☆第6話☆
〇第二試合は2・3セットをとって、九重・七森ペアの逆転勝ち。
九重「やったぁ」
あまりの嬉しさに、ラケットを持ったまま九重は七森に抱き着いた。
後ろから。片腕だけを七森の首にや胸に絡みつけてガバッと。
七森はドキッとするも、コート上でたくさんの目があり平然を装うことに。
でも七森の顔は真っ赤で、口元が緩んでしまう。
試合後、二人のもとに藤沢がやってきた。
藤沢「おまえらさ、ハラハラする試合すんなよ。1セット目なんだった?」
九重「うまくかみ合わなかっただけ」
藤沢「声が全然出てなかった。静かすぎてお通夜かと思った。手を合わせそうになった」
九重「2セット目からは通常運転に戻ったでしょ」
藤沢「練習ん時以上のコンビネーションでビビったわ。1セット目の後、なんかあった?」
七森を見て嬉しそうに笑う九重。
九重「カニレンジャー復活、てきな?」
「ねっ」と九重にニコっと微笑まれ、恥ずかしそうに頬をかく七森。
七森「(恥ずかしすぎてうつむきながらぼそり)最強のバディなんで」
藤沢は二人の顔を交互に見て、ひと吠え。
藤沢「意味わかんねー。おまえらの世界から俺を締め出すのやめい!」
九重は照れながら、さわやか笑顔でニカッ。
九重「小学校の時と変わらず、リッキーとバドミントンするのめっちゃ楽しい」
それを聞いて嬉しくなった七森。
喜びを無言で噛みしめたくて、おでこに手を当て目をつぶっている。
藤沢「おまえら知り合いだったんかい!」
九重と七森が視線を絡め、九重は嬉しそうに笑っている。
七森は恥ずかしそうにうつむいている。
藤沢「なんだよ、そういうのは言えよ、教えろよ」
九重「(冗談ぽさに色気をあえて混ぜ込んで)ダーメ。俺とリッキー以外、部外者立ち入り禁止区域に指定されてるんだ。ほんとごめーん」
藤沢「なんか腹立つ」
吠える藤沢を見て、ケラケラ笑っている九重。
自分との思い出を大事にしてくれている気がして、七森は嬉しくなる。
〇コートに立つ九重と七森。
第三試合は好発進。
相手のミスを誘発して、チャンス羽を相手コートに打ち込み得点を重ねていく。
第三試合も勝った。大喜びの九重。
〇準決勝
九重「次はいよいよ準決勝だ」
七森「相手が優勝候補であろうが、自分たちのバドミントンをするだけです」
藤沢「うちの学校で勝ち残ってるのは、九重・七森ペアだけなんだ。俺たちの悔しさを背負って思う存分暴れてこい」
九重「おう」 七森「はい」
九重「頑張ろうな」
七森「絶対に勝ちましょう」
顔を見合わせ、グータッチをしている九重と七森。
藤沢(俺とペアを組んでた時より、九重が生き生きしててムカつく)
(けど、お前らのことは応援したくなっちゃうんだよな)
(頑張れ)
悪っぽい顔だけど、口元に笑みを浮かべている藤沢。
〇準決勝の試合開始。
さすが優勝候補、最初から苦しい展開になる九重たち。
強敵相手に負けてはいるものの、九重たちは諦めていない。
九重「次、一本取ろう」
七森「逆転しましょう」
キリっとしたオス顔で、汗を飛ばしながら真剣に戦っている。
サイドラインぎりぎりにスマッシュを打たれ、七森が長い足を出しなんとか拾った。
相手のコートに飛んで行ったシャトルはコートの奥までは届かず、相手がエースを狙えるチャンス羽に。
鋭いスマッシュを打たれるも、九重が素早く反応してネット前でラケットを上げスマッシュを止めた。
敵ペアの真ん中に落ち、二人とも取りに走ったためお見合いをして崖ッと同士がぶつかり合いシャトルは床に落ちた。
九重「よし」
七森「ナイスです」
九重「七森も」
二人とも良い笑顔。
でも苦しい試合展開が続く。
七森(さすが優勝候補。どこにスマッシュを打っても決まらない。相手を崩して九重先輩にチャンス羽をプレゼントしたいのに、敵の弱点が見つけられない)
(でもなぜだろう。こんなに苦しい試合なのに楽しくてたまらない。九重先輩の表情もキラキラしてる)
七森が白い歯を見せて笑った。
彼を見て、九重も嬉しそうに笑っている。
バドミントンラケットのガットを指で整えながら、九重が穏やかな表情で口を開いた。
九重「ずっと不思議だったんだ。バドミントンをやってる知り合いが一人もいないのに、なんで俺はバドミントンを始めたんだろうって。友達と一緒にサッカーや野球をしててもおかしくなかったのにさ」
七森「……」
九重「今日のためだったんだろうな。七森と強い敵に挑むため。俺、バドミントンやっててよかった」
白い歯を見せながら全開で笑った九重。
九重「苦しい試合が楽しくてたまらないなんて、七森とだから得られる快感だと思う」
嬉しいことを言われ、恥じらい色づく頬と口元を手のひらで隠す七森。
七森(絶対に勝つ。九重先輩のためにも)
気合を入れなおし、藤森は試合に臨む。
点を取り取られのシーソーゲームだが、勝ちを信じて思いきりプレイをする二人。
七森(九重先輩が前衛で点を取れるように、俺が後衛でアシストしなきゃ)
ネットを小さく超えたシャトルを、九重が相手のネットスレスレに落ちるようにヘアピン。
敵が思いきり足を広げて前に取りに行く。
床ギリギリでガットの上にシャトルがのるもネットにかかった。
九重・七森ペアに点が入る。
七森「九重先輩、ナイスプレイ」
九重「(ガッツポーズをしながら)よし」
今のプレイを誉めようと、九重に近づく七森。
七森「今のヘアピン、勢いの殺し方が神ですよ」
九重「ゴッドオブザヘアピンと呼びたまえ」
七森「(口元を緩ませながら)命名がダサすぎですが」
体重をのっけながら、九重が腕を七森の腕にぶつける。
九重「うるさいー」
七森「アハハ」
本当に楽しくてたまらなくて、七森が心から笑っている。
そんな七森を見て、九重も真っ白な歯を見せながらヤンチャスマイルを光らせた。
七森(やっと2点先取した。この流れに乗って、もっと点差を広げていこう)
満足そうにうなづいた七森だったが――
七森「え?」
2階の客席、鋭く冷たい表情で自分を見ている40代半ばの男性女性を発見。
七森の表情に絶望が走る。
七森(なんで両親が?)
