君が私を忘れたことを、私はよかったと笑いたい

あの後到着した救急車によって、恭介は病院に搬送された。

「……奈子ちゃん……!」

待合室の椅子に座る私の元に、焦ったように駆けつける1人の女性。

「……陽子さん」

陽子さんは、恭介の入所している施設の職員だ。
私のお母さんよりも少し上くらいな歳で、ふくよかな体格。
見た目通り朗らかで、優しい人。

そして本人曰く「イキっていた」時代の恭介に、辛抱強く向き合ってくれた人。
恭介も陽子さんのことは信頼しているし、感謝もしていると言っていた。

そんな陽子さんとは、恭介を通して何度か顔を合わせていた。

「恭介くんが笑うようになったのはあなたのおかげよ」
優しい目をして私にそう言ってくれた陽子さん。
まるで母のような暖かさを持つこの人のことを、私も信頼していた。

今、恭介の体は様々な検査が行われている。

何か大きな病気だったらどうしよう。
私が、もっと早く恭介の異変に気づいていれば。
あんな風に連れ回さなければ……。

不安と後悔は止まらず溢れ出して、ガタガタと体が震える。
そんな私の手を、陽子さんがそっと両手で包み込んだ。

「……大丈夫、大丈夫だからね……」

結局その日、恭介が目覚めることはなかった。
とにかく、分かったのは命に別状はないらしいということだけ。

「意識が戻ったら連絡するから」
陽子さんにそう言われ、後ろ髪を引かれながらも私は病院を後にした。

次の日は、悶々とする気持ちを抱えながら学校に行った。
いつもよりも時間が過ぎるのが長く感じて、陽子さんからの連絡がないかしきりにスマホを確認してしまう。
意識が戻って、元気な恭介の姿をこの目で見れるまでは落ち着けない。

どうか早く目覚めて、もう一度私の名前を呼んで、笑ってみせてよ。

陽子さんからの連絡がきたのは、学校が終わってすぐの頃だった。

『恭介くんの意識が戻ったわ』

何よりも聞きたかった言葉。

「すぐに行きます!」

それだけを伝えて通話を終えて、私は走り出す。
とにかく恭介に会いたい。
気持ちははやるばかりで、私は陽子さんが通話越しに何か言いたげにしていたことにも気づけなかった。

病院に到着すると、真っ先に恭介の病室に向かう。
息を整える間もないままドアを開けて、名前を呼んだ。

「恭介!」

ベッドの上で上半身を起こしていた恭介が、こちらに振り返る。

もう二度と目覚めないんじゃないかって怖かった。
でも、元気な恭介がそこにいる。

「……よかったぁぁ……」

安心したと同時に気が抜けて、情けない声が漏れた。
そんな私のことをじっと見つめながら、恭介が口を開く。


「―――あんた誰?」