☆第4話☆
〇6月、高校の昼休み。
夏服半袖姿の九重と藤沢。
購買で買ったパンが入った袋を持ち、教室に戻るため並んで廊下を歩いている。
藤沢「クール王子と会話するようになったじゃん」
九重「七森はダブルスのペアだし、どこがよかったとか次はこうしようとかは話し合ってるよ」
藤沢「狭い部屋で二人きり、朝までいちゃLOVEか。あーうらやましい。俺も恋人欲しい」
九重「いつ俺が、恋人できた、よっしゃーって叫びましたか? なんで毎度毎度、俺と七森を、ドロドロに甘い恋沼に突き落とそうとするんですか? ただのダブルスのペアで、ただの後輩で、ただの部屋友なんですが!」
藤沢「怪しいな、本当のことを言えよ」
九重「怪しむ要素がどこに隠れてるか、教えて欲しいんだけど」
藤沢「寮の部屋で二人きりになったとたんに、手を繋いで、見つめあって、ハグからのチュ……」
パンが入った手さげ袋を、藤沢の顔にぶつける九重。
九重「あるわけがない。っていうか、そもそもいない」
藤沢「は?」
九重「消灯まで部屋には来ないよ」
藤沢「もう6月だぞ。4月から何の進展もしてないのな」
九重「胸キュン話の一つもできなくて、すみませんでした」
藤沢「ほんとクール王子の生体、意味不明だわ。部活中だって九重ばっか見てるし。俺が九重の首を腕でホールドするだけで睨んでくるし」
九重「見間違いだって」
藤沢「なんで寝る時間まで、部屋に戻ってこないんだろうな」
九重「俺と七森は部活の先輩後輩だし、あの狭い部屋に気を遣う先輩と二人きりっていうのは居心地が悪いんじゃないかな」
藤沢「部活の先輩と同室で気を使うなってほうが無理か。七森の気持ちもわからんでもない」
九重「かわいそうな七森。俺がくじでラッキーセブンを引き当てたばっかりに」
藤沢「でもさ、七森が部屋に戻らないってのが違和感ありありなんだよ。だってあいつの視線、九重にばっか突き刺さってるし。たまに七森が九重のストーカーに見える時がある」
九重「想像力の使い方、間違ってる」
藤沢「なんかないわけ? 藤沢に好意をむき出しにされました的なこと」
九重「な……い……?」
2か月前のことだけど、部屋で親睦会をしていた時にベッドで寝てしまい、目が覚めたら七森が覆いかぶさっていた時のことを思い出してしまった九重。
キスしそうなほど近くに七森の綺麗顔があって、目が合って、ドキドキして。
その時のことを思い出してしまい、九重は「ないないない」とオーバーに両手を振る。
藤沢(100パーセント何かあったな。ほんと、わかりやすい奴)
九重をからかうのが好きな藤沢。
てんぱる九重が面白くて、お兄さん笑顔を浮かべている。
〇夕ご飯の時間。寮の食堂。
イヤホンで英語を聞きながら、うつむき一人で夕飯を食べている七森。
コンコンとテーブルを叩いた九重が、七森の視線を自分に向けさせるのに成功した。
九重「ここ、いい?」
驚きで目を見開く七森。
オッケーをもらってはいないが、お盆に料理をのせた九重が七森の前の席に座る。
七森は九重無視でご飯を食べ始めたので、九重は七森の耳からイヤホンを奪った。
七森「何をするんですか?」
九重「(イヤホンを耳に近づけて)ごはん中に英語の勉強してるんだ。タイパが良いとは思うけど、目の前に俺がいてそれはないんじゃない? ごはんはワイワイ食べる。OK?」
手でオッケーを作って、ニカっと笑った九重。
七森(うっ、かわいい)
九重を見て頬が赤らむも、九重への執着を隠さなきゃと冷めた表情を作る。
九重「今日の夕飯もおいしそう。いただきます」
おいしそうに料理を頬ばる九重を見て、彼のお盆の上に汁物のお椀がないことに気が付いた。
気になって、七森は問いかけずにはいられない。
七森「味噌汁は飲まないんですか?」
九重「今日のはカニで出汁をとってあるんだって。みんなはカニの身が入ってるって喜んでるけど、俺はパス」
