君が私を忘れたことを、私はよかったと笑いたい

奈子ちゃんの葬式から、気づけば一週間程が経っていた。

「恭介……恭介! 
お願いだから、少しだけでいいから、何か食べて……!
このままじゃ、本当に死んじゃうわよ……!?」

必死に訴える陽子さんの声は、もう俺には届かなかった。
まるで耳に分厚い膜が張られてしまったみたいに、世界の音は遠く、くぐもっていて。
すべてがノイズにしか聞こえなかった。

このまま飲まず食わずで、少しずつ朽ちていけるなら。それもいいのかもしれない。
ああでも、どうせなら死に方は自分で決めたい。

いつ、どうやって奈子ちゃんのところにいこう?
考えるのはそればかりだった。


やがて、第三週目の金曜日がやってきた。

奈子ちゃんと、たくさん笑い合った場所であり
奈子ちゃんを、散々悲しませた場所でもあり

たくさんの思い出と、奏でた音が、溢れる場所。
そんな音楽室に、俺の足は導かれるかのように向かっていた。

扉を開ければ、そこにはもう誰もいない。
それでも俺の目には、何度も繰り返した景色が見えていた。

背筋をピンと伸ばしてピアノに座る、奈子ちゃんの姿。
美しい音色を奏でたその指先。
楽しそうに微笑む、その横顔。

かと思えば、その口が奏でる歌は、お世辞にも上手いとはいえなくて。
堪えきれず吹き出せば、むくれて「もう歌わない」って顔を背けていた。

どれもこれも鮮明に蘇る、愛おしい記憶。
けれど、最も愛おしいその人は、目の前にいない。

―――今日なのかもしれないと、そう思った。

気づけば、ふらふらと屋上へ向かっていた。



校庭を見下ろしながら、強い風に吹かれて立ち尽くす。

「そんなことがあったなら、俺は迷わず奈子ちゃんの後を追うよ」

あの日、そう答えた俺の言葉に。
奈子ちゃんは目を見張って、それから「……そんなこと、言わないでよ……」
そう、悲しそうに眉を下げていた。

だからこれは、俺の身勝手。

「……ごめんね、奈子ちゃん」

呟いて、俺はフェンスに手をかけた。