君が私を忘れたことを、私はよかったと笑いたい

「―――何やってんの、バカ野郎!!」

背後から響いた声が、俺の動きを止めた。

振り返れば、宮野がぜいぜいと息を切らせて立っていた。
俺の姿を見て、目を真っ赤にして叫ぶ。

「やめてよ……!
あんた、本当にバカ!!
あんたまで死んだら、奈子がどんな気持ちになるか……!」

宮野は震える手でポケットを探り、一通の封筒を取り出した。
シワだらけで、何度も握りしめた跡がある。

「奈子が……最後に、渡してほしいって……」

預かってたの、その言葉と共に、差し出されたそれ。

受け取ったその封筒を開くと、ふらふらの文字が目に飛び込んできた。

もう、ろくにペンを握ることすらできなかったはずなのに。
震えた手で、命を削って書いたことが一目で分かる字だった。


≪どうかいきて。きょうすけのうたを、そらまでとどけて≫


視界が一気に滲んでいく。
喉が詰まって、息もできない。

耳元で、何かが弾けた。
ノイズがかっていた世界に、音が戻る。

「……な、こちゃん……」

宮野が涙を流しながら、顔を真っ赤にして俺を睨みつけた。

「……奈子の最期の願いも、叶えられないの……!?」

その言葉が、胸を真っ直ぐに貫いた。

「……ふざけんな!」

悲鳴のように、口が開いた。

「……俺の愛を軽く見るなよ……!」

声が震えて、涙が止まらない。

「奈子ちゃんの願いなら、俺は……何をしたって叶える! 絶対に叶えてやるに決まってる!」

叫んだ声は、風に飲まれて空へと消えた。
けれど、その向こうに奈子ちゃんがいる気がした。
聞いてくれている気がした。

俺はフェンスから手を離し、その場に崩れ落ちた。
胸に、ぐしゃぐしゃになった奈子ちゃんからの手紙を抱きしめながら。


もう、死ぬことは選べなかった。


―――俺は生きて、生き続けて、そして空に歌を届けよう。
それが、奈子ちゃんの願いであるのだから。