七森「甲殻アレルギー?」
九重「ってことにしてある。アレルギー反応が出ちゃうから、カニは食べられませんって。でも実は嘘」
七森「え?」
九重「食べるのはちょっと。その代わりカニカマは何本でもいけちゃうよ」
白い歯を見せながらイヒヒと笑った九重だったが、七森のお盆の上にもカニの味噌汁がないことに気がついた。
九重「七森はアレルギー?」
唇にこぶしをあて、クスクス笑いだした七森。
七森「違います」
七森のクールフェイスが崩れるのが珍しくて、九重はキョトンとしてしまう。
七森「俺にもあるんですよ。誰の手あかもつけたくない、心の宝箱に大事にしまってある思い出」
何のことかわらない九重は、大きい目をパチパチ。
九重「寮にいる時間に、バドの戦略練っても平気な人?」
七森「はい」
九重「今度ダブルスの大会に出ることになったでしょ」
七森「俺たちが組んで出る初めての公式戦ですね」
九重「右利きと左利きペアはうちの部にもいるから試合前に対策が練れるとして、ダブルの左利きペアっていないじゃん。一応、どこをどう狙うのがいいか、どう動くのが効果的か、考えておきたいんだ」
七森「いいですよ。テーブルの上でシミレーションしてみましょう」
九重「サンキュ」
七森「食堂のスタッフさんに、紙とペンを借りてきます」
食堂のおばちゃんたちに話しかけに行った七森。
ホワイトボードを指さしている。
七森「すみません。マグネットを数個お借りしてもいいですか?」
おばちゃん「いいけど、何に使うの?」
七森「バドミントンの試合のシミレーションをしたくて。できればこのペンと紙も」
おばちゃん達
「寮に帰ってきてからも部活のこと考えてるなんて、あんたいい子ねぇ」
「一緒にご飯を食べてる九重くんもいい子よね。買い物袋を持ってると、持ちますって言って食堂まで運んでくれるの」
「朝夕と寮の掃除をしてくれているのよ。しかも毎日」
「私たちの仕事だからやらなくていいって言ってるのに、徳を積んだ方がバドミントンの試合で運を引き寄せられるからって」
おばちゃんたちは顔を見合わせて「ほんといい子よねぇ」と誉めハーモニーを奏でた。
七森(窓掃除や草取りをしている九重先輩を見たけど、そういうことだったんだ)
おばちゃん「この食堂、消灯の時間まで居座っていいから。がんばりなね」
七森「はい、ありがとうございます」
さわやかな笑顔をおばちゃんたちに振りまいた七森。
九重(少しずつ、笑顔をふりまけるようになってきたじゃん)
七森とおばちゃんのやり取りを席に座ったまま眺め、嬉しくなってニマニマな九重。
九重(部屋じゃほぼ会わないし、食堂で話かけて正解だった。これからもどんどん七森に絡んでいこう)
七森は壁にかかったホワイトボードと対面状態で、こみあげてくる嬉しさをかみしめながら小さくガッツポーズ。
七森(九重先輩と寮で普通に会話ができてる)
(楽しい。本当はこうやって仲良くおしゃべりしたい。小3のあの時みたいに)
(でも狭い部屋で二人きりだと緊張しすぎて、俺が暴走して九重先輩になにをしでかすかわからないし)
(今日は寝る前まで、この食堂で九重先輩とおしゃべりできたらいいな)
食事中の九重に近づく高3男子の二条。
やわらかく大人っぽい雰囲気の、ふんわりイケメン。
九重がいるテーブルに横から手をつき、上半身を横に傾けながら九重を覗き込んでいる。
二条「とうま、久しぶり」
九重「(嬉しそうに)あっ、二条先輩」
余裕のあるおっとりスマイルに、九重は懐かしさと安心感を覚えた。
声がして振り返った七森は、嫉妬が生まれるのを感じながら遠目で二人の様子をうかがっている。
九重「部屋が別々になってから、すれ違わなくなっちゃいましたね」
二条「塾に通っているんだ。どうしたの? さみしいの?」
