☆第7話☆

〇夕暮れの堤防。草が生えた斜めの土手のところで、川を眺めながら座っている九重と七森。

九重「惜しかったな」
七森「決勝に進みたかったですね」

〇数時間前、準決勝で優勝候補に負けた時の過去回想。
 3セットまでもつれ込んだが、最後は九重と七森のどっちがとるか迷う絶妙なネット前にドロップを落とされた。
 二人同時に前に走り、手足をめいっぱい伸ばしたが届かず。
 シャトルがコート内に落ちた。試合終了。めいっぱい悔しがる二人。

 回想終了。

 草むら斜面には、二人の横長バドミントンバックが並んで夕日を浴びている。
 
九重「あぁもう、悔しすぎる。今ごろ相手の弱点がわかっても遅いっつーの。なんでそこにスマッシュ打ったんだよって、試合中の俺にシャトルをぶつけたい」

 悔しさで、草をちぎっては投げちぎっては投げをしている九重。

七森「俺のせいです。親に見られていると思ったら体が動かなくなってしまって。1セット目をとられたのが致命的でした」

 隣に座る七森が心の底から落ち込んでいる。
 七森はひざに腕を巻き付け、九重と反対向きになるようにひざに片頬を鎮めている。
 傷つく七森を見て、心が痛む九重。
 励ましたくて顔に笑顔を貼り付けた。

九重「負けたのはすっげー悔しい。でもさでもさ、めちゃくちゃ楽しかった」

 弾む声に、顔をあげた七森。
 九重は腕大振りのジェスチャー大き目で、ハイテンションに話す。

九重「快感だった。初体験だった。味方なのに七森と戦ってるようなあの高揚感。プレイ中の七森、めちゃくちゃカッコ良すぎなんだもん。七森のスマッシュで1点取れた。やったぁ。でもなんか悔しい、俺も1点取る。七森より活躍してみせる。って、変なアドレナリンがドバドバ大放出って感じで。ダブルスはペアとの一体感が大事なのに、自己中な試合をしちゃってたよね、ほんとごめん。でもめちゃめちゃ快感で、バドが楽しくてしょうがなくて、ペアが七森だから得られた快感だった。ありがと、俺を異次元のワクワクに誘ってくれて」
 
 暗い顔のまま九重を見た七森が、重い口を開いた。表情は暗い。

七森「俺もです。体の全細胞が震えるくらい心躍る試合でした。九重先輩が活躍できるように試合を組み立てるのが俺の役目だったのに、自分が点を取ることしか考えられなかった。九重先輩と戦ってる気分に俺もなっていました。九重先輩に負けたくなくて、エースを取りたいからスマッシュをバンバン打って、俺自身が点を取りたくて。ほんと自己中で最悪だったなって、今振り返っても思います」
九重「なんだ、同じことで落ちこんでたんだ」
七森「俺の方が重症というか、罪が重いですけど」
九重「でもさ優勝候補にここまで悔い下がれたのは、自分が活躍したいっていうワガママから生まれた奇跡の連係プレイだったんじゃない?」
七森「……」
九重「俺と組んでくれてありがとう。俺とバドミントンをするために同じ高校に入ってくれてありがとう。小4の時、七森は小3だったけど、俺と出会ってくれてありがとう」

  夕日で赤く染まる九重の笑顔がキラキラで優しくて、胸がキュンとする七森。

七森「カニ……レンジャーですから……」
 
 三角座りで九重の方を向き、恥ずかしそうに染めた方頬をひざに押し当てながら、片手ピースでカニカニと第二関節を曲げ伸ばしする七森。

九重「カニカニ」
 
 嬉しくなった九重も、白い歯が見える全開笑顔でカニカニピース。
 九重が可愛く映って仕方がなくて、七森は真っ赤になった顔を隠すため口元に手を当てぼそり。

七森「……可愛すぎませんか///」
九重「ん?」
七森「……なんでもないです///」

 恥ずかしさでひざに頬をうずめ、心の中で唸る七森。

七森(二人だけの秘密のサインが恥ずかしい。でも嬉しくてたまらない。九重先輩の特別は俺だって勘違いしそうになる。恋人でもないのに)
 
