☆第2話☆

〇夜8時 寮の九重と七森の部屋
 左半分が七森、右半分が九重スペース
(壁にくっつくように、ベッドと机が並んでで置かれている)

 真ん中に置いたローテーブルの上にはお菓子&ジュースのプチパーティー仕様。
 九重はとんがり帽子と蝶ネクタイをつけ、ローテーブルの前に座ってじっと七森の帰りを待っている。

九重「あぁぁぁぁ、今日も帰ってこないぃぃぃ」

 叫びながら手を広げ、後ろの床に倒れこんだ九重。
 床に転がったとんがり帽子。
 天井を見つめふてくされる。

九重「俺とバトミントンのペアを組むのが、そんなに嫌だったの?」
  (寮でも部活でもよろしくなの親睦会をして、クール王子との心の距離を詰めようと思ったのに!)

  カゴいっぱいに買ったお菓子やジュースを詰め、首に買ったばかりのとんがり帽子のゴムをひっかけ、必死に自転車をこいだ数時間前の自分を思い出す。

九重(お菓子もジュースもパーティグッズだって買ってきたのに)

 壁の時計を見る。夜の8時過ぎ。

九重(あぁぁ、もう!)

 やけくそで起き上がり、部屋を飛び出す。
 寮の中を探し回るけど、七森の姿はどこにもいない。

九重「1年の七森知らない?」
寮生「ジャージ姿で外に出てった。ランニングングじゃね」

 九重は外に出る。
 自転車をこぎ、寮近辺をぐるり。
 神社のものすごく長い石段の前、自転車にまたがったまま階段の先を見上げる。
 長い階段の先には鳥居がある。

九重(最近来てないけど、ここってトレーニングに最適なんだよな。ワンチャンいるかも)

 階段を上り始めた九重。だんだん疲れてくる。

九重(自分の筋力を過信しすぎてた。普通にしんどいの忘れてた)
  (やっと着いた、太ももの悲鳴がえぐっ)

 鳥居の先に寂れた神社が。
 頼りない電灯しかなくて薄暗い中、神社の前でフットワークをしながらラケットを振っている七森が。

九重(やっぱり練習してた)

 七森に近づく九重。

九重「キツネにさらわれるよ」
 
 声は出ないけど、幽霊に遭遇したように驚く七森。
 目を見開き、前に落ちたシャトルを取るように低い体勢で、右足とラケット持つ右手をめいっぱい伸ばしたままで固まっている。

九重「アハハ、驚きすぎ」

 顔を歪めた七森は慌てて立ち上がり、走って逃げ出す。

九重「待って」

 追いかけて、階段を下りる直前で七森の手首をつかむ。
 上には鳥居。
 気まずそうに九重を見て、七森はボソボソ声を漏らす。

七森「なんで」

 七森の視線が、自分の首の蝶ネクタイに突き刺さっていると気づく九重。

九重「七森と親睦を深めようと思って、部屋でパーティーの準備をして待ってたのに、全然帰ってこないし」

七森(自分なんかと仲を深めたくてパーティーを?)

 驚きが強すぎて、七森は目を見開く。

九重「金キラのとんがり帽子までかぶってたんだから」

 暗い顔でうつむく七森。

九重「責めてないからな。暗い顔しないの」

 九重は焦ったように手を左右に振る。

九重「まだ門限まで時間あるし、ちょっと話さない? 満天の星空の下で親睦会、なんつって」

 九重が白い歯を見せながら子供っぽく笑った。

七森(……うっ、うっ、愛い)