九重「そりゃさみしいですよ。数か月前まで毎日一緒だったんですから」
二条「ちゃんと朝起きれてる? 同室の子に迷惑かけてない?」
九重「酷いな。俺、高2になったんですよ。ちゃんと先輩やってます」
自信満々でニカっと笑った九重。
「えらいえらい」と、二条先輩は九重の頭をぽんぽん。
七森(さわらないで)
七森はイライラで、ボールペンを高速カチカチ。
ペン先が出たりひっこんだりしている。
二条「聞いたけど、今度バドミントンの大会があるんだって」
九重「会場が近いので、応援に来てくれてもいいですよ」
二条「灯真LOVEって書いたうちわを大振りしながら応援するけど、試合中のメンタルは大丈夫かな」
九重「恥ずっ。ムリムリ。目が合っても二条先輩は無視確定です」
二条「そんなこと言って、試合で勝ったらコートの上から客席の俺に両手を振ってくれるんでしょ」
クスクス上品に笑いながら、九重の頭をポンポンする二条。
九重「試合後に手を振ってってお願いしてきたの、1年前の二条先輩ですからね」
心を許したお兄ちゃんに冗談っぽく文句を言う弟みたいに、九重も楽しそうに笑っている。
九重と二条が仲良しなのが気に食わなくて、離れた壁ぎわから睨んでいる七森。
藤沢「遠隔睨みでライバルを滅殺しようとしてるな」
イヒヒと笑い声が聞こえ七森が横を向くと、藤沢が立っていた。
七森「寮生じゃないですよね」
七森は不機嫌顔で、藤沢に視線を突き刺している。
藤沢「不法侵入って罪を俺になすりつけたいようだが、残念でした。寮長に許可はもらってっから。彼女にフラれた友達をなぐさめに来た救世主なわけ、俺ちゃんは」
七森(慰めるって言いながら、友達の心の傷をえぐってそう)
藤沢「ほんと仲いいよな、あの二人」
鍛えた腕を組みながら、九重と二条を見てうなづいている藤沢。
七森がさらに不機嫌になる。
七森「九重先輩と一緒にいるのって」
藤沢「高3の二条先輩。九重が高1のとき同じ寮部屋だった人」
七森「優しそうな先輩ですね」
九重を見つめたまま、嫉妬で顔を歪ませる七森。
藤沢「年中あんな感じの先輩。おっとりにっこり。金持ちの余裕なのか、イケメンの余裕なのか。あぁうらやましい」
七森「二条先輩の前だと、九重先輩は甘えたがりのポメラニアンに見えます」
藤沢「そうか?」
七森「しっぽ振ってるように見えないんですか?」
藤沢「全く。九重が可愛く見えるキラキラフィルターが七森の瞳に張りついてる説、あながち間違いじゃないかも」
七森「なんですかそれ」
藤沢「自分が一番よくわかってんだろーが」
七森(たしかに……九重先輩は可愛く見えて仕方がないけど……)
図星を言語化され、恥ずかしさでうつむく七森。
藤沢「あの二人、寮で同じ部屋だったときは、寝るギリギリまでおしゃべりしてたんだと」
七森(なんですかそれ。俺の入る隙間、全く無いじゃないですか)
悲しそうな七森を見て、ニマニマ笑う藤沢。
藤沢「なに、嫉妬か?」
七森「違います!」
横から七森の耳に唇を近づける藤沢。
藤沢「(コソコソ)九重が好きって顔に書いてある」
顔面がカーっと熱くなった七森は、焦りながらコソコソと言い返す。
七森「そういうんじゃありません。人として、バド部の先輩として憧れているだけです」
藤沢「それにしては、普段から九重に突き刺す視線が熱っぽすぎやしないか」
七森「なっ!」
顔が真っ赤になった七森。
藤沢「嫉妬が溶けたマグマみたいにドロドロで、ハチミツみたいに甘々ベタベタな眼光ビームを、密かに九重に浴びせまくってるくせに。俺にはバレバレ」
七森「そんなことは……」
藤沢「無自覚ぶるな。オマエはちゃんと気づいてる。まぁまぁ、頑張りたまえ後輩くんよ」
楽しそうに、七森のサラサラ髪をくしゃらせた藤沢。
七森「頑張れって何をですか」
七森が手で藤沢の手を払いのける。
