【BL青春マンガシナリオ なな×ここ】
「」会話 ()心の声
☆登場人物
攻・七森律希 高1 クール
受・九重灯真 高2 テンション高め
☆第1話☆
〇高校の寮 桜が満開な4月初め。
筒に入った棒くじで、寮の部屋決めをしようとしている。
1年から3年の男子寮生が、寮の食堂に全員わらわら大集合。
寮長「寮の部屋決めをするぞ」
九重(このクジで、高2の1年間の運命が決まってしまう)
寮長「二人で一部屋だからな」
ドキドキワイワイしながら、みんな順番にくじをひいている。
栗色髪センターわけ幼顔の高2の九重が、黒髪サラサラ王子顔の高1の七森をちら見。
九重(わがままは言いません。あいつとだけは同じ部屋になりませんように)
七森から寮長が持っている箱に視線をずらし、目をつぶりながらエイッとくじをひく九重。
恐る恐る目を開ける。
九重「よしっ! ラッキーセブン!」
普段から盛り上げ役で陽キャの九重が、くじを天井に掲げてハイテンションで大喜び。
寮友「さすが九重。持ってんな」
九重「日々徳を積んでますから」
九重は7と書かれた棒を顔の横に掲げ、白い歯全開のさわやかスマイル。
九重(七と言えば、虹、七夕、七福神。縁起がいいものばっかり!)
(他には、7……7……7……)
ハッとなって七森を見る九重。
無表情クールイケメンは、やる気がなさそうにスマホをいじっている。
九重(七森律希も7がつくじゃん!)
ガーンと額に縦線。
九重(いやいやいや、さすがにこれだけ寮生がいて、七森と同じ部屋になるなんてことはないか)
悪い予感を追い払いたくて、頭を左右にブンブン振る。
九重(去年は気遣い上手な1こ上の二条先輩がルームメイトだった。勉強を教えてもらって、悩みもたくさん聞いてもらって)
柔らかい雰囲気で友達と談笑している、おっとり系のふんわりウエーブイケメンの二条先輩をチラ見。
九重(今年も二条先輩が同室なら最高なんだけど)
寮長「七森は何番だった?」
寮長の声にハッとして、九重が七森を見る。
九重(7以外で、俺と違う部屋で、神様お願いします)
心の中で必死にお願いする九重。
切れ長の目をだるそうに細め、無表情&無言で七森は棒を寮長に見せた。
寮長「おっと、二人目のラッキーセブンが出ました! みんな拍手!」
陽気な寮長が手を叩くと、寮生たちも拍手で盛り上がり始める。
九重(うわっ、俺と一緒? 嘘だろ?!)
寮長「良かったな1年。同じ部屋の九重は、面倒見がいい陽キャな先輩だぞ」
九重(くじで決まったものはしょうがない。とりあえず笑顔笑顔。怖い先輩認定されたら面倒だし)
現実を受け入れる覚悟を決め、九重はおでこが見える幼顔スマイルで七森に近づく。
九重「初めまして、高2の九重 灯真(ここのえ とうま)です。顧問から聞いてるよ。ようこそバドミントン部へ」
七森「……」
九重「ノリが悪いな。バド部の先輩と同じ部屋になって緊張してる? 大丈夫だって、俺、人との調和を大事にする心優しきてんびん座だから。とりあえず握手でよろしくねってことで」
握手をしようと、無邪気な笑顔で右手を差し出す九重。
寮長「部屋のペア決め終わったから解散、おつかれ」
七森は無表情のまま九重を無視。
カバンを肩にかけ、何事もなかったかのように部屋から出て行ってしまった。
笑顔のまま、心の中で怒鳴る九重。
九重(クッソ、無表情クール王子を決め込みやがって。朝寝過ごしても、起こしてやらないからな!)
〇部屋を出て寮の玄関を出て、人気のない庭で外壁に背中を預けながらしゃがみこむ七森。
顔は真っ赤。心臓バクバク。
火照った顔を隠すため、顔に右腕を巻き付けるように二の腕に唇を押し当てる。
七森「心臓が逃げ出すかと思った///」
「同じ部屋なんてありえない。ほんと無理///」
しゃがみこんだままひざを抱え、サワガニのイラストステッカーをカバーに挟んだスマホをおでこに押し当て、バクバクの心臓をなだめている。
〇体育館 バドミントンコート。
1年が入部して初めての部活中。
九重はコートでダブルスの試合。
前髪ポンパ姿で、かっこよく汗を流している。
前衛でジャンピングスマッシュを決めた九重。
九重「(左手ガッツポーズ)よっしゃ!」
藤沢「ナイス九重」
ペアで後衛の藤沢が、九重の肩を叩いた。
部長「15分休憩」
部員たち「はい」
2年リーダーの九重が、指示を出すため1年たちに近づく。
九重「高校に入って初めての部活はどう? 中学よりしんどい?」
1年「筋トレだけで足がガクガクになりました」
1年「中学よりはるかにレベルが高くて、ついていけるか心配です」
九重「俺も一年前、同じこと心配してた」
1年「厳しいノック練習の後にゲームをこなしても元気がありあまってるみたいだし、九重先輩の持久力は生まれつきかなと」
九重「なに、誉め言葉? 嬉しいんだけど。舞い上がって体育館の天井を突き破ったら、俺の代わりに穴塞いでね」
1年「九重先輩って、バド部の2年リーダーなのに親しみやすいっすね」
1年「俺と同じ新入生って勘違いしちゃうんですけど」
九重「高1のクラスに潜入してバレないか、今度やってみようかな」
1年「俺のクラスに来てください」
1年「うちんとこにも」
九重「アハハ、先輩に悪いことをさせないように」
1年「九重先輩が言い出したんじゃないですか」
九重&1年達で楽しく笑いあう。
少し離れたところに立つ七森が、九重たちの談笑を不機嫌顔でチラ見している。
九重「俺との楽しいおしゃべりはここまで。この後、入部恒例のスマッシュ大会やるから、水分をちゃんととって体を休めておくように」
1年たち「(元気に)はい!」
九重(いい返事。やる気がみなぎっててみんなかわいい。それにひきかえ、俺のルームメイトになったあの男は……)
七森は返事もせず、九重と目も合わせない。
我関せず、壁に背中を預け、無表情でラケットに張られたガットのゆがみを指で直している。
九重(顔面は綺麗顔の王子様なくせに、かわいくない)
(今朝だって)
〇過去回想 今朝。
寮の部屋、一部屋の右半分が七森、左半分が九重スペース。
ベッドで目を覚ました九重が、ジャージ姿の七森に話しかける。
九重「よく眠れた?」
(うっ、先輩の気遣いを無視)
「ランニングでもしてきた? えらい。ギリギリまで寝てればいいのに」
(誉めも無視。目すら合わそうとしないって。こうなったら)
九重がベッドから降りる。
スマホを操作して、にヒヒと笑いながら画面を七森に見せた。
九重「フフフ、ルームメイトになった後輩にだけ、特別に見せてあげようじゃないか。実家で飼ってる猫のサラ。可愛すぎて目が溶けそうになっちゃうでしょ」
七森が無表情のままスマホを見た。
九重(おっ、食いついた)
「癒されるよね。他の写真もあるから見て見て!」
(可愛いは万国共通。うちのサラに癒されない人類なんていない。七森は猫好きか。寮の部屋決め直後も、猫の話をしとけばもっと早く打ち解けたんだろうな)
七森はチラ見したものの九重に背を向け、タオルと掛けてあった制服を手に取り左ひじに挟んだ。
九重(って、やっぱり俺を無視?!)