 無垢な笑顔に心を奪われ、無言でうなづく七森。

 神社の裏手へ。
 高台にあり、眼下に街の夜景が広がっている。
 九重は柵に手をつき、二人で夜景を見おろす。

九重「知ってた? こんな綺麗な夜景が拝めるって」
七森「数日前なので……この街に来たの……」
九重「だから暗い顔やめぃ!」

 九重が七森の両ほっぺを手のひらで挟む。

九重「わかるよ。家が遠くて通えないから、寮に入ってでもうちの高校でバドミントンをしたかったんだよな。強い人と組んで公式戦でバリバリ勝ち上がる未来を描いてたのに、2年のおこぼれの俺と組まされることになったなんて災難としか言いようがないもんな。わかる、わかる、七森はかわいそう、かわいそう、よしよし」

 真ん前から九重に見つめられ、頭を優しくなでられ、耐えられずに九重から距離を取る七森。
 九重にドキドキしているとバレたくなくて、無表情を貫いている。

九重「でもさ、決まっちゃったわけだしさ、一回俺らでダブルスを組んで試合をしてみようよ。思ったより、相性いいかもしれないじゃん」

 九重が七森の背中をポンポンしながら優しいお兄さん笑顔でみつめてきた。
 七森はドキドキしすぎて言葉が出ない。
 火照る頬を隠すように口に手をあて、七森はそっぽを向く。

九重「それすら嫌なのか。さすがの俺もメンタル病むわ」

 悲しみをごまかすため、楽しそうに高笑いをする九重。

七森(違うんです)

九重「わかった、俺に任せて。明日顧問の先生に、ペアを変えて欲しいってお願いしてみる」

七森「え?」

 焦った顔で九重を見た七森。

九重「満天な星空の下、夜景を見ながらのロマンチックな親睦会はここまで。門限までにはちゃんと戻ってきなよ」

 陽キャな先輩ぶって手をパンと叩いた九重は、笑顔で七森に背を向ける。
 笑顔を振りまいていたけれど、さすがにペア解消は悲しくてたまらない。

九重(やっぱり俺がペアじゃ、不満だったんだな)

 唇をかみしめながら歩き出す九重。

 九重と視線を絡めたり話したりすると、感情が暴走しそうで怖い七森。
 でももっと一緒にいたい。
 勇気を振り絞り、七森は九重のジャージの裾(背中側)を掴む。
 驚きで振りかえる九重。
 七森の手が裾から外れる。

七森「(うつむいてボソボソと)観ました」
九重「え?」
七森「九重先輩が出た一年生最後の大会です。藤沢先輩とダブルスを組んでいて」

 頭を抱えてしゃがみこむ九重。

九重「あぁ、俺の数ある黒歴史の一つ、2回戦で惨敗したあの試合か。(頭を振りながら)頼むから七森の記憶から抹消して」
七森「先輩たちがダメダメすぎて、観ていられませんでした」
九重「(しゃがんだまま柵を掴んでしょんぼり)俺が藤沢の足を引っぱっちゃったから」
七森「(ぼそり)ほんと自己評価低すぎ」
九重「今なんて?」

 真剣な顔で隣の九重を見つめる七森。

七森「九重先輩は、自分のすごさがわかってないと言ってるんです!」

 七森が怒り気味で力強い声を出したから、九重は固まってしまった。

九重「俺がすごい?」
七森「ええ」
九重「(立ち上がりながら)なわけないじゃん。俺が強かったら、相手に振り回されて試合終了なんて無様な負け方はしなかったでしょ」

 七森がおでこに手を当て、重いため息を吐く。

七森「いいですか。九重先輩が前衛で決められるように、九重先輩が前衛で実力を500パーセント発揮できるように、後衛の藤沢先輩は、働きアリのようにがむしゃらに動き回らなきゃいけないんです」

 無表情でほぼしゃべらない七森が真剣な顔で熱弁してくるから、戸惑う九重。

七森「ここにスマッシュを打ったら相手はここに返すだろうと先の先を読んで、なんなら敵ペアを操って、苦手な動きをさせて、チャンスが来たら九重先輩が得意の飛びつきスマッシュで決める。それが後衛の役目ですよね」

