君が私を忘れたことを、私はよかったと笑いたい

「……奈子ちゃん」

部屋の中で二人きりになると、恭介の手がそっと私に伸びてきた。
その指先が、私の目を、鼻を、耳を―――まるで一つひとつ焼きつけるように、確かめるように優しくなぞる。

「好きだよ」

甘くて、切ない声が耳元に落とされた。
その声が震えていることに、胸が締めつけられる。

「もう二度と、忘れたりなんかしない。
この先もずっと、奈子ちゃんを愛してる」

ああ。
その言葉を、どれだけ待っていたのだろう。
こんなに弱った身体になってしまったけれど、私は今この瞬間、確かに幸せだ。

そんなの、私も同じだよ。
だからこれだけは、声が出なくたって、格好悪くたって、直接伝えたかった。

「恭介、愛してる」

しゃがれた掠れ声は、言葉にすらならない。
けれど、その口の動きを恭介は正確に読み取り、目を潤ませながら頷いた。


彼の指が私の頬に触れ、そっと唇が重なる。
ほんの一瞬、触れるだけのキス。
でもそれで充分だった。
私たちの心は、確かに繋がっていた。

――けれど、時間は待ってはくれなかった。

息が浅くなり、起きていられる時間の方が短くなっていく。
夜が訪れるたびに「明日の朝を迎えられるのだろうか」と思うようになった。


―――そして、最後の夜がやって来る。