九重「でもさ七森のお父さんたちは、俺たちの負け試合を見てがっかりしただろうな」
 
 落ち込む九重。
 『絶対に勝ちます』と、2階の観客席フェンス前に立つ七森両親にたんかを切った自分を思い出す。

九重「七森がバドミントンの強豪校に編入させられたりしないよな。一緒にバドミントンができなくなったら、俺――」
七森「悲しいですか?」
九重「そりゃそうだよ。七森が寮を出て、高校も別々になって、一緒にバドミントンができないってなったら、七森の家に怒鳴りこみに行くからね」
七森「近所迷惑です」
九重「冷たい返し。そこは感激するとこ」
七森「もちろん嬉しいですよ」
  (だって俺はあなたと一緒にバドミントンをしたくて、厳しい特訓に耐えてきたんですから)

九重「菓子折りを持って七森の両親に土下座しに行こっかな。先手必勝じゃん。お宅のお子さんの首にいつかピカピカな金メダルをかけると約束しますって床に頭をこすりつければ、わかった、二人で頑張りなさい、ってなるかも。いや、ならないか。試合会場であんなに怒ってたし。そんな甘くなさそう。あぁ、ほんとどうしよう」
 
 唸りながら頭を抱え、バタンと草むらに寝ころんだ九重。
 
七森(フフフ、発想がぶっ飛びすぎ、かわいい)

 七森は心の中で微笑むも、表情を引き締めスマホ画面を仰向けの九重の前に突き出す。

七森「見てください」
九重「あっ、カニのステッカー」

 土手に仰向けのままスマホカバーを指さした九重。
 カニのステッカーを挟んでいるのがバレ、恥ずかしくて慌てる七森。

九重「俺とのあの出会いからカニが大好きになっちゃった? 言ってよ、そういうのは。アハハ、七森ってほんとかわいい」
七森「見て欲しいのはそこじゃなくて!」

 恥ずかしすぎて、七森は照れ吠え。

九重(俺との思い出を大切にしてくれてありがとう)
 
 しみじみと喜びをかみしめた後、スマホのメッセージアプリの文字羅列を目で追う九重。

律希【決勝に進めなくてごめんなさい】
  【でもバドミントンを続けさせて欲しい】
  【九重先輩と上を目指したい】
  【お願いします】

九重(律儀だな)

父 【父さんと母さんで、ミックスダブルスの試合に出ることにした】
律希【俺が生まれる前に、二人ともバドミントンの試合に出るのはやめたんじゃないの?】
父 【自分たちが叶えられなかった夢を律希に押しつけていたって気がついた。がむしゃらにシャトルを追いかける律希を見て、何も努力していない自分達が恥ずかしくなった】

九重「え?」

 目が飛び出ることが書いてあり、上体を起こし、七森からスマホを奪って食い入るように画面を見る。

父 【母さんも反省してる。なんでもっと律希を褒めてあげなかったんだろう。結果じゃなく、律希の努力を認めてあげるべきだったって】

九重(よかったな、七森)
 
 七森の両親の態度が変わり、お兄さん顔で頬が緩む九重。

父【大事なことに気づかせてくれたペアの先輩にも感謝をしてる。酷いことを言ってすまなかったと、代わりに謝って欲しい】

九重(感謝? 俺の方こそ謝らなきゃいけないのに)

父 【父さんたちもバドミントンを頑張るから、律希も今いる場所で努力を続けなさい。ペアの先輩を大事にするように】
律希【ありがとう】
父 【律希と父さんと母さんの3つのメダルを、いつか我が家のリビングに飾ろうな】
律希【父さんたちは俺の同志で俺のライバルだね】
父 【生意気】

 読み終わった九重は嬉しさと感動のあまり、七森のスマホをおでこにくっつけ震えている。

九重「よかったな。七森の頑張りを認めてくれて。本当に良かった」

 心の底から喜んでいる九重を見て、七森はジーンとなる。

七森「九重先輩のおかげです」
九重「俺は生意気に吠えただけだよ」

 立ち上がる九重。
 座っている七森に手を差し伸べる。

九重「これからもよろしく」

 ニコっと微笑む九重。
 夕日に照らされた川辺の土手。
 さわやかな風が吹く中、二人は晴れ晴れとした顔で握手を交わした。

 握手をしたまま、斜面に座る七森が悪い笑顔を浮かべた。
 目の前に立つ九重の腕を引っ張る。
 同時に七森は背中を草むらにつけ、仰向け状態に。

九重「うわっ」

 バランスを崩した九重が、七森に覆いかぶさった。
 伸びた七森の両足を挟むように立膝をつき、両手は草むらに。
 キスしそうなほど近くに七森の顔が迫っている。

 恥ずかしくなった九重は起きあがろうとした。
 だが七森の右手が首に巻きついてきて、九重は逃げられない。
 強い力で引き寄せられ、九重はうつ伏せで斜面に寝ころぶ七森に抱き着いている状態に。
 九重の顔は七森の顔の隣にある。
 