(期待させといて奈落の底に突き落とすタイプか。たちが悪すぎ)
タオルや制服を左ひじに挟んだまま、ドアに向かう七森。
とりあえず笑顔で声をスキップさせる九重。
九重「シャワーに行ってくるんだね。朝ごはんまでには戻っておいでね」
(わかってますよ、君の得意なスルーですよね。はぁ、こんなんで1年間も一緒の部屋で暮らせるのかな)
部屋の外に出ると思いきや、ドアの前で立ち止まった七森。
九重「忘れ物? ヘアオイル貸そうか?」
無表情すぎて怒っているようにも見える七森が、ズカズカと九重の方に来る。
なんか怖くて九重は後ずさり。
背中に机が当たる。後ろに逃げ場はない。追い詰められた。
九重の後ろの机に、七森が右手をついた。
二人とも背の高さはほぼ同じ。
同じ目線の真正面から、九重は七森に睨まれる。
逃げられなくて、九重はツバをごくり。
九重「何? 言いたいことがあるなら聞くよ」
七森「どうにかしてもらえませんか」
九重(おっ、しゃべった)
驚きで目を見開く九重。
重い空気を一掃したくて、あえて笑顔を作る。
九重「俺と同じ部屋が嫌なんだよね?」
七森「違います」
九重「俺のいびきがうるさかった?」
七森「息をしているのか不安になるほど静かでした」
九重(心配してくれた? まさかね)
九重「寝たまま俺が部屋を徘徊して、七森の首を絞めたとかだったらごめんって、あはは」
九重は頭の後ろに手をおき、ごまかし笑い。
七森「ほんと、そういうとこなんですよ」
あきれ顔の七森。
九重「ん?」
前かがみになった七森が、九重を逃がさないように机に右手を置いたまま、九重の耳に口を近づける。
七森「カニがひれ伏す沼レベルの可愛さを振りまいてるって、気づいてますか? 九重先輩、その態度どうにかしてください。この部屋に居づらいです」
九重「……え? カニ? は?」
七森「言いたいことはそれだけなので」
九重の後ろの机に置いていた手を引っ込めた七森。
ドアばたんで部屋から出て行った。
わけが分からない九重。
フラフラと自分のベッドに近づき顔から倒れこむ。
枕に顔面を押しつけた。
息苦しくてブハッと枕から顔を話したのち、横向きに寝そべり枕を抱きかかえる。
顔が真っ赤。
九重「何だったんだ今の。初めてしゃべったと思ったら、カニがひれ伏すとか俺が可愛いみたいなこを言われたんだけど」
(声が低くて無駄にイケボだった。耳が溶けるかと思った)
「クール王子対応の心の声翻訳機、だれか貸して!」
〇体育館、コートの外。
開脚ストレッチをする九重の背中を、立膝をつきながら押す藤沢。
細身・栗色の髪・童顔の九重とは違い、藤沢はややマッチョ・短髪・体育会系でオスっぽい。
九重「って七森に言われて」
片ほっぺプクリでふてくされている九重。
藤沢「クククっ、カニって」
九重「意味がわからないでしょ」
藤沢「彼女にふられたばっかの俺にノロケかますとか、鬼なのか? 九重は鬼なのか?」
前屈をする九重の背中を、藤沢はあえて強めに押した。
九重「痛たた、加減しろ」
藤沢「心が病んでる時はな、幸せアピールがウザってなるだろーが」
九重「痛いって! 藤沢、俺の話ちゃんと聞いてた?」
藤沢「一年の麗しきクール王子と同じ部屋になりました。ラブラブです。幸せです。そういうノロケ話だろ。リア充色の胸焼けをどうも」
九重「真逆だって。避けられてるんだって。部屋でも外でも目すら合わせてくれないんだよ。消灯直前まで部屋に戻ってこないし」
藤沢「さっきの話を解読したら、今朝七森に告られましたって答えにしかたどり着かない」
今朝、七森に机ドンをさられた時のことを思い出し、顔の熱があがる九重。
〇過去回想。
朝、寮の部屋、机ドン状態。
七森が九重の耳元に唇を近づけている。
七森『カニがひれ伏す沼レベルの可愛さ振りまいてるって、気づいてますか? 九重先輩、その態度どうにかしてください』
〇過去回想終了。
イケボにドキッとした自分が恥ずかしくなった九重。
上半身を起こして振り返り、立膝で背中を押す藤沢に吠える。
九重「だからあれは、からかわれただけなんだってば!」
藤沢「七森の気持ち、わかるわ~」
九重「は?」
藤沢「九重イジりは快感っつーか、癖になるっつーか。いつも俺に極楽の提供をサンキュー」
「はぁ」と重いため息を吐く九重。
九重「あのさ、友達やめてもいい?」
片ほっぺでふくれる九重。
アハハと大笑いする藤沢。
二人とも立ち上がり、藤沢はオスっぽくラケットを肩に担いでいる。
藤沢「で、理由は?」
九重「ん?」
藤沢「七森だけは嫌だって思ったんだろ、寮で同じ部屋になるの」
九重「あぁ」
藤沢「無口で無表情で、コミュ障かってくらい同じ1年連中ともしゃべってないけど、悪い奴じゃないじゃん」
