぱり、恋人っぽく体を触るなどは皆無。
九重(これじゃただの先輩後輩じゃん)
悲しむ九重は、ベッドに仰向けでふて寝。
スマホのバイブが連続で唸りだし、頭の上あたりにあるスマホを手で探し握りしめる。
メッセージアプリを開く。藤沢からだった。
藤沢【ハピバ】
【学校でも言ったけど】
【いま七森に祝ってもらってるんだろ。リア充色の胸やけどうも】
【誕プレ渡し忘れた】
【カニカマは俺ん家の冷蔵で寝てる】
【明日寮に届ける】
【初彼との濃厚なハピバ会楽しんで】
藤沢のメッセを読んで、ほっぺぷっくりの九重。
九重「誕生日の夜に一人なんですけど」
ふてくされながら、スマホを投げた。
ベッドに仰向けに寝転び、ひざを三角に立て、情けない顔を隠すように腕で顔を覆う。
九重(今日が誕生日だって七森に伝えてたら、一緒に過ごしてくれたのかな)
横向きになり、七森の机をの上の写真盾を見る。
〇付き合った日の部活後の過去回想。
藤沢『お前たちが付き合い始めたこと、俺しか知らない優越感やばい』
九重『誰にも言うなよ。バドがやりづらくなる』
藤沢『写真を撮ってやる、記念記念』
七森『今ですか?』
藤沢『早く、二人くっついて並べって』
戸惑う九重と七森。
くっつけとジェスチャーする藤沢。
藤沢『みんなが来ちゃうだろーが。あとで九重のスマホに送ってやるから』
スマホがシャッター音を鳴らした。
過去回想終了。
〇ベッドに寝転がったまま、悲しそうな顔で写真盾を見つめている九重。
写真は二カッと全開笑顔でカニピースをする九重と、九重が腕を押し当ててくるから恥ずかしくて顔を赤らめながらも片手はカニピース、もう片方の手はこぶしにして口元を隠し視線をカメラから外している七森。
最高に幸せな時間を切り取ってあるのに、七森が相変わらず部屋で一緒に過ごそうとしてくれないからさみしくてたまらない。
九重(土手ではキスされそうになったのに、付き合ってからは恋人を無視ってどういうこと?)
大会後の草が生える斜面で、四つんばいで覆いかぶさる七森が九重にキスしそうになった時のことを九重は思い出す。
九重(心変わりされてたらどうしよう)
華奢でゆるふわ髪の女の子の腰を抱き、九重に鋭い視線を突き刺す七森を想像する。
妄想七森(こんりんざい恋人づらしないでください)
青ざめた顔で、自分の肩を抱きながら震えだす九重。
九重(ありえそうで怖い。俺は男だし。可愛いとは無縁だし)
七森に捨てられるのではないかと、悪いことばかり考えてしまう。
ベッドの上、顔に手を当てながら仰向けで目を閉じていたら、トントンとドアがノックされた。
そのまま無視。
再び「トントン」とドアを叩く音が聞こえてきた。
九重(七森なら部屋に入ってくるはず)
構わず横になっていると、またドアをノックされた。
九重(わかったよ、今行くよ)
半ばやけくそでベッドから降り、ダルそうな顔でドアをあける。
開いたドアの隙間に、真っ赤でぷっくりとした巨大なカニのぬいぐるみが浮かんでいた。
真ん丸ぷっくりな体に、大きくて太い立派な爪が上に向って伸びている。
カニを持ってる人は九重から見えない位置に立っていて、ぬいぐるみの横を手で挟み、横から手を伸ばしている状態。
九重「うわっ」
巨大なカニに驚いた九重は尻もちをついた。
ビビって上半身が後ろにのけぞり、両手は床についている。
宙に浮いたカニが部屋に入ってきた。
なんか怖くて、九重はお尻を引きずりながらあとずさり。
九重(なんだよ、こいつ)
巨大カニぬいぐるみの後ろに見える人間の足に、九重が「え?」となる。
ぬいぐるみの背後、はさみとハサミの間から、人間の顔がニョキっと出てきた。
カニぬいのサイズは、横幅が七森の胴の横幅と同じくらい。
ぷっくりしていて、人間の手首からひじくらいの長さがある大きな爪は針金入りで立っている。
抱きかかえるのにピッタリ。
胸前で抱きしめると、ハサミの間から抱きしめる人の顔が出る感じ。
巨大なカニだが、可愛い系の顔をしたぬいぐるみ。
七森「聞きました。今日が誕生日だって。藤沢先輩から」
九重「もしかして、俺への誕生日プレゼント?」
七森「抱えながらバスの席に座っていたら、女子中高生たちにクスクス笑われました」
テレながらカニを抱きかかえる七森が可愛い。
九重「俺のために、恥ずかしい思いなんかしなくていいのに」
七森「九重先輩=カニじゃないですか。お店で見つけて誕プレはこれ以外ありえないって興奮していたら、いつの間にかレジでお金を払ってました」
九重「アハハ、なにそれ」
笑いながら、うれし涙が目じりににじむ九重。
九重「嬉しい」
左目から右目に手の甲を押し当てながら、涙の雫をさっとぬぐう。
七森からカニぬいを受け取り、大事そうに抱きかかえる。
七森「カニを溺愛しすぎです」
九重「付き合いだした彼氏が俺を放置するから、癒してくれるものが欲しかったんだ。肌触りもめっちゃいい」
カニのぬいぐるみにほっぺをこすりつけ、ご満悦の九重。
七森(俺の代わり?)
