君が私を忘れたことを、私はよかったと笑いたい

side:恭介

「もし、もしもだよ?
私が先に死んじゃったら、どうする?」

そんな会話を交わしたのは、いつのことだったか。

「そんなことがあったなら、俺は迷わず奈子ちゃんの後を追うよ」

あの日答えた言葉に、嘘はなかった。

―――奈子ちゃんは、死んだ。

奈子ちゃんを失った世界で、今も尚、俺が心臓を動かしている意味が分からなかった。

どうして、奈子ちゃんがいない世界に日が昇るのか。
どうして、息をして、何かを食べるのか。
どうして、何かを感じることができるのか。
どうして、どうして、どうして。

生きることは、ただの罰だった。


―――葬儀場。
白い花々に囲まれた祭壇の中央、奈子ちゃんの遺影が微笑んでいた。
無邪気で、可愛くて、愛おしいその笑顔はまるで生きていた頃のままなのに、俺には遠すぎて、触れることもできない。

奈子の母は泣き崩れ、その隣に佇む男は黙ったまま硬い表情をしていた。
男はきっと、奈子ちゃんが幼い頃に離婚したという父親だろう。
二人は揃って、娘を見送ろうとしている。

宮野は必死に涙をこらえて、でもこらえきれない涙をぼたぼたと流し続けていた。
宮野の震える肩を支える橋田千尋もまた、その目には涙を溜めていた。

そして、少し離れた席に陽子さんがいた。
陽子さんは、笑顔の絶えない奈子のことを気に入っていた。

「本当に、いい人と巡り合ったね。
恭介の笑顔を引き出してくれた奈子ちゃんには、本当に感謝しかないわ」
口癖のように、そんなことを言っていた。

俺の前では涙を見せまいと気丈に振舞っていたが、陽子さんの目元は擦り切れたように赤かった。

俺はただ、祭壇の前に立ち尽くす。
骨壺の隣に並ぶ写真を、まるで夢の中の光景のように見つめながら。

「……ねえ、奈子ちゃん」

唇が勝手に動いた。声に出すつもりなんてなかったのに。

「俺も、そっちにいってもいいよね?」

胸の奥から込み上げる衝動は、涙じゃなかった。
追いかけなければ。

願望? 希望?
ただ一つ確かなのは、それに縋らなければ、ここに立っていることすらできないということ。

答えはどこからも返ってこない。
遺影の中の奈子ちゃんは、ただ優しく笑いかけてくるだけだった。