九重「絶対に取れないってシャトルもがむしゃらに追いかけてるし、バドミントンへの情熱は誰よりも燃えたぎっているよね」
藤沢「あー、そういうこと? 顔が良すぎて、同じ男として悔しいんだ」
九重「サラサラな黒髪って女子受けいいよな。顔だって麗しい王子様って感じで。って、別にひがんでないし!」
藤沢「嫉妬した女子に刺されるのが怖いとか? 七森王子と同じ部屋なんて九重くんずるいわ。グサッ、ギャァァァ、バタっみたいな」
嫉妬する女子になりきってぶりっこした後、刺す真似、叫ぶ真似、倒れる真似で床に寝ころんだ藤沢。
下手なお芝居をした藤沢を、九重は冷たい目で見下ろしている。
九重「刺されるとかやめて。あと80年は生きたい」
立ち上がった藤沢。
藤沢「寮の狭い部屋にイケメンと二人きり。男なのに七森に心を奪われそうで怖いってやつか。そん時は一番に俺に相談しろ。同性恋愛に理解がある男であり続けたい」
マリア様になった気分で、藤沢は目をつぶり両手を広げ微笑んでいる。
九重「頼むから、妄想に恋愛を絡めるのはやめて」
藤沢「じゃあなんで、七森と同じ部屋になりたくなかったんだ?」
九重「バドミントン部に入るって顧問に聞いたから」
藤沢「理由それ?」
九重「悪い?」
藤沢「理解に苦しむ」
九重「寮で気まずくなったら、部活がやりづらくなるじゃん」
藤沢「まぁバドミントンバカの九重からバドミントンをとったら、何も残らないもんな」
九重「それにさ、試合で後輩に負けたら絶対に悔しいじゃん。そうなったときに七森を憎みそうで怖いっていうのがあって。悔しいって思いが暴走して、言葉の刃になって、七森のことをガミガミ叱って傷つけそうで。同じ部屋じゃなければ、物理的に距離をとれる相手なら、感情をある程度はコントロールできると思うけど」
藤沢「無意味な心配してるんだな」
九重「?」
藤沢「オマエはそんなことしない」
九重「なんで言いきれるの?」
藤沢「自分が負けて悔しくてたまらない時も、『やったな』って勝った相手を笑顔で称える。それが、俺の見てきた九重灯真って男だ」
九重「……藤沢」
藤沢「オマエは心の闇に光を当てる太陽の化身なんだ。自信をもって光属性を発揮したまえ」
九重の髪をぐちゃぐちゃにする藤沢。
藤沢「自信持てよ、バド部2年の学年リーダー。俺ら2年全員、オマエを信頼してるんだからな」
九重「そんなできた人間じゃない」
藤沢「3年の先輩が引退したら、九重キャプテン爆誕だぞ。今のうちに後輩への威張り方を練習しておけ」
九重「髪ぐしゃぐしゃにするなって!」
藤沢「それにしても手首が細いな」
九重の手首を握ろうとした藤沢だったが、いきなり現れた七森が阻止。
七森は藤沢の腕を掴み、長くてサラサラな黒髪の隙間から藤沢を睨みつけている。
怒り顔のまま、七森が藤沢の腕を離した。
七森「九重先輩と同じ部屋で寝ているのは、俺なんですが」
藤沢「(おちょくるように)なんだ七森、声が出せるんじゃん」
七森「(睨んだまま)知っていますか? 人間には声帯があってですね」
藤沢「高1からダブルスでペアを組んでる俺に向かって九重の私物化宣言は、どうかと思うが」
鋭い視線バチバチな七森と藤沢。
喧嘩勃発の予感に焦りだす九重。
七森「頭を使わない自己中なバドミントンをして、前衛の九重先輩を生かしきれてない藤沢先輩に言われたくありません」
藤沢「なんだと!」
九重「藤沢落ち着けって。七森は入部初日から先輩をあおるな!」
七森に怒り出した藤沢の肩を両掴みなだめ、九重は振り返りながら七森に注意をしている。
部長「1年集合。スマッシュの筒当て大会をするぞ」
九重「呼ばれてるぞ七森」
七森はまだ言いたいことがあるのか、うつむいて浮かない顔。
九重「相手コートに立ててある筒にスマッシュでシャトルを当てる1年限定バド部ウエルカムのお遊び大会だから、気軽に楽しんで。あっでも、先輩たちのイジワルにビビるなよ。どこにシャトルを上げてくるかわからないんだ。難易度高すぎて、だれも当てられないと思うけど」
「頑張れ」と言いながら、七森の肩を叩く九重。
九重は七森に腕を掴まれた。
七森の胸元に引き寄せられ、七森の口元に耳が当たりそうに。
七森「見ててください」
いつも無表情の七森が九重だけに微笑んだ。
優しい笑顔にドキッと胸が弾んだ九重。
九重(ドキってなんだよ)
ラケットを持ってコートに入っていく七森を見つめ、ドキドキする心臓に手を当てる九重。
いつの間にか藤沢が、九重の隣に立っていた。
藤沢「今夜は離さないよ、九重先輩」
藤沢が冗談っぽく色っぽく、九重の耳にオスっぽいイケボを吹きかける。
追い払うようにラケットを振り回す九重。
九重「面白がって七森の真似をしないで。って、そんなこと言われてない!」
(七森に怒ってたよね。機嫌直るの早っ。男3兄弟の長男ともなると、口喧嘩はじゃれ合いなのか?)