ヤンチャから、優しいお兄さん顔になった藤沢。
藤沢「後悔しないように、全力で青春を謳歌するんだぞ」
七森「はい?」
藤沢「ダブルスのペアだった九重を搔っさらっていったのが七森ならまぁいっかって思えるくらいには、オマエのことを高く評価してるんだからな」
急に褒められ、照れで熱くなる首の後ろをさする七森。
七森「ありがとう……ございます……」
藤沢から視線を床に逃がし、恥ずかしさをひた隠しにしながらぼそぼそとお礼をこぼした。
藤沢「じゃあな」
家に帰るため、寮の食堂を出ていく藤沢。
壁ぎわに立ったまま、二条と九重の方を見る七森。
二条「俺の夕飯のプリンをあげるから、絶対に優勝してね」
九重「優しい笑顔で俺を脅してますよね。優勝できなかったら呪ってやるって言ってるように聞こえます」
二条「僕が灯真にとりついたら、また一緒に寝るまでおしゃべりできるね。楽しそう」
九重「悪霊になって俺にとりつく気、満々じゃないですか」
二条「悪霊は酷いな、せめて魔王様にして」
九重「こんな優しい魔王様がいたら、魔物たちに攻め込まれ魔界が滅びてますよ」
二条「最高の誉め言葉として受け取っておくね」
九重「ポジティブすぎて女神に見えてきました。アハハ」
二人で冗談を飛ばしながら、仲良く笑いあっている。
その姿を見て、心をナイフでえぐられたように痛みが走る七森。
嫉妬で苦しくてたまらない。
嫉妬心を追い出したくて、七森は頭をぶんぶんと振った。
七森は壁に背中を預け、うつむき、マグネットたちを持っていない右手をピースにして、第二関節を曲げカニカニする手を無表情で見つめる。
七森(カニカニ)
気持ちを切り替えるように、カニピースをぎゅっと握りしめげんこつを作る。
七森(九重先輩と初めて出る大会で、絶対に優勝する)
(そして伝えるんだ)
(あなたとバドミントンをしたくて、この高校に入りましたって)
〇6月、高校の昼休み。
夏服半袖姿の九重と藤沢。
購買で買ったパンが入った袋を持ち、教室に戻るため並んで廊下を歩いている。
藤沢「クール王子と会話するようになったじゃん」
九重「七森はダブルスのペアだし、どこがよかったとか次はこうしようとかは話し合ってるよ」
藤沢「狭い部屋で二人きり、朝までいちゃLOVEか。あーうらやましい。俺も恋人欲しい」
九重「いつ俺が、恋人できた、よっしゃーって叫びましたか? なんで毎度毎度、俺と七森を、ドロドロに甘い恋沼に突き落とそうとするんですか? ただのダブルスのペアで、ただの後輩で、ただの部屋友なんですが!」
藤沢「怪しいな、本当のことを言えよ」
九重「怪しむ要素がどこに隠れてるか、教えて欲しいんだけど」
藤沢「寮の部屋で二人きりになったとたんに、手を繋いで、見つめあって、ハグからのチュ……」
パンが入った手さげ袋を、藤沢の顔にぶつける九重。
九重「あるわけがない。っていうか、そもそもいない」
藤沢「は?」
九重「消灯まで部屋には来ないよ」
藤沢「もう6月だぞ。4月から何の進展もしてないのな」
九重「胸キュン話の一つもできなくて、すみませんでした」
藤沢「ほんとクール王子の生体、意味不明だわ。部活中だって九重ばっか見てるし。俺が九重の首を腕でホールドするだけで睨んでくるし」
九重「見間違いだって」
藤沢「なんで寝る時間まで、部屋に戻ってこないんだろうな」
九重「俺と七森は部活の先輩後輩だし、あの狭い部屋に気を遣う先輩と二人きりっていうのは居心地が悪いんじゃないかな」
藤沢「部活の先輩と同室で気を使うなってほうが無理か。七森の気持ちもわからんでもない」
九重「かわいそうな七森。俺がくじでラッキーセブンを引き当てたばっかりに」
藤沢「でもさ、七森が部屋に戻らないってのが違和感ありありなんだよ。だってあいつの視線、九重にばっか突き刺さってるし。たまに七森が九重のストーカーに見える時がある」