ラケットを持つ手が震えだした。
動揺したまま、七森は背中の後ろで九重だけに見えるようにサインを出す。
九重(ショートサーブね、了解)
ショートサーブからの鋭いネットプッシュに備えて守っていた九重。
九重(えっ、ロングサーブ? サインと違う)
七森が打ったサーブはショートではなく、高く上がったロングサーブ。
予想外のサーブに、九重の動きが鈍る。
動揺したのち、相手のスマッシュを前衛で止めようと九重は遅れてネット前に入った。
九重(ダメだ、届かない)
読みが外れ、九重が守っていない右側を相手のスマッシュが通過していく。
九重「お願い!」
(大丈夫、七森なら簡単にとれるはず)
そう思ったのに、七森は一歩も動けなかった。
早いスマッシュは七森の横の床に突き刺さり、シャトルが床に転がっている。
敵「うおぉぉぉ!」
敵「1点返した!、ヨッシャー」
雄たけびをあげる敵ペア。
青ざめた顔で震える手を見つめる七森。
異変を察知した九重は、七森に駆け寄った。
九重「七森?」
七森「……すみません、サーブ」
九重「俺もごめん。前衛で止めなきゃだったのに、読みをまちがえた」
悔しさで唇を噛みしめる七森。
七森(九重先輩のせいじゃない)
七森はコート上から、もう一度2階の観客席を見る。
息子のプレイが納得いかないという般若顔で、両親が七森を睨んでいた。
背筋が凍り付く七森。
息子にガミガミ怒鳴りまくる、両親を思い出す。
〇過去回想。九重と出会う前の小3の頃の七森。
試合で負けた直後、コートサイドで両親に怒鳴られている。
父『なんでスマッシュが取れなかったんだ』
母『フットワークが遅い。だから、何度同じことを言わせるのよ!』
父『また試合で負けやがって』
母『お父さんとお母さんの子なら、もっと強くなれるはずでしょ! がっかりさせないでちょうだい!』
子供の頃のトラウマが蘇り、呼吸が乱れ軽い過呼吸気味に。
七森(両親に認めてもらいたくて、俺なりに頑張ってきたのに)
めいっぱい悔しい顔で、七森はげんこつで自分の太ももを殴る。
普段の冷静さを欠いた七森を見て、九重は心配になる。
九重(どうしたんだろう)
七森は疲れた顔で、肩で息をしながらうつろな目をしていた。
九重(こういう時は俺がフォローしなきゃ)
九重「俺たちがバディを組むと最強だってこと、証明しような」
九重がさわやかな笑顔で両手ピースのカニポーズをいするも、七森は余裕なくうなづくだけ。
焦点が定まっていない。心ここにあらずという感じ。
試合再開。
七森の調子が崩れ、連続失点。
九重と七森のコンビプレイもかみ合わず、苦しいゲーム運びに。
九重たちはなんとか食らいつくも、1ゲーム目を落としてしまった。
1ゲーム後、視線が定まらず無気力ぎみでコートの外に向かう七森。
九重「惜しかったな。つぎつぎ。2ゲーム目を取る作戦を考えよう」
七森の横を歩きながら、九重が七森を励まそうと笑顔を振りまく。
九重(あの時ボディスマッシュを返せていれば。後衛の七森が楽できるように、前衛で俺が止めていたら。悪いのは全部俺だ。先輩なのに情けない)
試合でダメだった部分ばかり思い出し、九重も心が沈んでしまう。
落ち込んだ顔で二人してコートの外に出た時だった。
コートサイドの上にある2階の観客席の通路から、怒号が降りかかってきたのは。
父 「何、見苦しい試合をしてるんだ!」
母 「足が動いてないじゃない!」
父 「高校生の遅いシャトルがなぜ取れない!」
母 「相手はプロでも何でもないでしょ! やる気を出しなさい! ほんと情けない!」
七森も九重も斜め上を見る。
40半ばくらいの男女が、お揃いの青ジャージを着て、鬼の形相で七森がいる斜め下に向って怒鳴っている。
九重「あの二人って……」
青ざめた顔の七森がボソリとつぶやいた。
七森「父と母です」
九重「七森がバドミントンを嫌いになった元凶?」
七森「怒鳴られてばかりで、褒められた記憶はありません」
上からガミガミと七森に対しての文句を言いまくっている両親。
父「律希が言ったんじゃないか。県大会で優勝してみせるから、県外の高校でバドミントンさせて欲しいって。それなのになんだこのざまは」
母「やっぱり私たちの近くに置いて、練習を監視するべきだったわね。バドミントンの練習をさぼっているのがまるわかり。がっかりだわ」
九重(なんだ、この父親と母親は)
(今の試合のどこを見ていた? 七森のすごいプレイがたくさんあっただろ)
(知らないくせに。七森がどれだけ必死にバドミントンの練習をしているか)
(朝夕の走り込みだってしてる。図書室ではバドミントンの本を読んで戦略を学んだりもしている)
(なんで息子の頑張りをほめてあげないんだよ。悪いとこしか目に映さないんだよ。そんなんだから、七森がバドミントン嫌いになったんだろーが)
うつむきながら、燃えたぎる怒りでこぶしを震わせている九重。
七森「巻き込んですみません。監督のところに指示を仰ぎに行きましょう」
監督の方に向かう七森。
普段クールな七森が怯えたように落ち込んでいて、彼を見て心が痛みまくってしまう。
たまらなく苦しい表情を浮かべる九重。
九重「七森」
悲しみに満ちた声が背中に届き、七森は振り返った。
そこには悔しさと悲しみを噛みしめているような、泣きそうな顔の九重がいた。