藤沢「耳が弱いんですね。性感帯ですか? 九重先輩はかわいいですね」
まだ七森の真似をする藤沢に、さらにムッとする九重。
九重「オマエとのダブルスのペアを解消する。理由は胸に手を当てて考えて」
藤沢「私を好き放題もて遊んだくせに今さら捨てるなんて、九重先輩酷すぎですわ。ネット晒しの刑確定ですわ、オホホ」
おしとやかにひざ同士をくっつけ、お嬢様になりきり、扇で口元を隠すように手を唇に当てた藤沢。
九重「男性ホルモンギラギラなオス顔で、嫉妬深いメンヘラ令嬢を演じるのは無理がある」
藤沢「こう見えて私、売れっ子アイドルなの。アイドル界のトップに君臨しているの。よ・ろ・し・く・ね」
両手でハートを作って、九重にアイドルウインク。
九重「頼むから、日本のアイドル界が世界中からがっかりされる前に、スポットライトが当たらない平民のみが住む村に下山してくれ」
九重は頭に手を当て呆れている。
藤沢は大笑いしている。
九重(藤沢の冗談に付き合うこっちの身にもなってよ)
九重(おっ、始まった始まった)
(懐かしい。1年前か。先輩がいじわるなところにシャトルを上げるんだもん。体勢が整わなくて、1球も筒に当てられなかったっていう悔しい思い出が)
1年「クッソ。チャンスが3回もあったのに、全然ダメだった」
ラケットをむね前で振り下ろし、悔しがる1年。
部長「次、七森」
返事もせず、七森は無表情でコートに入っていく。
七森がネット越しに対面しているのは、いじわるなシャトル上げを楽しんでいる部長。
ラケットを顔の横にあげ、七森は真剣な顔で構えるポーズをした。
九重(練習を見て思ったけど、七森ってフォームが綺麗なんだよな)
(強かったら中学の大会で名前が知れ渡っているはず。でも七森なんて選手は聞いたことがない)
(全国大会上位クラスじゃないと、イジワル筒当てスマッシュの全クリは無理)
(1年生ウエルカムのお遊びイベントだと思って、気楽に挑戦するがよい、クール王子よ)
部長がシャトルを打ち上げた。
瞬時に移動した七森のフットワークスピードに驚く九重。
九重(フットワーク早っ、忍者の末えい?)
(でも部長の球の軌道がいじわるすぎた。あの体制からスマッシュを打つので精一杯なはず。筒に当てられるわけがない)
体勢を崩しながら、必死にスマッシュをする七森。
九重(うそでしょ)
見事、シャトルの筒にスマッシュが命中。
カランと筒が倒れた。
部員たち「オー!」
「マジか」
2球目も3球目もつらい体勢からスマッシュをして、七森は見事パーフェクトを叩きだした。
興奮気味に七森を囲む1年部員たち。
1年「七森、すげー」
「あの体制でよく力強いスマッシュが打てたな、筒3本とも倒れてんじゃん」
「部長のイジワルサーブをスマッシュするだけで、俺はいっぱいいっぱいだったのに」
七森に好意的な1年たちだけど、七森は完全無視。
目も合わせず、人ごとのような顔でラケットのガットを指で直している。
その様子を見て笑っている藤沢。
藤沢「あんなに褒められてるのに周り無視って、このさき七森とダブルスを組むやつ大丈夫か」
九重「試合終了まで顔色一つ変えない冷静タイプしか、七森に合わなそう」
藤沢「俺らじゃ無理ってことだ」
九重「一点決めただけで喜びの雄たけびをあげまくってるもんな、俺たち」
藤沢「腐れ縁、これからもダブルスのペアをヨロ」
九重「こちらこそ。って、出会ってまだ1年しかたってないし。腐れ縁は言い過ぎ」
藤沢「縁なんてものはな、心のつながりが重要なんだよ。頭固いな。地蔵かよ。南無阿弥陀仏」
手を合わせ目を閉じる藤沢。
九重「拝むな」
九重は藤沢の腕を両手で掴み、藤沢の腕を体の横にくっつけた。
藤沢「アハハ」
楽しくて大笑いの藤沢。
仲良くしゃべっている九重と藤沢の様子を離れたところから見ていた七森は、イラついている。
顧問「今日の練習はこれで終わり、全員集合」
顧問の前に駆け寄る全部員。
顧問「一年生は初練習お疲れ様。今日はゆっくり休んでくれ。ストレッチはちゃんとしろよ」
1年「はい!」
1年はやる気十分の元気な返事。
七森は無表情のまま、視線を床に逃がしている。
顧問「解散の前に、大会に出場する時に組むダブルスのペアをここで発表する」
ドキドキでソワソワを始めた部員たち。
並んで立つ九重と藤沢は目を合わせ、発表前なのに「よろしく」と言いたげに無言でうなづきあった。
その様子を見て、くやしそうに唇をかみしめる七森。
顧問「3年は全員、今までのペアでいく。引退まで悔いの残らないよう練習に励んでくれ」
3年達「はい」
顧問「まだ実力がわからないから1年生ペアは今後決めていくとして、ペアを変えたのは2年だ」
九重(2年は9人いるから、一人は誰とも組めないんだよな)
(3年生が引退したら俺が部長になる)
(藤沢とペアでまずは地区大会優勝。県大会では上位に食い込んで、全国大会に出場したい)
顧問「前衛・高木。後衛・藤沢」
九重(え?)
信じられなくて目を見開いた九重。
九重(藤沢の相棒から外された)
顧問「前衛・斎藤。後衛・中里」
九重(2年ペアが発表されたのに、俺の名前が出てこなかった)
(実力が底辺って証明された……次期部長なのに……)
(惨めだ、つらい、この場から消えたい)
絶望でうつむく九重。
悔しくてたまらず、唇を噛みながらこぶしを握り締める。
藤沢「鈴木先生、九重は?」
九重(どうせ補欠要員だろ。シングルを頑張れってことか。結局俺は、パワースマッシュをバシバシ決める藤沢がいたから、試合で勝てたりしてたんだよな)
落ち込む九重。
顧問「九重は1年の七森と組ませることにした」
九重「え?」
顧問「おまえらが掛け合わさると、面白い試合をしそうだしな」
監督が自信満々にうなづいている。
七森はそっぽを向いているが、実は嬉しすぎて誰にもバレないように小さくガッツポーズをしていた。
九重は戸惑っている。
クールイケメンの七森をチラ見して、アタフタしている九重。
九重(不愛想な後輩君と、ペアを組むことになったんだけど)
(寮でも部活でも一緒って、この先大丈夫?)
