☆第5話☆

〇高校生男子、バドミントンダブルスの大会。
 広い体育館では16コートで試合が行われている。
 客席は2階。

 1回戦、九重と七森は優勢で試合をすすめている。
 赤ベースのユニフォームを二人とも着用。
 前衛は柔らかい栗色の髪の先輩・九重。前髪をポンパにして、おでこを出している。喜びは全力で表現するタイプ。
 後衛は黒髪サラサラ・冷静沈着な後輩の七森。心の中で喜ぶタイプではあるが、入部当時よりは声掛けするようになった。
 真剣にシャトルを追いかける二人の姿がカッコいい。

七森(俺はサポートに徹する。九重先輩に活躍してもらう)

 七森が並んで守る敵ペアの真ん中にスマッシュを打った。
 相手はどっちがとるかで判断が遅れ甘い球しか返せず、上がったチャンス羽を前衛の九重が鋭く決めた。
 
九重「よっしゃー」

 九重は左手でガッツポーズ。
 
九重「ナイススマッシュ、ナイスコース」

 額をさらしている九重。
 七森をほめたたえながら、二カっとさわやか笑顔をこぼす。
 九重のキュートな笑顔にドキッと胸が高鳴るも、ニマニマしてしまいそうな表情筋をあえてきつく引き締める。

七森「気を抜かずに行きますよ」

 一切笑わず無表情の七森が、九重に背を向け歩き出した。
 さすっている首後ろが赤くなっていることに気づき、照れてるのかな?と七森を見て表情がほころんでしまう。

 次は九重がサーブを打つ番。
 相手が打って渡してくれたシャトルを手に持ち、羽を指で整えながら七森のことを考える。

九重(俺たち、ダブルスの相性がめちゃくちゃいいんだよな)
  (頭脳プレイの七森は、相手の動きも俺の動きも予測してショットを打つ)
  (部活の練習で、高3ペアに勝てることも結構あるし)

 相手に揺さぶられ、前衛の九重が後衛に入った。
 前衛と後衛が入れ替わり、チャンスとばかりに相手がニヤっとするも、九重は相手コートのバック奥に早いクリアを打ち、甘めにあがった羽をスマッシュ、最後に前衛に入りながらネット上に上がった羽をプッシュで相手に押し込む。カッコいい九重。

九重「決まった!」

 最後のラリーは九重一人でシャトルを打っていたから、見事なプレイに七森も感動する。

七森(やっぱり九重先輩はすごい)


 1回戦、九重・七森ペアの勝ち。

九重「勝った」

 飛び跳ねて喜ぶ九重。
 本当は喜びたい七森だが、たくさんの目があるし、九重先輩に素直になれないしで、いつもの無表情になってしまう。
 無表情の七森と目が合うも、スッとそらされてしまった。

九重(勝った時は全力で喜ぶんだよって教えてあげたのに、全く)

 心の中でぼやくも、次の七森の行動に九重が驚いた。
 ラケットを脇に挟んだ七森は、顔をそむけたまま九重に向って両手ピース。
 カニカニと第二関節を曲げのばした。
 そのあと恥ずかしそうに九重に背中を向け、七森は首の後ろをさすっている。

九重(フフフ、不器用な奴)

 恥じらいながらカニカニした七森が可愛いくて、今の照れもギャップ萌えで、九重の顔がにんまり緩む。

 2階の応援席では、二条先輩が九重に向ってパチパチと手を叩いていた。
 嬉くなった九重は、コートの上から二条先輩に向ってラケットを左右に大きく振る。

七森(しっぽ振りすぎ)

 二条先輩に心を許す九重が嫌でたまらなくて、七森は顔を歪め九重から視線をはずす。

九重「次の試合まで時間があるね。お腹すいた。パンをかじりたい」
七森「2階の応援席に戻りましょう」

 横に長くて大き目なラケットバックを肩にかけ、体育館の外に出る。
 ロビーや廊下を歩く二人。
 九重が少し前を歩き、うつむきっぱなしの七森がついていく形に。
 九重は上機嫌で、七森のすごかったプレイをほめまくっている。