気落ちした姿に、なぜ九重先輩がこんな苦しそうな顔をしてるのかと七森は不安になる。
九重「あの時はごめんね」
七森「えっ、あの時って」
九重「七森と初めて出会った」
七森「俺が小3で九重先輩が小4の」
力ない笑顔を浮かべ、そうだよと伝えるように静かにうなづく九重。
七森「九重先輩が俺に謝ることなんて、何もなかったですよね」
九重は目を閉じ、ゆっくりと首を横に振った。
九重「俺がカニを助けてたのって、ヒーロー気分を味わいたかったからだと思う」
静かに話しだした九重を、うつろな目で見つめる七森。
九重「でもあの時、俺が最優先で助けなきゃいけなかったのは七森だったんだよ」
七森「え?」
九重「七森が母親に連れていかれた時、行くなって腕を掴めばよかった。七森が直接怒鳴られないように、両手を広げて盾なってあげればよかった。酷いことを言うなって、七森のお母さんに文句を言えばよかった。七森はあんなに辛そうな顔をしていたのに。俺にSOSを出してくれていたのに。ごめんね、何もしてあげられなくて、助けてあげらえれなくて、本当にごめん」
何もしなった過去の自分を恥じ、苦しそうな顔で謝る九重。
七森「九重先輩」
自分のために傷ついている先輩を見て、七森も心が痛んでしまう。
九重「同じ過ちは繰り返さない」
落ち込んでいた九重が、表情を一変させた。
瞳に力が宿り、表情がキリっとして、覚悟を決めた男らしい顔になっている。
表情の変化に驚く七森。
九重は力強い目で七森を見た。
九重「今から俺がすることは自己満足以外のなにものでもない。小4の時の罪滅ぼしで、自分の心を楽にしたいだけ」
七森「何をする気ですか?」
九重「人として失礼なことをするけど、見守っていて欲しい」
自信喪失中で両親に植え付けられたトラウマから未だ震えが止まらない七森は、ただただ九重を見つめることしかできない。
九重は七森の両親の真下あたりに進むと、真剣な顔で深く頭を下げた。
九重「お願いします。体育館から出て行ってください」
目を見開いた七森。
そんな失礼なことを言われると思っていなかった両親は、噴火したように怒りだす。
父 「息子を応援するために、県外からわざわざ来てやったんだぞ!」
母 「それなのに出ていけだなんて、ほんと失礼な子。親の顔が見てみたいわ」
父 「言っとくけどな、オマエがペアだから、律希が実力を出せないんだ」
母 「律希は1歳からなどミントンをしているの。私たちが時間とお金をかけて叩き込んだの。律希のバドミントン人生を台無しにしてるのはあなたでしょ」
七森「なんだと」
大好きな九重の悪口を言われ、両親に怒りだす七森。
九重は腕を出し、両親にキレそうになっていた七森を制止させた。
穏やかな表情で、九重が七森に向って首を横に振る。
行き場のない怒りが燃え滾ったまま、七森は2階にいる両親を睨みつけた。
九重はもう一度、七森の両親に深く頭を下げた。
九重「体育館から出ていけは言い過ぎでした、すみませんでした」
怒ってもおかしくない状況なのに、冷静になって頭を下げている九重に驚く七森。
九重「この試合、絶対に勝ちます。だからお願いします。律希くんを信じてあげてください。静かに俺たちの試合を見守っていてください」
顔を見合わせた両親。
九重「この通りです。お願いします」
さらに深く頭を下げた九重。
九重の近くにいる観客が、2階の客席通路と1階のコート横のやり取りを見てざわつきだした。
周りの視線が気になった七森の両親が、気まずくなって焦りだす。
父 「絶対に勝てよ!」
母 「律希、私たちが恥をかくような試合をしたらただじゃおかないから」
2階のフェンス前通路に立っていた両親が、怒りメラメラのまま観客席の階段を上っていく。
ドアに近い上の方で、静かに座り始めた。
七森「両親が失礼なことを言ってすみません」
九重「俺の方こそ、七森の両親を怒らせる言い方をしてごめん。でも許せなかった。親ってなんで子供の頑張りに目を向けようとしないんだろうな。俺も親に怒鳴られまくったよ。うちは勉強しろだったけど」
七森「俺と重なったんですね」
九重「テストの点しか見ない親でさ、どんなに頑張ってもほめてくれなくて、なぜこんな簡単な問題をまちがえた、できて当たり前だろって怒鳴られてばっかで。家にいたくなくてバドミントンをはじめたんだ。あんなちっちゃいカニたちは勇気を出して冒険してたのに、俺は情けないけど現実逃避。昔からメンタルが弱くて嫌になる」
七森「……」
九重「でもさ逃げることって必要だよね。逃げてバドミントンを始めたから、こうして七森と同じコートに立ててる。一緒にバドミントンが楽しめてる。親に歯向かった小2の自分を誉めてあげたい」
七森「九重先輩」
七森を元気づけるように、七森の肩に手を置き対面で目を見つめる九重。
九重「七森のすごさは俺がちゃんとわかってる。努力してる姿もたくさん見てきた。七森のバドミントンはすごいってこと、俺たちは最強バディだってこと、二人で証明しよう」
七森「はい」
〇2セット目開始。
1セット目は相手にとられたので、このセットを落とすとこの試合で負けてしまう。
後がない二人。
一進一退のシーソーゲーム。
長く続くラリー。
スマッシュやネット前プッシュで相手を攻撃しても決まらず、返されてしまう。
九重(あれ?)