「」会話 ()心の声
☆登場人物
攻・七森律希 高1 クール
受・九重灯真 高2 テンション高め
☆第1話☆
〇高校の寮 桜が満開な4月初め。
筒に入った棒くじで、寮の部屋決めをしようとしている。
1年から3年の男子寮生が、寮の食堂に全員わらわら大集合。
寮長「寮の部屋決めをするぞ」
九重(このクジで、高2の1年間の運命が決まってしまう)
寮長「二人で一部屋だからな」
ドキドキワイワイしながら、みんな順番にくじをひいている。
栗色髪センターわけ幼顔の高2の九重が、黒髪サラサラ王子顔の高1の七森をちら見。
九重(わがままは言いません。あいつとだけは同じ部屋になりませんように)
七森から寮長が持っている箱に視線をずらし、目をつぶりながらエイッとくじをひく九重。
恐る恐る目を開ける。
九重「よしっ! ラッキーセブン!」
普段から盛り上げ役で陽キャの九重が、くじを天井に掲げてハイテンションで大喜び。
寮友「さすが九重。持ってんな」
九重「日々徳を積んでますから」
九重は7と書かれた棒を顔の横に掲げ、白い歯全開のさわやかスマイル。
九重(七と言えば、虹、七夕、七福神。縁起がいいものばっかり!)
(他には、7……7……7……)
ハッとなって七森を見る九重。
無表情クールイケメンは、やる気がなさそうにスマホをいじっている。
九重(七森律希も7がつくじゃん!)
ガーンと額に縦線。
九重(いやいやいや、さすがにこれだけ寮生がいて、七森と同じ部屋になるなんてことはないか)
悪い予感を追い払いたくて、頭を左右にブンブン振る。
九重(去年は気遣い上手な1こ上の二条先輩がルームメイトだった。勉強を教えてもらって、悩みもたくさん聞いてもらって)
柔らかい雰囲気で友達と談笑している、おっとり系のふんわりウエーブイケメンの二条先輩をチラ見。
九重(今年も二条先輩が同室なら最高なんだけど)
寮長「七森は何番だった?」
寮長の声にハッとして、九重が七森を見る。
九重(7以外で、俺と違う部屋で、神様お願いします)
心の中で必死にお願いする九重。
切れ長の目をだるそうに細め、無表情&無言で七森は棒を寮長に見せた。
寮長「おっと、二人目のラッキーセブンが出ました! みんな拍手!」
陽気な寮長が手を叩くと、寮生たちも拍手で盛り上がり始める。
九重(うわっ、俺と一緒? 嘘だろ?!)
寮長「良かったな1年。同じ部屋の九重は、面倒見がいい陽キャな先輩だぞ」
九重(くじで決まったものはしょうがない。とりあえず笑顔笑顔。怖い先輩認定されたら面倒だし)
現実を受け入れる覚悟を決め、九重はおでこが見える幼顔スマイルで七森に近づく。
九重「初めまして、高2の九重 灯真(ここのえ とうま)です。顧問から聞いてるよ。ようこそバドミントン部へ」
七森「……」
九重「ノリが悪いな。バド部の先輩と同じ部屋になって緊張してる? 大丈夫だって、俺、人との調和を大事にする心優しきてんびん座だから。とりあえず握手でよろしくねってことで」
握手をしようと、無邪気な笑顔で右手を差し出す九重。
寮長「部屋のペア決め終わったから解散、おつかれ」
七森は無表情のまま九重を無視。
カバンを肩にかけ、何事もなかったかのように部屋から出て行ってしまった。
笑顔のまま、心の中で怒鳴る九重。
九重(クッソ、無表情クール王子を決め込みやがって。朝寝過ごしても、起こしてやらないからな!)
〇部屋を出て寮の玄関を出て、人気のない庭で外壁に背中を預けながらしゃがみこむ七森。
顔は真っ赤。心臓バクバク。
火照った顔を隠すため、顔に右腕を巻き付けるように二の腕に唇を押し当てる。
七森「心臓が逃げ出すかと思った///」
「同じ部屋なんてありえない。ほんと無理///」
しゃがみこんだままひざを抱え、サワガニのイラストステッカーをカバーに挟んだスマホをおでこに押し当て、バクバクの心臓をなだめている。
〇体育館 バドミントンコート。
1年が入部して初めての部活中。
九重はコートでダブルスの試合。
前髪ポンパ姿で、かっこよく汗を流している。
前衛でジャンピングスマッシュを決めた九重。
九重「(左手ガッツポーズ)よっしゃ!」
藤沢「ナイス九重」
ペアで後衛の藤沢が、九重の肩を叩いた。
部長「15分休憩」
部員たち「はい」
2年リーダーの九重が、指示を出すため1年たちに近づく。
九重「高校に入って初めての部活はどう? 中学よりしんどい?」
1年「筋トレだけで足がガクガクになりました」
1年「中学よりはるかにレベルが高くて、ついていけるか心配です」
九重「俺も一年前、同じこと心配してた」
1年「厳しいノック練習の後にゲームをこなしても元気がありあまってるみたいだし、九重先輩の持久力は生まれつきかなと」
九重「なに、誉め言葉? 嬉しいんだけど。舞い上がって体育館の天井を突き破ったら、俺の代わりに穴塞いでね」
1年「九重先輩って、バド部の2年リーダーなのに親しみやすいっすね」
1年「俺と同じ新入生って勘違いしちゃうんですけど」
九重「高1のクラスに潜入してバレないか、今度やってみようかな」
1年「俺のクラスに来てください」
1年「うちんとこにも」
九重「アハハ、先輩に悪いことをさせないように」
1年「九重先輩が言い出したんじゃないですか」
九重&1年達で楽しく笑いあう。
少し離れたところに立つ七森が、九重たちの談笑を不機嫌顔でチラ見している。
九重「俺との楽しいおしゃべりはここまで。この後、入部恒例のスマッシュ大会やるから、水分をちゃんととって体を休めておくように」
1年たち「(元気に)はい!」
九重(いい返事。やる気がみなぎっててみんなかわいい。それにひきかえ、俺のルームメイトになったあの男は……)
七森は返事もせず、九重と目も合わせない。
我関せず、壁に背中を預け、無表情でラケットに張られたガットのゆがみを指で直している。
九重(顔面は綺麗顔の王子様なくせに、かわいくない)
(今朝だって)
〇過去回想 今朝。
寮の部屋、一部屋の右半分が七森、左半分が九重スペース。
ベッドで目を覚ました九重が、ジャージ姿の七森に話しかける。
九重「よく眠れた?」
(うっ、先輩の気遣いを無視)
「ランニングでもしてきた? えらい。ギリギリまで寝てればいいのに」
(誉めも無視。目すら合わそうとしないって。こうなったら)
九重がベッドから降りる。
スマホを操作して、にヒヒと笑いながら画面を七森に見せた。
九重「フフフ、ルームメイトになった後輩にだけ、特別に見せてあげようじゃないか。実家で飼ってる猫のサラ。可愛すぎて目が溶けそうになっちゃうでしょ」
七森が無表情のままスマホを見た。
九重(おっ、食いついた)
「癒されるよね。他の写真もあるから見て見て!」
(可愛いは万国共通。うちのサラに癒されない人類なんていない。七森は猫好きか。寮の部屋決め直後も、猫の話をしとけばもっと早く打ち解けたんだろうな)
七森はチラ見したものの九重に背を向け、タオルと掛けてあった制服を手に取り左ひじに挟んだ。
九重(って、やっぱり俺を無視?!)