 返事に困って、さらに首をかしげる九重。

七森「俺が後衛に入ったら、敵を都合よく動かして、九重先輩をうまく使います」
九重「うまく使うって、俺は後輩の下僕か」
七森「こんなに詳しく説明しているのに、間違った解釈をされるのはいい気がしません。補足させてください。バドをしている時の九重先輩のクセですが、素早いフットワークだからこそ相手がシャトルを捕えた瞬間に――」
九重「ああー、もういい、とりあえず静まれって」

 表情を暗くして、うつむく七森。

七森「熱くなりすぎました。すみません」

 素直に謝った七森が反省したドーベルマンに見えてなんか可愛くて、九重の口から笑いがこぼれた。

九重「アハハ、珍しく素直じゃん」
 
 七森のサラサラな髪を、ワサワサと撫でる九重。

九重「戦略に自信ありで、鋭くて正確なスマッシュが打てて、それだけ実力が備わってるとバドミントンをするのが楽しくてたまらないんだろうな、いいな、俺も極めたいな」
七森「思い違いはやめてください」
九重「え?」
七森「バドミントンが楽しいと思ったのは、人生で1度だけです」

 うらやましくて笑っていた九重だったが、七森が辛そうな声を吐き出したから固まってしまった。

七森「苦しくて、逃げたくて、バドが大嫌いで、でも大好きになりたくて、どうしても強くなりたくて」
九重「辛いならなぜやめないの? 寮に入ってまで、うちの高校でバドミントンをしている理由は?」

 真剣な顔で七森に見つめられ、ドキッとする九重。

九重(もしかして俺とバドミントンがしたかった? なんて、そんなはずない。会ったこともないし)
七森「もっと大好きになりたかったので……」

 雰囲気的に七森に告白されるんじゃないかとなぜか思ってしまい、緊張でつばを飲み込む九重。

九重(まさか俺、告白されちゃう?)
七森「カニを」
九重(カニ?!)

 驚きが強すぎて心の中で叫んだ九重。
 告白されるかもと思った自分が恥ずかしすぎて、顔が赤くなる。

九重(告白されるかもって、なぜそう思った? 七森は俺を拒絶しまくってるのに。自意識過剰すぎ、恥ずかしすぎ)

 柵を持ったままその場にしゃがみこんだ七森は、冷たい柵に恥ずかしさで火照る片頬を食い込ませている。

七森(うっ、かわいい)

 目の前で照れ顔をさらす九重が、自分の瞳に可愛く映ってたまらない七森。
 二人とも相手にバレないように、真っ赤に染まる顔を隠していた。

九重「こっ、今夜は月も綺麗だね。お月見日和じゃん」

 照れをごまかしたい九重だったが、今夜満月ではなくて今にも消えそうな細い月。
 九重は星空を仰ぐように上を向き、両手で顔全体を隠している。
 七森はうつむき気味で口元を押さえている。



〇体育館。バドミントンの部活中。
 九重と藤沢はラケットを片手に壁にもたれている。
 藤沢はニタニタと笑いながら、横から九重の首を腕でホールドした。

藤沢「どうよ、クール王子との同棲生活は」
九重「同棲やめい!」

 怒りながら藤沢の腕をほどく九重。

九重「七森は同じ部屋の住人ってだけですが、なにか?」
藤沢「なんの笑いも起きない模範解答、どうも」
九重「ただで面白い話が聞けると思うなよ」
藤沢「エナジードリンク缶1本で」
九重「おごる気がないくせに! あぁ強炭酸のどに流し込みたくなった! 藤沢のせい!」
藤沢「被害妄想やめい!」
九重「やめい、真似するな!」

 楽しくてお腹を抱えて笑う藤沢を、冷たい目で見る九重。

藤沢「で?」
九重「ん?」
藤沢「キョトン目やめい」
九重「それはもういいから!」
藤沢「七森と同じ部屋で過ごして1週間たったけど、心の距離は縮まった?」
九重「ほとんどいない」
藤沢「は?」
九重「消灯ギリギリまで部屋に来ないし、朝早く起きてどっかに行くし」
藤沢「おやすみなさいのハグは?」
九重「部屋に入ってきても目すら合わせてくれないんだよ。話しかけるなオーラで万里の長城が築けそう」
藤沢「ひねくれ反抗期の恋人を持つと大変だな」

