君が私を忘れたことを、私はよかったと笑いたい

―――数年後。

とあるカフェには、窓辺に座る彩音と千尋の姿があった。
昼下がりの柔らかな光がテーブルを照らし、店内に置かれたテレビから音楽番組の映像が流れている。

画面に映るのは、ステージに立つ一人の青年。
眩いスポットライトを浴び、真っ直ぐ前を見据えてマイクを握る―――恭介の姿だった。

「……すごいね。ここまでになるなんて」
彩音が感嘆の息を漏らす。

今や、”立花恭介”は知らぬ人はいないような人気歌手となっていた。

テレビ越しに、アナウンサーの明るい声が響く。

「立花さんの歌は若い世代からも“切ない”・“泣ける”と評判ですが、何をイメージして作られているんですか?」

問いかけに、恭介は少しの間だけ目を伏せ、やがて迷いなく答えた。

「俺が曲を作るのは、この空にいる、ただ一人のためだけです」

その言葉に、千尋は目を細め、優しい笑みを浮かべた。

「……恭介くんは、ずっと奈子を想い続けてるんだね」

「さっすが、引くほど愛が重い男」

彩音は苦笑まじりに肩をすくめる。だがその瞳の奥に、ほんの少しの切なさが滲んでいた。



―――画面の中、恭介の歌が始まる。
張り裂けそうなほど切実な声。
一つひとつの歌詞に、奈子への想いが宿っていた。

その歌声に、不意に幻のような音が重なる。

奈子の奏でるピアノ。
あの日、音楽室で二人きり、彼女が鍵盤に触れ、彼が歌っていた頃のままの響き。

恭介は確かにそれが聴こえたかのように、笑った。


恭介は歌い続ける。
その身に宿す愛を、一心に届けるように。


やっぱり、恭介の歌が好きだなぁ。
きっと彼女は、広い空の上でそう言って微笑んでいる。


end