九重「試合開始直後の七森のサーブレシーブ、あれエグかった。ネットスレスレでストンと落ちて。相手は一歩も動けてなくて、ぽかんとしてて」
  「でもって七森といえば頭脳プレイだよな」
  「俺でも騙される。えっ、そこに落とすんだって。相手は崩れるし、次にどんな動きをすればいいか俺の体はわかってるみたいで。不思議なんだけど、考えなくてもすぐ動けたんだ」
  
 一人上機嫌の九重。
 七森はピクリとも笑わない。

七森(二条先輩には、あんな顔するのに)

 お兄さんに頼るような甘えるような表情を思い出し、その顔は俺には見せてくれないと悔しがる七森。

九重「バドミントン以外にも何か習ってた? 相手を操る催眠術とか」

七森「……」

九重「俺に施すならちゃんと許可をとるように。俺って単細胞じゃん。すぐ操られちゃうから、たぶん」

 大笑いの九重に肩を叩かれた七森は、何かのスイッチが入ってしまった。
 ガバッと九重の二の腕を掴む。

九重「えっ、なに?」

 怒ったような顔で九重を無理やり引っ張り、人気のない通路へ九重を連れ込んだ。
 壁を背に立たされた九重。
 ラケットが入ったバックが、肩からずり落ち床に転がる。

七森「好きなんですか?」

 戸惑う九重。
 自分のバドミントンバックにぶらさげてあるカニのマスコットが視界に入る。
 カニのことかと思いこみ、七森にお兄さん笑顔を返す。

九重「尖ってるのに可愛いって最強じゃん」
  (あれ、七森も似たような可愛さを持ってるような)

七森「あの先輩、優しそうに見えてドSなんですね」
九重「ん? 男の俺がカニのぬいぐるみをぶら下げてるのが、気に入らないって話じゃなくて?」
七森「二条先輩のことです」
九重「は?」
七森「コートの上から、わざわざ二条先輩だけにラケットを振って」
九重「1年の時からのクセっていうか。毎回応援に来てくれてるんだ」
七森「同室愛がお強いことで、俺たちと違って」

七森がプイっと顔をそむけた。

九重(何に怒ってるの?)

 七森の気持ちがわからず首をかしげるも、「二条先輩だけ」という部分が引っかかって七森に突っかかる。

九重「いや待って。2階で応援してくれてた部活メンバーにも、ラケットを振ったんだが。七森も見てたよな?」
七森「態度が違うんです。二条先輩にはハートまで飛ばして」
九重「いつ俺がハート製造機を稼働させたよ」
七森「ご主人様に甘えるポメラニアンみたいに、瞳キラキラ、しっぽフリフリで懐いてますもんね」
九重「トゲがあるなぁ。俺のバドミントンプレイに不満があるなら、ストレートに言えばいいじゃん」
七森「別に」
九重「今の試合、俺の足を引っ張ってばっかだったじゃんってイラついてる? まぁ事実だよ。七森のおかげで勝てたんだし」
七森(そんなこと思ってない)

 思ってもないことを言われ、黒髪の隙間から見える額の血管がぴくついた七森。

七森「俺が、九重先輩のナイスプレイまで自分の手柄にする最低男だって言いたいんですか? 気分が悪い」
九重「突っかかってきたのそっちじゃん」

 どんどん悪くなる雰囲気。
 イラつく二人。
 言い合いがエスカレートしていく。

七森「二条先輩を気にして、九重先輩がプレイに集中できていない時があったのは事実です」
九重「ド派手で恥ずかしいうちわを振ってないか心配になっただけじゃんか。チラッと確認するくらいいだろ」
七森「じゃあ次の試合中は、二条先輩をこの会場から追い出してください。目障りなので」
九重「ムリ」
七森「やっぱり試合より二条先輩が大事なんですね」
九重「なんで七森がキレてるの?」
七森「正論をつきつけただけですが、なにか」

 ムカムカっときた九重。
 わざと嫌味な言い方をする。

九重「あーあ、穏やかな二条先輩ならそんな言い方しないのにな」

七森(比べられた?)