 「なっ!」と目を見開き、反抗するため藤沢の前に立つ九重。

九重「恋人って後輩の間違いでしょ! なんで藤沢はすぐLOVE駅に向かって快速飛ばすかな。お願いだから脱線して」
藤沢「九重おちょくるの、高1からの生きがいだし」
九重「人間の肉が簡単に斬れる鋭利なガットに貼り替えて、藤沢の顔に押しつけてやろうか」

 おぞましい表情で、バドミントンのラケットを藤沢の顔の前に突き出す。

藤沢「スプラッタやめい!」

 藤沢が楽しそう笑いながら、両手で九重の両腕を掴む。

九重「放せ、この握力バカ!」

 力では勝てなくてもがく九重。
 右手に持つラケットも一緒に暴れている。

藤沢「見てみろよ。クール王子の綺麗顔が俺への嫉妬で歪んでる。快感快感」

 両手を掴まれたまま振り返る九重。
 離れたところで三角座りをしている七森が、冷酷な目をこっちに向けている。

藤沢「どれだけ九重に執着してるんだか」
九重「勘違い」
藤沢「部活中の七森見てればわかるじゃん。九重の細い体に穴が開くんじゃないかって心配になるくらい、九重のプレイだけをずっと見てるし」
九重「ほんとの話?」
藤沢「気づいてなかったのかよ、ニブちんめ」
九重「鼻つまむな」

 藤沢に鼻をつままれ、手で払いのける九重。

藤沢「実験、実験」

 二ヒヒと八重歯を光らせながら、前からガバット九重に抱き着いた藤沢。

九重「うわっ、俺に抱き着くのは大会で大勝利をおさめた時だけにして」

藤沢「見えるか、七森の顔」

 藤沢に抱きしめられながら、七森を見てギョッとする。
 殺意に満ちた人殺しの目で九重たちを睨んでいる。

九重「彼の周りだけ……怒りの炎が燃えたぎっているような……」
藤沢「これが九重へのLOVEじゃなかったら、九重へのなみなみならぬ恨みって答えしか残んなくなるが」

九重(ほんと七森は何を考えているのかわからない)
  (俺を好きなんてありえない)
  (だって俺は男だし。部屋で避けられてるし)


〇部活中、いろんなバドミントンの練習をした後。

部長「学年関係なくダブルスの試合をするぞ」

九重(七森と組んで試合するのは初めてだ)
  (藤沢が変なことを言うから、七森の顔を直視できないんだけど)

 勝手に顔が赤らむ九重。
 ラケットで顔を隠す。
 ガットだから隠れていないけど。

九重(今は部活中。雑念は排除。先輩なんだから、俺が七森を引っ張らないと)

 九重は気合を入れるため、両手で顔をパンパン。
 体育館のすみで床にお尻をつけ、両足を開いて前屈をしている七森の前に、九重が忍び寄る。
 九重はしゃがみこんで、幽霊みたく両手を顔の前に。
 七森は気づいていない。

九重「う~ら~め~し~や~」
七森「うわっ」

 驚いた七森は、背中をのけぞり両手を後ろに着いた。

九重「アハハ、九重お化け屋敷大成功!」

 両手ピースで無邪気な笑顔を見せる九重。
 七森はあきれ顔で、何事もなかったようにスッと立ち上がった。

九重「試合よろしく。俺たちが組む初めての試合だし、相手がどんな奴らでも、胸を借りるつもりで気楽に挑んでいこう」

 九重は七森の背中を軽く叩く。
 七森は無表情でそっぽを向く。

九重(無視か。まぁ想定内だけど)