苦しい戦いをしているはずなのに、口元が緩み笑みがこぼれる。
今まで感じたことのない高揚感で、なぜか心が弾んでいる。
九重(なに、この高揚感)
親へのトラウマが吹っ切れ、キレのいい動きをしている七森。
九重は汗を飛ばし全力で試合をしながら、時折七森を見ては(こいつに負けたくない)とウキウキしてしまう。
九重(相手のペアだけじゃなく、七森とも戦っている気分だ)
七森も九重と同じ高揚感を味わっていた。
七森(楽しくてたまらない。九重先輩が度肝を抜かすショットを打ちたい)
(九重先輩が点を取れるように動くのが俺の役目だと思ってきた。でも俺が活躍したい。もっと点を取りたい。九重先輩に負けたくない)
アドレナリンぶわっで、生き生きとコートを走り回っている二人。
獲物をしとめようとするハンターのように、騎士のように、オスっぽい顔で戦闘に挑んでいるも、楽しくてたまらないという感情も二人からダダ洩れしている。
観客席に座っている七森の両親。
七森父「なんだこの試合は」
七森母「こんな律希は初めて見たわ」
こんなに生き生きと、勝ちたいという執着に捕らわれながらバドミントンをする息子を見るのは初めてで、驚きをかくせぬまま両親が顔を見合わせた。
試合の合間、額の汗を手の甲で拭いながら、荒れた呼吸のまま七森にヤンチャな笑みを浮かべる九重。
九重「なんか吹っ切れた? 七森が戦場で機関銃をぶっ放つ気狂い戦士に見える」
七森「アハハ、例え酷すぎですね」
九重「んじゃ、勝ち狂いのカニ戦士って称号を与えようじゃないか」
七森「実は俺、むかし九重先輩に助けられたサワガニなんです」
九重「律儀~、恩返しに来てくれたんだ」
七森「違います、バドミントンで九重先輩をぶっつぶしに来ました」
九重「恩をあだで返すために来たんかい! アハハ、ノリ良すぎ。サワガニに憑依されてるんじゃないだろーな。カニなら笑顔で両手ピースしてみてよ」
七森「やりませんよ」
九重「サービス精神の欠如に泣いちゃうぞ」
七森「試合に勝ったら一緒に喜びましょう。カニレンジャーの最強バディとして」
九重「命名がひどすぎる」
七森「小4の時のあなたに言ってください」
九重「なんだと、生意気」
七森・九重「アハハ」
子供みたいな笑顔で、九重が七森に肩をぶつけた。
冗談を掛け合いながら、無邪気に笑いあう二人。
2階の観客席から応援している藤沢は「キラキラ笑顔のリア充たち、ほんとウザ。ハピネス色の胸やけをどうも」とぼやき、とびきり嬉しそうな顔で笑っている。
九重「よっしゃ! 優勝候補に勝って、行くぞ決勝!」
七森「はい!」
父 (笑ってる。律希が人に懐いてる)
母 (いい笑顔をするじゃない。ペアの子のおかげかしら)
尊敬と感謝の念を抱きながら、優しい顔で九重を見つめる母親。
母親(さっきはごめんなさい。ありがとう。大切なことに気づかせてくれて)
〇試合中、激しいラリーが続く。
相手も強い。九重たちも負けていない。
一点取って、取られ、必死にシャトルを追いかける4人。
七森(九重先輩に負けたくない)
鋭いスマッシュを打つな七森。
九重(七森よりすごいプレイをしたい)
ネット前に上がったシャトルに飛びつき、相手コートにシャトルを押し込む九重。
二人とも戦闘騎士のような野獣っけありのいい顔で、バドミントンの試合に挑んでいる。
大接戦、シーソーゲーム。
七森(九重先輩が点を決めた。やった、すごい、でも悔しい、今度は俺が決める)
九重(七森ばかり活躍してる。先輩の意地を見せるんだ。自分の限界を越えたい。もっともっと点を取りたい。この大会のMVPをとりたい)
二人とも自分が点を取ることに執着していたおかげで、奇跡的な連係プレイが生まれた。
九重(あれ今のって、奇跡の連係プレイ?)