九重「想像力の使い方、間違ってる」
藤沢「なんかないわけ? 藤沢に好意をむき出しにされました的なこと」
九重「な……い……?」
2か月前のことだけど、部屋で親睦会をしていた時にベッドで寝てしまい、目が覚めたら七森が覆いかぶさっていた時のことを思い出してしまった九重。
キスしそうなほど近くに七森の綺麗顔があって、目が合って、ドキドキして。
その時のことを思い出してしまい、九重は「ないないない」とオーバーに両手を振る。
藤沢(100パーセント何かあったな。ほんと、わかりやすい奴)
九重をからかうのが好きな藤沢。
てんぱる九重が面白くて、お兄さん笑顔を浮かべている。
〇夕ご飯の時間。寮の食堂。
イヤホンで英語を聞きながら、うつむき一人で夕飯を食べている七森。
コンコンとテーブルを叩いた九重が、七森の視線を自分に向けさせるのに成功した。
九重「ここ、いい?」
驚きで目を見開く七森。
オッケーをもらってはいないが、お盆に料理をのせた九重が七森の前の席に座る。
七森は九重無視でご飯を食べ始めたので、九重は七森の耳からイヤホンを奪った。
七森「何をするんですか?」
九重「(イヤホンを耳に近づけて)ごはん中に英語の勉強してるんだ。タイパが良いとは思うけど、目の前に俺がいてそれはないんじゃない? ごはんはワイワイ食べる。OK?」
手でオッケーを作って、ニカっと笑った九重。
七森(うっ、かわいい)
九重を見て頬が赤らむも、九重への執着を隠さなきゃと冷めた表情を作る。
九重「今日の夕飯もおいしそう。いただきます」
おいしそうに料理を頬ばる九重を見て、彼のお盆の上に汁物のお椀がないことに気が付いた。
気になって、七森は問いかけずにはいられない。
七森「味噌汁は飲まないんですか?」
九重「今日のはカニで出汁をとってあるんだって。みんなはカニの身が入ってるって喜んでるけど、俺はパス」
七森「甲殻アレルギー?」
九重「ってことにしてある。アレルギー反応が出ちゃうから、カニは食べられませんって。でも実は嘘」
七森「え?」
九重「食べるのはちょっと。その代わりカニカマは何本でもいけちゃうよ」
白い歯を見せながらイヒヒと笑った九重だったが、七森のお盆の上にもカニの味噌汁がないことに気がついた。
九重「七森はアレルギー?」
唇にこぶしをあて、クスクス笑いだした七森。
七森「違います」
七森のクールフェイスが崩れるのが珍しくて、九重はキョトンとしてしまう。
七森「俺にもあるんですよ。誰の手あかもつけたくない、心の宝箱に大事にしまってある思い出」
何のことかわらない九重は、大きい目をパチパチ。
九重「寮にいる時間に、バドの戦略練っても平気な人?」
七森「はい」
九重「今度ダブルスの大会に出ることになったでしょ」
七森「俺たちが組んで出る初めての公式戦ですね」
九重「右利きと左利きペアはうちの部にもいるから試合前に対策が練れるとして、ダブルの左利きペアっていないじゃん。一応、どこをどう狙うのがいいか、どう動くのが効果的か、考えておきたいんだ」
七森「いいですよ。テーブルの上でシミレーションしてみましょう」
九重「サンキュ」
七森「食堂のスタッフさんに、紙とペンを借りてきます」
食堂のおばちゃんたちに話しかけに行った七森。
ホワイトボードを指さしている。
七森「すみません。マグネットを数個お借りしてもいいですか?」
おばちゃん「いいけど、何に使うの?」
七森「バドミントンの試合のシミレーションをしたくて。できればこのペンと紙も」
おばちゃん達
「寮に帰ってきてからも部活のこと考えてるなんて、あんたいい子ねぇ」
「一緒にご飯を食べてる九重くんもいい子よね。買い物袋を持ってると、持ちますって言って食堂まで運んでくれるの」