 七森は小3の時に1度だけ、九重とバドミントンをしたことがある。
 九重もその時の記憶が残っているが、相手が七森だとは思っていない。
 その時から、九重とバドミントンをしたくて必死に練習してきた。
 この高校に入ったのも九重とバドミントンがしたいから。
 夢がかなう。嬉しい。でも緊張する。
 足をひっぱらないようにしないと。
 幻滅されたくない。絶対に勝ちたい。
 大好きな気持ちを必死に隠すため、無表情を貫く七森。
 でも誤解されたくない。一緒に組めて嬉しいってどうしても伝えたい。

 七森は真っ赤に染まる首に手を当て、そっぽを向きながらオドオドとこぶしを九重に突き出した。
 グータッチを七森から要求してくるなんてと、目を見開いて驚く九重。
 嬉しくて九重の口元が緩む。

九重(フフフ、可愛いやつ)
九重「頑張ろうね」

 九重がこぶしを七森に当てグータッチ。
 七森は誰にもバレないようにみんなに背を向け、九重とグータッチをしたこぶしをもう片方の手でこすり、幸せをかみしめている。


〇ダブルスの試合開始直前。
 コートに入る九重と七森。
 自分からグータッチをしてくれた七森が心を開いてくれた気になって、嬉しくて笑顔ニマニマな九重。

九重「気負わずに、最初はお互いのプレイスタイルを探っていく感じで」

 無視の七森。
 九重はがっかり。

九重(そこは「はい先輩!」って健気にうなづくとこだろーが)
  (感情のジェットコースターやめい)
  (思春期クール王子の扱い、難しすぎ!)

 
〇試合開始。
 ラリーが続き、前衛に甘く上がった羽を九重がスマッシュ。

九重(あれ、すごく動きやすい)

 またラリーが続き、相手右コートギリギリを狙った七森のスマッシュに敵が対応しきれず、また前衛にチャンス羽が上がって、九重が強烈プッシュ。

九重(甘いシャトルが前衛に上がってくる。なんで?)

 九重は振り向いて、後衛を守る七森を見た。
 七森は九重から視線を外し、涼しい顔で足首を回している。

九重(そうか。俺がネット前でエースを決めやすいように、七森が相手を崩しているんだ)

 七森が鋭いスマッシュを打つと見せかけ、相手のネットスレスレに羽を落とした。
 ドロップに対応しきれず、一歩が遅れた相手。
 なんとか手足を伸ばしネット前で拾うも、甘い羽が九重がいるネット前に飛んできて、相手のお見合いスポットにプッシュで押し込む。


九重「よっしゃ、勝ったぁ」

 ラケットを持ちながらの両手ガッツポーズで、喜びをかみしめる九重。
 七森は無表情のままガットのゆがみを直している。

 ネット前で「ありがとうございました」と敵と握手を交わし、九重を避けるように七森はコートの外にすたすた歩いて行った。
 息を整えながら、七森はスポーツドリンクを飲んでいる。

九重「お疲れ」
七森「……」
九重「無視やめい」

 両手で七森のほっぺを挟む九重。
 ビクっとする七森。

七森「なにをするんですか。こぼすところだったじゃないですか」

 顔をひっこぬき、七森はドリンクのふたを閉める。

九重「俺たちの初試合で勝利を収めたんだよ」
  「3年ペアにストレート勝ち」
  「いま喜ばないで、いつ喜ぶんだよ!」

七森「(小さな声で)嬉しい……です……」
九重「え?」
七森「人生で2回目だから……バドミントンの試合がめちゃくちゃ楽しいって思ったの……」

 ムスッとした顔でそっぽを向いている、七森の片腕を掴む九重。
 七森を引っ張り歩き出す。

九重「じゃあお兄ちゃんが、こういう時の感情表現を教えてあげる」
七森「どこに連れてく気ですか?」
九重「目立てば目立つほど、こういうのは快感だから」
七森(まさかステージの上?)