七森(俺も九重先輩も自分勝手なバドをしているのに、九重先輩が次にどう動きたいかがわかる。相手の弱点も見えてる)
九重(七森と心が一つになったようなこの一体感、ワクワクと快感を通り越してもはや未知数)
七森(勝ちたい、絶対に勝つ。俺と九重先輩のすごさを、この会場にいるすべての人に知らしめるんだ)
そのあとも、白熱した試合が続く。
キラキラした表情の二人が、コートの中をかっこよく飛び跳ねている。
敵のペアも二人の感化され、がむしゃらにシャトルを追いかけている。
どっちが勝ってもおかしくない、観ている人も手に汗握るハラハラなシーソーゲーム。
準決勝の結果は――
〇第二試合は2・3セットをとって、九重・七森ペアの逆転勝ち。
九重「やったぁ」
あまりの嬉しさに、ラケットを持ったまま九重は七森に抱き着いた。
後ろから。片腕だけを七森の首にや胸に絡みつけてガバッと。
七森はドキッとするも、コート上でたくさんの目があり平然を装うことに。
でも七森の顔は真っ赤で、口元が緩んでしまう。
試合後、二人のもとに藤沢がやってきた。
藤沢「おまえらさ、ハラハラする試合すんなよ。1セット目なんだった?」
九重「うまくかみ合わなかっただけ」
藤沢「声が全然出てなかった。静かすぎてお通夜かと思った。手を合わせそうになった」
九重「2セット目からは通常運転に戻ったでしょ」
藤沢「練習ん時以上のコンビネーションでビビったわ。1セット目の後、なんかあった?」
七森を見て嬉しそうに笑う九重。
九重「カニレンジャー復活、てきな?」
「ねっ」と九重にニコっと微笑まれ、恥ずかしそうに頬をかく七森。
七森「(恥ずかしすぎてうつむきながらぼそり)最強のバディなんで」
藤沢は二人の顔を交互に見て、ひと吠え。
藤沢「意味わかんねー。おまえらの世界から俺を締め出すのやめい!」
九重は照れながら、さわやか笑顔でニカッ。
九重「小学校の時と変わらず、リッキーとバドミントンするのめっちゃ楽しい」
それを聞いて嬉しくなった七森。
喜びを無言で噛みしめたくて、おでこに手を当て目をつぶっている。
藤沢「おまえら知り合いだったんかい!」
九重と七森が視線を絡め、九重は嬉しそうに笑っている。
七森は恥ずかしそうにうつむいている。
藤沢「なんだよ、そういうのは言えよ、教えろよ」
九重「(冗談ぽさに色気をあえて混ぜ込んで)ダーメ。俺とリッキー以外、部外者立ち入り禁止区域に指定されてるんだ。ほんとごめーん」
藤沢「なんか腹立つ」
吠える藤沢を見て、ケラケラ笑っている九重。
自分との思い出を大事にしてくれている気がして、七森は嬉しくなる。
〇コートに立つ九重と七森。
第三試合は好発進。
相手のミスを誘発して、チャンス羽を相手コートに打ち込み得点を重ねていく。
第三試合も勝った。大喜びの九重。
〇準決勝
九重「次はいよいよ準決勝だ」
七森「相手が優勝候補であろうが、自分たちのバドミントンをするだけです」
藤沢「うちの学校で勝ち残ってるのは、九重・七森ペアだけなんだ。俺たちの悔しさを背負って思う存分暴れてこい」
九重「おう」 七森「はい」
九重「頑張ろうな」
七森「絶対に勝ちましょう」
顔を見合わせ、グータッチをしている九重と七森。
藤沢(俺とペアを組んでた時より、九重が生き生きしててムカつく)
(けど、お前らのことは応援したくなっちゃうんだよな)
(頑張れ)
悪っぽい顔だけど、口元に笑みを浮かべている藤沢。
〇準決勝の試合開始。
さすが優勝候補、最初から苦しい展開になる九重たち。
強敵相手に負けてはいるものの、九重たちは諦めていない。
九重「次、一本取ろう」
七森「逆転しましょう」
キリっとしたオス顔で、汗を飛ばしながら真剣に戦っている。
サイドラインぎりぎりにスマッシュを打たれ、七森が長い足を出しなんとか拾った。
相手のコートに飛んで行ったシャトルはコートの奥までは届かず、相手がエースを狙えるチャンス羽に。
鋭いスマッシュを打たれるも、九重が素早く反応してネット前でラケットを上げスマッシュを止めた。
敵ペアの真ん中に落ち、二人とも取りに走ったためお見合いをして崖ッと同士がぶつかり合いシャトルは床に落ちた。
九重「よし」
七森「ナイスです」
九重「七森も」
二人とも良い笑顔。
でも苦しい試合展開が続く。
七森(さすが優勝候補。どこにスマッシュを打っても決まらない。相手を崩して九重先輩にチャンス羽をプレゼントしたいのに、敵の弱点が見つけられない)
(でもなぜだろう。こんなに苦しい試合なのに楽しくてたまらない。九重先輩の表情もキラキラしてる)
七森が白い歯を見せて笑った。
彼を見て、九重も嬉しそうに笑っている。
バドミントンラケットのガットを指で整えながら、九重が穏やかな表情で口を開いた。
九重「ずっと不思議だったんだ。バドミントンをやってる知り合いが一人もいないのに、なんで俺はバドミントンを始めたんだろうって。友達と一緒にサッカーや野球をしててもおかしくなかったのにさ」
七森「……」
九重「今日のためだったんだろうな。七森と強い敵に挑むため。俺、バドミントンやっててよかった」
白い歯を見せながら全開で笑った九重。
九重「苦しい試合が楽しくてたまらないなんて、七森とだから得られる快感だと思う」
嬉しいことを言われ、恥じらい色づく頬と口元を手のひらで隠す七森。
七森(絶対に勝つ。九重先輩のためにも)
気合を入れなおし、藤森は試合に臨む。
点を取り取られのシーソーゲームだが、勝ちを信じて思いきりプレイをする二人。
七森(九重先輩が前衛で点を取れるように、俺が後衛でアシストしなきゃ)
ネットを小さく超えたシャトルを、九重が相手のネットスレスレに落ちるようにヘアピン。
敵が思いきり足を広げて前に取りに行く。
床ギリギリでガットの上にシャトルがのるもネットにかかった。
九重・七森ペアに点が入る。
七森「九重先輩、ナイスプレイ」
九重「(ガッツポーズをしながら)よし」
今のプレイを誉めようと、九重に近づく七森。
七森「今のヘアピン、勢いの殺し方が神ですよ」
九重「ゴッドオブザヘアピンと呼びたまえ」
七森「(口元を緩ませながら)命名がダサすぎですが」
体重をのっけながら、九重が腕を七森の腕にぶつける。
九重「うるさいー」
七森「アハハ」
本当に楽しくてたまらなくて、七森が心から笑っている。
そんな七森を見て、九重も真っ白な歯を見せながらヤンチャスマイルを光らせた。
七森(やっと2点先取した。この流れに乗って、もっと点差を広げていこう)
満足そうにうなづいた七森だったが――
七森「え?」
2階の客席、鋭く冷たい表情で自分を見ている40代半ばの男性女性を発見。
七森の表情に絶望が走る。
七森(なんで両親が?)