「朝夕と寮の掃除をしてくれているのよ。しかも毎日」
「私たちの仕事だからやらなくていいって言ってるのに、徳を積んだ方がバドミントンの試合で運を引き寄せられるからって」
おばちゃんたちは顔を見合わせて「ほんといい子よねぇ」と誉めハーモニーを奏でた。
七森(窓掃除や草取りをしている九重先輩を見たけど、そういうことだったんだ)
おばちゃん「この食堂、消灯の時間まで居座っていいから。がんばりなね」
七森「はい、ありがとうございます」
さわやかな笑顔をおばちゃんたちに振りまいた七森。
九重(少しずつ、笑顔をふりまけるようになってきたじゃん)
七森とおばちゃんのやり取りを席に座ったまま眺め、嬉しくなってニマニマな九重。
九重(部屋じゃほぼ会わないし、食堂で話かけて正解だった。これからもどんどん七森に絡んでいこう)
七森は壁にかかったホワイトボードと対面状態で、こみあげてくる嬉しさをかみしめながら小さくガッツポーズ。
七森(九重先輩と寮で普通に会話ができてる)
(楽しい。本当はこうやって仲良くおしゃべりしたい。小3のあの時みたいに)
(でも狭い部屋で二人きりだと緊張しすぎて、俺が暴走して九重先輩になにをしでかすかわからないし)
(今日は寝る前まで、この食堂で九重先輩とおしゃべりできたらいいな)
食事中の九重に近づく高3男子の二条。
やわらかく大人っぽい雰囲気の、ふんわりイケメン。
九重がいるテーブルに横から手をつき、上半身を横に傾けながら九重を覗き込んでいる。
二条「とうま、久しぶり」
九重「(嬉しそうに)あっ、二条先輩」
余裕のあるおっとりスマイルに、九重は懐かしさと安心感を覚えた。
声がして振り返った七森は、嫉妬が生まれるのを感じながら遠目で二人の様子をうかがっている。
九重「部屋が別々になってから、すれ違わなくなっちゃいましたね」
二条「塾に通っているんだ。どうしたの? さみしいの?」
九重「そりゃさみしいですよ。数か月前まで毎日一緒だったんですから」
二条「ちゃんと朝起きれてる? 同室の子に迷惑かけてない?」
九重「酷いな。俺、高2になったんですよ。ちゃんと先輩やってます」
自信満々でニカっと笑った九重。
「えらいえらい」と、二条先輩は九重の頭をぽんぽん。
七森(さわらないで)
七森はイライラで、ボールペンを高速カチカチ。
ペン先が出たりひっこんだりしている。
二条「聞いたけど、今度バドミントンの大会があるんだって」
九重「会場が近いので、応援に来てくれてもいいですよ」
二条「灯真LOVEって書いたうちわを大振りしながら応援するけど、試合中のメンタルは大丈夫かな」
九重「恥ずっ。ムリムリ。目が合っても二条先輩は無視確定です」
二条「そんなこと言って、試合で勝ったらコートの上から客席の俺に両手を振ってくれるんでしょ」
クスクス上品に笑いながら、九重の頭をポンポンする二条。
九重「試合後に手を振ってってお願いしてきたの、1年前の二条先輩ですからね」
心を許したお兄ちゃんに冗談っぽく文句を言う弟みたいに、九重も楽しそうに笑っている。
九重と二条が仲良しなのが気に食わなくて、離れた壁ぎわから睨んでいる七森。
藤沢「遠隔睨みでライバルを滅殺しようとしてるな」
イヒヒと笑い声が聞こえ七森が横を向くと、藤沢が立っていた。
七森「寮生じゃないですよね」
七森は不機嫌顔で、藤沢に視線を突き刺している。
藤沢「不法侵入って罪を俺になすりつけたいようだが、残念でした。寮長に許可はもらってっから。彼女にフラれた友達をなぐさめに来た救世主なわけ、俺ちゃんは」
七森(慰めるって言いながら、友達の心の傷をえぐってそう)
藤沢「ほんと仲いいよな、あの二人」
鍛えた腕を組みながら、九重と二条を見てうなづいている藤沢。
七森がさらに不機嫌になる。
七森「九重先輩と一緒にいるのって」