九重「放せ」
七森「誰もいませんよ」
九重「見られるのが恥ずかしいんじゃない。なんで俺が抱きしめられてるの?って話」
七森「不快ですか? 俺はずっとこうしたかったんですけど」
九重「俺と? 意味がわかんない。クラスの可愛い女子といちゃつきたいの間違いだろ」
七森「俺の目には九重先輩が女子より可愛く映るんです。小3のあの日からですよ。俺の愛い感覚を狂わせた責任、とってくれますよね?」

 色っぽくオスっぽく悪っぽい声に、胸がキュンとうずいた九重。

九重「クール王子の狂言に優しさを加えるだけで告白に聞こえる俺の耳、病院直行レベルにやばいかも」
七森「告白に聞こえる? 鈍感なんですね。フフフ、可愛い」

 耳元で甘くささやかれ、さらに心臓が跳ねあがる。

九重「耳に息を吹きかけないで」
七森「鈍感な九重先輩が俺の愛を信じられるようなことを、今この場でしてもいいですか?」
九重「は? 何をする気?」

 てんぱる九重。
 七森は上体を起こすと、草むらの斜面で九重を仰向けにさせた。
 草むらに沈む九重の両手首をつかみ、膝をつき、今度は七森が九重に四つんばいで覆いかぶさる。
 九重が見上げると、七森の王子様顔が真上に迫っている。
 ガンガン上がる九重の顔面温度。

七森「好きです」

 七森の真剣な瞳が、九重をの目を射抜いている。

七森「カニの甲羅よりも固い絆で九重先輩と結ばれたい。キレッキレのハサミでも切れない運命の真っ赤な糸で、九重先輩と繋がっていたい。九重先輩を一生独占する権利を俺にください」

 七森の真剣な告白に、心臓が逃げ出しそうになっている九重。
 
九重(心臓バクバクははおかしい。俺は七森が好きなの? そりゃ七森に彼女ができたらショックだけど。違う違う、これは恋愛感情じゃない。俺が七森を好きだなんてありえない)

 七森の唇が迫ってきて、ハッとして、ドキドキ過多の九重。
 
九重(キスされそう? 嫌じゃないけど……)
  (って、嫌じゃないってなんだよ。俺が七森を好きって証明されちゃったじゃん)

 戸惑いながらきつく目をつぶる九重。
 吐息がかかる距離まで七森の顔が迫る。
 九重はドキドキで目が回りそうになっている。

 唇が触れ合う直前、「うわー」と叫びながら九重は七森を手で押しのけ立ち上がった。
 真っ赤な顔でてんぱりながら、七森に人差し指を突き出す。

九重「おっ、俺たちはライバルだからな! 今日の試合の決着は、まだついてないんだからな!」

 草むらに両手とお尻をつき、恥ずかしさで吠えまくる可愛い九重を見上げるように見つめる七森。

九重「俺と付き合いたかったら、バドミントンで俺をぼっこぼこにしてみろ。バドミントンで俺が七森に惨敗したら、この先絶対に七森には勝てませんって俺が白旗を振ったら、下僕でも恋人にでもなってやる! でもでも俺は七森に負ける気はないからな! 七森以外を好きになるつもりもないからな! カニのはさみでも切れない運命の赤い糸をぶっとく紡いで待ってるから、他の子を好きになんて絶対になるな」

 てんぱり、目が回り、何を言っているのか自分でもわからなくなっていた早口機関銃の九重。

九重「俺だって七森のことが――」

 ここまで言って、自分がとんでもないことを口走ったことに気が付いた。

九重(うわぁぁぁ、これって告白じゃん)

 極度の恥ずかしさに襲われ、九重は大きなバドミントンラケットを肩にかける。

九重「先に寮に帰る」

 九重は逃げるように、七森の前から走り去った。
 ぼーっとしながら、九重の背中を見つめ続ける七森。
 九重が視界から消え、斜面の草むらにひざを抱えて座りながら、最高潮なほど顔を真っ赤に染め上げている。