ラケットを持つ手が震えだした。
動揺したまま、七森は背中の後ろで九重だけに見えるようにサインを出す。
九重(ショートサーブね、了解)
ショートサーブからの鋭いネットプッシュに備えて守っていた九重。
九重(えっ、ロングサーブ? サインと違う)
七森が打ったサーブはショートではなく、高く上がったロングサーブ。
予想外のサーブに、九重の動きが鈍る。
動揺したのち、相手のスマッシュを前衛で止めようと九重は遅れてネット前に入った。
九重(ダメだ、届かない)
読みが外れ、九重が守っていない右側を相手のスマッシュが通過していく。
九重「お願い!」
(大丈夫、七森なら簡単にとれるはず)
そう思ったのに、七森は一歩も動けなかった。
早いスマッシュは七森の横の床に突き刺さり、シャトルが床に転がっている。
敵「うおぉぉぉ!」
敵「1点返した!、ヨッシャー」
雄たけびをあげる敵ペア。
青ざめた顔で震える手を見つめる七森。
異変を察知した九重は、七森に駆け寄った。
九重「七森?」
七森「……すみません、サーブ」
九重「俺もごめん。前衛で止めなきゃだったのに、読みをまちがえた」
悔しさで唇を噛みしめる七森。
七森(九重先輩のせいじゃない)
七森はコート上から、もう一度2階の観客席を見る。
息子のプレイが納得いかないという般若顔で、両親が七森を睨んでいた。
背筋が凍り付く七森。
息子にガミガミ怒鳴りまくる、両親を思い出す。
〇過去回想。九重と出会う前の小3の頃の七森。
試合で負けた直後、コートサイドで両親に怒鳴られている。
父『なんでスマッシュが取れなかったんだ』
母『フットワークが遅い。だから、何度同じことを言わせるのよ!』
父『また試合で負けやがって』
母『お父さんとお母さんの子なら、もっと強くなれるはずでしょ! がっかりさせないでちょうだい!』
子供の頃のトラウマが蘇り、呼吸が乱れ軽い過呼吸気味に。
七森(両親に認めてもらいたくて、俺なりに頑張ってきたのに)
めいっぱい悔しい顔で、七森はげんこつで自分の太ももを殴る。
普段の冷静さを欠いた七森を見て、九重は心配になる。
九重(どうしたんだろう)
七森は疲れた顔で、肩で息をしながらうつろな目をしていた。
九重(こういう時は俺がフォローしなきゃ)
九重「俺たちがバディを組むと最強だってこと、証明しような」
九重がさわやかな笑顔で両手ピースのカニポーズをいするも、七森は余裕なくうなづくだけ。
焦点が定まっていない。心ここにあらずという感じ。
試合再開。
七森の調子が崩れ、連続失点。
九重と七森のコンビプレイもかみ合わず、苦しいゲーム運びに。
九重たちはなんとか食らいつくも、1ゲーム目を落としてしまった。
1ゲーム後、視線が定まらず無気力ぎみでコートの外に向かう七森。
九重「惜しかったな。つぎつぎ。2ゲーム目を取る作戦を考えよう」
七森の横を歩きながら、九重が七森を励まそうと笑顔を振りまく。
九重(あの時ボディスマッシュを返せていれば。後衛の七森が楽できるように、前衛で俺が止めていたら。悪いのは全部俺だ。先輩なのに情けない)
試合でダメだった部分ばかり思い出し、九重も心が沈んでしまう。
落ち込んだ顔で二人してコートの外に出た時だった。
コートサイドの上にある2階の観客席の通路から、怒号が降りかかってきたのは。
父 「何、見苦しい試合をしてるんだ!」
母 「足が動いてないじゃない!」
父 「高校生の遅いシャトルがなぜ取れない!」
母 「相手はプロでも何でもないでしょ! やる気を出しなさい! ほんと情けない!」
七森も九重も斜め上を見る。
40半ばくらいの男女が、お揃いの青ジャージを着て、鬼の形相で七森がいる斜め下に向って怒鳴っている。
九重「あの二人って……」
青ざめた顔の七森がボソリとつぶやいた。
七森「父と母です」
九重「七森がバドミントンを嫌いになった元凶?」
七森「怒鳴られてばかりで、褒められた記憶はありません」
上からガミガミと七森に対しての文句を言いまくっている両親。
父「律希が言ったんじゃないか。県大会で優勝してみせるから、県外の高校でバドミントンさせて欲しいって。それなのになんだこのざまは」
母「やっぱり私たちの近くに置いて、練習を監視するべきだったわね。バドミントンの練習をさぼっているのがまるわかり。がっかりだわ」
九重(なんだ、この父親と母親は)
(今の試合のどこを見ていた? 七森のすごいプレイがたくさんあっただろ)
(知らないくせに。七森がどれだけ必死にバドミントンの練習をしているか)
(朝夕の走り込みだってしてる。図書室ではバドミントンの本を読んで戦略を学んだりもしている)
(なんで息子の頑張りをほめてあげないんだよ。悪いとこしか目に映さないんだよ。そんなんだから、七森がバドミントン嫌いになったんだろーが)
うつむきながら、燃えたぎる怒りでこぶしを震わせている九重。
七森「巻き込んですみません。監督のところに指示を仰ぎに行きましょう」
監督の方に向かう七森。
普段クールな七森が怯えたように落ち込んでいて、彼を見て心が痛みまくってしまう。
たまらなく苦しい表情を浮かべる九重。
九重「七森」
悲しみに満ちた声が背中に届き、七森は振り返った。
そこには悔しさと悲しみを噛みしめているような、泣きそうな顔の九重がいた。