(期待させといて奈落の底に突き落とすタイプか。たちが悪すぎ)
タオルや制服を左ひじに挟んだまま、ドアに向かう七森。
とりあえず笑顔で声をスキップさせる九重。
九重「シャワーに行ってくるんだね。朝ごはんまでには戻っておいでね」
(わかってますよ、君の得意なスルーですよね。はぁ、こんなんで1年間も一緒の部屋で暮らせるのかな)
部屋の外に出ると思いきや、ドアの前で立ち止まった七森。
九重「忘れ物? ヘアオイル貸そうか?」
無表情すぎて怒っているようにも見える七森が、ズカズカと九重の方に来る。
なんか怖くて九重は後ずさり。
背中に机が当たる。後ろに逃げ場はない。追い詰められた。
九重の後ろの机に、七森が右手をついた。
二人とも背の高さはほぼ同じ。
同じ目線の真正面から、九重は七森に睨まれる。
逃げられなくて、九重はツバをごくり。
九重「何? 言いたいことがあるなら聞くよ」
七森「どうにかしてもらえませんか」
九重(おっ、しゃべった)
驚きで目を見開く九重。
重い空気を一掃したくて、あえて笑顔を作る。
九重「俺と同じ部屋が嫌なんだよね?」
七森「違います」
九重「俺のいびきがうるさかった?」
七森「息をしているのか不安になるほど静かでした」
九重(心配してくれた? まさかね)
九重「寝たまま俺が部屋を徘徊して、七森の首を絞めたとかだったらごめんって、あはは」
九重は頭の後ろに手をおき、ごまかし笑い。
七森「ほんと、そういうとこなんですよ」
あきれ顔の七森。
九重「ん?」
前かがみになった七森が、九重を逃がさないように机に右手を置いたまま、九重の耳に口を近づける。
七森「カニがひれ伏す沼レベルの可愛さを振りまいてるって、気づいてますか? 九重先輩、その態度どうにかしてください。この部屋に居づらいです」
九重「……え? カニ? は?」
七森「言いたいことはそれだけなので」
九重の後ろの机に置いていた手を引っ込めた七森。
ドアばたんで部屋から出て行った。
わけが分からない九重。
フラフラと自分のベッドに近づき顔から倒れこむ。
枕に顔面を押しつけた。
息苦しくてブハッと枕から顔を話したのち、横向きに寝そべり枕を抱きかかえる。
顔が真っ赤。
九重「何だったんだ今の。初めてしゃべったと思ったら、カニがひれ伏すとか俺が可愛いみたいなこを言われたんだけど」
(声が低くて無駄にイケボだった。耳が溶けるかと思った)
「クール王子対応の心の声翻訳機、だれか貸して!」
〇体育館、コートの外。
開脚ストレッチをする九重の背中を、立膝をつきながら押す藤沢。
細身・栗色の髪・童顔の九重とは違い、藤沢はややマッチョ・短髪・体育会系でオスっぽい。
九重「って七森に言われて」
片ほっぺプクリでふてくされている九重。
藤沢「クククっ、カニって」
九重「意味がわからないでしょ」
藤沢「彼女にふられたばっかの俺にノロケかますとか、鬼なのか? 九重は鬼なのか?」
前屈をする九重の背中を、藤沢はあえて強めに押した。
九重「痛たた、加減しろ」
藤沢「心が病んでる時はな、幸せアピールがウザってなるだろーが」
九重「痛いって! 藤沢、俺の話ちゃんと聞いてた?」
藤沢「一年の麗しきクール王子と同じ部屋になりました。ラブラブです。幸せです。そういうノロケ話だろ。リア充色の胸焼けをどうも」
九重「真逆だって。避けられてるんだって。部屋でも外でも目すら合わせてくれないんだよ。消灯直前まで部屋に戻ってこないし」
藤沢「さっきの話を解読したら、今朝七森に告られましたって答えにしかたどり着かない」
今朝、七森に机ドンをさられた時のことを思い出し、顔の熱があがる九重。
〇過去回想。
朝、寮の部屋、机ドン状態。
七森が九重の耳元に唇を近づけている。
七森『カニがひれ伏す沼レベルの可愛さ振りまいてるって、気づいてますか? 九重先輩、その態度どうにかしてください』
〇過去回想終了。
イケボにドキッとした自分が恥ずかしくなった九重。
上半身を起こして振り返り、立膝で背中を押す藤沢に吠える。
九重「だからあれは、からかわれただけなんだってば!」
藤沢「七森の気持ち、わかるわ~」
九重「は?」
藤沢「九重イジりは快感っつーか、癖になるっつーか。いつも俺に極楽の提供をサンキュー」
「はぁ」と重いため息を吐く九重。
九重「あのさ、友達やめてもいい?」
片ほっぺでふくれる九重。
アハハと大笑いする藤沢。
二人とも立ち上がり、藤沢はオスっぽくラケットを肩に担いでいる。
藤沢「で、理由は?」
九重「ん?」
藤沢「七森だけは嫌だって思ったんだろ、寮で同じ部屋になるの」
九重「あぁ」
藤沢「無口で無表情で、コミュ障かってくらい同じ1年連中ともしゃべってないけど、悪い奴じゃないじゃん」