(俺だって、ほっぺすりすりなんかされたことないのに)
カニぬいに嫉妬した七森が、急にふてくされた。
七森「やっぱり返してください」
カニぬいを奪おうとする七森。
九重「え、絶対に嫌なんだけど」
全力で拒絶の九重。
二人でカニぬいを掴みながら、カニぬいが行ったり来たり。
七森「目の前に俺がいるのにカニぬいを可愛がって」
九重「嫉妬?」
七森「違います」
九重「ほっぺプクっとしてるじゃん」
七森「カニの真似をしてるだけです」
九重「強情」
七森「とりあえずカニぬいを離して」
九重「イヤ」
体を左右に振り、絶対離すもんかと強くカニを抱きしめる九重。
カニぬいから七森の手が離れた。
七森の顔に悲しみが広がっている。
九重は目をつぶると、カニぬいの匂いを嗅ぎ微笑んだ。
九重「七森の匂いがする」
七森「え?」
九重「この匂い大好き。七森を抱きしめてるって錯覚できちゃう」
愛おしそうにカニぬいを抱きしめる九重。
カニぬいに嫉妬していたはずなのに、自分のことが好きとアピールされている気がして七森は心臓がくすぐったい。
七森(その求愛行動、反則です)
カニぬいに顔をうずめる九重を見て、七森の理性がぷつんと切れた。
七森はカニのはさみを掴み、ぬいぐるみをポイッと投げた。
大好きな七森にもらった大事なカニぬいを雑に扱われ、怒り出す九重。
九重「何するの」
七森「カニのぬいぐるみに嫉妬しました。助けてください」
真剣な顔の七森が迫って来て、あとずさりをする九重。
七森「九重先輩を摂取したくてもずっと我慢してたのに、どうしてそんな可愛いことをするんですか」
ベッドにふくらはぎがぶつかり、バランスを崩した九重がベッドに尻もちをつく。
急にオスっぽく攻めっぽくなった七森。
鋭い表情は獲物を狙う肉食動物。
ヘッドボードに手をつき、逃がさないと言わんばかりに斜め上か九重を見下ろしている。
ベッドサイドに腰掛けた状態で、逃げ場のない九重。
妖艶に微笑む七森がちょっと怖くて、でもカッコよくて、胸がドキドキしまくって、「え? あ? え?」と怯えた子リスのように顔を赤らめ戸惑っている。
七森の綺麗な手が九重のあごに添えられた。
くいっと顔をあげられ、熱っぽい七森の瞳と視線が絡み、バクバクの心臓が逃げ出しそうになっている九重。
七森「このキスを許したら、この先俺は、この部屋で九重先輩に何をするかわかりませんよ」
どうまた、九重先輩にキスを拒まれるだろうと思い込んでいる七森。
からかうだけのつもりだった。
九重は恥ずかしがって、七森の胸を押して逃げ出すだろうと思っていた。
それなのに――
九重「自分だけが野獣になると思うなよ」
ベッドサイドに座ったままの九重の両手が伸びてきて、立っている七森の頬を挟み込む。
九重に引き寄せられる七森の顔。
九重は目をつぶり、自分から七森にキス。
キスを奪われると思っていなかった七森は、驚きのあまり目を見開いたまま唇を重ねた。
七森の頬から手を離し、ゆっくりと目を開けた九重。
ベッドサイドに座ったまま、唇にこぶしを当て恥ずかしそうにうつむきだした。
九重「想像以上に……幸せすぎるんだけど……」
めいっぱい照れている九重が可愛すぎて、七森の理性が脳内のカニのはさみでブチ斬られた。
無表情で九重の肩を押した七森。
勢いが強すぎて、九重はベッド中央で横たわっている。
理性が飛んだ七森が、九重の上に四つんばいになった。
七森「言いましたよね? キスしたら、九重先輩に何をするかわからないって」
七森の顔に笑みはない。
ベッドの上で、九重とゼロ距離になるよう覆いかぶさろうとしている。
九重(ヤバい、七森の理性をぶった切っちゃったっぽい)
身の危険を察知した九重。
九重「うわっ、ちょっと待て、落ち着けって」
九重は、手に届くところにあったカニぬいのハサミを掴む。
首筋にキスを落とそうとする七森の顔に、カニぬいを押し当てた。
四つんばいになり、顔を上げた七森。
七森の下で、九重が顔を真っ赤にして七森を見上げている。
九重は抱きしめたカニぬいのはさみで自分の口元を隠すと、恥ずかしさで顔を真っ赤に染め上げながらささやいた。
九重「心臓が壊れそう……ごめん……今はまだ無理……」
七森(だからその顔が可愛すぎなんです)
もう一度襲おうとする七森。
九重「今は無理って言ってるだろう―が!」
抱きしめ中のカニぬいのはさみを七森に突き刺し、攻撃する九重。
カニのはさみで理性をぶった切られた七森と、ぷっくり巨大カニぬいで自分を守る九重。
九重がまとっている羞恥心の甲羅が脱げるのは、もう少し先になりそうです。
【不愛想な後輩から恋色シャトルが飛んできた・完】
2025.9.27 甘沼 恋