七森(運命の赤い糸って……そのテンパり可愛すぎなんだけど……)

 嬉しさでバクバクの心音を聞きながら、真っ赤な顔の口元を手で覆う七森なのでした。




〇秋、体育館で部活の練習中。
 高3が引退したあと、高2の九重がバドミントン部のキャプテンをしている。
 休憩で各々がドリンクを飲んだりストレッチをしている中、九重が大声で片手をあげた。

九重「集合」
部員「はい」

 九重を半円で囲むように集まった部員たち。
 キリっとした表情で、九重が指示を出す。

九重「1年はクリア・サイドレシーブ・スマッシュ、プッシュの連続ノック。試合で相手がどこにいてどこに打ちこめめば自分たちが有利になるのか考えながら挑むように」
2年「はい」

 真剣な顔で九重の指示を聞いていた七森が、誰よりも凛とした声で「はい」と答えた。
 やる気みなぎる七森が頼もしくて、(成長したな)と満足げにうなづく九重。

九重「そのあとは、1年で考えた練習メニューをこなすように」

 1年から離れたところにいる2年集団のところへ向かった九重。
 藤森は床に両手とお尻をつき、九重を見上げている。
 
藤沢「俺らは?」
九重「2年は外周ランニング」
藤沢「えー、シャトル打たせろ」
九重「バドミントンは体力勝負。試合後半でバテたくなかったらとにかく走る」
藤沢「わかってるけどさ、走りこみなんて部活が終わってからでもできるだろーが」
九重「聞き分けが悪いバドミントン界の野獣はムシムシ。持久力つけに行くよ」
2年部員たち「1年に負けたくないしな」
      「頑張るか」

 立ち上がった藤沢。

藤沢「俺が一番早く走りきってやる」
九重「悪いけど、藤沢には負けないよ」
藤沢「ククク、可愛い顔のわりに負けず嫌いなんだよな」

 藤沢は九重を横だきするように腕を肩に絡め、反対の手で九重の頭をグリグリした。

九重「やめろって」

 本当に嫌がっている九重。
 離れたところにいる七森には二人がじゃれ合っているように見え、面白くない顔で九重と藤沢を見つめている。

 不機嫌な七森に気づいた藤沢。
 七森に勝ち誇ったイヒヒ笑顔を飛ばす。
 イラついた顔で、ぷくっと片頬を膨らました七森。

藤沢(ほんとからかいがいのあるカップルで。って、まだくっついてないんだっけ)

 七森と九重をいじるのが快感で、藤沢はさらに笑顔になった。

 ランニングに向かう途中、コートわきを歩く九重と藤沢。
 大人びた顔の九重が、七森を目で追いながら藤沢にコソコソ話。

九重「1年だけでの練習時間を確保してあげたかったんだ」
藤沢「学年リーダーになった七森を育てたいっていう親心?」
九重「違う……、って言い切れない微妙な突っ込みやめて」
藤沢「変わったよな、あいつ」

 シャトルがたくさん入ったカゴを持ち、コートに入っていく七森。
 七森の周りを1年たちが囲んでいる。
 部員と笑顔でしゃべる七森を見て、よかったなと心が温かくなる九重。

藤沢「入部当時はコミュ力が壊滅的で、話しかけても目すら合わせてくれなくて、俺は先輩だぞ! その態度は何だ! ってムカついた時もあったけど」
九重「あれから半年か。部員たちと笑いあってる」

 落ち着いた声で嬉しさを噛みしめる九重をいじろうと、ワクワクの藤沢。
 
藤沢「なに? 嫉妬? 俺の彼氏を取らないで的な」
九重「いつも言ってるだろ。俺と七森は部活の先輩後輩で、ダブルスのペアで、寮の部屋友ってだけ」
藤沢「部屋に二人きりの時は、律希(りつき)灯真(とうま)先輩って呼び合ってたりして」
九重「そんなことない! けど……願望的には、ないわけじゃなくて……」