気落ちした姿に、なぜ九重先輩がこんな苦しそうな顔をしてるのかと七森は不安になる。
九重「あの時はごめんね」
七森「えっ、あの時って」
九重「七森と初めて出会った」
七森「俺が小3で九重先輩が小4の」
力ない笑顔を浮かべ、そうだよと伝えるように静かにうなづく九重。
七森「九重先輩が俺に謝ることなんて、何もなかったですよね」
九重は目を閉じ、ゆっくりと首を横に振った。
九重「俺がカニを助けてたのって、ヒーロー気分を味わいたかったからだと思う」
静かに話しだした九重を、うつろな目で見つめる七森。
九重「でもあの時、俺が最優先で助けなきゃいけなかったのは七森だったんだよ」
七森「え?」
九重「七森が母親に連れていかれた時、行くなって腕を掴めばよかった。七森が直接怒鳴られないように、両手を広げて盾なってあげればよかった。酷いことを言うなって、七森のお母さんに文句を言えばよかった。七森はあんなに辛そうな顔をしていたのに。俺にSOSを出してくれていたのに。ごめんね、何もしてあげられなくて、助けてあげらえれなくて、本当にごめん」
何もしなった過去の自分を恥じ、苦しそうな顔で謝る九重。
七森「九重先輩」
自分のために傷ついている先輩を見て、七森も心が痛んでしまう。
九重「同じ過ちは繰り返さない」
落ち込んでいた九重が、表情を一変させた。
瞳に力が宿り、表情がキリっとして、覚悟を決めた男らしい顔になっている。
表情の変化に驚く七森。
九重は力強い目で七森を見た。
九重「今から俺がすることは自己満足以外のなにものでもない。小4の時の罪滅ぼしで、自分の心を楽にしたいだけ」
七森「何をする気ですか?」
九重「人として失礼なことをするけど、見守っていて欲しい」
自信喪失中で両親に植え付けられたトラウマから未だ震えが止まらない七森は、ただただ九重を見つめることしかできない。
九重は七森の両親の真下あたりに進むと、真剣な顔で深く頭を下げた。
九重「お願いします。体育館から出て行ってください」
目を見開いた七森。
そんな失礼なことを言われると思っていなかった両親は、噴火したように怒りだす。
父 「息子を応援するために、県外からわざわざ来てやったんだぞ!」
母 「それなのに出ていけだなんて、ほんと失礼な子。親の顔が見てみたいわ」
父 「言っとくけどな、オマエがペアだから、律希が実力を出せないんだ」
母 「律希は1歳からなどミントンをしているの。私たちが時間とお金をかけて叩き込んだの。律希のバドミントン人生を台無しにしてるのはあなたでしょ」
七森「なんだと」
大好きな九重の悪口を言われ、両親に怒りだす七森。
九重は腕を出し、両親にキレそうになっていた七森を制止させた。
穏やかな表情で、九重が七森に向って首を横に振る。
行き場のない怒りが燃え滾ったまま、七森は2階にいる両親を睨みつけた。
九重はもう一度、七森の両親に深く頭を下げた。
九重「体育館から出ていけは言い過ぎでした、すみませんでした」
怒ってもおかしくない状況なのに、冷静になって頭を下げている九重に驚く七森。
九重「この試合、絶対に勝ちます。だからお願いします。律希くんを信じてあげてください。静かに俺たちの試合を見守っていてください」
顔を見合わせた両親。
九重「この通りです。お願いします」
さらに深く頭を下げた九重。
九重の近くにいる観客が、2階の客席通路と1階のコート横のやり取りを見てざわつきだした。
周りの視線が気になった七森の両親が、気まずくなって焦りだす。
父 「絶対に勝てよ!」
母 「律希、私たちが恥をかくような試合をしたらただじゃおかないから」
2階のフェンス前通路に立っていた両親が、怒りメラメラのまま観客席の階段を上っていく。
ドアに近い上の方で、静かに座り始めた。
七森「両親が失礼なことを言ってすみません」
九重「俺の方こそ、七森の両親を怒らせる言い方をしてごめん。でも許せなかった。親ってなんで子供の頑張りに目を向けようとしないんだろうな。俺も親に怒鳴られまくったよ。うちは勉強しろだったけど」
七森「俺と重なったんですね」
九重「テストの点しか見ない親でさ、どんなに頑張ってもほめてくれなくて、なぜこんな簡単な問題をまちがえた、できて当たり前だろって怒鳴られてばっかで。家にいたくなくてバドミントンをはじめたんだ。あんなちっちゃいカニたちは勇気を出して冒険してたのに、俺は情けないけど現実逃避。昔からメンタルが弱くて嫌になる」
七森「……」
九重「でもさ逃げることって必要だよね。逃げてバドミントンを始めたから、こうして七森と同じコートに立ててる。一緒にバドミントンが楽しめてる。親に歯向かった小2の自分を誉めてあげたい」
七森「九重先輩」
七森を元気づけるように、七森の肩に手を置き対面で目を見つめる九重。
九重「七森のすごさは俺がちゃんとわかってる。努力してる姿もたくさん見てきた。七森のバドミントンはすごいってこと、俺たちは最強バディだってこと、二人で証明しよう」
七森「はい」
〇2セット目開始。
1セット目は相手にとられたので、このセットを落とすとこの試合で負けてしまう。
後がない二人。
一進一退のシーソーゲーム。
長く続くラリー。
スマッシュやネット前プッシュで相手を攻撃しても決まらず、返されてしまう。
九重(あれ?)
