君が私を忘れたことを、私はよかったと笑いたい

ぼんやりと、天井を見つめていた。

すっかり動かなくなってしまった左手。
右手だって、以前と比べればぎこちなくて思うように動かない。
最近は足も重く、歩行に支障が出るようになってきた。

こうやって、私は少しずつ自由を奪われていくのだろう。
静かな病室。一人で果てしない夜を過ごすのにも、もう慣れてしまった……はずだった。

だが、その静寂は唐突に破られる。
勢いよく開いた扉。
そして、息を切らして飛び込んできたのは――恭介だった。

「……なん、で……?」

目の前の光景は、夢じゃないかと思った。
だって、あんなにもはっきり突き放したのに。

つかつかと私のベッドの脇に歩み寄る恭介。
その額には、季節に似つかわしくないほどの大量の汗が滲んでいた。

もしかして、走った?
余程急いでここまで来たのだろうか。

……どうして?

「もう来ないでって、言ったのに……」

恭介はハ、と皮肉めいた笑みをこぼす。

「何度言われても来る。嫌いなアンタに言われたことなんて、守るわけないでしょ」

胸が詰まった。
嫌いだ、とその口で彼が繰り返すのに、ちっとも悲しくならなかった。

嫌いって言うなら、もっと責めてよ。もっと憎んで、全部本心だって思わせてよ。

「なんで……黙ってたの。
アンタの余命が、あと少ししかないってこと」

恭介には、知られたくなかった。
こんな私のことは全て忘れて、幸せに生きていってくれればそれでいいと思った。

「嫌いなアンタが死んだところで、俺はなんとも思わない。
むしろ見届けてやりたいくらいだ」

そんな残酷な言葉を吐きながら、恭介の頬を伝ってこぼれ落ちるもの。

「……それなら、どうして泣くの……」

恭介は、泣いていた。
少し色素の薄い、綺麗な瞳からは大粒の涙が溢れて止まらなかった。

「……そんなの、俺が知りたい……」

ねえ恭介、私のことが嫌いだと言って。
そして、もう会わないと突き放してよ。

そうじゃないと、私は―――もう、あなたを手放せなくなってしまう。