藤沢「高3の二条先輩。九重が高1のとき同じ寮部屋だった人」
七森「優しそうな先輩ですね」
九重を見つめたまま、嫉妬で顔を歪ませる七森。
藤沢「年中あんな感じの先輩。おっとりにっこり。金持ちの余裕なのか、イケメンの余裕なのか。あぁうらやましい」
七森「二条先輩の前だと、九重先輩は甘えたがりのポメラニアンに見えます」
藤沢「そうか?」
七森「しっぽ振ってるように見えないんですか?」
藤沢「全く。九重が可愛く見えるキラキラフィルターが七森の瞳に張りついてる説、あながち間違いじゃないかも」
七森「なんですかそれ」
藤沢「自分が一番よくわかってんだろーが」
七森(たしかに……九重先輩は可愛く見えて仕方がないけど……)
図星を言語化され、恥ずかしさでうつむく七森。
藤沢「あの二人、寮で同じ部屋だったときは、寝るギリギリまでおしゃべりしてたんだと」
七森(なんですかそれ。俺の入る隙間、全く無いじゃないですか)
悲しそうな七森を見て、ニマニマ笑う藤沢。
藤沢「なに、嫉妬か?」
七森「違います!」
横から七森の耳に唇を近づける藤沢。
藤沢「(コソコソ)九重が好きって顔に書いてある」
顔面がカーっと熱くなった七森は、焦りながらコソコソと言い返す。
七森「そういうんじゃありません。人として、バド部の先輩として憧れているだけです」
藤沢「それにしては、普段から九重に突き刺す視線が熱っぽすぎやしないか」
七森「なっ!」
顔が真っ赤になった七森。
藤沢「嫉妬が溶けたマグマみたいにドロドロで、ハチミツみたいに甘々ベタベタな眼光ビームを、密かに九重に浴びせまくってるくせに。俺にはバレバレ」
七森「そんなことは……」
藤沢「無自覚ぶるな。オマエはちゃんと気づいてる。まぁまぁ、頑張りたまえ後輩くんよ」
楽しそうに、七森のサラサラ髪をくしゃらせた藤沢。
七森「頑張れって何をですか」
七森が手で藤沢の手を払いのける。
ヤンチャから、優しいお兄さん顔になった藤沢。
藤沢「後悔しないように、全力で青春を謳歌するんだぞ」
七森「はい?」
藤沢「ダブルスのペアだった九重を搔っさらっていったのが七森ならまぁいっかって思えるくらいには、オマエのことを高く評価してるんだからな」
急に褒められ、照れで熱くなる首の後ろをさする七森。
七森「ありがとう……ございます……」
藤沢から視線を床に逃がし、恥ずかしさをひた隠しにしながらぼそぼそとお礼をこぼした。
藤沢「じゃあな」
家に帰るため、寮の食堂を出ていく藤沢。
壁ぎわに立ったまま、二条と九重の方を見る七森。
二条「俺の夕飯のプリンをあげるから、絶対に優勝してね」
九重「優しい笑顔で俺を脅してますよね。優勝できなかったら呪ってやるって言ってるように聞こえます」
二条「僕が灯真にとりついたら、また一緒に寝るまでおしゃべりできるね。楽しそう」
九重「悪霊になって俺にとりつく気、満々じゃないですか」
二条「悪霊は酷いな、せめて魔王様にして」
九重「こんな優しい魔王様がいたら、魔物たちに攻め込まれ魔界が滅びてますよ」
二条「最高の誉め言葉として受け取っておくね」
九重「ポジティブすぎて女神に見えてきました。アハハ」
二人で冗談を飛ばしながら、仲良く笑いあっている。
その姿を見て、心をナイフでえぐられたように痛みが走る七森。
嫉妬で苦しくてたまらない。
嫉妬心を追い出したくて、七森は頭をぶんぶんと振った。
七森は壁に背中を預け、うつむき、マグネットたちを持っていない右手をピースにして、第二関節を曲げカニカニする手を無表情で見つめる。
七森(カニカニ)
気持ちを切り替えるように、カニピースをぎゅっと握りしめげんこつを作る。
七森(九重先輩と初めて出る大会で、絶対に優勝する)
(そして伝えるんだ)
(あなたとバドミントンをしたくて、この高校に入りましたって)


