君が私を忘れたことを、私はよかったと笑いたい

病室のドアを開けた瞬間、心臓がひどく跳ねた。
そこにいた白石奈子は―――まるで別人のようだった。

抜け落ちた髪を隠すようにかぶった帽子。
痩せこけて、骨ばった頬。
目の前にある現実を受け入れることを、脳は必死に拒んでいた。

こんな姿、見なければよかった。
見ているだけで胸が苦しい。嫌悪にも似た感情が渦巻いた。
それなのに、足が奈白石子の病室へと向かう。

「……私のこと、嫌いなんじゃないの」

二回目に訪れた時。白石奈子は、か細い声でそう言った。

ああ、嫌いだよ。見てるだけで不快だよ。

「……でも、俺の中の何かが、反発しようとしてる」

声に出したとき、自分でも驚くほど震えていた。

「アンタを放っておけないって、騒いでんだよ」

その言葉は偽りじゃなかった。理屈じゃなく、心の奥底から溢れ出た本心だった。

「……まずは、アンタのことを知りたい」



それから、俺は病室に通うようになった。
けれど、それと比例するかのように、美優は不満を募らせていった。

「……どうして……どうして、そんなにあの人のところに行くんですか?」

ある日放課後の誘いを断った時、たまりかねたように美優は声を震わせた。
それに答えられるような、明確な理由は見つからなかった。

「また、埋め合わせはする」

それだけを告げて、歩き出そうとした時。

「私とあの人、どっちが大事なんですか……っ」

涙に濡れた声に、引き留められた。

「恭介先輩の、今の彼女は私でしょ……?」

美優が俺の手を握る。
その目には涙がたまっていた。

「私の方が大事なら、行かないでください……お願い」

必死な言葉を振り切るように、俺は美優の手を振りほどいた。

「……ごめん」

それだけを告げて、美優に背を向けた。

「恭介先輩……っ」

縋るような声が追いかけてきても、決して振り返らなかった。


後日、俺は美優に別れを告げた。

「いや、いやです……!
私もう、我儘言いません!
恭介先輩があの人に会いに行くのも止めないから、だから……っ」

美優は必死に追いすがった。
それでも俺が答えを変えないことが分かると、美優は子どものように泣きじゃくった。
肩を震わせ、嗚咽をこらえきれずに。

美優のことを、本当に好きだったのかと問われれば頷くことはできない。
それでも、隣にいて不快でないことは確かだった。

足りないものを穴埋めしようとするかのように、またはそれを幸福だと錯覚しようとするかのように。
それだけのために、美優を恋人としてそばに置いた。

我ながら、最低な男だと思う。

「……ごめん」
それしか言えなかった。

それでも俺は、“あの子”の元へ行くことを選んだ。