 イラつきマックスで血管がブチっと切れた七森。
 肩にかけていたラケットケースを床に落とし、壁に立つ九重に壁ドン。

九重「うわっ、なに?」
七森「九重先輩が安易に可愛さをふりまくからでしょ!」
九重「え?」
七森「無視してください。二条先輩に話しかけられても」
九重「ムリだって!」
七森「他の人とも話さないで」
九重「だから!」
七森「九重先輩のペアはこの俺です。今日は大事な試合なんです。俺だけの相手をして」

 壁ドンを解除した七森。

九重「はぁぁぁぁぁ」

 九重はあきれ返り、七森に対して抱いた失望を重いため息に溶かし吐き出す。

九重「俺に良くしてくれる人たちのことを、無下にしろってことだよね」
七森「勝ちたいなら、不要なものは捨ててください」
九重「七森のこと、見損なった」

 睨みながら、冷たい声を七森に浴びせた九重。
 バドミントンラケットケースを拾い上げ、肩にかけ、怖い顔で七森の横を通り過ぎる。
 そのまま一人で2階の客席に向かって消えた。

 九重が見えなくなっても、七森の中に渦巻く怒りが収まらない。
 
七森「なんでわかってくれないんですか」

 悲しみをこぶしに込め、苦しい顔で壁を叩く。


 顔を両手で多い、壁に背中を預けながら床に崩れた。
 大事なものを失ってしまった、大切な人に酷いことを言ってしまった、でも俺の気持ちもわかって欲しかった。
 いろんな感情や後悔に押しつぶされそうになっている。

 絶望しながらあぐらをかき、右ひじを太ももに突き、右手の拳をおでこに当てた。

七森「こんなこと、言うつもりじゃなかったのに」



〇2回戦の1セット目。
 九重と七森は苦戦中。
 普段通りのバドミントンができていない。
 二人ともくらいテンションで最低限の言葉しか掛け合わず、試合中も一切笑顔がない。
 視線すら絡まない。二人とも苦しい顔ばかり。

 お互いの間にシャトルが飛んできて、どっちも譲り合ってシャトルが床に落ちてしまったり、負けていることに焦っている七森が点を取ろうとスサイドの線ギリギリを狙うマッシュを打つも、アウトになってしまったり。
 ネット前に上がったチャンス羽を、九重がプッシュで相手コートに押し込もうとするも、ネットにかかってしまったり。

 1セット目は13-21で負けてしまった。
 七森は生気を吸い取られたような顔で、とぼとぼとコートの外にいる先生のところに歩いている。
 明らかに落ち込んでいる七森を見て、九重が動いた。

 アドバイスをもらおうと先生の前に立った七森の手を、九重がひっぱる。

九重「先生、ちょっと二人で話をさせて」

 見守るようにうなづく先生。
 コート周りの人が近くにいないところまで七森を連れて来て、九重は手を放し七森と対峙する。

九重「あのさ……」

 九重は言葉に詰まってしまった。

九重(何を言えばいい?)
  (さっきは言い合いみたいになっちゃたけど、試合中はいつも通りに戻らなきゃ)
  (でもどうやって。七森も俺にムカついてるみたいだし)

 どうしていいかわからず、とりあえず作り笑顔を顔にはりつけた九重。

九重「さっきはごめん。試合直後ってアドレナリンぶわって感じじゃん。戦闘モードが抜けてなかったみたい。でも七森にぶつけちゃダメだったよな、ほんとごめんね。」
七森「……」
九重「今日は俺たちがペアを組んで初の公式戦だし、悔いが残らないように全力で頑張ろう」

 ラケットを持ったまま両手ガッツポーズで笑顔をキープするも、七森が機嫌悪そうにうつむいているから九重の笑顔がひきつってしまう。
 
九重(しょうがない。俺だけでもいつも通りを心掛けよう」

 負のオーラを放つ七森の腕をポンポン叩き、コートに戻ろうとする九重。
 悲しそうな顔で七森に背を向けて歩き出した時、今度は七森が九重の腕を掴んだ。
 驚いて振り返る九重。
 七森は自分のとっさの行動にハッとなり、後悔したような顔で九重の腕から手を放す。

