君が私を忘れたことを、私はよかったと笑いたい

ある日、恭介と母が病室で鉢合わせた。

「ねえ、恭介くん。ちょっといい?」

母は真剣な顔で彼を呼び止める。
ベッド脇に座っていた恭介が立ち上がり、母の前に歩み出た。

「あなた、最近また奈子に会いに来ているみたいね」

母の声音は、隠しようのない緊張を帯びていた。
私が口を開こうとすると、母が静かに首を振り、視線で「大丈夫だから」と告げてきた。

「……はい」

恭介は背筋を正し、真正面から母を見つめる。

「あなたの病気のことは聞いてる。
でもね、奈子をこれ以上傷つけるなら……もう会わないで欲しいの」

母の声は厳しく揺るがなかった。
私を守るために、彼女はあえて敵になる覚悟を決めていた。

恭介はしばし黙り、やがて深く頭を下げた。

「申し訳ありません。
今まで俺は、たくさん奈子さんを傷つけてきました。
どんなに謝っても償えることじゃないと分かっています」

その声は震えていた。
けれど、揺るぎない思いが宿っていた。

「……それでも、どうしても奈子さんのそばにいたいんです。
どうかそれを、許してください」

母はしばらく彼を見つめ、そしてゆっくりと私に視線を向けた。

「奈子は、それでいいの?」

その瞳に映るのは、心から娘を案じる母の想いだった。
私は小さく頷いた。

「……そばに、いてほしい……」

身勝手で、残酷で。そして心からの本心だった。
母は少し目を潤ませ、それでも柔らかく頷いてくれた。