苦しい戦いをしているはずなのに、口元が緩み笑みがこぼれる。
今まで感じたことのない高揚感で、なぜか心が弾んでいる。
九重(なに、この高揚感)
親へのトラウマが吹っ切れ、キレのいい動きをしている七森。
九重は汗を飛ばし全力で試合をしながら、時折七森を見ては(こいつに負けたくない)とウキウキしてしまう。
九重(相手のペアだけじゃなく、七森とも戦っている気分だ)
七森も九重と同じ高揚感を味わっていた。
七森(楽しくてたまらない。九重先輩が度肝を抜かすショットを打ちたい)
(九重先輩が点を取れるように動くのが俺の役目だと思ってきた。でも俺が活躍したい。もっと点を取りたい。九重先輩に負けたくない)
アドレナリンぶわっで、生き生きとコートを走り回っている二人。
獲物をしとめようとするハンターのように、騎士のように、オスっぽい顔で戦闘に挑んでいるも、楽しくてたまらないという感情も二人からダダ洩れしている。
観客席に座っている七森の両親。
七森父「なんだこの試合は」
七森母「こんな律希は初めて見たわ」
こんなに生き生きと、勝ちたいという執着に捕らわれながらバドミントンをする息子を見るのは初めてで、驚きをかくせぬまま両親が顔を見合わせた。
試合の合間、額の汗を手の甲で拭いながら、荒れた呼吸のまま七森にヤンチャな笑みを浮かべる九重。
九重「なんか吹っ切れた? 七森が戦場で機関銃をぶっ放つ気狂い戦士に見える」
七森「アハハ、例え酷すぎですね」
九重「んじゃ、勝ち狂いのカニ戦士って称号を与えようじゃないか」
七森「実は俺、むかし九重先輩に助けられたサワガニなんです」
九重「律儀~、恩返しに来てくれたんだ」
七森「違います、バドミントンで九重先輩をぶっつぶしに来ました」
九重「恩をあだで返すために来たんかい! アハハ、ノリ良すぎ。サワガニに憑依されてるんじゃないだろーな。カニなら笑顔で両手ピースしてみてよ」
七森「やりませんよ」
九重「サービス精神の欠如に泣いちゃうぞ」
七森「試合に勝ったら一緒に喜びましょう。カニレンジャーの最強バディとして」
九重「命名がひどすぎる」
七森「小4の時のあなたに言ってください」
九重「なんだと、生意気」
七森・九重「アハハ」
子供みたいな笑顔で、九重が七森に肩をぶつけた。
冗談を掛け合いながら、無邪気に笑いあう二人。
2階の観客席から応援している藤沢は「キラキラ笑顔のリア充たち、ほんとウザ。ハピネス色の胸やけをどうも」とぼやき、とびきり嬉しそうな顔で笑っている。
九重「よっしゃ! 優勝候補に勝って、行くぞ決勝!」
七森「はい!」
父 (笑ってる。律希が人に懐いてる)
母 (いい笑顔をするじゃない。ペアの子のおかげかしら)
尊敬と感謝の念を抱きながら、優しい顔で九重を見つめる母親。
母親(さっきはごめんなさい。ありがとう。大切なことに気づかせてくれて)
〇試合中、激しいラリーが続く。
相手も強い。九重たちも負けていない。
一点取って、取られ、必死にシャトルを追いかける4人。
七森(九重先輩に負けたくない)
鋭いスマッシュを打つな七森。
九重(七森よりすごいプレイをしたい)
ネット前に上がったシャトルに飛びつき、相手コートにシャトルを押し込む九重。
二人とも戦闘騎士のような野獣っけありのいい顔で、バドミントンの試合に挑んでいる。
大接戦、シーソーゲーム。
七森(九重先輩が点を決めた。やった、すごい、でも悔しい、今度は俺が決める)
九重(七森ばかり活躍してる。先輩の意地を見せるんだ。自分の限界を越えたい。もっともっと点を取りたい。この大会のMVPをとりたい)
二人とも自分が点を取ることに執着していたおかげで、奇跡的な連係プレイが生まれた。
九重(あれ今のって、奇跡の連係プレイ?)
七森(俺も九重先輩も自分勝手なバドをしているのに、九重先輩が次にどう動きたいかがわかる。相手の弱点も見えてる)
九重(七森と心が一つになったようなこの一体感、ワクワクと快感を通り越してもはや未知数)
七森(勝ちたい、絶対に勝つ。俺と九重先輩のすごさを、この会場にいるすべての人に知らしめるんだ)
そのあとも、白熱した試合が続く。
キラキラした表情の二人が、コートの中をかっこよく飛び跳ねている。
敵のペアも二人の感化され、がむしゃらにシャトルを追いかけている。
どっちが勝ってもおかしくない、観ている人も手に汗握るハラハラなシーソーゲーム。
準決勝の結果は――