 七森は真っ赤な顔でうつむいたまま。
 ラケットを持っていないほうの手でピースを作り、カニカニとピースの第二関節を2回折り曲げた。
 ピースは九重の方に向けてはいるが、顔は背け、ピースの位置は手をだらんと下げた低い位置。
 恥ずかしそうカニカニした七森を見て、驚きで目を見開く九重。
 
七森「九重先輩とバドミントンがしたかったからなんです。この高校に入ったのは」
九重「え、高校選びの理由が俺?」

 九重は自分の驚き顔に人差し指を向けた。
 予想外の言葉に開いた目も口も塞がらない。

七森「ずっとバドミントンが大嫌いでした。親にやらされて、バド練ばかりで友達と遊ばせてももらえなくて。怒られてばかりで、試合に出ても勝てなくて、なんで勝てないのって親に怒鳴られ続けて、失望されて。バドミントンなんて滅べばいいってずっと思ってて」
九重「……七森」

 悲しそうに声を震わせる七森。
 目尻も眉も悲し気に下がっている。

七森「だから逃げ出したんです。バドミントンの試合会場から。そこで九重先輩に出会いました」
九重「いつの話?」
七森「俺が小3だったので、九重先輩は小4です」
九重「ごめん、さっぱりわからない」
七森「車道に出そうになっていたカニを助けていました。よくここまで登ってきたなって、カニをほめてて」
九重「まさか、リッキー? 一緒にバドミントンをやった」

 静かにうなづく七森。
 小4の時、初めて会った男の子とバドミントンをした楽しかった記憶を呼び起こす九重。

七森「初めてだったんです。バドミントンが楽しいって思ったの。親と違って九重先輩は俺をたくさんほめてくれました。今のショットはすごいとか、俺のミラクルショットをよくとれたなとか。あなたとバドミントンをしている時間が楽しくてたまらなかった。またあなたとバトミントンがしたくてしょうがなかった。自分の願望を叶えるために、あの日から必死にバドミントンを頑張ってきたんです」

 信じられなくて、ボーっとしてしまう九重。
 
七森「九重先輩を探すのにも苦労しました」
九重(違う県に住んでるって、あの時言ってたな)

七森「さっきは酷いことを言いました。すみませんでした」

 背筋を伸ばし、深々と頭を下げる七森。
 それに驚く九重。

七森「間違いなく嫉妬です。独占欲が暴走したんだと思います。憧れの九重先輩が二条先輩にとられそうと思ったら、醜い感情がグワッっと高ぶってしまって」

〇九重の過去回想。

七森(無視してください。二条先輩に話しかけられても)
七森(九重先輩のペアはこの俺です。今日は大事な試合なんです。俺以外相手にしないで)
 
 回想終了。
 

九重(俺を取られたくなかった? それって?)

七森(言葉にしてわかった)
  (九重先輩への想いは、友情なんていうあっさりしたものじゃない)
  (自分だけのものにしたい、二人だけの世界に浸りたい、ハピネス色なのに醜くてドロドロの恋愛感情だ)
  (九重先輩の特別になりたい。俺のことを好きになって欲しい)
  
七森「あのっ、九重先輩、俺――」

 切なそうな表情で顔をあげ、九重を見た七森。

九重(告白される?) 
 
 ドキドキしながら七森を見つめる九重。
 緊張した空気が張り詰めている。
 
九重(俺は七森が好きなんだろうか。わからない、恋愛対象として七森を見たことなんてないし。でも俺だってないわけじゃないんだ。七森に対して嫉妬みたいなドロドロした感情が生まれる時もあって。七森が俺以外と楽しそうに話しているのを見ると、俺だけに心を開いてくれたんじゃないの?って、ムッとしちゃうことがあったり。これって……)

 見つめあう二人。
 
七森「九重先輩のことが――」

 九重はドキドキで心臓が肌を突き破りそうになる。その時。
 
審判「九重・七森ペア、コートに入ってください」

 審判の声が飛んできて、ハッとなった二人。

九重「あっ、すみません」

 二人だけの世界に入りこんでいたことに気づき、二人して急いでコートに入る。

九重(変な汗が出た。とにかく今は試合に集中しよう)

 集中集中と、九重はラケットで強めにふくらはぎを叩いた。
 でも顔は真っ赤なまま。