九重「絶対に取れないってシャトルもがむしゃらに追いかけてるし、バドミントンへの情熱は誰よりも燃えたぎっているよね」
藤沢「あー、そういうこと? 顔が良すぎて、同じ男として悔しいんだ」
九重「サラサラな黒髪って女子受けいいよな。顔だって麗しい王子様って感じで。って、別にひがんでないし!」
藤沢「嫉妬した女子に刺されるのが怖いとか? 七森王子と同じ部屋なんて九重くんずるいわ。グサッ、ギャァァァ、バタっみたいな」
嫉妬する女子になりきってぶりっこした後、刺す真似、叫ぶ真似、倒れる真似で床に寝ころんだ藤沢。
下手なお芝居をした藤沢を、九重は冷たい目で見下ろしている。
九重「刺されるとかやめて。あと80年は生きたい」
立ち上がった藤沢。
藤沢「寮の狭い部屋にイケメンと二人きり。男なのに七森に心を奪われそうで怖いってやつか。そん時は一番に俺に相談しろ。同性恋愛に理解がある男であり続けたい」
マリア様になった気分で、藤沢は目をつぶり両手を広げ微笑んでいる。
九重「頼むから、妄想に恋愛を絡めるのはやめて」
藤沢「じゃあなんで、七森と同じ部屋になりたくなかったんだ?」
九重「バドミントン部に入るって顧問に聞いたから」
藤沢「理由それ?」
九重「悪い?」
藤沢「理解に苦しむ」
九重「寮で気まずくなったら、部活がやりづらくなるじゃん」
藤沢「まぁバドミントンバカの九重からバドミントンをとったら、何も残らないもんな」
九重「それにさ、試合で後輩に負けたら絶対に悔しいじゃん。そうなったときに七森を憎みそうで怖いっていうのがあって。悔しいって思いが暴走して、言葉の刃になって、七森のことをガミガミ叱って傷つけそうで。同じ部屋じゃなければ、物理的に距離をとれる相手なら、感情をある程度はコントロールできると思うけど」
藤沢「無意味な心配してるんだな」
九重「?」
藤沢「オマエはそんなことしない」
九重「なんで言いきれるの?」
藤沢「自分が負けて悔しくてたまらない時も、『やったな』って勝った相手を笑顔で称える。それが、俺の見てきた九重灯真って男だ」
九重「……藤沢」
藤沢「オマエは心の闇に光を当てる太陽の化身なんだ。自信をもって光属性を発揮したまえ」
九重の髪をぐちゃぐちゃにする藤沢。
藤沢「自信持てよ、バド部2年の学年リーダー。俺ら2年全員、オマエを信頼してるんだからな」
九重「そんなできた人間じゃない」
藤沢「3年の先輩が引退したら、九重キャプテン爆誕だぞ。今のうちに後輩への威張り方を練習しておけ」
九重「髪ぐしゃぐしゃにするなって!」
藤沢「それにしても手首が細いな」
九重の手首を握ろうとした藤沢だったが、いきなり現れた七森が阻止。
七森は藤沢の腕を掴み、長くてサラサラな黒髪の隙間から藤沢を睨みつけている。
怒り顔のまま、七森が藤沢の腕を離した。
七森「九重先輩と同じ部屋で寝ているのは、俺なんですが」
藤沢「(おちょくるように)なんだ七森、声が出せるんじゃん」
七森「(睨んだまま)知っていますか? 人間には声帯があってですね」
藤沢「高1からダブルスでペアを組んでる俺に向かって九重の私物化宣言は、どうかと思うが」
鋭い視線バチバチな七森と藤沢。
喧嘩勃発の予感に焦りだす九重。
七森「頭を使わない自己中なバドミントンをして、前衛の九重先輩を生かしきれてない藤沢先輩に言われたくありません」
藤沢「なんだと!」
九重「藤沢落ち着けって。七森は入部初日から先輩をあおるな!」
七森に怒り出した藤沢の肩を両掴みなだめ、九重は振り返りながら七森に注意をしている。
部長「1年集合。スマッシュの筒当て大会をするぞ」
九重「呼ばれてるぞ七森」
七森はまだ言いたいことがあるのか、うつむいて浮かない顔。
九重「相手コートに立ててある筒にスマッシュでシャトルを当てる1年限定バド部ウエルカムのお遊び大会だから、気軽に楽しんで。あっでも、先輩たちのイジワルにビビるなよ。どこにシャトルを上げてくるかわからないんだ。難易度高すぎて、だれも当てられないと思うけど」
「頑張れ」と言いながら、七森の肩を叩く九重。
九重は七森に腕を掴まれた。
七森の胸元に引き寄せられ、七森の口元に耳が当たりそうに。
七森「見ててください」
いつも無表情の七森が九重だけに微笑んだ。
優しい笑顔にドキッと胸が弾んだ九重。
九重(ドキってなんだよ)
ラケットを持ってコートに入っていく七森を見つめ、ドキドキする心臓に手を当てる九重。
いつの間にか藤沢が、九重の隣に立っていた。
藤沢「今夜は離さないよ、九重先輩」
藤沢が冗談っぽく色っぽく、九重の耳にオスっぽいイケボを吹きかける。
追い払うようにラケットを振り回す九重。
九重「面白がって七森の真似をしないで。って、そんなこと言われてない!」
(七森に怒ってたよね。機嫌直るの早っ。男3兄弟の長男ともなると、口喧嘩はじゃれ合いなのか?)