 吠えていたのに図星だったのが恥ずかしくて、後半は藤沢に聞こえないくらいボソボソ声になった九重。

藤沢「知ってた? 友達以上恋人未満ってモロイ関係なんだぜ。気づいた時には、相手に恋人がいて失恋しました、なんで俺はもっと早くに告白しなかったんだろうって、大泣きするパターン。切なくて、泣きキュンドラマ作れるわ。監督は俺。捨てられ主人公の名前は、九重灯真」
九重「リアルな脳内失恋やめい、あせるじゃん」
藤沢「七森を好きって認めたことになりますぜ、お代官様、イヒヒヒヒ」
九重「いつ俺がキンキラ小判をちらつかせて悪知恵を働かせたよ」
藤沢「ウソウソ、オマエはいつだって心が清らかな天使だよ」
九重「思ってもないくせに」
藤沢「バレた?」
九重「ムッ」

 ほっぺぷっくりの尖りと可愛さを掛け合わせた九重。

藤沢「睨むなって、アハハ」
九重「藤沢!」
藤沢「俺はおまえのことを天使だって思ったことはない。そんなメルヘンチックな妄想をする趣味もない。でもさ、あいつは違うんだろうな」

 大人っぽく落ち着きのある表情で、藤沢が七森を見た。
 
藤沢「七森を変えたのは間違いなくお前だし、七森を救ったのもお前、七森に必要なのもお前。で、その逆もしかり」
九重「……なっ」

 嬉しさとくすぐったさで、目と口をガバッと開けた九重。

藤沢「七森が好きなくせに、七森を誰にも奪われたくないくせに、なに恋愛に興味ありませんみたいな顔でバドしてんの? ドロドロな独占欲、隠し通せてるって自負してるのかもしんないけどバレバレだからな」

 七森が好きという想いを言い当てられ、恥ずかしすぎてうつむく九重。

藤沢「友達以上恋人未満なんてモロイ関係、今すぐスパッと切断してこい」
九重「今?」
藤沢「七森ファンに取られないうちに」

 藤沢が体育館の2階通路をあごで刺した。
 九重も視線を上げる。
 カッコいい七森を見ようと、たくさんの女子が集まっている。

 藤沢に背中をドンと押され、前によろけてコートに足を踏み入れた九重。
 何するんだ!と言わんばかりの顔で振り返る。
 「頑張れ」と言いたげに、藤沢が好感度が高いお兄さん笑顔で九重に微笑んでいた。

 九重は七森を静かに見つめ、凛とした顔でこぶしを握り締めた。
 コートの中央に立つ七森。
 ノック練習のためシャトル上げをしようと、シャトルがたくさん入ったカゴの取っ手を握りしめている。
 彼の周りには1年が数人いる。

 七森に近づく九重。

九重「七森、ちょっといい」

 耳に唇を近づけ、片手で七森の耳を隠し、コソコソと照れ声をささやく九重。

九重「俺の恋人になって」
七森「え?」

 七森が目を見開いた。
 あまりに驚きが強すぎて、七森は持っていたカゴを落としてしまった。
 床にシャトルが散らばっている。

 みんなが集まって来て、九重と七森のすぐそばでシャトルを拾い始めた。
 この状況がみんなにバレないかドキドキの七森。
 放心状態で立ち尽くすことしかできない。
 七森がドキドキしているのがあまりにも可愛すぎて、九重はこのスリリングな状況を楽しんでいる。
 
九重「返事は?」

 九重の挑発的な声に、みんなが七森と九重を見た。
 なんの会話をしているか、みんなはわかっていない。

 みんなにバレるのは恥ずかしい七森。
 でも九重と付き合いたい。
 嬉しすぎる。
 この気持ちを九重に伝えたい。
 
 七森は落ちているシャトルを一つ、ラケットで救い上げる。
 コルク部分を手で持ち、九重先輩にシャトルを軽く投げつけた。

「付き合ってくれないの?」という意味を込め、九重は悲しそうな顔で人差し指で×を作る。

 手で真っ赤な顔を隠した七森は、右手だけを九重に向けピースでカニカニ。
 そのあと両手カニピースを逆さにしてくっつけ、九重だけに見えるように指でハートを作っている。

 告白成功の証。
 九重は真っ白な歯を見せながらニカッと笑って、顔の横両手ピースでカニカニ。

 離れたところで、壁に背中をあずけ腕組みしながら立っている藤沢。

藤森(部活中に二人だけの世界に入りやがって。でもまぁ、お幸せに)
 
 藤森は恋のキューピットになった気分で、ニヤニヤしながら二人を見守った。