 手を放してほしそうな七森を無視で、七森を体育館のステージの中央に連れてきた九重。
 胸の高さのステージからは、男子バドミントン部と男子バレー部の練習風景が見える。
 練習の手を止めた部員の視線が四方八方から突き刺さり、恥ずかしい七森。

七森「いったい何を……」
九重「俺がせーのって言ったら、ダッシュからの大ジャンプね」
七森「ステージから飛び降りるってことですか?」
九重「両手はカニピースで」
七森「カニ?」
九重「そう、カニカニ、かわいいでしょ」

 カニカニと言いながら、顔前の両手ピースの第二関節を曲げ伸ばしする九重。

七森「なんでカニなんですか?」

 ステージの上で表情を緩ませ、過去を思い出すように遠い目をした九重。

九重「俺にだって、誰の手あかもつけたくない、宝箱にしまっておきたい、そんな大切な思い出があるんだよ」
七森「それって……」

 もしや俺が小3の時に九重先輩と出会った日のことですか?
 と、少しだけ期待してしまう七森。

九重「フフフ、俺に心を開かないクール王子には内緒」

 鼻の前に人差し指を立てた九重。
 二カっと笑った九重の笑顔がまぶしくてかわいくて、七森の顔がブワっと真っ赤に染まる。
 
九重「七森、行くよ」
七森「本当に飛び降りるんですか? ムリです」
九重「こういうのはノリだから。楽しも」
七森「みんなに見られてます」
九重「気にしない気にしない、せーの」
七森「え? え?」

 困惑する七森をステージに残し、九重はダッシュからステージ下へカニジャンプ。

九重「イエーイ!」

 両手ピースを天井に突きあげ、床にしゃがみこんだ。
 勢いのまま前転して、ばたりと大の字で床に仰向けになる。
 九重は寝ころんだまま、楽しそうにゲラゲラ笑っている。

七森「大丈夫ですか?」

 ステージの上から下をのぞく七森。
 九重はステージに頭を向け、笑い涙を指で拭いながら、瞳に逆さに映る七森を見上げた。

九重「俺だけが飛ぶとか、恥ずかしさで笑い死ぬんだけど。アハハ」
七森「一緒に恥をかくなんて、一言も言っていません」
九重「今めちゃくちゃ楽しいから、まぁいっか」

 笑いがやみ、九重が仰向けのまま真剣な顔で七森を見た。
 
九重「これからも、ダブルスのペアと寮の部屋友よろしくね」

 七森が無表情のままそっぽを向く。

九重(素直じゃないんだから)

 七森が顔を横にそむけたまま、ステージ下の九重に両手ピースを作った。

九重(ん?)

 七森は恥ずかしそうに、カニカニと指の第二関節を折り曲げている。
 嬉しくなった九重。

九重「アハハ、クール王子にしては上出来」

 上機嫌のまま、九重は立ち上がる。
 練習に戻らなきゃと、ステージに背を向け走り出そうとする。

七森「九重先輩」

 七森の声が背後から聞こえ、足を止め振り向いた。
 七森はうつむいている。

七森「部屋にいます……今夜は……夕食の後……」
九重(珍しい。最近は消灯の時間まで部屋にいないのがあたりまえだったのに)
七森「だから……」
九重(ん?)
七森「やってくれませんか? 俺たちの親睦会。あと初勝利のお祝いも……」

 真っ赤に染まる首に手を当て、恥ずかしそうに視線をそらしながら言い切った七森。
 無表情な時とのギャップが可愛くて、九重の口元が緩んでしまう。

九重(ギャップ萌え、かわいい)
  (って、今のはキュンじゃない。七森を見て胸がときめいたとか、そういうんじゃないから!)

 心の中で照れ吠えをした九重。

九重(なんだよ、このくすぐったい感情は……)

 手の甲を唇に押し当て、ひじを上げ、九重は火照る顔を隠した。