藤沢「耳が弱いんですね。性感帯ですか? 九重先輩はかわいいですね」
まだ七森の真似をする藤沢に、さらにムッとする九重。
九重「オマエとのダブルスのペアを解消する。理由は胸に手を当てて考えて」
藤沢「私を好き放題もて遊んだくせに今さら捨てるなんて、九重先輩酷すぎですわ。ネット晒しの刑確定ですわ、オホホ」
おしとやかにひざ同士をくっつけ、お嬢様になりきり、扇で口元を隠すように手を唇に当てた藤沢。
九重「男性ホルモンギラギラなオス顔で、嫉妬深いメンヘラ令嬢を演じるのは無理がある」
藤沢「こう見えて私、売れっ子アイドルなの。アイドル界のトップに君臨しているの。よ・ろ・し・く・ね」
両手でハートを作って、九重にアイドルウインク。
九重「頼むから、日本のアイドル界が世界中からがっかりされる前に、スポットライトが当たらない平民のみが住む村に下山してくれ」
九重は頭に手を当て呆れている。
藤沢は大笑いしている。
九重(藤沢の冗談に付き合うこっちの身にもなってよ)
九重(おっ、始まった始まった)
(懐かしい。1年前か。先輩がいじわるなところにシャトルを上げるんだもん。体勢が整わなくて、1球も筒に当てられなかったっていう悔しい思い出が)
1年「クッソ。チャンスが3回もあったのに、全然ダメだった」
ラケットをむね前で振り下ろし、悔しがる1年。
部長「次、七森」
返事もせず、七森は無表情でコートに入っていく。
七森がネット越しに対面しているのは、いじわるなシャトル上げを楽しんでいる部長。
ラケットを顔の横にあげ、七森は真剣な顔で構えるポーズをした。
九重(練習を見て思ったけど、七森ってフォームが綺麗なんだよな)
(強かったら中学の大会で名前が知れ渡っているはず。でも七森なんて選手は聞いたことがない)
(全国大会上位クラスじゃないと、イジワル筒当てスマッシュの全クリは無理)
(1年生ウエルカムのお遊びイベントだと思って、気楽に挑戦するがよい、クール王子よ)
部長がシャトルを打ち上げた。
瞬時に移動した七森のフットワークスピードに驚く九重。
九重(フットワーク早っ、忍者の末えい?)
(でも部長の球の軌道がいじわるすぎた。あの体制からスマッシュを打つので精一杯なはず。筒に当てられるわけがない)
体勢を崩しながら、必死にスマッシュをする七森。
九重(うそでしょ)
見事、シャトルの筒にスマッシュが命中。
カランと筒が倒れた。
部員たち「オー!」
「マジか」
2球目も3球目もつらい体勢からスマッシュをして、七森は見事パーフェクトを叩きだした。
興奮気味に七森を囲む1年部員たち。
1年「七森、すげー」
「あの体制でよく力強いスマッシュが打てたな、筒3本とも倒れてんじゃん」
「部長のイジワルサーブをスマッシュするだけで、俺はいっぱいいっぱいだったのに」
七森に好意的な1年たちだけど、七森は完全無視。
目も合わせず、人ごとのような顔でラケットのガットを指で直している。
その様子を見て笑っている藤沢。
藤沢「あんなに褒められてるのに周り無視って、このさき七森とダブルスを組むやつ大丈夫か」
九重「試合終了まで顔色一つ変えない冷静タイプしか、七森に合わなそう」
藤沢「俺らじゃ無理ってことだ」
九重「一点決めただけで喜びの雄たけびをあげまくってるもんな、俺たち」
藤沢「腐れ縁、これからもダブルスのペアをヨロ」
九重「こちらこそ。って、出会ってまだ1年しかたってないし。腐れ縁は言い過ぎ」
藤沢「縁なんてものはな、心のつながりが重要なんだよ。頭固いな。地蔵かよ。南無阿弥陀仏」
手を合わせ目を閉じる藤沢。
九重「拝むな」
九重は藤沢の腕を両手で掴み、藤沢の腕を体の横にくっつけた。
藤沢「アハハ」
楽しくて大笑いの藤沢。
仲良くしゃべっている九重と藤沢の様子を離れたところから見ていた七森は、イラついている。
顧問「今日の練習はこれで終わり、全員集合」
顧問の前に駆け寄る全部員。
顧問「一年生は初練習お疲れ様。今日はゆっくり休んでくれ。ストレッチはちゃんとしろよ」
1年「はい!」
1年はやる気十分の元気な返事。
七森は無表情のまま、視線を床に逃がしている。
顧問「解散の前に、大会に出場する時に組むダブルスのペアをここで発表する」
ドキドキでソワソワを始めた部員たち。
並んで立つ九重と藤沢は目を合わせ、発表前なのに「よろしく」と言いたげに無言でうなづきあった。
その様子を見て、くやしそうに唇をかみしめる七森。
顧問「3年は全員、今までのペアでいく。引退まで悔いの残らないよう練習に励んでくれ」
3年達「はい」
顧問「まだ実力がわからないから1年生ペアは今後決めていくとして、ペアを変えたのは2年だ」
九重(2年は9人いるから、一人は誰とも組めないんだよな)
(3年生が引退したら俺が部長になる)
(藤沢とペアでまずは地区大会優勝。県大会では上位に食い込んで、全国大会に出場したい)
顧問「前衛・高木。後衛・藤沢」
九重(え?)
信じられなくて目を見開いた九重。
九重(藤沢の相棒から外された)
顧問「前衛・斎藤。後衛・中里」
九重(2年ペアが発表されたのに、俺の名前が出てこなかった)
(実力が底辺って証明された……次期部長なのに……)
(惨めだ、つらい、この場から消えたい)
絶望でうつむく九重。
悔しくてたまらず、唇を噛みながらこぶしを握り締める。
藤沢「鈴木先生、九重は?」
九重(どうせ補欠要員だろ。シングルを頑張れってことか。結局俺は、パワースマッシュをバシバシ決める藤沢がいたから、試合で勝てたりしてたんだよな)
落ち込む九重。
顧問「九重は1年の七森と組ませることにした」
九重「え?」
顧問「おまえらが掛け合わさると、面白い試合をしそうだしな」
監督が自信満々にうなづいている。
七森はそっぽを向いているが、実は嬉しすぎて誰にもバレないように小さくガッツポーズをしていた。
九重は戸惑っている。
クールイケメンの七森をチラ見して、アタフタしている九重。
九重(不愛想な後輩君と、ペアを組むことになったんだけど)
(寮でも部活でも一緒って、この先大丈夫?)


